余燼
パンは六等分にするつもりだった。ナイフを入れる寸前で、シャーロットは手を止めた。
夕方、ルカが吐いた。きっといまは胃がからっぽだろう。そう思って、ひと切れだけ大きめに切り分ける。小さい子には、柔らかい部分を。そうやって数え直していくと、自分の取り分は、あまりもののいちばん硬くて小さい部分に決まった。
西地区のはずれ、坂を下りきったところに、使われなくなった公会堂がある。建物自体はきれいに残っているが、肝心の内装は埃が払われていなくて、シャーロットは入った途端にむせ返ってしまった。
燃えた家から持ち出せたのは、ハンカチといま着ている寝間着だけ。公会堂には布団も暖房もなくて、寒さで凍え死にそうだった。
「ロッティ、これ、かたい」
前歯の抜けているレンが掌のパンを差し出してきた。
「そう? じゃあ、交換する?」
シャーロットが自分の分を見せると、レンはそれを指先で突っついて、しばらく真剣に見比べてから、首を横に振った。
「……やっぱりいい」
シャーロットは、孤児院のときの何倍もてきぱきと動いた。
暇なときは森まで薪を回収しに、お昼時になると民家を回って食べものを乞い、ときには毛布や油のような必需品を盗んでくる。
勝手に現地の建物で寝泊まりしていることがバレたときは、速やかに新しい住処を探した。
焼け跡には立ち入り禁止という看板が立てられて、近づこうにも屈強な憲兵に弾かれる。その孤児院の元住民だと説明しようとしても、乞食の嘘だと一蹴された。
この辺は、ホームレスが多いから。
この五日で、みんなにはたくさん噓を吐いた。春になったら孤児院が建て直せるとか、おじさんの残したお金があるから大丈夫だとか――エマは、もうすぐ帰ってくるとか。
そんな悪質な虚言でも、子供たちは信じて笑うものだから、シャーロットも倣って笑い返すしかない。それ自体は、別に難しいことじゃない。
◇◆◇
夜。みんなが寝入ったのを確かめてから、シャーロットは外に出た。
息が白い。雪はいつの間にか止んでいて、見上げると星がやけに多かった。こんな夜に限って――そう、心の中で愚痴を漏らす。
ポケットの中には、布切れが一枚。家から脱出する時に使った、あのハンカチだ。そういえば、このハンカチとはもう八年の付き合いになる。ロイと孤児院で過ごしていたころから、ずっと使っているものだ。
「……」
ロイに返してもらった、あの外套。返してもらったはいいものの、半日足らずで灰になった。灰にした。どう言い換えても、その事実は笑い話に聞こえない。
「……なんで?」
抑えているつもりだった。けれど、溢れてくるみたいに。
「なんでだよ……」
溢れてくるのに、喉がつかえる。
無性に腹が立っていた。この八年、ロイがどんな生活を送ってきたのか。それは、想像を絶するものなのかもしれない。されども、シャーロットの家が燃やされる理由になっていない。
目を覆うように、両手の爪が食い込んでいるハンカチを押し当てながら。
「これから、どうすればいいんだよ……」
喉がつかえているのに、構わず掠れたまま声になって漏れた。
誰に向けたわけでもない問いは、雪を吸った空気に溶けて、それきり静寂が戻る。
ばか。
あほ。
まぬけ。
シャーロットの拳が地面に打ち付けられるたび、雪がシャリシャリと涼しげな音を立てて沈んだ。
シャーロットはふと人の気配を感じ取って、顔を上げる。息を止めて、暗闇を凝視する。やがて、足音がひとりぶん聞こえてきた。
外套の裾に雪をつけた、病気かと思うくらい瘦せた男。こけた頬に無精ひげ。歳は、まあまあといったところ。シャーロットを一瞥すると、丸まった背筋をわずかに伸ばした。
「似たもの同士だな――やっぱりここか」
愛想の欠片もない、感情のこもらない声だった。
「例の孤児院のガキか?」
例の――シャーロットは、若干不気味な感じがして肩を引く。
「行く当てがないんだろう」
「……どちらさま、ですか」
男は咥えていたたばこを雪に落とし、踏みつける。シャーロットの問いに答える気もないようだった。
「ほかに何人いる?」
「……五人です。わたしを入れて、六人」
「男女の内訳は?」
「女の子が四人に、男の子が二人……」
「健康状態は?」
「ひとり、ルカって子が、熱っぽくて」
男はひとしきり質問したのち、依然とした無表情で告げる。
「俺はサビルという――引き取ってやろうか?」




