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第五十二話:遥か古からの宿願

 悠は自らの両手をただただ、じっと凝視していた。

 町の方角から四匹の獣が飛んできたかと思えば、それは一つの集合体としてこの身に降り、かと思えば一振りの長刀へと姿形を変えたのだから驚くなという方が無理なもの。

 驚愕はまだ続く。長刀を通して流れ込んでくる記憶が、悠に強く訴える。あの怪物をどうか一緒に討ち取ってほしい、と。


「悠さん!」

「三日月さ……ってどうしたんですかその姿は!?」

「えっとこれですか? これは私の【月華彌陣げっかびじん】の真の力を解放した姿です。そ、それよりもその刀はいったい――」

「……鈴!? お前……正気を取り戻したのか!?」

「は、悠さん!? 無視するなんて酷いです!」

「す、すいません、とりあえず色々と後で説明しますから、先に皆の加勢をお願いします!」

「もう、約束ですからね!」


 銀色の長髪を靡かせながら仲間の下へと走っていく後姿を見送って――さて。悠は改めて己が愛刀と対峙する。操られていた時にあった殺意は嘘のように消えていて、代わりに罪悪感がひしひしと伝わってくる。


「鈴……」


 もう一度、愛刀の名を呼んだ。

 返事はない。目も合わせようともしない。ただ固く口を閉ざして、顔をただただ俯かせている。それにとうとう痺れを切らして、悠は千年守鈴姫の顔を両手で優しく挟み込んだ。そしてもう一度、彼女の名を口にする。


「鈴――」


 今度は優しく、かつて泣いていた幼き自分に母が話し掛けてくれたように。ゆっくりと静かに、顔を上げさせる。それに抵抗されることもなく、ようやく視線を交わらせた。

 千年守鈴姫は泣いていた。声を殺し、目元を真っ赤に腫らして、涙と鼻水でぐちゃぐちゃに顔を汚しながら。悠を捉えている瞳は、ただただ許しを乞うている。

 正しく怒られた子供が親に許しを乞う目だ。悠はそのまま、そっと千年守鈴姫を抱き寄せた。


「俺なら大丈夫だし、お前は操られていただけだ。だからそんなに気にするな」

「でも……でもボク、悠に酷いことしちゃった。それに、他の人達にもいっぱい……!」

「……前にも言ったけど、お前は俺の愛刀かたなで俺はお前の仕手だ。一度は手放してしまったお前を、俺は何があっても絶対に片時も離さない。何をする時も一緒だ。悪いことをしたのなら、俺も一緒に謝ってやる。だから、これからもずっと俺の隣にいてもらうぞ鈴。もちろん俺もお前の隣にいる……ここに誓う」

「悠……」

「それに誰かと結婚するつもりなんて今はないし、既成事実なんかも作らせない。まだまだ現役を引退するには早すぎるからな」

「悠ぁ……!」


 幼子のように泣きじゃくる千年守鈴姫を、悠は亜棚を撫でてあやし続ける。

 やがて、悠はその手をゆっくりと離した。何事もなければ、このまま続けてもよかったのだが……。


「そろそろあいつをどうにかしないとな」


 視線の先では、未だ健在の『血を啜りし獣』がいる。天下五剣――三日月宗近に至っては真の力を解放している――がいるにも関わらず、未だ落せていないその堅牢さと強さに、然しもの敵も今度ばかりは一筋縄ではいかない。

 伝説とはそれだけに強大で、だからこそ。


(今度は俺がみんなを守る番だ……!)


