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第四十二話:千年守鈴姫

 昨日と変わらず雪風が神威を吹き抜け、これが昨日よりもまだマシだと口にするのだから現地人の適応能力に感心させられつつ、現在――悠は千年守鈴姫と共に町を歩いていた。当初の目的は一先ず達成されたし、かつての愛刀とも再会を果たせた。昨晩だけではまだまだ語り尽くせぬという思いは、どうやら双方同じだったらしく。それならば、と。残る休暇を千年守鈴姫とすごすことにした――とは、長曾祢虎徹からの提案だったりする。


(予定だと今日ぐらいには弥真白やましろに帰るはずたったんだけどなぁ……)


 神威の環境はあまりにも過酷を前にすればするほど、脳裏に浮かぶは弥真白やましろのことばかり。賑わいを通り越し姦しいが、穏やかな空気に包まれていたし、なにより京風の町並みと所縁がある彼の癒しともなっている。だが神威ここには、あそこのような色彩はない。それでも悠が未だに滞在しているのは、隣を歩いている己が愛刀を取り戻すためである。


「主寒くない? 大丈夫?」

「あぁ、心配ない」

「……ごめんね。ボクが不甲斐ないばかりに」

「お前は気にするな。あの人がいなかったら、もしかするとお前は鬼に殺されてたかもしれないんだ。感謝こそしても、恨むのは筋違いにも程がある」


 だが、それでも。不安げな表情を浮かべる千年守鈴姫を横目に、悠は沈思する。

 長曾祢虎徹は是が非でも結城悠を新選組に入隊させようとしている。新選組隊士としての役職を与えられても、悠にしてみれば千年守鈴姫の立ち位置は人質ならぬ刀質と大差ない。さて、この状況を如何にして脱するか。それこそ、昨晩から愛刀との語らいの片隅で考えていたことだった。

 千年守鈴姫を諦めるか――ノー。自分のために他人を、ましてや愛刀を犠牲にするなど己がなによりも許さない。

 新撰組に直接交渉するか――どっちかと言えばノー。話術による交渉は恐らく不可能。となれば物理的手段……即ち、必然的に戦闘となる。

 鳴守真刀流、裸眼剣らがんけん――早い話がただ半裸になるだけの騙まし討ち――を披露した以上、二度と同じ手を食うほど相手も愚かではない。だが、一対一タイマンという状況であるならば。こちらにもまだ勝算がある。


(俺がなんとかするしかない……な)


「主?」

「うん? あぁいや、なんでもない。それより御剣姫守みつるぎのかみになってからどうなんだ?」

「うん、この身体の使い方ならもう大丈夫だと思う。さんざん局長に扱かれたからね」

「長曽祢虎徹直々か……天然理心流宗家の修練は厳しかったか」

「さすがって感じだったよ。本当に丸太を振って素振りさせられるなんて思ってなかった。でも、おかげさまで短期間で成長した実感はあるかな」

「へぇ」

「……信じてないでしょ?」

「誰もそんなこと言ってないだろ」

「嘘。今ボクのこと馬鹿にした。ボクだってもう御剣姫守みつるぎのかみになったし、主の足は引っ張らないもん!」

「わ、わかったからそう怒るなよ鈴……」

「あ、いたいた! おーい、ちーやん!」


 さくり、さくりと雪を踏む足音に顔を見やれる。純白の景色せかいに青いダンダラ模様を溶け込ませて駆ける少女の顔には、若干の焦りの感情いろが顔に孕んでいる。鬼神丸国重の登場に千年守鈴姫が小首をひねる横で、しっかりと防寒対策している悠は唖然として彼女を迎える。――見ていて寒くなる格好だ、やめてほしい。


「って言うか、ちーやんって呼ばれてるのかお前」

「新撰組内でのボクのニックネーム。鬼神丸が勝手に付けて、いつの間にか浸透しちゃってた。後今のボクの上司も鬼神丸なんだ」

「へぇ、鬼神丸が……」

「でも、どうしたんだろ」

「“でぇと”の最中やけど任務や。各地の漁場で鬼が出現。ちーやんはウチと一緒に北の方に向かってくれやって」

「うん、わかった」

「それじゃあ俺も一緒に行く」

「えっ? に、兄ちゃん、はその、まだ新撰組の隊士やあらへんやんし、ウチらからしたら大事な大事なお客さんや。それやのに手を借りるっちゅうのは、ちょいと……」

「おいおい今更すぎるだろ、それ。俺の剣は誰かを守るための剣だ。誰かが困っているって時に何もしないで傍観しているのは、俺の信条に反する」

「せ、せやけどやなぁ……」

「それに丁度いい、鈴がどれだけ戦えるのかも見ておきたいからな。こいつは俺の愛刀だ。なら所有者の俺が同行しても問題はないだろ?」


 御剣姫守みつるぎのかみとなった以上、千年守鈴姫もまた一人の少女であって、結城悠が守る対象として指定されている。

 その一方で、純粋な興味もあった。かつての愛刀は人の身体を得て、今や普通の人間とまるで変わらない。付け加えて御剣姫守みつるぎのかみでも千年守鈴姫は真打に値する。これについては、結城家と鈴姫一派との関わりが現代まで続いていることが物語っているし、悠自身がその身を以て鈴姫一派――もとい、千年守鈴姫が名刀であることを誰よりも理解している。

 だからこそ。


(お前はどんな刃戯じんぎを会得したんだ?)


