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第六十九話:更なる高みを目指して…

 この日、おそらくは初めて多くの利用客に恵まれたかもしれない道場は、活気ある場所として周囲から注目を集めることとなる。数にして五人。たったの五……されどこの五は今から行われる仕合を見届ける者。一見すればこの仕合、やる前から勝敗など既に決していようものだが、彼女達は黙して見守ることに徹している。


「本当に……大丈夫なのでしょうか」

「う~ん……取材のためとは言ってもぉ、やっぱり悠さんが打ちのめされるのを見るのは嫌ですねぇ。そんな描写があったって読者の皆さんは喜びませんしぃ」

「そのために我らがきているのだろう?」

「何かあったらボクは止めに入りますからね!?」


 悠と楓が仕合をすると言い出した。このことに多くの者……彼の愛刀を除いた全員が反対したが、それではいそうですかと素直に聞く二人でないことを知っている。このままいかせれば、きっと人目を盗んでやるに違いない。特に童子切り安綱は楓の保護観察官を担っている。


 彼女が問題を起こした場合、監督不行き届きとして処罰されるのは当然で、となるとその責任として悠との接触を禁じられてしまう可能性だってある。あの三日月宗近のことだ、ここぞとばかりに最強の名を私利私欲に乱用してきても驚きはしない。

 だが、それよりも……。


(二人きりになる時間など、我が絶対に許さんからな!!)


 千年守鈴姫の存在は、彼女らに悠と二人きりになれる機会を無情にも剥奪していった。元愛刀がでしゃばるな、と口にするものは決してなく。されど彼女を邪険に扱おうという輩は誰もいない。もしもそんなことをしてしまえば、一生結城悠と仲良くなれないことを覚悟せねばならず。


 その危険を冒してまで実行できるものが果たしてどれだけいようか。きっとおるまい。自分とてそんな真似はできないと自覚しているからこそ、童子切り安綱は標的を結城悠にのみ絞る。

 要するに、彼が自らの意志で選べば千年守鈴姫も文句は言うまい。彼女をどうこうするよりも、彼に選ばれることに磨きをかける方が効率がよかろう。そのために何ができるのか。そのことについて思慮するのに童子切り安綱は余念がなく……ただ現在(いま)ばかりは、目の前の仕合に集中することにした。


 きっと悠はまた、我々の予想を遥かに上回ることをしてくるに違いない。それだけに二振りの木刀を携えた剣鬼に、どんどん膨らんでいく期待と不安が収まらない自分に、童子切り安綱は固唾を呑んで見守る。

 悠が木刀を構えた。どうやら得意とする二刀流をまだここでは披露しないらしい。腰に残された小刀がいつ抜かれるのか。逆に彼女はいつ抜かせるのか――視線を変えた先では楓が木刀で遊んでいる。不遜な言動にいつもの童子切り安綱であれば一喝落としているところだった。しかし今回、それをしないのには理由がある。


(楓め……あんなに楽しそうに笑うとは)


 その身より発せられる気は抜き身の刃のようにぎらぎらとしている。合図さえあれば真っ先に切り込んでいく……そんな佇まいであったからこそ、童子切り安綱も口を出さずにいた。

 両者の準備が整った。後は合図一つで彼らは剣の鬼となる。そしてその役目は、なんとなくながら自分が相応しいと判断して童子切り安綱は咳払いを一つする。幸い、咎めるような声が上がらなかったので、彼女も気にすることなく自らの役目を全うせんとする。


「それではこれより仕合をする! 両者、準備の方は――」


 刹那、ふわりと優しい微風が道場に吹き抜けて――次の瞬間。かまいたちのような凄烈な突風へと変貌を遂げる。けたたましい木打音が奏でられてから、およそ二秒――ようやく童子切り安綱は事態を把握する。


 悠と楓の木刃が中空で交差している。これが意味するものは、たった一つ。開始の合図待たずにして楓が真っ先に斬り掛かったのだ。元よりこの仕合を取り締まる審判がいない。開戦を告げるのも、勝ち負けを決めるのも、その特権は彼らにある。従って第三者はもちろんのこと――


「ちょっと……!!」


 唐突な始まりに異を唱えんと腰を上げた千年守鈴姫にだってその資格はない。

 それでも守らんとするのは、彼女が結城悠の愛刀であるから。仕手(あるじ)に危機が迫れば命に代えてでも守るのが役目であるから、本来であれば感心を示すところであるが――腰の得物に手を掛けた彼女を、童子切り安綱が制す。