 ここに戻ってくるまで後生大事に持っていた右手のソレに視線を落とす。同じく、千年守鈴姫もソレの存在に気付いた。


「悠……それは?」

「これか? これはあの怪物……『血を啜りし獣』を倒すための秘密兵器ってとこだ」


 ぐるぐるに巻かれた白い布から顔を覗かせているのは一本の柄。はらりと、完全に取り払われたことで全貌が明らかとなる。

 全長だけでもその長さは八尺はある。鞘、柄ともに目立った装飾は施されておらず。だが、抜き放つだけでも仕手に多大な苦労を掛ける刀身それは鏡のように美しい。


「すごく、きれい……」

「あぁ、ようやく宿願成就されようとしているんだ。こいつも気合が相当入っている」

「宿願……? こいつ……?」

「後で詳しく教えてやるよ。今はあいつをどうにかしないとな」


 三日月宗近達の下へと駆け寄る。


「悠さん!」

「すいません、永らくお待たせ致しました。後は俺がなんとかしてみせます」

「貴公が一人でだと? そんな無茶な真似を某が許すと思っているのか!」

「大丈夫ですよ虎徹さん。俺一人だけなら無理だったでしょう、が……今回はこいつがあちますので――『血を啜りし獣』! この剣に見覚えがあるかっ!?」


 見上げるほどの相手の耳にこの声が届くか、などという心配は杞憂であった。

 いや、言葉が通じずとも理解できるものならばあるではないか。一度は撤退し、二度目は人間の女性に封印された経験があるからこそ。悠の右手で眩い輝きを放つソレの前に、予想以上の反応レスポンスが返ってきた。


「動揺しているな? まぁ無理もないだろう。お前のことはこいつが色々と見せてくれた。そしてそこに宿る意思もな――もう封印なんて生易しいことはしない。お前が喰らってきた犠牲者の魂、今日ここで解放させてもらうぞ!」


 『血を啜りし獣』が吼える。そこには先程まではなかった焦りが孕んでいる。

 当然だろう。封印された時、オキクルミは“女性”だったからこそ真の力を解放するに至らなかったのだから。今回の仕手は男……結城悠の前に、天吼てんほう星獣剣せいじゅうけんも真の力を発揮する。

 再度、『血を啜りし獣』が吼えた。すると、ある変化が周囲に現われるようになる。

 雪が独りでに盛り上がるや否や、そのまま形を変えた。雪の身体を持った怪物である。


「雪を操る能力か? 厄介だな姉者」


 疲れを顔に表わしている和泉守兼定の言い分は正しい。雪を自由自在に操れるのならば、まず完璧に殺すことは不可能。斬ったところで雪。痛くもなければ死という概念すらも彼らにはない。付け加えて、この神威であれば材料となる雪は腐るほどにある。即ち、これから無限に等しい数と戦わなければならなくて――そうとわかっていように、誰もその顔には絶望に染まっていない。

 笑っていた。上等だ遠慮なく掛かってこい、と。まるでそう言っているかのように。その不敵な笑みが、何よりも頼もしい。釣られて不敵な笑みを浮かべながら、悠は長刀を構えた。


「あいつはこの刀でしか倒せません! ですから皆さんは援護をお願いします!」

「まったく……男である貴公にすべてを託してしまうのは、新撰組局長……いや、御剣姫守みつるぎのかみとして心痛いが。今ばかりは仕方あるまい。安心しろ悠よ。某らが、この命に代えてでも貴公には指一本触れさせん」

「それは私の役目なんですが……まぁ悠さんを守るという目的は同じです。今ばかりは過去の因縁は忘れて協力し合いましょう」

「足ひっぱんないでよ、かしゅー」

「それはこっちの台詞ですからっ!」

「行くぞ和泉守」

「自分に命令していいのは姉者だけだ。貴様の命令は一切受け付けん、逆に自分についてこい」

「やれやれ、悠は私のものなんだけどなぁ……」

「ウチの男やで! そこんとも間違えたらアカンからな!」

「またやってるよ悠……」

「……そう心配しなくても大丈夫だ鈴。これでいいんだよ、これで。だって――」


 言葉はいがみ合っていても、恨みや憎悪を感じないだろう。一度は確かに別れてしまったけど、完全に姉妹の絆が断ち切られてしまうことなど決してないのだから。


「……うん、そうだね」

「……全員これが最終決戦と思え! 我ら新撰組の役目は結城悠をあの怪物……『血を啜りし獣』が辿り着くまで護衛することにある! 例え四肢がもがれようと、命を落とそうと、たった一人の男を守れないことを何よりも恥と思え!」

