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1 エルラス汗からのお願いです

草原の部族、アルーサの汗エルラスの嫡子エルラシオン、その異母姉セレナなどの、アルーサの若者の教師をしているルーレアートは、「相談がある」と、おのれが仕えるエルラス汗に呼ばれた。


 呼ばれたのは、汗が政務を行う大天幕ではなく、それに付随して張られた、汗が、その家族との食事、さらには居間、応接室として使用している天幕のほうだった。

 ルーレアートが天幕に入ると、エルラス汗の傍らには、正妻ラルフィンも座していた。


 ルーレアートが、ふたりの対面に用意された椅子に座ると、エルラス汗が、椅子の前の机に置かれていた馬乳酒を勧めたあと、口を開いた。


 「ルーレアートよ。そなた、今もそなたの友人、ラシアスとは、しばしば便りのやり取りをしているようだな」


 帝国ラグーンとは生活慣習の異なる草原であったが、郵便制度については帝国同様整備されているのであった。


「は、今も月に二、三度は、やり取りをしております。ラシアスが何か?」


ラシアス。五年前、ルーレアートが不合格だった帝国の高等官任用試験に十七歳で合格。今は参政官見習、の地位にある。


因みに、ルーレアートが、今、草原の部族、アルーサで教師をしているのは、五年前の任用試験の発表の日、合格したラシアスとともに、盛り場で気炎を発していた際、エルラスの命で教師を物色していたアルーサのオルエンにスカウトされたためなのであった。


「いや、ラシアスに用があるわけではない。用があるのは、その友人のアル・ラーサのほうだ」


 アル・ラーサ。

四年前、十七歳で、帝国騎士剣技会で優勝。長い歴史を誇る剣技会で、史上最年少の若さであり、当時は大きな話題となった。

が、一昨年は決勝戦で負け準優勝。

昨年はなんと一回戦で敗退。


ラシアスからの便りに、話のついでにという感じで、アル・ラーサは、最近スランプのようだ、と書かれていたのを、ルーレアートは思い出した。

 アル・ラーサ。近衛師団第一連隊第二大隊長、二十一歳にして少佐であった。


「アル・ラーサですか」


はて、何の用だろう。見当がつかない。


用件について説明したのは、エルラス汗の傍らに座すラルフィンだった。


「ラシアス殿を介して、アル・ラーサ殿を、セレナに紹介していただきたいのです」


既に亡くなっているエルラス汗の愛妾、セルの第二子、セレナ。


正妻ラルフィンの嫡子である、異母弟エルラシオンと同じく、ルーレアートの講義を受けている。


エルラシオンが書を深く読み込み、理解しようとする秀才タイプであるのに対して、直感で理解しようとする天才肌。ただ読書はさほど好きではなく、努力家ではない。


女騎士百人隊の隊長にも任じられており、言わば文武両道に勝れている。


ただ、草原一の美女と言われたセルの娘としては、その容姿はやや平板で、見方によっては、美少女と言えなくもない、という程度である。容姿については、母よりも父のほうを色濃く受け継いだようであった。今、十五歳である。


「娘はラグーン、帝国に憧れておってな」

エルラスが、口を開いた。


「帝国で暮らしたい。できれば、帝国の男の嫁になりたい、などと言うのだ。まあ可愛い娘の望み、叶えてやりたい、と思うのだが、帝国はなにせ、男女の恋愛については、極めて不道徳な慣習がある。セレナはやはり草原で育った娘だな。自分の夫が、他の女性と男女の仲になるのは、耐えられないというのだ。で、目をつけたのが……」


「童貞の騎士、アル・ラーサですか」


「さよう。四年前に帝国騎士剣技会で優勝し、そのあと、かの男の帝国の男子とは思えぬ男女の関係に関する厳格な道徳観の持ち主であることも、有名になったな。その頃からセレナは、アル・ラーサについて、「この人こそ、私の未来の夫」と心に決めていたらしい」


なるほど、伝え聞くアル・ラーサの男女の関係についての信条を考えると、草原の娘を嫁にするというのは、たしかにグッドアイデアだ。


これでセレナ様が絶世の美少女とかであれば、この話、これで決まりだろう。


だが、アル・ラーサという男。女性の好みはどうなのだろう。ラシアスのような面食いだったら、ちょっと厳しいかもしれない。


「分かりました。では私は何をすれば、よろしいのでしょうか。この件を、ラシアスへ便りして、アル・ラーサ殿の意向を、確認してもらう、ということでしょうか」


「うむ、そのこと頼みたい。で、それだけではなく、そなたにセレナに同行し、ラグーンに連れて行ってほしいのだ」


「セレナ様とおふたりで、ですか。よろしいのですか」


どう考えても、道中、男女の仲になってしまうことが許される状況ではないが、若い娘とふたりで長旅というのは、胸がときめくな。


ルーレアートはそう思った。ルーレアートにとってセレナは。

魅力を感じない娘、というわけではなかった。


「ふむ、いやふたりというわけではない。この話、先日、エルサーナとエルラシオンにも話したのだが、ふたりとも、そういうことであれば私たちも同行したい、と言っておる。若い者にとっては、都はやはり行ってみたい場所なのだな」


