情報
「へっへ、いいカモだぜ、ったくよぉ」
「まったくだ、こいつらたんまり、持ってるからな」
「お、おい……」
廃ビルの中は薄暗く、あまり見通しが良くない。それにくわえて、この辺はあまり人通りが多くない
カツアゲのシチュエーションとしてはこの上ないものである
さてさて、まずは……
「よお、面白そんなことやってんじゃん」
「!」
3人とも一斉にこちらを向く。しかし、その表情は驚愕から安堵に変わった
ひ弱そうな男と、女だからな。余裕だと思ったのだろう
「あの何もしていない男2人を頼む。気絶させるだけだぞ」
「OK」
由美に小声で囁く
「ふっあんたらからも、もらっちゃおうかな~」
「お、そっちの彼女は可愛いじゃん。もらっちゃおうかな~」
「へっへ―――」
不良の言葉が最後まで紡がれることはなかった
「「ゲハッ」」
由美の両拳が正確に2人の鳩尾にあてられていた
2人はそのまま、前のめりに倒れる
「な、何が―――」
「ま、自業自得だ」
「!」
和也はその時すでに最後の1人の背後に近付き、後ろから首をロックしていた
ぎりぎり、会話ができるレベルで首をしめている和也はそのまま耳元で喋る
「おい、さっきの現場を写真に撮った。ばらされたくなかったら、お前らのリーダーのところに案内しろ」
「!」
普通、この程度の脅しでは不良がびびることはないのだが、この不良はみるみる顔が蒼褪めていく
「返事は?」
「………分かった」
不良は力なくうなだれた
「ねえ、大丈夫なの? 不良のたまり場みたいなところにいって」
「ああ、大丈夫だ。任せろ」
道中、由美はいうほど不安そうな顔はしていない
まあ、由美の力ならそんなに怖くもないんだろう
もとより、今回はこれ以上暴力沙汰はおこさないつもりだ
不良たちのたまり場はこれまた廃ビルだった
入口付近に見張りと思われるチャラ格好をした男が立っていた
「よお、青木。連れか?」
どうやらこの不良の名前は青木というらしい
「ああ、青木のダチでな。綾瀬っていうんだ」
青木が何かを言う前に先手を打っておく。そして青木に目配せをする
そのまま中へ入っていく。この廃ビルの1階部分は喫茶店だったらしく、そこかしこにそれらしき面影がある
至るところでタバコをすったり、髪の色を染めたりしている奴らがいる
いかにも、不良です。悪ぶってます。といわんばかりの光景だ
そのまま進み奥に、白いソファに座ったいかにも、という感じの男がいる
がっちりとした体格に、たくましい髭をたくわえた短髪の男だ
「初めまして。青木のダチで、綾瀬という」
「北見だ。この辺一帯の不良の頭っつうことになっている」
和也がすわると、1人の男がコーヒーを運んできた
北見はこちらを値踏みするような視線を向けてくる
その眼つきは異様なほど鋭い
やはり、こいつはここにいる不良の中で一味違う。……一筋縄じゃいかなそうだな
「今日、ここに来たのはあんたらに聞きたいことがあったからだ」
北見は黙ったままだ
「この間、ここから離れた繁華街……」
「待て」
説明しようとした和也は静止の声にふと見上げると、北見が手で制していた
「何故、俺たちがお前の質問に答えなければならない。それに……お前、本当に青木のダチか?」
北見はいきなりこちらの核心をついてきた
北見の発言で、場は一触即発の雰囲気になっていた
全員こちらを睨み、もう殺気だっている奴もいる
「グッ」
立ち上がろうとした由美の手首をつかんで止める
「クックック―――やっぱ無理か。まあいいや………ああ、確かに青木とはダチでもなんでもねえ。さっき連れの2人とカツアゲしてたもんでな。ここまで案内してもらった」
「おい、てめえ……仲間おちょくられて、俺たちが黙っているとでも思ってんのか」
北見は怒気をはらんだ声で、すごんでくる。なかなかの迫力だ
「まあ、待て。落ち着け。俺たちは取引をしにきたんだ」
「取引だと……」
「ああ、さっきもいったが俺は青木とその2人がカツアゲをしてる現場にたまたま居合わせたんだ。そこで、こいつだけビクビクしてたんだよ。最初は不良になりたてなのかとも思ったが、それとも違う感じだった」
「それで………?」
場にいる全員が俺の言葉に耳を傾けている。いいぞ。いい雰囲気だ
「ああ、それで俺はこう思ったんだよ。こいつは近々、不良の世界から足洗うつもりなんじゃないかってな」
「!」
青木の顔に明らかな動揺がはしる。おそらく図星だな