「全軍某に続け!!」


 長曽祢虎徹の力強い号令と、先陣を切った局長らの後ろを隊士達が追従する。彼女達の雄叫びと地踏みは大地を鳴動させて、雪の怪物の群れへと一気に向かう様はさながら雪崩れのよう。


「私達も行きましょうか」

「うむ。ここで遅れては天下五剣の恥。遅れを取る訳にはいかんからな!」

「光世も今日はいつも以上に本気出しちゃおっかな!」

「ここで悠にまたできる女ってところを“あぴぃる”しておかないとね」

 三日月宗近達もまた、彼女らの戦線へと加わる。

「悠……ううん、主」

「どうしたんだ急に。悠でいいんだぞ?」

「それは二人っきりの時だけにしたい、かな。駄目?」

「いいや、全然大丈夫だ――それじゃあ鈴、俺達も行くぞ!!」

「うん!」


 愛刀を率いて悠は地を蹴り上げた。

 剣林雪牙けんりんせつがの中を直進する悠の足取りには迷いは一切ない。何故なら頼もしき仲間がたくさんいるから。大切な愛刀が一緒に戦ってくれているから。安心して悠は背中いのちを預けて敵手へと向かうことができる。


「ボクね! わかったんだ主!」

「何がだ!?」


 敵を切り裂く傍ら、ふと話し掛けてきた千年守鈴姫に悠は尋ねる。


「ボクの刃戯じんぎについてだよ!」

「それは、よかったな!」

「ボクの刃戯じんぎはね、主がいないと駄目みたいなんだ」

「俺が?」

「前の時もそうだった。悠と一緒に鬼と戦っている時が、一番ボクは自分の実力が出せたんだ。だからボクの刃戯じんぎの発動条件は主が傍にいてくれないと駄目なんだって!」

「俺が……」


 言われてみて、確かに。悠には思い当たる節があった。

 一緒に戦っている時とそうでない時とでは、明らかに動きのキレが異なる。些細な変化ではなく、恐らくは素人目であっても気付けよう。

 特定の人物が一緒にいることを発動条件とする千年守鈴姫の刃戯じんぎ。時間帯による条件ものもあるぐらいなのだから、彼女のようなものがあってもまぁ不思議ではない。

 しかし、なんとも限定的ピーキーすぎる。これは裏を返せば、対象となる人物を失えば二度と能力を使えないことも表わしているのだから。


「二人で……か」

「主?」

「……鈴。お前は怒るかもしれないけど、俺はお前が御剣姫守みつるぎのかみになったと知った時、お前を守らないといけないと思っていた。いや、お前にまで守られるのが何よりも嫌だったんだ……」

「主……」

「……お前を守れるのなら、俺は喜んで喩宇鬼ゆうきにもなれる――でも、今は考え方が少しだけ変わった。俺……結城悠は千年守鈴姫があってこそ初めて結城悠おれなんだ。だから……その、これからは二人で! 俺と一緒に戦ってくれないか?」

「……何言ってるのさ主。今更すぎるよ、そんなの。ボクだって仕手がいなかったら何もできないもん。だから、ボクを振るって主。主が手に取ってくれなきゃ、ボクは弱いままだからね」