「はあ、では四人でラグーンへ、ということですね」


「いや、あとエルサーナのたっての希望で、あやつの妻のマンドハイも一緒だ。連れ子のふたりは、ラグーンに行っている間は、可哀想だがうちで面倒をみる」


 エルラス汗、結構、子供好きだからな。昨年、エルサーナ様が十一歳年上の、子供もふたりいる未亡人と結婚したことによって、突然出来た、ふたりのお孫さん、ずいぶんと可愛がっておられるから、今回の話、結構、嬉しいのかも。ルーレアートはそう思った。


 それにしても。

今回のことでルーレアートはあらためて思った。


エルラス汗は、帝国の世情に詳しい。

まあ帝国の各地方から、週刊単位で印刷されている瓦版は取り寄せているようだし、詳しくもなるだろう。

ラシアスからの便りについても、何か面白いことは書いていなかったか。と直ぐに訊いてくるし。


それにエルラス汗は、ミーハー的心情を多分に持っている、ということもルーレアートは気付いていた。

汗は、有名人好きだ。 


さらに汗は、演説好きでもある。アルーサでは年に何度か大掛かりな宴席が設けられるが、開会の際の汗の挨拶が長いのだ。


ルーレアートも閉口していた。


が、ある日、ルーレアートはエルラス汗が使っている、個人用天幕の中に置かれた本棚に、「人を感動させるスピーチ」という題名の書物が並べられているのを発見した。それも、上中下に分かれ三冊あった。


ルーレアートは、直ぐに帝国から、同じ三冊本を取り寄せ読み込んだ。


今では、エルラス汗の長い挨拶のスピーチも、三冊本のどこを参考にしているのか、手に取るように分かるので、それを楽しみにして、聞けるようになったのであった。


今回の都訪問、一行の人数を、ルーレアートは、念のため確認した。


「では、今回、ラグーンに参りますのは」


「うむ、五人だな」


「かしこまりました」


ルーレアートが天幕を辞すると、エルラスも天幕から出てきた。

今少し付き合ってくれ、と、汗の個人用天幕に誘われた。


ルーレアートは書棚に目を走らせた。本は増えていた。予想通り、今の帝国でのベストセラーが並べられていた。


「汗、「九宝館日記」取り寄せられたのですね。もうお読みになられたのですか」


ルーレアートも既に読んでいた。それは友人であるラシアスが送ってきてくれたものだった。


「うむ、読んだ。帝国は羨ましいのお」


「今回のラグーン訪問、汗もご一緒にいかがですか」 

一応、お愛想を言ってみた。


「うむ、行きたいと思うぞ。だが今回は俺がくっついて行っても煙たがられよう。遠慮しておく」


たしかにそれが賢明であろう、ルーレアートは思った。


「実は、九宝玉の肖像画も取り寄せておるぞ。見せてやろうか」


そうか、それもか。ルーレアートも持っていた。ラシアスが、「九宝館日記」と一緒に送ってきた。


「いえ、私も持っております。」


「そうか、そなたもか。でもまあ見てみろ」


エルラス汗は、ひとりひとりの公式と称されている肖像画だけでなく、その後販売されたという、私的生活を連想させる肖像画、九宝玉の中での様々な組み合わせでの集合画なども持っていた。


それを全て観ると、ある特定の女性の肖像画が多いことにルーレアートは気づいた。


「汗は、リセラ殿がお気に入りのようですね」


「うむ、これをそなたに頼みたい」


エルラス汗は、ルーレアートにそこそこ厚みのある便りを渡した。


「リセラへのファンレターだ。そなたの友人、ラシアスは九宝館をしばしば訪れているようだし、そなたもラグーン在京中、九宝館に行く機会もあるであろう。頼んだぞ」


「かしこまりました」


ルーレアートは受け取った。

では俺も九宝玉の誰かにファンレターを書いてみるか。

ルーレアートは、思った。誰がいいかな。

ひとりの女性の肖像画が、ルーレアートの脳裏に浮かんだ。


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