25.転生者たちの邂逅⑤~瑠璃の彼方へ~
――ドオオォオオン……ッ!!
遠くの海から轟音が響く。今日はこれで――3回目かな。
平和のために仕方の無いこととは言え、突然音が響くのは心臓に良くないものだ。
私は今、王都の近くにある港町で船を造っている。
漆黒の魔王を討伐するため、その移動手段としてうちの造船所に依頼があったのだ。
依頼のためにやってきたのは討伐指揮の責任者、エカテリーナさんという女性だった。
女神様から名前を聞いていたこともあり、名乗った瞬間に転生者だとすぐに気付いた。
本来なら私の方から訪ねようと思っていたのだが――仕事で忙しくなってしまってそれどころでは無かったのだ。
……まぁ、言い訳にしかならないか。
そんなことを甲板の上で思い出していると、船の下から荒々しい声が響いた。
この造船所の所長――つまり、私の上司だ。
「おおぃ、イマニシ!! そっちは順調か!?」
「はいッ! 予定通りですッ!!」
「よーし、それなら追加の作業だ! そこが終わったらセイシロウさんのところに行け!!」
「え……」
「返事ぃッ!!!!!」
「はいッ!!!」
「よしッ!!!!!」
私の返事を聞くと、所長はさっさといなくなってしまった。
……はぁ。今日は順調に進めることができていて、気分が良かったのに……。
「――イマニシさ~ん、少し休憩をしませんかー?」
船の下から次に聞こえてきたのは、可愛らしい女性の声だった。
この声は――
「リルカさん!
……そうですね、少しくらいなら休憩しても良いですよね!」
「そうですよ! 根を詰め過ぎると痛い目に遭いますよ~っ!」
「ははは、このタイミングでは勘弁して欲しいですね!
もうすぐ完成だっていうのに」
私はそんなことを言いながらリルカさん――私と同い年の、可愛らしい女性の近くに降りていった。
「はい、タオル。汗が凄いですよ。
風邪を引かないように注意してくださいね」
「リルカさん、心配しすぎですよ。こう見えて、私は結構丈夫なんです」
「あら、そうですね。イマニシさんってば、また逞しくなってますし……」
リルカさんは私の身体をちらっと見ながら言った。
そんな視線をくれながらそんなことを言われてしまうと、どこかくすぐったさを感じてしまう。
元々それなりに筋肉の付いた身体ではあったものの、造船作業をするに従って筋肉がさらに増えた実感がある。
それは満更でもなかったし、それを女性から褒められるのも正直嬉しいものだった。
「ははは、リルカさんの親父殿にしごかれまくってますからね」
「あんまり無理なことを言うようでしたら、私に教えてくださいね。
ガツンと言っておきますから!」
「それはあとが怖いなぁ……。ははは……」
「うふふ♪」
実はリルカさんは、この造船所の所長の娘である。
何であの親父殿の子供がこんなにも可愛いらしいのかは甚だ疑問ではあるが、最近ちょっと良い感じになってきたかな……などと思っている。
私、漆黒の魔王討伐が終わったら……告白するんだ……。
話していてとても楽しいし、可愛らしいし人だし、何より思いやりもある。料理も上手くて胃袋をすでに掴まれていたりもする。
ああ、元の世界の嫁とはずいぶん違う――……いや、あの嫁も最初は可愛かったんだよな。
しかし長い夫婦生活の中で、どこかでボタンを掛け間違えてしまったんだろう。きっと私にも悪いところはあるはずだ。
もし私に次があるというのであれば、そこをよくよく肝に銘じておかないといけない。結婚はお互いがしあわせになるものなのだから。
「――おぉい、若造! まだ用事は済まんのかい!?」
「あ、セイシロウさん! すいませんっ!!」
リルカさんと話して気分が良くなっていたところへ、老人――セイシロウさんがやってきた。
初めて聞いたときは信じられなかったのだが、この人も転生者だった。
転生してまで何故老人の姿なのかと最初は思ったのだが、それはセイシロウさんが女神様に注文を付けてそうしたらしい。
若い方が何かと便利だと思うのだが――年寄りの考えることはいまいち分からないな。
「実はな、王都の若造からようやく注文した品が来たのでな、船底に取り付けたいのよ」
「は……? 船底に、ですか?」
「おうよ。船底の下にな……こう、円を描くように風の魔石を入れてな。
それと交互にこう……炎の魔石を入れるんじゃ。あとは魔力増幅用のミスリル鉱石を――」
セイシロウさんは図面を開き、テキパキと要件を伝えてくる。
無駄の無い流れではあるものの、しかし最も重要なことをまだ言っていない。
「あの、すいません。何でそんなものを船底に付けるんですか……?」
「ほほっ。なぁに、爺の趣味じゃてな。
物理力学と魔法力学の両方で計算しているから大丈夫なはずなんじゃが――」
「趣味って……。もちろん所長の許可は取っているんですよね……?」
「そこは抜かりないぞ。責任者の嬢ちゃんの許可も取っておる」
「え、エカテリーナさんにも……?」
「趣味とは言うたが、仕事というのが前提じゃぞ。
まぁ、やりたいことは信じてもらえんかったが――しかし上手くいけば皆の役に立つこと請け合いじゃ。安心するが良いぞ」
「はぁ……」
言いたいことを言うと、セイシロウさんは大きな箱を押し付けて帰っていった。
箱の中を覗いてみれば、中には赤色と黄色の宝石、それと黒銀色の金属がたくさん入っていた。
「うわぁ……。イマニシさん、これって凄い高価なものですよ!!」
