あたり
学校探索編続きです。今回でそこそこ良い所まで行けたかな?と
お楽しみいただけると嬉しいです
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そんなこんなで学校の始業には間に合ったものの、俺は今日の授業のほとんどを寝て過ごした。睡眠時間が二時間ちょっとしかなかったんだから当たり前といえば当たり前なのだが、それにしたってひどい。三時間目英語担当の松崎先生は明らかに気付いていたけど敢えてスルーしてくれていた。ただ注意するのが面倒だったのかも知れないし、違う理由があるのかも知れない。爆睡してたから分かんないけど。
まともに起きていたのは昼休みだけだ。購買で買ってきたパンを隣の席の葉月と一緒に食す。寝てただけなのにちゃんとお腹は空いてるって良く考えてみたら若干恐怖である。カロリー消費してないよね? どこ行ってるの?
葉月は相変わらずの爽やかスマイルでやれやれ仕方ないなあとでも言わんばかりに話を振ってきた。
「それで? 昨日は何のゲームしてたのさ?」
「おい何でゲームで徹夜してる前提なんだよ。あれだよ? もしかしたら勉強とかそういう生産的なことしてるかも知れないよ?」
「シムシティは生産的っていう理論なら前聞いたんだけど」
「そうじゃない……」
それでも適当に流すに留めておいた。微妙に否定し切らないでいれば勝手に勘違いしてくれるだろう。ゲームにハマっているということなら明日明後日と同じような過ごし方をしても言い訳を流用できる。本当に昨日やっていたことを説明するとなるとそこに交える嘘の分量からして相当な労力が必要になるからな。
話は段々と流れ、昼休みも終わりに差しかかろうとしたとき、葉月が、ああそういえばとどこかわざとらしく切り出した。
「結城さん、今日HR間に合ってたよね。どうしたんだろ」
「どうって……さあ、寝坊しなかったんじゃないの」
チラッと葉月の肩越しに結城を見る。購買印のサンドイッチをはむはむと頬張っているらしく、俺の視線には気付かない。
……これは俺もさっき思い至ったことだが、結城が遅刻魔だったのは単に朝が弱いとか生活リズムが乱れているとかそういう話じゃない。むしろあいつはそういう部分はまともである。
能力のせいだ。
最初は〝追跡特性〟と遅刻の間に関連を見出せなかったが、今日俺を尾けてきたらHRに間に合ったことを考えると間違いない。結城の家は若干ここから遠いのだ。電車とバスを使った通学で、周りに同じ学校に通っている人はほとんどいないという。これはどういうことか。
つまり、ずっと同じ方向に向かってくれる人がいない以上、対象の〝乗り換え〟をこなさないと学校に辿り着くことすらできないというわけだ。
まず家の近くから駅に向かう人についていき、もし方向が違えば相手を変えてから電車に乗り、目的の駅までついたらまた切り替えて後を尾ける。そしてバスに乗って――と。しかも対象は一度決めると三十分は選びなおせないと言っていた。そりゃ遅刻もするだろう。何せ〝対象を選び直せるフリーの状態で同じ学校の生徒に十メートル以内のエンカウントを果たす〟のが学校方面のバスに乗れる最低条件なんだから。HRを過ぎれば学生なんてほとんどいないからさらに大変だろう。
考えれば考えるほど厳しい制約だ。
「寝坊、ね」
「……何だよその意味深な感じ」
「彼女、高津のすぐあとに教室入ってきたんだ。それにさっき購買行ったときもほとんど同時に行って同時に帰ってきたよね」
だから何、と言おうと思ったが葉月の笑顔がそれ以上にむかついたので頬をつねるに留めておいた。なにこいつ、そこまで見てるとか結城のこと好きなの? それとも俺が好きなの? 単なる乙女思考なのかも知れないが、葉月が乙女じゃないことを考えるとそれでも充分嫌だ。
「はあ……」
さらに絡んでくる爽やか野郎をしっしと追い払い、机に突っ伏す。昼休みに受けた精神的疲労の回復には五時間目、六時間目が当てられることが決定した瞬間だった。
今日に限っては奇行も起きるはずがないし、安心して寝ていられる。
そして再び、深夜である。昨日からちょうど丸一日経ったくらいの時間、その他のコンディションもほとんど同じだ。結城は今頃俺の母親のベッドでぐっすりだろう。夕飯を一緒に食べ、風呂は別々に入り(当たり前だ)、そのあと対戦格闘ゲームをしている内にいつの間にか眠ってしまっていた。女子として無防備すぎる。一回泊まったし抵抗なくなってるのかも知れないが、その内酷い目に遭いそうで危なっかしい。
ともかくそんな結城をお姫様抱っこで移動させてから昨日同様、こっそりと抜け出してきた。
「よし、やるか」
『はいっ』
探索は昨日の続きからだ。元二年九組の教室に入り、片っ端から潰していく。プレスじゃなく片付ける的な意味の方で。この作業は続くとかなりつらいが、そうでなければ単調でむしろ暇なものだったりする。
