第五十六話:今話題沸騰の作家
警邏もひと段落して、次に悠に待っている任務は基地で待機している御剣姫守らの食事の用意だ。多少マシにはなったものの、それでも家事をずっとし続けてきた悠と比べるとまだまだ足元にも及ばない。
悠の手料理が食べたいと熱烈なご所望を多数寄せられては、悠もまんざらではなかった。作り手として、おいしいと笑顔で食べてくれる光景を見やるのはとても嬉しいことだ。
もうすぐ支部が見えてくる。そこまで戻ってきたところで、ふと悠は歩みを止める。つられた千年守鈴姫も立ち止まって疑視を悠へと向けた。
「悠どうかしたの?」
「いや、ほら。あそこ」
視線の先で人だかりができていた。
わいわいと賑わっていて、事件性がないことにほっと安堵の息がもれる。けれどもいったい何をそんなに盛り上がっているのだろう、と気になってしまうのが人の性。
故に小首をひねりつつも悠は人だかりへと近づいていって……かつてないほど神に感謝することとなる。これが運命であると神に言われたのなら、その場で平伏して頭を下げてもいいぐらいに。
「先生! 【桜華刀恋記】を私に売ってください! どこの書店に行ってもなくて……!」
「次巻はもう書いているって噂は本当なの!?」
「次の話には是非このワタシを物語に書いていただければ……!」
「み、みんな落ち着いてくださいぃ! そんなに慌てなくてもちゃんとここにもありますからぁ! 次巻も書いていますし、後実名を出すと暴動が起きるのでごめんなさいぃ!」
「ねぇ悠。あそこにいるのって、もしかして……って悠!?」
千年守鈴姫の問いに答えることなく、悠の足は人だかりの方へと向かっていた。
まさか、こんなところで出会えるなんて思ってもいなかった。溜まりに溜まった不満の捌け口を見つけられたことに、悠の口は三日月を描いている。
民衆の視線はやがて彼の方へ。違った意味での黄色い声も差し伸べられる手にも目もくれず、ただ一直線に突き進む。今の悠の眼中には、たった一人の存在しか映っていない。
身の丈ほどはあろう漆黒の翼を生やした、編み笠の少女と目が合った。
「おやおや、もしかしてあなたはぁ?」
「えぇ、あなたの書いた【桜華刀恋記】に勝手に出演させられている結城悠といいます。漆黒の三足烏……先生でよろしいでしょうか?」
「えぇ、そうですよぉ。私が漆黒の三足烏ことぉ、小烏丸と申しますぅ!」
「小烏丸……!?」
小烏丸――伊勢神宮からの使いだというカラスが桓武天皇に与えた、平将門を斬った、などなど。いくつもの伝説を持った皇室御物の宝刀。
切先から峰にかけておよそ一尺(三十センチ)刃と化しているものを鋒両刃造と呼ばれる。その中でも刀身が反り返っているものは、かの宝刀から取られて小烏丸造という。
「いやいやぁ! まかさここで悠さんと出会えるなんて夢にも思ってませんでしたよぉ! あのぉ、もしよろしかったらぁ……一緒にそのぉ、お茶とかしませんかぁ?」
「そうですか、いや奇遇ですね。実は俺も漆黒の三足烏先生に色々とお聞きしたいことが山ほどありましてですねぇ。ちょうど今から支部に戻って昼食の用意をしようとしていたところなんですよ。よろしければ一緒にどうですか?」
出来る限り温厚に、それでいて心中では怒りを滾らせて。こめかみで立とうとする青筋をも必死に抑えつつ、悠は漆黒の翼を生やした編み笠の少女――小烏丸に満面の笑みを浮かべてみせた。
後ろで彼女を羨む声が上がっている限り、怒りは隠せているらしい。愛刀の目までは誤魔化せなかったが、当事者さえ騙せさえすれば些細な問題にすぎない。
「いいんですかぁ! うわぁ、これは嬉しいですねぇ! まさかあの生きる伝説こと悠さんの手料理が食べれるなんて夢のようですぅ!」
「いえいえ、それじゃあ一緒に行きましょうか。案内します」
「ありがとうございますぅ! ほら、一緒に行きましょうぅ」
今更ながら、小烏丸の足元にいる少女の存在に気付いた。ぼろぼろになったローブにすっぽりと包み込まれていて、わずかに覗かせている顔はどう見ても彼女と親子関係があるとは思えない。
よもや人攫いか。そんな危ない可能性が脳裏に浮かんだものの、悠はありえないとしてこの仮説を否定する。本当に誘拐されたのならば、どうして犯人に身を隠そうとする。そうするのは彼女が小烏丸に信頼を寄せているなによりの証拠だ。
「はじめまして。俺は結城悠っていうんだ。こっちは俺の愛刀の千年守鈴姫」
「よろしくね」
「…………」
「……えっと、君の名前は?」
「…………」
少女からの返答はない。こちらに警戒をしているのだから、彼女の反応は極めて正しい。知らない人には名乗らない、ついていかない。両親が教えることを少女はしっかりと守れている。
しかし、はて。
(なんだ……この違和感は。俺はこの子と、どこかで出会ったことがある?)
そんなわけがない。悠は即座に否定する。
いくら特徴的な女性ばかりがいるとはいえ、一度会っているのなら絶対に忘れることはない。これでも記憶力はいい方だと悠は自負している。だからこの既視感も気のせいだ。そう自らに言い聞かせたところで、口を開いた小烏丸に悠は傾聴の姿勢を取る。
「あ~、その子はですねぇ。自分の名前もわからないんですよぉ」
「え? 自分の名前が、わからない?」
「はいぃ。だから私もまだわかってなくてぇ……」
「そう、ですか……――とりあえず、支部の方に行きましょうか」
「あ、はいぃ。よろしくお願いしますぅ」