気が付くと、リルカさんが顔を私に近付けながら箱の中を一緒に覗きこんでいた。
微かに香る良い匂い――なんて思ってる場合じゃない。
「そ、そうなんですか?」
「ええ、これは高度な魔法や魔導具を作るときに必要なものなんですが――
こんなものをぽいっと置いていくだなんて、やっぱり凄いプロジェクトなんですね……!」
リルカさんはキラキラした目で興奮気味に言った。
そういえば造船所の手伝いの合間に、魔法の勉強をしているんだったっけ。
「この船は漆黒の魔王の元に向かう船ですからね。
それだけにずいぶんと力を入れて作っているんですよ。装甲や骨組みをかなり強くしたおかげで、重量とバランスが難しいのですが……」
「でも父が言っていましたよ。
イマニシさんがいるから、こんな無茶な設計が上手くいったんだって」
「えぇ? 所長に褒められるなんて、何だか怖いなぁ……」
そんなことを言いながら、今造っている船を改めて見上げる。
かなりの大きさを誇りながら、それでいて全ての箇所の強度を上げた――戦闘用と言っても過言ではない代物だ。
もちろん速度もできるだけ向上させるように造っている。
実は当初、強度はこれよりも弱い予定だった。弱いというか、バランス重視という感じではあったのだが……。
私がそんな設計図を書き終わったあと、所長と意気投合して仲良くなったセイシロウさんが突然現れて状況は一変してしまった。
『これは面白い船じゃな。……儂もちょっと手を貸してやろう』
セイシロウさんはそんなことを言いながら、私の設計図に口を挟み出した。
主に、全体の強度を上げるように言い出したのだ。
さすがに過剰じゃないかと数値データを出して説得を試みたのだが、向こうからも何か複雑な数値データが出てきて対抗されてしまった。
結果として、所長の仲裁もあった上で――私の設計が死なない程度で補強を行う、という形で折り合いが付いたのだ。
そのあと聞いたところによれば、セイシロウさんは転生前も発明家だったらしい。
そして女神様からもらった転生スキルは『魔導研究』という……いかにもといったものだった。
発明家にそんなスキルを持たせるなんて、鬼に金棒――という感じが凄まじい。
――ドオオォオオン……ッ!!
遠くの海から轟音が響く。今日はこれで――4回目か。
「また、あの音ですね」
「はい……。いや、それにしても凄いですよね。
リルカさんはあれが何の音か、ご存知でしたっけ?」
「ええ。王都で研究されている『極大六芒魔法』の準備ですよね?
何でも魔法使いの女の子が構築に必要な魔法を練習しているのだとか」
「リルカさんの耳にまで届いているんですね……。
私の世界には魔法なんてものは無かったのですが――魔法って、あんなにも凄いものなんですね。
ほら、さっきの衝撃で波が揺らいでますよ」
「いえ、イマニシさん。普通の魔法使いではあんな……いえ、魔術師団であっても、あんな威力は普通は出せないんですよ」
「そうなんですか? それを1人でなんて……凄いなぁ……」
「話によれば、その女の子も転生者なんですよね。
――……イマニシさんと同じ」
「そうですね――……って、あれ?
えっ! わ、私が転生者だって……お話ししましたっけ!?」
「やっぱりですか?
ごめんなさい、先ほど『私の世界には』と仰っていましたので、もしかしたらと思って――」
「あちゃ……。できるだけ言わないようにはしてたんですけど……、参ったな」
「私から見れば、魔法使いのその女の子も凄いですけど……イマニシさんだって同じくらい、とっても凄いんです。
こんな立派な船を造っているじゃないですか。
私は、イマニシさんの船が無かったら世界に平和は訪れない――そんな風に思っているんですよ!」
「ははは、それは買い被りですって」
「それじゃ、賭けをしますか?」
「賭け?」
「もしも私の言った通り、この船が平和を導くことができたら――お願いを1つ聞いてもらいます」
「……それも参ったな。
それじゃ、もしそうならなかったら……私も無理を言わせてもらおうかな」
「あら、それは怖いですね……」
「私だって怖いですよ。まったく、何をお願いされることやら――」
「うふふ♪ ……さてと、それじゃお仕事中に失礼しました。私はそろそろ戻りますね」
「はい、いろいろとありがとうございました!」
リルカさんは手を振りながら造船所を去っていった。
そして私も――彼女が見えなくなるまで、その姿を目で追い掛けてしまっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――それから1週間後。
船も無事に完成し、王国の受け入れ検査を受けることになった。
やってきたのは責任者であるエカテリーナさんと、船の専門家が5人ほど。
眼光は皆鋭く、こちらも緊張してしまう。
「お久し振りです、イマニシさん。そしてセイシロウさん」
「はい、お久し振りです」
「ほほ、久しいの」
「早速ですが、船の案内をお願いしますね。要所要所で説明をお願いします。
……セイシロウさんの分は、最後で良いかしら?」
「ああ、あれはオマケみたいなもんじゃからな。最後でいいわい」
「本当にできてるものなら大したものですが――楽しみにしていますからね」
「ほっほっほ。理論は完璧じゃてな」
セイシロウさんとエカテリーナさんが何やら話している。何か私の知らない機能でも付けていたのだろうか?