「そしてここからは推測だが、青木は就職先がもう決まっているんじゃないか?それでこの組織はさっきの言葉でも分かったよ。仲間思いなんだろうな。そういう形で抜ける奴は、心おきなく見送るんじゃないか?」
「………」
場に静寂がはしる
そして、次に口を開いたのは北見だった
「クックック―――面白い。面白いな。綾瀬といったか……気に入ったぞ」
「そいつはどうもな」
「確かに、お前の言う通りだよ。俺たちのグループはそういう奴らに対して寛容だ。ま、別にいいけどな。それよりも、取引……だったか。こちらが差し出すものはこの近辺。もしくは不良グループの情報だろうが……そちらは何を差し出すんだ。いっとくが金なら了承しないぞ」
こちらの考えに釘をさしてくる。それにしてもやはりこの北見という男、賢い。でも、差し出すのは金なんかじゃない
「こっちはお前らの就職先を紹介してやる」
北見がこちらをいぶかしむような視線を送ってくる
まあ、当然だろう
和也は構わず話を進める
「北見、お前はここの不良たちが無事に社会にでていくのを望んでいるんじゃないのか?俺がそれの手助けをしてやるといってるんだ」
「なるほど、な……」
「だからこの条件だよ」
「ふざけんな!俺は就職する気なんかねえ!」
1人の不良が声を荒げて、立ち上がる
まあ、確かに。そういう奴もいるか
「俺たちは、今までさんざん色んな奴に、バカにされ続けてきたんだ!今さら素直に就職なんぞ……」
「だからこそだ。お前たちはさんざん親や教師にバカにされ続けてきたんだろう。でもな……そんな奴らを見返してやりたいと思わないか。俺に任せろ。俺にはそれができる」
和也は不良の反論を遮り、言葉を重ねる
「でもよ、俺たちはそれができねえからここで不良やってんだぜ。どうやったらできんだよ?」
別な男から声が上がる
確かにそれは一理ある。が、
俺はそれを無視して、さっきコーヒーを運んできた男に視線を向ける
「例えば、あんた。さっき俺たちのまえにコーヒーを置いたとき、きっちり取っ手が右側にくるように置いた。ソーサーをまわしてな。こういう細かい気遣いは簡単なようで、難しい。
あんたはそういう仕事に向いている。秘書とか、ハウスキーパーとかな」
誰もが唖然としている。まあ、今一納得してない奴もいるが
「もちろん、今のは小さな一つの例にすぎない。本気で就職するには、やはり本人の努力が大事だ。でも、俺はそれの適性やアドバイスを送る。これがこちらからだす条件だ」
「………」
北見は黙っている
俯いていて、顔が見えないから何を考えているかは分からないが
「いいだろう。その取引に応じよう」
北見は確かにそう言った
「あの繁華街をもっているのは大島っていうやつのグループだ。そんで、これがたまり場」
北見はそう言って一枚の紙をだした
「ああ、ありがとう。他に、何かあるか?」
「ああ、後な、ゆうべ……」
その後も北見やほかの不良仲間から情報をききだした
ほとんどの奴が俺たちをうけいれてくれたようだ
まあ、上々の出来だ
「ねえ、どうして? どうしてあんなことまでしたの?」
基地に行く道すがら、ふと右を向くと、由美がなぜか含み笑いをした表情で聞いてくる
「どうしてって……情報を集めるためだよ」
「本当に?」
由美はいっそう顔をニヤニヤさせていく
何を考えてるんだ?
「不良の就職先の紹介なんて………ほっとけなかったんでしょ。あいつらのこと」
「………別に、そんなんじゃねえよ」
スマートに否定したつもりが、返答までの時間と、目が若干泳いだせいで、信憑性がなくなってしまった
和也は別に慈善事業をしたとは思っていない
ただ、あいつらは仲間思いだし、まだやり直しのきく範囲にいるやつらだ
それに、ああいうことを経験した人間は一度、完全に更生すれば、いい大人になれる
下手な優等生よりはな
まあ、由美の満足そうな、誇らしげな顔を見ていると、そんなことどうでもいいか。とさえ、思えてしまう
そんなことを考えながら、基地に到着
由美と2人でドアから入る。すでに理恵と正城はいた
「よお、待―――」
和也はこのとき忘れていたのだ
時刻が5時を10分すぎていること
そして、中に入ると同時に、床板が抜けることを
「「―――!」」
声にならない叫びをあげた2人は、体から力が抜けるのを感じた
次回は、いよいよ「black crow」が活動を開始します
暇つぶしにでも、読んでやってください