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27.漆黒は夢に堕ちて②~覚醒の力~

 私の名前はナナ。

 金の切れ目が縁の切れ目――とはよく言ったものだけど、つまりお金が切れないと縁も切れないんだよね。


 お金がたくさんあったらもっと物価の安いところに引っ込んで、死ぬまで引き籠っていたい――

 それが私の願い。私の希望。


 でも、転生なんていう超奇跡的なことが起きたのに、それくらいのことすらも叶えられない。


 ――いや、むしろ逆か。

 そんな運命を引き当ててしまったために、私はこんな戦場にいるのだ。




((シンタ君! 下から魔物が一気にいくよ!))


((了解!))


「みんな! 下から来るよ! 気を付けて!!」


「かしこまりました!」

「俺に任せておきな!」

「ほほほ、私が美しく殲滅して差し上げますわ」


 甲板の上で、魔物使いの男の子――シンタが魔物たちに指示を出している。

 その3匹だけじゃない。彼のまわりには何匹も、何十匹もの魔物が群れを成していた。

 飛ぶことができる魔物はこの船の周囲に散り、それぞれが凄い威力の攻撃で魔物を倒し続けている。


 ――主従関係。

 なるほど、そういう関係もあったのか。

 元の世界では誰も私のことを見てくれなかったけど……それは対等の立場だったか、もしくは私の方が下だったから。


 主従の関係があれば、きっとそんなことも無かっただろう。

 従者は主人の言うことを聞くのが絶対なのだから。


 しかしシンタを見ていると、主従関係とはどうも違う感じに見える。

 友達っていうのか、仲間っていうのか。縦の関係ではなく、横の関係っていうのか。




((エカテリーナさん! 見えた! 例の3人組のところまで着いたよ!!))


((分かったわ。ひとまずジュードが話を通してくれる?))


((了解!))


 念話通信に出てきた『3人組』。

 私たちがこれから戦う漆黒の魔王に、たったの3人で挑んでいた人たち。


 私からすれば、何ともご苦労な連中だ。

 人知れず挑んで、人知れず散っていくつもりだったのだろうか。……もしかして、本当に勝つつもりで?


「――馬鹿らしい」


 つい零れた言葉に気付き、慌てて周囲を見回す。

 幸いなことに誰にも聞かれていないようだった。こんなことを聞かれたら、また無駄に怒られてしまう。


 そういえば私が最近お世話になっている商人のフォルスさんは、この船には乗っていない。

 何でもこの戦いが終わったあとの準備をしているらしいのだけど――それは勝ったときの祝勝会なのか、負けたときの次の攻撃準備なのか。

 ……でもまぁ実際のところ、フォルスさんがいても何もできないからね。あの人は商売が無ければただの人だし。


 『無ければただの人』


 その言葉がまた私を苦しめる。私だって転生スキル『念話通信<転生者>』が無ければ、この戦いの場には必要無い人間なんだ。

 普通の暮らしの中でだって、誰にも必要とされていないのに――


 結局は自分が動かなければ、人間は孤独。そんなことを改めてこの世界で痛感した。

 どこに行っても、結局は自分が変わらなければダメなんだ。


 私もあのとき、女神様にもっと寄り添っていれば……………………………………?




((――ふん、『念話通信<転生者>』か))


 突然、聞き覚えの無い声が響いた。


((エカテリーナさん! 3人組のリーダーに、念話に入ってもらったよ!))


((ジュード、ありがとう。

 初めまして、リーダーさん。私は漆黒の魔王の討伐指揮の責任者、エカテリーナ・ペルファ・クロイツァーと申します))


((ああ、よろしくな))


((……すいません、あなたのお名前は?))


((名前? そうだな、ナナシとでも呼んでくれ))


((えぇー、ちょっと適当すぎじゃないですかね……))


「あっ!」


 私の声が念話に流れる。

 ついうっかり、思ったことを念話通信に流してしまった。


((――あん?))


((すいません、彼女は『念話通信<転生者>』を持つナナさんです))


((ああ、ごめんな。名前が少し被ったか……。

 それじゃ俺のことはゴンベと呼んでくれな))


 ゴンベって……。名無しの権兵衛から取ったのかな。

 でもこの人、最初のイメージよりも面白い人のような気がする。


((えぇっと……それじゃ時間も無いですし、ゴンベさんとお呼びしますね。

 ゴンベさんはどうやって漆黒の魔王を倒すおつもりだったか教えて頂けますか?))


((詳しくはすっ飛ばすけど、こいつを小さくして倒す予定だな))


((え、小さく? そんなことが……?))


((そのための魔核石だ。こいつでちょっと特殊な魔法を使うんだよ。

 ただ、それを使うには本体の核を露出させないといけなくてな……))


((なるほど……。それにはまだ時間が掛かりそうですか?))


((そうだな、なかなか敵さんの攻撃が強くて。

 このまま攻撃していけばいつかは辿り着けるんだが、さすがに連れの2人が限界に近くてな……。

 ここまで付き合ってくれただけでも大したものなんだが――))


((転生者では無いというお話でしたもんね……。

 ところでゴンベさん。その核だけを破壊するとどうなるのでしょうか?))


