【B】百年遅れのノストラダムス
この小説は【対戦カードB】の組み合わせです。
対戦相手は『サテライト・ガール』となります。
以下企画サイトのルールの項目から抜粋。
もっと詳しいルールは企画サイトか目次欄最初にある『ルール詳細』のほうにあります。
【投票方法】……必読!
・ルールを守らない書き込みは企画ルールを知らないものとして、集計から除外します。
・投票は特設掲示板から行います。
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(もちろん投票だけでも構いませんが、感想なども作者の方も喜ぶと思います)
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という場合はやはり冒頭に【ナシ】という書き込みを行ってください。
(加点方法の詳細は【投票に関するルール】を参照してください)
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二〇九八年 五月十日
衛星軌道を外れた月が、地球に衝突する。
今、世界中のメディアがそのニュースで持ちきりである。いわく、今からちょうど百年前に世を騒がせたノストラダムスという預言者の言葉が、一世紀遅れで現実のものとなったのだという。
衝突時刻はおおよそ一年後。そのときが地球最後の日になるだろう。
だが、その事実を知ったとき、私の胸に去来した感情は恐怖でもなければ絶望でもなかった。
私には幼少時より培い続けてきた知識があり、そして亡き両親が残した莫大な遺産があった。体の芯から燃え上がるような使命感を覚えた。簡単な道程でないことは承知の上だ。しかし、私にしかできないことがあるのなら、なんとしても成し遂げたい。
久々に筆を取った。これからも時折、手記をつけていこうと思う。
二〇九八年 五月三十日
月を破壊する。
熟慮の末、それが辿り着いた結論だった。
だが、いかにせん。国軍に進言してみたが、所詮は一介の市民に過ぎぬ私の言葉である。ろくに取り合われもせずに終わってしまった。
だからと言って状況を傍観していられるわけもない。相手にされないというのならそれも構わぬ。誰も成さぬなら私が成そう。
私は月を破壊するためのミサイル開発に着手し始めた。兵器工学の知識はあるが、机上を越えて実際に製作段階に移るのは初めてのことだ。進捗状況はあまり芳しくない。だが、今は我慢の時だ。絶対に失敗できない仕事をこなすとき、必要なのは迅速な行動ではなく綿密な計画。ただのひとつも計算を間違えてはならない。私はひたすら慎重に、根気強く作業を押し進めていった。
二〇九八年 八月一日
一人では作業をまかないきれなくなってきた私は、かつての学友に片端から声をかけた。彼らのほとんどは呼びかけに快く応えてくれた。
良き友人に恵まれたことを心から感謝した。
二〇九八年 十一月二十二日
地下室にこもりきりの日々が続く。もう何日も太陽の光を浴びていない気がする。だが、時間は一秒たりとも無駄にできない。こうしている今もタイムリミットは刻一刻と差し迫っているのだから。
友人たちは交代で家に帰している。彼らにも愛すべき家族がいるのだ。
二〇九八年 十二月二十五日
長いこと顔を見ていなかった弟が地下室に訪れた。弟はすっかり変わり果ててしまっていた。このような状況下に置かれた今、それこそが人間として正しい反応であった。私に向かって心無い言葉を投げかけてくる弟を前に、嘆かわしさは覚えても憤怒の情など抱けるはずがない。
かつての弟の笑顔を取り戻すためにも、私はやり抜かねばならぬ。終わりの見えぬ戦いの中で心が折れかけていた私にとって、弟の来訪はよき動力源となってくれた。
二〇九九年 一月八日
カレンダーなど手記をつける際にしか見ない。気が付けば年が明けていた。
何もかもを投げ打って作業に明け暮れていた日々がようやく形を作りつつあった。現場の士気も否応となく上昇する。ここまで漕ぎ付ければ、残りはただ間に合わせるだけだ。
あと四ヶ月。
二〇九九年 三月十二日
また弟がやってきた。彼は前回に比べればいささかばかり落ち着いた様子で、この日はほとんど罵詈雑言を口にすることもなかった。