「無粋な真似はよせ千年守。いくら貴様が悠の愛刀と言えど、この仕合を穢すような真似だけはするな」

「でも!」

「それに――見てみるがいい。我自身も信じられんが……」


 頬を引きつらせた童子切り安綱の視線を千年守鈴姫が追う。程なくして彼女もまた同様の表情を浮かべることとなる。


「へぇ、本当にどうしちゃったの? いったいどんなことをしたらこんなに強くなれたのかな?」

「教えない」


 さながら蜘蛛のように縦横無尽かつ人間離れした足捌きと、そこから繰り出される嵐のように猛々しい剣嵐が一人の人間を捉えられずにいる。悠は楓の剣戟をすべて見切っていた。主に避けることに徹底して、太刀打ち合うことを極力避けつつも、自らの間合いを手にするべく果敢に懐へ潜り込んでいこうと歩を進めている。この戦法は確かに、悠にとって有効的な方法だった。


 本気の打ち込みを受ければまず木刀の方が破壊される。仮に真剣であった場合。色々と複合されている悠の太刀ならば折れることはまずあるまい。だが、仕手の方はどうなる。刀が受けた衝撃はすべて仕手へと蓄積されていく。そうなれば、その者に待ち受けているのは肉体の崩壊だ。

 だから悠は避けに徹底した。受けることを最小限に留めつつ間合いを確実に詰めていく。これ以上の戦法(もの)はあるまい。


「し、信じられない……あれは、本当に悠さんなんですか!?」

「動きが昨日とまるで別人のようですぅ! こんなの信じられないですよぉ!」

「やっぱり……主には何かあったんだ。でもいったい何が……!」


 驚愕の声が次々とあがる一方で、童子切り安綱は目の前の光景に狼狽しつつも沈思する。

 二人が既に一度仕合っていたことは後々に知った。結果が悠の惨敗だったことに対して、童子切り安綱は特に何も言及はしなかった。彼女から言わせれば当然すぎる結果であるし、逆によくもまぁ無謀なことをしたものだと呆れてすらいる。千年守鈴姫が乱入しなければ今頃どうなっていたことやら。彼にはもう一度じっくりと話し合う必要がある。


 それはさておき。


 初太刀から勝敗が決っしてしまうほど両者には実力差があったはずなのに。悠はその差を一気に縮めている。信じられないことではあるが、目の前でこうもありありと見せつけられてしまっては否が応でも認めねばならない。だからこそ、童子切り安綱はどう足掻いても答えを見つけることができなかった。


(以前もそうだ。悠よ、貴様はいったい何をしたというのだ!?)


 切っ掛けがあったとすれば、恐らく。それはきっと――。




 何度見切っただろう。迫る斬撃の包囲網を前に、悠は沈思する。以前の彼であったならば他のことに思考を回せられるほどの処理能力はなかった。それが可能となったのは、やはり彼女との修練が大きい。


 源頼光(みなもとのらいこう)が所持していた刀は現在、悠の手元にある。かつての輝きを取り戻してはいるものの、よくよく見やれば儀礼用として造られていたので殺傷能力は皆無に等しく。せいぜいが観賞用、もしくはコスプレ用ぐらいにしか使えない……コスプレをやるつもりは更々ないけれど。


 しかしながら、中に宿っている魂は別格だった。本人の残留思念に問いかければ、悠の意識は源頼光の世界へと誘われる。時間という概念がない、永遠とすらも思える時をすごせる性質を悠は利用した。

 人間の一生は短い。どう足掻いてもせいぜいが百年ぐらいなものだ。特に自分に至っては危険な場所に身を置いていることも相まって、生存確率も他と比べれば著(いちじる)しく短い。


 死ぬことはなく、老いることもない、ただ修練だけに身を費やせる環境を手に入れられた自分に、きっと世の武術家は羨むことに間違いない。条件として、残留思念の願望を叶えてやらねばならないところだけれど……。

 子を授かって親としてすごしたかったという源頼光の願望。それに彼が応える限り、悠には夢幻の時が約束される――母さんや母様(かかさま)と呼ばされるならばいざしらず、ママ呼びは未だに抵抗と羞恥心があるが。


(頼光さんにはまだまだ及ばない……けど、修練は決して無駄じゃなかった!)