((多分、暴走すると思うぞ。一応こいつはこんなナリだけど、知性は高いからな。

 その統率を失っちまうんだ))


((もしそうなったら、倒す自信はお有りですか?))


((うーん……そうだなぁ……。手負いの獣は厄介だからなぁ……))


 ゴンベさんは明確な返事をしない。

 考えているのだろうか? それとも自信が無いのだろうか?


((どうやら厳しそうですね……。ちなみに、核を破壊しなければ勝機はあるのでしょうか……?))


((俺は『負けはしない』が、『必ず勝つ』とまでは言い切れないな))


((そうですか……。では、こちらには切り札の攻撃魔法があるのですが――ゴンベさんが漆黒の魔王を小さくしたあと、そこに撃ち込むことは可能ですか?))


((ああ、それなら問題無いだろ。

 ところで俺さ、いまいち攻撃力が足りてないんだよ。メインで使っていた転生スキルが封じられてな。

 ステータスアップの転生スキルがあったら、こっちにも寄越してくれないか?))


((転生スキルを――封じられた?))


((ああいや、転生スキルをっていうか、空間干渉が封じられているんだ。

 俺の転生スキル『空間断裂』が見事に影響を受けてな……))


((そういうことでしたか。分かりました、それでは支援の準備しますのでゴンベさんは引き続き交戦をお願いします))


((あいよー))


 どこかのんびりしたゴンベさんの声が響く。

 あの人、戦いながらあんな感じで念話をしてるんだよね? 何だか凄いなぁ……。


((――話は聞いた通りです。まずはハナノさん、お願いします!))


((はーい! それじゃ投獄アイドル★ハナノ! 歌いまーす))


 そう言うと、ハナノを中心にノリの良い音楽と不思議な光が生み出された。

 そして彼女は歌い始める――


 転生スキル『魔唱歌』。

 歌声に魔力を乗せて、様々な支援効果を与えるものだという。


((あ、あの! エカテリーナさん、私たちも――))


((マージェリーさん? そうね、あなたもお願いします!))


((はい、いきます! 転生スキル『慈悲の波動』、発動――))


 この声は――船の後ろの方にいた女の子のものかな。

 あの子、見た目はいかにもお嬢様なのに何故か赤ん坊を連れているんだよね。


((それでは私も手伝おう……))


 不意に、可愛らしくも厳かな声が響いた。

 え? この声は初めて聞くけど――


((はい、お願いします。……というか、お話ができたんですね……。えぇっと、あなたは――))


 エカテリーナさんは念話通信でそう聞きながら、マージェリーの方を向いていた。


 ……え? この声の主ってあの赤ん坊……? あの子も転生者なの……!?


((ああ、挨拶が遅れたな……。私の名前は――そうだな、ヴィオとでも呼んでくれれば良い……。

 我が転生スキル『守護の矛盾』……これでマージェリーを助けよう……))


((ありがとうございます! それでは――対象、ヴィオ。転生スキル『慈悲の波動』、展開――ッ!))


 マージェリーの念話が響いた瞬間、私の身体の感覚が数段階上がったような気がした。

 えええ、何これ!?


 慌てて自分のステータスを確認すると、すべてのステータスが200以上あがっている。


((うわぁ、何このステータス!?))


 念話通信には転生者たちの驚きが響く。

 確かに尋常では無い伸び方だ。


((全ステータス上昇の『守護の矛盾』に、対象者のステータスの同値を全体に付与する『慈悲の波動』――

 なかなか分かってる組み合わせじゃないか))


 そう言うのはゴンベさん。

 それにしてもさっきから、ずいぶんと転生スキルに詳しいなぁ?


((ただ今回はちょっと距離が遠いからな……。そのおかげで、こっちまでは100%届いていないか。

 ――おい、ナナ!!))


((ふぁいっ!?))


 突然のゴンベさんの呼び掛けに、私は変な声を出してしまった。


((『念話通信<転生者>』ってな、念話をするだけじゃないんだ。

 もう少し成長の余地があるスキルなんだよ))


 『成長の余地』……?


((今から手取り足取り教える時間なんて無いから――まぁ、できそうだったら成長させてみてくれな))


((は、はぁ!? そんな無茶振り!?))


((なぁに、できなきゃ俺が何とかしてやるからさ))


 そう言うと、ゴンベさんは念話通信で反応してくれなくなった。

 ええ、一体どうしろっていうの……。




「――あの」


「え!?」


 突然声を掛けられて驚きの声を出してしまう。

 声の方を見てみれば、お嬢様のマージェリーと赤ん坊のヴィオがいた。


「この子が……あなたと、お話をしたいって」


「だー、だー」


「……私、赤ん坊となんてお話できない……」


「あ、いえ。直接触れてもらえば――」


「うむ、この通りだ……」


「うわっ!?」


 念話のような声のような、不思議な声が頭に響く。

 声質からしてヴィオのものだろう。


「これは念話の下位版のようなものだが……内緒話をするには良かろう……?

