第2話 禁じられた扉
資料室の空調は、いつもより少しだけ冷たく感じた。
アリアは端末に向かいながら、背中に落ちる空気の流れに身震いする。
「システムエラー?」
画面の隅に赤い警告が点滅していた。
データベースの一部が応答しないらしい。
担当者は今日不在で、代わりにアリアが調査を任された。
(よりによって、私か……)
ため息をつきながら、エラーの発生源を追う。
表示された場所を見て、アリアは思わず息を呑んだ。
立入禁止区画 — アーカイブ・ゼロ
資料室の奥にある、誰も近づかない古いサーバー群。
地球時代のデータが封印されていると噂される場所。
(どうしてここが?)
アリアは周囲を見回した。
同僚たちは皆、無表情で作業を続けている。
誰もこの異常に気づいていない。
胸の奥がざわつく。
あの棘が、また疼き始めた。
(確認だけ……確認するだけなら)
自分に言い訳をしながら、アリアは席を立った。
足音を殺し、奥へと歩く。
通路の照明がひとつ、またひとつと背後に消えていく。
立入禁止区画の扉は、重厚な金属でできていた。
普段は赤いロックランプが点灯しているはずだが――
今日は、消えていた。
「……嘘」
アリアが近づくと、扉がわずかに開いた。
まるで彼女を招き入れるように。
(エラーのせい……?)
恐怖よりも、何かに引き寄せられるような力が勝った。
アリアはそっと扉に手をかける。
冷たい金属の感触。
指先が震える。
ゆっくりと押し開けると、薄暗い空間が広がっていた。
古いサーバーが何列も並び、低い唸り声のような音を立てている。
空気は乾いていて、少しだけ埃の匂いがした。
このステーションでは滅多に感じない匂いだ。
(ここだけ時間が止まってるみたい)
アリアは歩を進める。
サーバーの間を抜けるたび、微かな光が彼女の銀色スーツに反射する。
そのとき――
一台の古い端末が、突然青白い光を放った。
「……!」
アリアは思わず立ち止まる。
画面には、見慣れないフォルダ名が浮かんでいた。
EARTH_CULTURE_ARCHIVE
心臓が跳ねる。
呼吸が浅くなる。
(地球……?)
震える指で、アリアはフォルダに触れた。
すると、画面にパスコードの入力画面が現れる。
「……無理よ。こんなの、私に――」
言いかけた瞬間、端末が自動的にコードを入力し始めた。
まるで、誰かがアリアの代わりに鍵を開けているように。
「え……?」
数秒後、ロックが解除される。
ACCESS GRANTED
アリアは息を呑んだ。
背筋に冷たいものが走る。
(どうして……? 私を、呼んでる……?)
画面の奥に、無数のデータファイルが並んでいた。
画像、動画、音声、テキスト。
すべてが“地球”と名のつくもの。
アリアは震える手で、最初のファイルに触れた。
その瞬間――
資料室の外で、誰かの足音がした。
「……!」
アリアは反射的に振り返る。
扉の隙間から、誰かの影が見えた。
細い体つき。
長い髪。
資料室の制服。
ミラだった。
アリアは息を止めた。
ミラは扉の前で立ち止まり、何かを探すように周囲を見回している。
(見つかった……?)
アリアは端末の光を手で覆い、息を潜めた。
ミラはしばらく扉を見つめていたが、やがて踵を返し、去っていった。
静寂が戻る。
アリアは胸に手を当て、深く息を吸った。
心臓が痛いほど脈打っている。
(戻らなきゃ……でも)
視線は自然と端末に戻る。
そこには、まだ開かれていない地球の記憶が眠っている。
アリアは唇を噛み、そっと画面に触れた。
運命の扉は、すでに開いてしまったのだ。