強度を増した以外は魔石を使って何かをやっているようだったから、魔法のバリアみたいなものを作り出すとか……?
そんなことを考えながら、私は船の内部を案内して説明を進めていった。
どこをどう切っても私の自信作だ。そのため、どの場所であっても説明に熱が入ってしまう。
王国側の船の専門家もいちいち驚いていた。
実際、短い期間の中でここまでのものを仕上げるのは現実離れをしているのだ。
私も延々と手を動かし続けて作業をしてきたが、ようやくここで報われた気がした。
一通りの説明を終え、私たちは船から降りて造船所で話をしていた。
「――完璧です。さすが転生者の力、といったところですか。
……いえ、それに加えてイマニシさんの真面目な性格が後押ししたんでしょうね」
「真面目な性格……、ですか」
「ええ。こういったものを造るときには、やはりそれが大切だと私は考えています。
さすがリーネルペルファ様が導いた方――と言いたいところですが、私はあなた自身の仕事として、敬意を表します」
「あ、ありがとうございます……」
……これは嬉しいな。
女神様のおかげ、転生スキルのおかげ――だけではない。私の頑張りを認めてくれたんだ。
そんなことを思うと目頭が熱くなってきた。まずい、泣きそう……。
「よーし、嬢ちゃん。それでは受け入れ検査は問題無しということで良いかの?」
どこか上の方から、セイシロウさんの大きな声が聞こえてきた。
その方向、上の方を見上げると――セイシロウさんは船の甲板に1人で上がっているようだった。
……何であんなところに?
「はい、問題ありませんでしたね」
「それでは、次は儂のオマケを見てもらおうかの。
……おぉっと若造! ところでこの船はなんという名前なんじゃ?」
「え? 名前ですか? えぇっと――」
私は所長の顔を見た。
所長は顎で、エカテリーナさんに聞くように促した。
エカテリーナさんの提案は――
「リーネ号、あたりで良いんじゃないですか?」
「そ、それではそうしましょう。
セイシロウさん、『リーネ号』でお願いします!」
「ほほっ、それは良い! 呼びやすくて親しみがある名じゃわいっ!!
――若造! その辺りに誰か人は残っておらんか!?」
「えぇっと……
はい、誰もいませんが――」
「では初公開じゃ!
転生前後、共に発明の才能を持った儂の一世一代の大発明ッ!!!!」
セイシロウさんの声が造船所内に響く。
「それでは参るッ! 魔導回路チェック、魔力増大、循環確認――バランサー起動、オールグリーンッ!!」
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
「「「「「え!?」」」」」
突然船が揺れ始めた。船は小刻みに震えながら、船体を軋ませる。
「ふん、やはり儂の計算通りじゃな! 万事問題無い!
リーネ号――離 昇!!」
――ザパアアアアアアンッ……!!!!
「は……? え、えぇええええっ――!?」
船が――――浮いたぁああああああああああッ!!!!!!?
「はーっはっは! どうじゃー! この儂に掛かればこの程度の――……」
船の上昇速度は速く、セイシロウさんが何かを言っていたがすぐに聞こえなくなってしまった。
それにしても……え? 船が、浮いた?
空からは水飛沫が落ちてくる。口に当たると塩っ辛い。これは、幻ではない――現実……!!
周囲を見れば、その場にいる人々は皆呆然として空を見上げていた。
そんな中、エカテリーナさんだけは嬉しそうに口元を緩めていた。
「あはは……♪ まさか本当に船を浮かせることができるなんてね……!
でも、良いじゃない。これで……『極大六芒魔法』を使っても、犠牲を確実に出さないで済むわ――」
エカテリーナさんは笑みを浮かべたまま、満足そうに空を駆けるリーネ号を見ていた。
そして私の視線も、同じ方向に自然と吸い込まれていってしまうのだった。
*イマニシ・ショウ・タロウ
『14.気持ちだけは広い海へ』
*セイシロウ
『19.天才の誕生』




