第六十一話:楓という少女
結城悠と童子切り安綱、そして楓……未だこの三名による親子ごっこは続いている。保護観察対象となった彼女は、一人になろうと決起することに余念がなく。この関係を強く望んでいるのは、童子切り安綱だった。せっかく手に入れたおいしい役目を手放したくない気持ちも、女性だったならば同情もできよう。だが、物事には終わりがあるように、いつまでも偽りの関係は続けられない。
周りからの反応も、する必要がないのでは、と彼女を咎めるものばかりで。今回に限り、悠も同意見と寄せられる意見……と言う名の非難を否定しない。親探しについては、彼はまだ続けるつもりでいるが、悠達がもうそれを担う必要がないことは確かだ。
故にこれからは代理父としてではなく、一人の人間と御剣姫守としての関係を強く望んでいる――そんな彼の心情とは真逆のことが、現在進行形で起きていた。
町の一角、悠は千年守鈴姫と歩いていた。遥希の両親の手がかりを探す、というのは建前で、久方ぶりに耶真杜に訪れたのだから、はじめて足を踏む愛刀に色々と見せてやりたかった。明確にいつ頃戻るとは小狐丸には伝えなかったし、多少の遅れも天下五剣を理由にすれば、彼女らも文句は言うまい。
そうして有効活用させてもらった時間で、愛刀も今やにこにことしている。どうやら散々な扱いを受けていたことへの不満は、解消されたと見てもよかろう。剣鬼の口からも、安堵の溜息がただただもれる。
その道中だった。
(なんのつもりだ……?)
背後から向けられる視線に悠が気付いたのは、ほんの十分ほど前。
誰かがこちらを見つめている。その正体に気付くのに時間は必要なかった。どうやら監視の目から脱走することに成功したらしい。
しかし、はて。それならば、どうしてまだここにいる。あれだけ監視されることを嫌がっていたくせに、何故こちらの後をつけてくる。どこか別の場所にでも行けばよかろうに、残っている理由はなんだ。彼の疑問が解消されぬまま、ただただ時間だけが過ぎ去っていく。
進展は、なし。話し掛けてくるわけでもなく、ただ一定の距離を保ってついてくるストーカーじみた行為をされているものだから、悠も困惑を隠せられない。
「なぁ鈴……どうしたらいいと思う?」
「え、えっと。ストーカー被害って確か実損じゃないと警察も取り合ってくれないって、確か警察二十四時間でやってたと思うんだけど……」
「相手が普通のストーカーで、ここが俺達のいた日本だったらな――男性保護法でも、ストーカーに関する法律は書いていなかった」
「じゃあどうするの?」
「……仕方ない、こっちから攻める」
追いかけられているから、逆にこっちから攻める。
次の曲がり角に入った、と同時に悠は素早く踵を返す。あっ、と間の抜けた声をもらした本人と対面した。相手はぺろりと舌を出している。バレちゃったか、と口にする辺り彼女はまったく自らの行いに悪びれていない。
「……さっきから俺達の後を付け回してきて、いったい何の用だ? 保護観察対象が、保護者の目を盗んで一人で歩いているのは感心できないな」
「だって退屈なんだもん。それにじーっって見られてるのって私様は大っきらいなんだよねぇ。だからこっそり逃げてきちゃった!」
「いや、飛び切りの笑顔を浮かべてもやってることは悪いことだからな……」
「まぁまぁ、細かいことは気にしない気にしないっと。それよりもさ、えっと……さっきちゃんと名前を聞けてなかったんだけど。確か、悠だっけ?」
「ん? あぁ……俺の名前は結城悠だ」
「ふ~ん――ねぇちょっと私様と手合わせしてみない?」
「は?」
この娘は突然何を言い出すのか。彼でなくとも誰しもがそう思わざるを得まい挙措に、剣鬼の愛刀がいち早く反応を示している。上から下へとさながら蛇のように這わせている視線は、結城悠がいかに自信を満足させられるに値するか。要するに、彼女は今品定めしている。
(こいつ……)
あるいは、そのことに悠は怒るべきだったかもしれない。
しかし、不思議とそんな感情は湧いてこなかった。それはきっと、彼女の双眸があまりにも澄んでいたからかもしれない。性的欲求を孕んだ視線とは明らかに異なる。それこそ、彼がかつて目にしてきた数少ない他流仕合で目にしてきた武芸者達に通ずるものがある。
自分の実力を試したい。相手の相手の力量をその身を以て味わい尽くし、尚自らが勝利することを賭して刃を交える。彼女の双眸は、彼を一人の男としてではなく、刃振るいし者として見つめていた。
であれば、悠が楓に叱責する道理はどこにもない。言葉通りの意味をもちかけられたのならば、断る必要もなし。新選組にいた時は加州清光らが積極的に稽古相手を務めてくれていたが、帰ってからの剣鬼の相手は決まって千年守鈴姫だけであった。これにはもちろん、彼女が何人たりとも仕手には近付けさせまいと、日々奮闘していることも大きく関与しているが……。
(戦ってみたい)
本人の前では口が裂けても言えぬが、内心そろそろ新たな刺激を求めてもいた。先の戦闘でありありと見せつけられた楓の技は、どこか鬼に通ずるものがある。人外との戦いに身を置く者として、これほど相応しい相手もまぁおるまい。そんなとても魅力ある誘いだから、悠はただこう答えるのみ。
「……是非、よろしく頼む」
楓の口角がにぃっっと上がった。
「ちょっと悠大丈夫なの……?」
「修練は大切だし、それに痛みがないと何も憶えられないし学べない。みんな遠慮ばかりだからな。楓みたいにストレートに誘ってくれるのは、俺としても嬉しいんだよ」
「決まりだね。それじゃ行こっか――って、どこかそういうところできる場所ってあるのかな?」
「あぁ、それなら確か――」