 ここでの話はマージェリーにも聞こえないから安心するが良い……」


「は、はぁ……」


「ふむ……。お主、女神から――制約を受けておるな……」


「はひっ?」


 突然私のスキルを見透かしたような発言をする赤ん坊。何この子、怖い!


「そして……どうやらこの戦いにはあまり乗り気ではないようだ……。

 だが、女神も悪人には転生スキルを渡さんだろう……。認められながらも、お主は力を出そうとしていないのか……」


「わ、私は……こんな戦いになんて、そりゃ参加したくないよ……。

 私は、私だけが良ければ……。私を見てくれない人のためになんて――」


「なるほど、前世では悲しい人生を歩んだのだな……。だが、その目を上げなければここでも同じことになる……。

 それはもう理解しておるのだろう……?」


「う……。で、でも――」


 確かにフォルスさんやエカテリーナさんは私に興味を示してくれた。

 でもそれは、私が転生者……使える転生スキルを持っているからなのであって、私自身が必要とされているわけではないのだ。


「――ならば、私がお主を必要としよう……」


「は?」


「悲しいことに、この世界での私の両親は死んでしまった……。

 漆黒の魔王が生み出した魔物によってな……」


「え? そんな――」


「私は何とか無事だったのだが……引き取り手が無くてな……。

 孤児院に入る予定だったのだが、そこも魔物の手に落ちて――何の因果か、マージェリーの元に来たのだ……」


「あ、そうなんだ……。マージェリーがお母さんだってわけじゃなかったのね……」


「そうだ、優しい子ではあるが――彼女にもしがらみは多い……。

 そこでお主には、私の母親になってもらおう……」


「は、はぁ!? 突然何を!?」


「はっはっは、まぁそれは冗談だが……。だが、私も独り、お主も独り。ならば共に歩むのも悪くはあるまい……?」


「で、でも! 何で私なんかのために――」


「私のためでもあるからな……。私はこの戦いのあと、どう生きていくかを考えていたのだ……。

 そこにお主が現れた……。人間とは、奇妙な縁で繋がっていくものだろう……?」


「な、何か達観してるんだね……」


「前世は山脈だったからな……」


「さ、山脈って!」


 思わぬ話の流れに、私は吹き出してしまった。

 今の会話を聞いていないマージェリーは不思議な表情を見せる。


「――あは、あはは。何だかヴィオって面白いね……。

 そっか、よくは分からないけど、私のために生きてくれるんだ……?」


「お主のために働くということではないからな……? お主もしっかり働くんだぞ……?」


「あふん」


 それにしてもヴィオはどこまで見透かしているのだろう……?

 でも、私の情けないところを見透かした上で必要としてくれるんだったら――それは、最高に嬉しいことかもしれない。


 私は改めてヴィオの手を握った。

 それは柔らかくて優しい手。この持ち主は山脈の生まれ変わりだなんて変な存在だけど、でもその温かさは私の心にも届くようで――


 そんな感触を確かめたあと、私の頭の中が突然クリアになっていく感覚を覚えた。

 機械的な言葉が、まるで気持ちを持ち始めたような――


((――お!?))


 ゴンベさんの驚きの言葉が念話を走る。


((ナナ、突然どうしたんだ? ステータスアップの効果が届くようになったぞ!))


((え?))


((『念話通信<転生者>』はな、転生者同士の支援効果やそれ以外の情報も共有ことができるんだ。

 ……まぁ、一皮剥けたってところだな))


((――私、少しはお役に立ててますか……?))


((ああ、『魔唱歌』や『慈悲の波動』の効果もばっちり届くようになったぞ! これならこいつの核までいくのももう少しだな。

 いやぁ、捗る捗る! 俺つええええええええっ!!))


 ゴンベさんの嬉しそうな無双っぷりの声に、私もどこか脱力してしまう。

 まったく、不思議な人――


 気が抜けた瞬間、どこからか冷たいものを感じた。

 冷たい? ――いや、熱い……?


 その感覚は念話のネットワークのある場所――たどってみれば、1人の少女から発せられていた。

 どこまでも冷たくて、どこまでも熱い感情。それは憎しみと怒り――


 そんな彼女は船の縁から遥か下、漆黒の魔王を静かに見下ろしていた。


((――よし、エカテリーナ! 核まで着いたぞ!))


((は、早かったわね!?))


((それでさっきの魔法だけどな、これは発動させてから――そうだな、30分ほどで完了すると思うぞ))


((30分――こちらもそれくらいね。急いで準備するからタイミングを合わせましょう!

 アキさん、『極大六芒魔法』の準備をお願い――))


((……応))


 エカテリーナさんの求めに応じて、少女の低い声が念話に流れる。

 そしてそのあとを追うように、闇のように黒い感情がネットワークを流れ――


「だ、ダメっ!?」


 私はとっさにその感情をネットワークから切り離す。

 なるほど、こういうこともできるのか……。感覚的にやってしまったけど、確かに最初の状態よりも応用が効くものだ。

 しかし今の黒い感情は――


 そんな私を尻目に少女はゆっくりと船首に向かって歩いていく。

 その横顔に、激しい感情を刻み付けながら。

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