弟は何も言わず、私の作業をじっと眺めていた。弟が何を考えているのかはわからなかったが、私のすることに興味を持ってくれたことは嬉しかった。
世界を救おうなどという大義名分はとうに捨て置いていた。私は英雄になりたいのではない。今ではただ唯一の肉親となった弟を救うためだけに、粉骨砕身の日々に身を投げ込んでいるのだ。
もう少しだけ待っていてほしい。そうすれば私たちはあの頃のようにまた笑い合えるはずだ。
二〇九九年 四月九日
時間がない。
二〇九九年 四月二十三日
もう一週間は寝ていない。あと一息だ。
二〇九九年 四月三十日
間に合った。この安堵感、達成感をどう言葉にすればよいものか。
やるべきことはすべて済んだ。あとはスイッチひとつで月を破壊するためのミサイルが打ち上げられる。
友人は全員家へ帰らせた。彼らはこれまでよく頑張ってくれた。精一杯のねぎらいの言葉と心ばかりの謝礼を、皆が快く受け取ってくれた。
この一年間ほとんど喧騒の絶えなかった地下室が、今では嘘のようにしんと静まり返っていた。その静寂こそが、私たちが成し遂げた形ある未来の平穏だ。
ミサイルを打ち上げる前に、私は久方ぶりに地下室から外へ出た。弟に会いに行ったのだ。驚いた顔で私を迎える弟に、私はその場では多くを語らず、次に会うときは一杯やろうとだけ約束を取り交わして辞去した。弟は始終呆気に取られたような表情をしていて、少し笑えた。
奇しくも月の綺麗な夜であった。煌々と放たれる静かな輝きは、私の意志に屈した月なりの皮肉だったのかもしれない。
(ある女性の手記・三十二ページから四十ページより引用)
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二〇九九年 四月三十日
昨年に両親が亡くなって以来、姉はおかしくなってしまった。理由は遺産だったのか、それとも別の何かだったのか、俺にはわからない。
それから姉にはいっさいの言葉が届かなくなった。姉はきっと、俺とは違う世界を見るようになってしまったのだ。俺の目には白く映るものでも、姉にとっては黒に見えるようになってしまったのだろう。
電源の点いていないテレビを前に、ノストラダムスなどという歴史の教科書でしか聞かない人物の名前を呟いていた姉を見た瞬間、俺の中で何かが終わった。それから俺が姉に見切りをつけるのに大した時間はかからなかった。
それでも血を分けた姉弟だ。別居してからも何度か様子を見に行ったが、いつ行っても姉はわけのわからない連中と一緒にわけのわからない研究に没頭していた。周囲の連中の全員が姉に媚を売るような態度だったのが気になった。
その場でしばらく様子を窺ってみると、理由はすぐにわかった。姉は彼らに破格の「謝礼」を手渡していたようだった。日ごとに数十万円ほどだろうか。両親の残した財産をそんな風に使っている姉に、俺は心底から悲しみを覚えた。
そんな姉が昨日、家にやってきた。これまで何度言ってもあの妙な研究を止めず、地下室から出ようともしなかった姉に、いったいどんな心境の変化があったというのだろう。
姉は始終機嫌よく話し、俺に向かって酒の約束まで取り付けてきた。だが、そのときに姉が見せた笑顔は昔のものと何ら遜色のないものだった気がした。俺もなんだか嬉しくなってしまって、そのときはつい首を縦に振ってしまった。
今日ならば聞けるのではないかと思い、別れ際に意を決して訊ねてみた。姉貴はいったいあの地下室で何をしているのかと。
これまで地下室でのことについて何を言っても激昂するばかりだった姉は、清々しい笑顔を浮かべて答えた。
「もう大丈夫だ。私たちはきっとまた笑い合えるようになる」
そう言って、姉はおもむろに空を仰いだ。その日はとてもいい天気で、雲ひとつない青空が抜けるように広がっていた。姉は目を細めながら、挑むような表情で、燦々と照りつける太陽をじっと眺めていた。
(ある男性の手記・八十五ページより引用)
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西暦二〇九九年五月一日。
地球はその日を境に氷河の星となり、滅亡した。