だから遥が忘れ去られたボールペンやらノートの切れ端なんかのどういった部分を見ているのか、何に反応しているのかとか、そういったところに注目してみることにしていた。そうでなくても遥は感情豊かなので見ていて飽きないし。喜哀楽がころころと入れ替わるのだ。怒? 怒は迫力がなさ過ぎてな……。
二十分ほどの時間をかけ、この教室で見つかったのは使いかけのノート五冊、シャーペン八本、消しゴム二個、ヘアピン三つに配布プリントがたくさん。全て遥に見せたが、彼女は多彩なリアクションこそ返してくれたもののピンと来てはいないらしい。ていうか物多いよ。拾ったものを後でまとめて先生に渡せば感謝くらいされるかも知れないが、そんな清掃業務を委託された覚えはない。大人しく元に戻した。
その後も二年の教室を調べ続けたが、〝当たり〟らしきものには未だ巡り会えない。まあそんな簡単に見つかるものだとは思っていないものの、こう空振りが続くと遥の言葉は正しいのかとか疑問に思ってしまう。元々曖昧だったし。遥自身も進むにつれてちょっと自信なさ気にそわそわしだしている。落ち着かないのか視線が泳いだりしていて可愛い。
あー、でもこの空気はダメだ。
「なんかテンション低いよ、遥」
『ふぇ? むう……いえ、そんなことありません! あるはずがありませんっ! 前進全開でいっくのですよー!』
二人して空元気にも似たテンションを練成しながらこつこつと作業を続けていった。収穫と呼べるものは悲しいくらいに皆無。やっと気付いたけど俺単純作業って苦手だ、どうにも飽きっぽい。遥とのお喋りのついでにやってるって意識がなかったらとっくに睡魔に負けてるだろう。強敵すぎる。
ただ一つ、変化はあった。
ラストの十五組で机の中に忘れ去られて多分読まれてすらいなかったんだろう悲しいラブレターを発見し、二人して大いに楽しませてもらったりしたのだが、これを見た瞬間の遥の反応が少しおかしかったのだ。何というか、長かった。逡巡している時間が他のものに対してよりも確実に長かった。
そのすぐ後には元気良く首を横に振っていたし中身が中身だったので追求しなかったけど、今まで三十クラス見てきた中で初めての動きだ。
……え? 結局どんな文章だったのか? うんまあ、軽く目眩がするくらいきらきらしてたね。輝いてた。すごいよ見知らぬ田村先輩。でもまああんな机の奥に突っ込んでたら気付いてもらえなくてもしょうがないよ……。
しかし気になるとは言っても〝見つけられればそれと分かる〟んだから、ただ判断に時間がかかっただけで普通に外れなんだろう。もやもやは残ったがラブレターと一緒に置き去りにすることにした――の、だが。
そんな俺を尻目に、その現象は一年生の教室に入ってから急激に増えた。ちょっと前に見たペンと何が違うのか分からない赤色のそれを二十秒近くもじーっと眺めていたり持ち主の名前が書かれているわけでもないノートをためつすがめつしてみたり。一組では三回、二組で二回。
そして旧一年三組。
「おいおい……」
『やっぱりおかしいです……わたしもおかしいと思います!』
まだロッカーは調べていないのに、それでも十三回。引き出しの中に物が残されていた机は十五あったからほとんど全てのものに〝迷っている〟状況だ。どれも最終的には違うと断定しているが、中には二分以上唸っていたようなものまである。むむむむむむむ……むむ(ちらっ)? とか遊びが入ってたから実質もっと短いけど。
鑑定のし過ぎで疲れてきた? いや違うだろう、それならきっとそう言ってくれるはずだ。遥のことを知るためにやっているのに彼女に無理させるつもりなんて毛頭ない。だからこれはそうじゃなくて、
「……なんだろう」
『何でしょう……?』
知るか。――ローラー作戦を続行しよう。
一年三組のロッカーは担任の指導が良かったのか今までに比べて空っぽになっている率がかなり高かった。稀に見つかった遺留品(!?)は鑑識に回し、やっぱり長いこと首を捻りながらもNOという結果に。すぐさま次へ。繰り返す。そして、
「うわ」
思わず声を上げてしまった。別に開けた箱の中が異様に汚かったり腐乱臭がしたりとかそういうわけではない。そこにはおそらく使っていたんだろう教科書やノートが、整理されてはいるものの隙間なく詰められていたのだ。……え、これ新校舎移っても同じもの使うんだよね当たり前だけど。全部置いていってるってどうなの? 新しいサボり宣言なの? 決して真面目じゃない俺でも呆れるくらい大胆な所業である。
でも。
それを目にした遥は俺とは全く違う感想を抱いたらしい。呻くような、振り絞るような声。有体に言えば、そう――間違いなく〝反応〟していた。
『嘘……なんで、これ……』
さらにその声が唐突に乱暴に途切れたことで俺の心臓は激しく不安にかき乱される。何、どうしたの。思わず画面を覗き込み、
――新たな情報の開示があります――
どこか不気味にも感じられるその文章に、小さく息を呑んだ。
ありがとうございました!変な引き入れてごめんなさい!
三日で更新するので許してくださいー!