「……当たり前だ! 俺達は二人で一つだ、これからは俺の背中いのちは全部お前に預ける!」

「任せてよ主! それじゃあ早速見せ付けようよ、これがボク……ううん、ボク達の刃戯じんぎ――えっと、双極神楽そうきょくかぐら!!」

「いい名前だな!」

「今思いついた!」


 お互いに小さく笑って、敵を斬り捨てる。

 案の定、敵を斬ったところで何度も新たに兵力が補充されていく。

 それでも悠の歩みは止まらない。前へ、前へと。目の前の敵だけに集中して長刀を振るい続ける。

 背後から、真横から敵が迫ろうと彼の意識は前のみを捉え続けている。


迦具土神かぐつち!!」

蒐極突剣ちゃーじしょっと・特大三ッ! 段ッ!! 突きッ!!!」

廻天双月かいてんそうげつ・凪!!」


 道ならば仲間が切り開いてくれる。だから己はただ、まっすぐ突き進むだけでいい。

 そして、ついに――悠は『血を啜りし獣』と対峙する。

 明らかな動揺と恐怖を見せる『血を啜りし獣』に悠は長刀を高らかに掲げる。


「さぁ、後はお前の出番だぞ――天吼てんほう星獣剣せいじゅうけん! 今こそ気が遠くなるような昔に交わした誓いを果たす時だ!」


 悠は天吼てんほう星獣剣せいじゅうけんをそのまま上段に構える。その状態から繰り出される技はもちろん唐竹斬り。縦一文字に敵手の脳天から股下まで一気に斬り抜ける基本中の技。

 それでは見上げるほどの相手の頭上に、悠の身長だとまったく長さが足りていない――などという心配は皆無。


「今回限りのファンタジー技だ、とくと味わえ『血を啜りし獣』! 陽皇龍蒼ひおうりゅうそう天醒刃楼てんせいじんろう!!」


稲妻のように鋭く打ち落とされた刀身から炎がわっと燃え上がるや否や、瞬きの次には蒼き龍へと姿を変えた。

 (いなな)きをあげて雄雄しく天へと昇り、怨敵をその瞳に捉えると彼は更なる変化を遂げる。有機物から無機物へ。入念に立てられた刃はどんなに堅牢であろうと切り裂けよう。その正体は巨大な直刀――天吼てんほう星獣剣せいじゅうけんそのものである。

 仕手はいない――いや、仕手ならばずっと前から天吼てんほう星獣剣せいじゅうけんの中で眠り続けていた。ようやく永き眠りより目覚めた大いなる意思によって、大きく振り翳されたそれに『血を啜りし獣』へと振り下ろされる。

 斬と音が鳴った。ことりと首が落ちる。

 呆気ない幕切れだった。あれだけ太刀打ちすら叶わなかった相手が、こうもあっさりと敗れ去ったことに誰しもがぽかんと口を開けている。その心情は、剣の担い手たる悠とて同じく。


(これが……天吼てんほう星獣剣せいじゅうけんの力か!)


 ともあれ、大将首が討たれたことで兵士達も戦意喪失――元の雪へと戻って、自然の一部として還っていった。


「おわ……たのか?」


 長曽祢虎徹がぽつりと呟く。誰に尋ねるわけでもなくこぼれたその言葉を、悠は拾う。


「恐……らくは、ですけど」


 悠も、自身の言葉に自信を持てずにいた。本当に、これで終わったのだろうか。ずしんと大きな地響きを起こして崩れ落ちた様子と、無造作に転がっている首の生気のなさを見やれば、とても生きているようには思えないのだが……。

 その時である。誰かが、あっ、と声を荒げた。

 何事かとそちらに視線と意識が集中する。声を発したであろう隊士の一人は、空を見上げていた。信じられないものを見たとでも言いたげな表情で何を見たのか。釣られて、一人また一人と空を見やれば、彼女と同じく表情が次々と浮かぶ。

 ただ、同じ驚愕かんじょうでこそあるものの、彼女達は絶望や恐怖をしているのではない。その証拠に、皆の顔は次々と笑みに変わり始めている。神威という地に身を置く……いや、呪われた土地と化してから果たして何年ぶりになるのであろうソレとの再来に、喜ばぬ者などいるはずもない。

 鉛色の雲の隙間から温かな光が地上へと差し込んだ。

 気が付けば、骨にまで届く寒さも今ではすっかり穏やかな微風になっている。

 自然の恵みたる太陽が、神威の地に戻ってきた瞬間に立ち会えた――それをいち早く理解したであろう、長曽祢虎徹が刀を掲げて勝ち鬨の声をあげる。

 わずかに遅れて、皆が勝ち鬨の声をあげる。

 遥か遠い世界から始まった永く続く因縁に、終止符が討たれた。

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