第五十三話:帰還
既に門の前では三日月宗近達が集まって、手荷物やらを見れば出発の準備は整っているらしく……それはそうとして。その後ろでめそめそと泣いている新撰組はどうしたのだろう。見送りとしては、随分と周囲の空気がどんよりとしている気がする。
そんな心情で悠が屯所へと近付くと、新撰組隊士達はわんわんと声をあげて泣き始める。その光景には、悠も頬をひくりと引きつらせる。
「行かないでよ悠きゅ~ん! 悠きゅんがいなくなったら私達これからどうやってすごしていけばいいのぉ……!」
「い、いやそんなこと言われても……」
「えぇい、いい加減に泣くのは止めよみっともない! 貴公らはそれでも新撰組の隊士か!」
長曽祢虎徹の一喝に、隊士達の目はお前もだろうとツッコミを入れるかのように冷ややかなものだった。部下を嗜めた彼女こそ涙と鼻水でぐしゃぐしゃな顔をしていて、新撰組局長としての威厳などどこにもない。
加州清光に至っては、別れを惜しむ傍らで妄想による鼻血を出すという器用な技を披露してくれた。
ほくそ笑む……でいるつもりなのか。明らかに嬉しそうに口元を緩めている三日月宗近らを一先ず後回しにして、悠は長曽祢虎徹に手拭を渡す――ものの一瞬で奪い取られて、懐へとしまわれた。
(まぁ、顔がきれいになったしいいか)
別段取られても量産品を奪われたぐらいで目くじらを立てて怒る必要もあるまい。
「あ~……すまない悠。貴公には見苦しいところを見せてしまったな」
「いえ、俺は特に気にしていないので大丈夫です」
「そう言ってもらえるとありがたい……――と、時に悠よ。貴公はその……本当に行ってしまうのか?」
「えぇ、俺はそろそろ本土へ――弥真白に帰ろうと思います」
『血を啜りし獣』を討伐した報酬として、悠は千年守鈴姫の脱退を要求した。
反対の声も多々上がるも、神威を救った功績を出せば彼女達は口を閉ざすしかなく。この行為が卑怯であることを自覚しながらも、誰も争うことなくきれいに事を収める方法として、悠にはこれ以上にない策だった。
結果、交渉は成立。悠は無事、愛刀を連れて神威を発つことができる。
それを諦めきれずに引きとめようとしてくるものだから、往生際が悪いとばかりに新撰組を見やる三日月宗近らの視線はとても鋭くて痛々しい。
「うぅ……ウチは嫌や! 悠はもうウチの……三番隊の隊士なんやで!? 隊長のウチをたくさん癒すっちゅう大切な任務をほったらかして行ってしまうなんてあんまりやないか!」
「いや、そんな任務を受けた憶えはないしそもそも受けたくもないぞ俺は……」
「せっがぐ悠ざんど……グスッ、いっしょにやっていけると思っだのにぃぃ……一緒になっだらお風呂どがでばっだり……ぶふぅっ!」
「清光さん泣きすぎです。それと泣くか鼻血を出すかどっちかにしてください」
真っ赤に染まった二枚目の手拭が懐にしまわれて、さて。悠は本題へと入る。
「虎徹さん、それに新撰組の皆さん。今日まで色々とご教示してくださり本当にありがとうございました。短い期間でこそあれど、数多くのことを学べたかと思います――ですのでこれはお返しいたします」
新撰組の証……ダンダラ模様の羽織を長曽祢虎徹へと返上する。
「……そうか、あいわかった。もはや何も言うまい。某も貴公を快く送り出そう」
「……確かに俺は桜華衆の一員です。だから新撰組に入隊することはできませんが、誰かのために剣を振るうことに関しては一緒です。ですのでまた神威に遊びに来た時は、色々と教えてもらえると嬉しいです」
「ちょっと待ってよ悠。君はまたこんな辺鄙な場所に遊びに行こうとしているのかい? さすがに君を預かる隊長としてはちょっと許可できないかな」
「パワハラって言葉を知ってるか小狐丸。どこへ遊びに行こうかは俺の自由だろうに――それに、まだ神威ではやりたいことがあるんだよ」
「やりたいこと?」
小首をひねる小狐丸を他所に、悠は咳払いを一つして意識を自分の背中へと向けた。
布で巻かれたとてつもなく長い物。持ち運びに大変不便しているが、されど愛刀に次ぐ戦果であることは確かだ。
夢の中で天吼・星獣剣――その持ち主と悠は対面を果たした。『血を啜りし獣』も含めて地球外惑星からやってきたと知らされた時には心底驚かされたものだが、ともあれ感謝の念と共に天吼・星獣剣を渡された。
自分のような人間がもらってもよいものかと最後まで思ってはいたが、託された以上悠はそれを受け継ぐ責任がある。これからもより多くの牙なき命を守るためにも、どんどん強くななればならないのだから。
