第七十二話:騒がしく、されど崩壊する日常
本日の天気も快晴で、天下五剣がまたしてもよからぬことをしでかそうとしていたから、悠は千年守鈴姫と小烏丸を連れて町の方へ足を運んでいた。特に目的はなかったのだが、弥真白にいる仲間達へのお土産を買うために今は店を順々に回っている。手土産の一つでもあった方が、彼女らの機嫌も少しなら緩和できよう。
「土産の定番っていったら、やっぱりまんじゅうとかの方がいいか?」
「そう、だね。置物とかストラップなんかよりも、そっちの方がいいかも」
「でもどうせなら悠さんの使用済みの私物とかよこせって言ってきそうですけどねぇ……」
「……本当に言ってきそうだから怖いな。まぁとにかくまんじゅうでいいだろう。量は多めに買っておいた方がよさそうだな。なんて言ったって弥真白には大きな子供もいるからな」
「それ、本人が聞いたら絶対に怒るよね」
「ワシ違うから! そんなまんじゅうで喜ぶような子供じゃないから! ――って否定してきそうだな」
雑談に花を咲かせて、それを羨んでいる外野の様子をすかさずメモしている。
筆の進みも心なしか速い。
嫉妬の眼差しを向けていている様子から、どれだけの情報量が得られたのか。一、二行程度でまとめられそうなものを、彼女の筆は未だ止まることなく紙の上をすらすらと走っている。
記されている内容を悠は知る由もなく、だからと確かめようとも彼はしない。ろくなものでないことはわかりきっている。
ともあれ、買い物を済ませた彼の足はもちろん本部へと向けられる。
明日には小狐丸達が待つ弥真白へと帰る――と天下五剣は思い込んでいる。
これは嘘だ。事前にそう思わせるように悠が仕込んでおいた。
易々と彼女達が帰らせるはずがない、絶対に何かを仕掛けてきて、その内容も常識から逸脱している。なんて大袈裟な、と思わないでもいたが自身の予想がものの見事に的中してしまったから、呆れ顔で報告してきた千年守鈴姫には、悠も苦笑いで応えるしかなかった。
(朝から鈴に見張らせておいて本当によかった……)
やっぱり頼れるのは愛刀しかいない。
道中、悠は足をぴたりと止めた。周囲から訝し気な視線を集めている者がいる。
(あそこにいるのは……楓か?)
どうやらまた脱走してきたらしい。ここまでくると、注意を促しても意味がないと理解するが、桜華衆の一員である以上はそうもいくまい。効果がなくとも悠には彼女を咎める権利と責務がある。
そうとわかりながらも実行に移そうとしないのは、悠もまた周囲と同様に訝し気な目で彼女を見ていたからに他ならない。
どこか様子がおかしい。そう結論付ける楓の行動に悠は眉をしかめる。
目が合ったのになんの反応も示さないばかりか、虚ろな目でぶつぶつと呟き、ついにはうずくまってしまった。悠が知る、楓という御剣姫守としての面影は欠片もなく、ただ一人のか弱い少女がそこにいる。これを見過ごす悠ではない。
「おい楓、こんなところで何をしてるんだ? それに、どうしたんだ。何か……あったのか?」
「あ……」
ゆっくりと、楓が顔を上げる。先よりもより表情を険しくさせて、悠は楓を見た。
(なんて顔をしてるんだ……)
いつもの楓と違う、と口にした愛刀の言葉は間違っていない。千年守鈴姫が指摘するように、楓の顔は青ざめていて、虚ろな目にはうっすらと涙が滲んでいる。目にしたことのない楓の異変に、さてどうしたものか。外傷であったなら素人ながらも応急処置ぐらいならばできようものの、彼女は御剣姫守であって、人間とは大きく異なる。
外傷は、特に見当たらない。ならば精神の方か。だとすると、尚更彼にできることは限られて、悠は固く口閉ざしで、むぅ、と唸る。理由がわからぬことには何とも言えず、しかしたったの一言で余計に彼女を傷付けてしまう可能性もある。ましてや理由を本人の口から語られるかもわからず、根掘り葉掘り聞くこともご法度だ。
さて、いかがしたものか。悠は楓からの言葉を待った。
程なくして、彼女からの反応が返ってくる。
「あ、あはは。うん、ちょっとね。でももう大丈夫。悠の顔を見たらなんだか安心しちゃった」
「…………」
「……本当に大丈夫だってば! いつもどおりの私様、でしょ?」
そう言って立ち上がった楓の笑みに、悠も一先ず納得することにした。
彼女が嘘を吐いているのは明白で、しかし楓本人の口からは大丈夫だと断言されてしまっている。ならばもう、悠には成す術がない。追及してもいい結果になるとも到底思えぬ。こちらが大人しく引き下がるしかあるまい。
時が経ち、楓なりに心の整理ができた時、きっと彼女から語ってくれるであろう。そう信じることにして、さて。
悠は咳払いを一つする。
「……それならいい――それで? また安綱さん達の目を盗んで出てきたのか?」
「うっ……い、今はそのことは置いといて――」
「駄目に決まってるだろう! まったく……」
「な、なによ。私様に優しくしてくれたって思ったら急にあいつみたいに説教しなくてもいいじゃない!」
「何度も説教をさせる方が悪いに決まっているだろう。とりあえず、本部に早く帰るぞ!」
「え~! じゃあさ、仕合一回! 仕合一回だけしてくれたら大人しく帰るからさ……ねっ!?」
「こいつ……」
仕合という単語を引き出されたことで、悠の意志が大きく揺らぐ。
率直に言って、悠も楓ともう一度仕合をしたいと願ってはいた。二戦一勝一敗……引き分けのままで終わらせてしまうのは、どうも落ち着かない。ならば決着を。まだ耶真杜にいられる内に。その思いは腰の得物へと伸びていた。
町中で刀を抜くわけにもいくまい。まずは両手を塞いでいる手荷物をどうにかすることが先決させて、その後に愛刀の説得に骨が折れるのは仕方あるまい。逸る気持ちを抑えて、悠は本部への歩を進める。
楓も大人しくついてきた。意図をくみ取ったらしく、彼女もまた結城悠との決着を望んでいたと知った彼の口角がつっと吊り上がった。
「またろくでもないこと考えてるでしょ!?」
「痛い!! せ、背中を抓るな鈴!!」
「荷物重たいでしょ? 私様が一つぐらい持ってあげてもいいけど?」
「わ、わかったから腕をそんなに引っ張らないでくれ!」
「これはいいネタにできそうですねぇ。しっかり描写しておかないとぉ」
傍から見ずとも騒がしい状況は本部に帰るまで続いた。