 膨大すぎる殺気から本命となる太刀筋を見切ることは至難の業。だが、悠はそれをも克服した。今の彼であれば、広大な砂漠からたった一粒の小さなダイヤモンドを見つけられるに等しく、敵手の太刀筋を見極めることも可能とする。


(けど……そろそろ辛くなってきたな)


 進化したのは先読みだけで、肉体的変化は依然と変わっていない。結城悠はどこまでいっても結城悠(にんげん)のまま。純粋な身体能力だけは、どう足掻いても彼が克服できぬ壁。回避することに体力は当然ながら消耗し、回避できぬ太刀筋だけはどうしても受けきらねばならなかった。じわり、じわりと奪われ続けていく体力の悠に対して、楓の剣は激しさを増すばかり。


 あぁ、こっちの気も知らずに楽しそうに剣を振るってくる。それに俺は応えられている。御剣姫守(みつるぎのかみ)を相手に俺は今、十分に戦えている。悠も不敵な笑みで返した。こんなにも楽しんでくれているのなら、もっとそれに応えたい――ここにきて、腰の小木刀を抜く。

 剣鬼覚醒――地を蹴り上げた悠は楓へと肉薄する。


(俺は最後の最期までまで足掻いてやるぞ!!)


 飛んでくる斬撃網を躱し、受け流し、また躱し続ける。まだまだ彼女との距離は遠い。それでも悠の歩みは止まらない。千里の道も一歩から――ひたすら前へ。悠の歩みが鈍重と罵られようと、無謀と小口を挟まれても、それでも確かに。彼の歩みは確かに前に進み続けた。


「本当に! 強くなったんだね! なんだか嬉しくなってきちゃったよ!」

「そいつはどうも!」


 唐竹斬りを紙一重で躱す。ここだ。悠は下方より木刀を振り上げる。あっさりと避けられた。しかし、既に策は打っている。投擲した小木刀は空を穿つ。切先が狙いしは敵手の水月へ。


「やるぅ!!」

(かかった!!)


 ここぞとばかりに放った悠の刺突が小木刀の柄頭を打つ。縮地による推進力(エネルギー)が生産できない問題点はとうに克服している。上半身のバネのみで全力の刺突を放つことぐらい、悠には造作もない。斯(か)くして、剣鬼の魔剣がここに具現された。

 あらゆる防御を無力化する双貫(かさねぬき)が敵手の木刀を穿ち、中心を捉えた。どうっと音が鳴った方を注視すれば、楓が地に伏している。


 真剣による殺し合いでないのだから、彼女が死ぬことはない。それでも相応の激痛は免れず、しかれども悠に慮(おもんぱか)る気持ちは一切ない。敗者を気遣うことこそが不遜。勝者は勝者らしく、全力で戦った己を誇ればよい。


 俺は楓から一本を取ることができた。己の勝利を噛みしめながら、悠は胸中を擦っている楓の元へと駆け寄る。はだけた胸元から見える小さな突起物には、極力目を向けないようにした。さもなくば彼の背後を捉えている視線(やいば)が容赦なく、悠を貫こう。


「いったぁぁぁぁ……これ真剣だったら私様(わたくしさま)が死んでたんだけど」

「そうでもしないと勝てなかったからな。とりあえず、立てるか?」

「なんとかね。それにしてもさぁ、躊躇なく心臓を狙うって悠も結構容赦ないよね」

「容赦できる相手だったらどれだけ楽だったことか……」

「あははっ。それじゃあ楽しくなってきたところだし私様(わたくしさま)も本気出しちゃおっかな!!」


 木刀が放り捨てられ、本来の得物へと彼女の手が伸びて――白刃がお披露目を果たすことはなかった。童子切り安綱の手が楓の手を掴んで離さない。傍らで控えている三日月宗近と千年守鈴姫に至っては、いつでも斬れるぞと言うように柄に手を掛けている。

「そこまでだ楓。仕合は貴様の負けという形で終わった。これ以上続けることも、剣を抜くことも我が許さん」

「安綱さん……!」

「もう、これからがいいところじゃん!」

「駄目だ!! 真剣なんぞでやり合えばどうなるかわからぬほど貴様も愚かではあるまい。とにかく仕合は終わりだ。さぁ戻るぞ――その前に清掃をするように!」

「じゃ、じゃあ私様(わたしさま)はこれで~。お疲れ様で――」

「逃がすと思うか?」

「ですよね~。えぇ~面倒くさい~!!」

「言い訳は聞かん!」


 最後の最後まで渋っていた楓も、童子切り安綱の拳骨は相当応えたらしい。頭に大きなたんこぶを作って雑巾がけをする楓を横目に、悠も掃き掃除を行った。

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