さて。思考を切り替えたところで、悠は話を再開させる。
「新撰組ですごした時間は、まぁ色々とありましたけど俺にとってはとても充実した時間でした。だから、またここにお邪魔してもいいですか?」
「悠……あぁ、もちろんだとも! いつでも遊びに来るといいぞ! その時は某自らが貴公に剣の手解きをしてやるとしよう!」
「自分もだぞ悠。そしてその時こそ悠を堕とす」
「させるか馬鹿者が」
また始まった。和泉守兼定と童子切り安綱の口論を切っ掛けに、過去に因縁ある者同士らで醜い罵声の応酬が始まる。けれども、最初の頃に比べればどこか柔らからさがある。
「三日月よ。次こそは某が勝つ、憶えておけ。それまでは貴公に仕方なく悠を預けておくことにしよう」
「えぇ虎徹さん。私はいくら挑まれても絶対に負けませんのでご安心ください――それまで、体調を崩したりしないように」
「ふっ、それは某の台詞だ三日月――貴公もな」
「……では、、そろそろ行きましょうか。それじゃあ虎徹さん、和泉守さん、清光さん、鬼神丸、それに皆さんもお元気で!」
涙と共に盛大に見送られながら、悠は新撰組屯所を後にする。
千切れんばかりにぶんぶんと手を振っている彼女達の姿も見えなくなった頃。
「そう言えば悠さん。先程から少し、いえかなり気になっていることがあるのですが……」
不意に、三日月宗近が口を開いた。
見やらずともわかる。彼女の声には嫉妬が孕んでいて、その原因もまた理解している悠は視線だけを右隣に移す。終始右腕にべったりとくっ付いて離れようとしない千年守鈴姫に思わず頬を緩めて――それがどうやら引き金を自ら引いてしまったらしい。猛抗議という津波がざぁっと押し寄せてきた。
「どうしてそんなにも彼女とべったりと腕を組んでいるんですか!? そんな羨ましいこと私はしてもらったことありませんよ!?」
「それを言うのなら私もだよ。それ以前に君には絶対に私よりも先を越させないけどね」
「光世も腕組んで歩きたいし!」
「どういうことか説明しろ悠!」
「ど、どういうことも何も。千年守鈴姫は……鈴は俺の愛刀です。剣士が自分の刀を携えることに何の問題が?」
「それはそうですけど! でも、だからってその……!」
「なんと言われようと、千年守鈴姫は俺の愛刀です。こいつなくして、俺は結城悠足り得ない。だからもう、こいつを片時も離したりはしたくないんです。だって千年守鈴姫は……鈴は俺の愛刀ですから」
「そ、そんな……!」
そう言い切って、まるでこの世の終わりに絶望するかのような四人には悠も苦笑いを浮かべる。寝取られた、と誰かがこぼした呟きも、誰とも交際していない悠にとっては酷い言い掛かりでしかない。
「そういうこと。だからもう主にちょっかいを出すのは止めてくださいよ?」
「……いいでしょう。悠さんがあなたと行動を共にすると言うのであれば、私達からは何もいいません。剣士が愛刀を携えることは決して悪いことではありませんからね」
(……随分とあっさりと引いたな――)
もっと大荒れになるかと思っていた。三日月宗近だけでなく、他の面々も彼女の発言には同意すら示している。それが返って不気味で、千年守鈴姫も警戒して腰の得物に手を伸ばしている。
「ですが!! 例え悠さんの隣を手に入れられたとしてもまだ反対側が空いています! そこは即ち、正妻たる私の場所ですのでそのつもりで!!」
「いやいやいや。何を言っているのかなこの馬鹿姉は。そこは私の場所って悠と出会った時から予約してあるんだけど。ねぇ悠」
「そんなことをした憶えは一切ないぞ……」
「だ、駄目ですからねっ! 主はもうボクだけのものなんだから! 絶対に誰にも渡さないんですから!」
「知らないのかい? この高天原にはね、一夫多妻制が認められてるんだよ。男を一人でも多く産まないといけないから……ね?」
「……主?」
「なんで俺を見る。俺はまだ誰とも結婚するつもりはないからなっ!」
「あぁ、今はいいぞ……今はな」
「絶対に光世が一番になるし」
不敵な笑みを浮かべる三日月宗近らの猛獣の如き眼差しに、千年守鈴姫はきっと睨み返す。ばちばちと両者の間に火花が散っている……ように見えたところで、ふと思い出す。
弥真白支部に残っている四人の御剣姫守と駄目な御剣姫守が一人。彼女達が自分の愛刀を受け入れてくれるか否かもそうだが、ともあれ更なる波乱が巻き起こるのは、きっと避けらそうもない。
溜息を一つこぼし悠が見上げた空には、燦燦と穏やかに輝く太陽が青空の中に浮かんでいた。