 見てみたくて仕方がない。


「ボクも主が一緒にいてくれた方がいいかな。御剣姫守みつるぎのかみとなった今のボクを、結城悠の愛刀として相応しいところを見てもらいたいから」

「う~ん、そこまで言うならしゃーない。今回はウチもいるし大丈夫やろ。せやけど兄ちゃん、絶対に無理をしたり独断専行しいひんのが条件や。ウチら新撰組は個に非ず……よぉ憶えておいてや」

「了解した。それじゃあ早速向かうとするか」

「ちょい待ち。ウチらと行動するっちゅうんやから、それ相応のカッコせなあかんで兄ちゃん。いやあ、ちょうど新しいの持ってきておいてよかったわ」


 ごそごそと、大胆にも胸元を漁る鬼神丸国重。次に彼女が取り出したのは、新撰組隊士である証、ダンダラ模様の羽織だった。――人肌に触れていたのでとても温かい。それといい匂いだ。して。


「……なんでそんな場所に羽織を入れてたんだ?」


 抱いて当然すぎる疑問を鬼神丸国重に投げ掛ける。


「そりゃ決まってるやろ。新撰組はいつでも入隊希望者募集中や。来る者拒まず去るもの追わず……男子やった場合は地獄まで追い回して連れ戻す、がウチらの信条や。せやからその場で新撰組隊士として入隊してもらえるよう、こうしていつも常備しとるんや」

「ボクの時もそうだったよ」


(いやゲームじゃないんだから……)


 ゲームならば装備アイテムがもらったところで驚きはしない。寧ろプレイヤーにとってはありがたい以外の何物でもないし、装備している物よりも上質であれば尚のこと。わざわざ弱い武器を装備させたままにしておく者は、ゲーマーを除いて早々いない――と。これらはあくまで仮想世界ゲームだからであって、現実に同じことが起きた場合。常人の感覚ならば、誰しもが悠と同じ反応を取ろう。――いくら女性からの贈り物でも、人肌に直に触れていたものは着用したくない。一部は、まぁ……涎を垂らし、よからぬ妄想に駆り立てて、咽び喜ぶだろうけども。この世界には一人として、そのような輩は存在しまい。


「心配せんでも、兄ちゃんが寒がらへんようにウチの人肌で温めたからぬっくぬくやで?」

「いやそう言う問題でもなくてだな……」

「えぇから早よ着る! 新撰組の一員となった以上はいくら兄ちゃんでも先輩の命令は絶対やで!」

「……っていつ入隊するって言った!?」

「それではちーやん、もとい千年守鈴姫。それと今日からウチの三番隊に入隊した新米かつウチの恋人の兄ちゃんこと結城悠! これより鬼の討伐に向かうで!」

「おい人の話を聞け! いやお願いですから聞いてもらえますか、ねぇ」

「主、人間何事も諦めが肝心だよ?」

「つい最近御剣姫守にんげんになったばかりのお前がその台詞を吐くか……」


 やれやれ。悠は未だ人の温もり残るダンダラ模様の羽織に袖を通す。


(これで俺も新撰組……なんて)


「あぁ、悠がウチの肌で温められた羽織を着とる……うっ」


 今すぐ脱ぎ捨ててやろうか。女子が絶対にしてはならない笑みを浮かべる鬼神丸国重に、悠は大きな溜息を吐いた。




 ひゅうひゅうと凍風が木々の間をすり抜けていく中を混じっての行軍は、統率がまるで取れていない。すいすいと軽やかな足取りで進んでいく二人の少女の背後、雪に足を取られ今にも転びそうになりながらも進む青年には、小動物を愛でるような視線が注がれていた。


「遅いで悠! そんなちんたら歩いとったら日が暮れてしまうわ!」

「だ、だったらなんでこんな道を選んだんだ……!?」

 近道という鬼神丸国重の言葉に、最初こそ悠も賛同していた。


 鬼が出現したのであれば迅速に対処するのが桜華衆の鉄則。時間を費やせば費やすほど、更なる被害を生むからに他なく。されど弥真白やましろ耶真杜やまとのように道路整備も施されていない自然道かつ悪天候は、あらゆる地形にも適応して戦闘が行えるよう修練を積んできた悠でも悪戦苦闘を強いられていた。

 一方で、鬼神丸国重と千年守鈴姫はどうか。御剣姫守みつるぎのかみとなって浅い我が愛刀すら、鬼神丸国重にぴったりと離れることなく付いていっている。どのような修練をすれば、あぁも軽やかな動きが可能なのか。


「大丈夫? この辺りは本当に道が険しいから気を付けてね」


 あぁ、さすがは俺の愛刀だ。出会ってから最期の瞬間まで共に歩んできてくれたお前こそ、結城悠の真の愛刀として相応しい。それ以上の業物は……結城拵が現在の有力候補だが、もしこの刀と出会ってなければ俺は知らないままだったし、きっとこの世には存在しないと豪語もしていただろう。

 だからこそ、結城悠おれ千年守鈴姫こいつよりも強くならないといけない。守るべき対象に守られてしまっては、剣鬼の異名も形無しだ。今後のことを踏まえると、やっぱりこのまま新撰組の元で修行をするというのも、ありかもしれない。


(でも、絶対に許してもらえないだろうな……)


 悠の脳裏では小狐丸や三日月宗近が反対の意を示している。そこは交渉次第でどうにかするしか他なく――それはさておき。


「そ、それよりこのままで大丈夫なのか!?」

「心配あらへん! ここを抜けたら……ほれ見えたで! まぁたぎょうさんおるなこりゃ」


 鬼神丸国重の言葉通り、漁場を鬼が荒らし回っている。幸い死傷者は見当たらず、代わりに人々の糧として出荷される予定であったろう魚達が食い散らかされている。一先ず被害が最小限であることに安堵して――不意に。真横から突き刺さるような気にふと見やり、悠は目を見開く。


「許さない……!」


 千年守鈴姫が怒っている。放たれる気の鋭利さと言えば、正に研ぎ澄まされた真剣そのもの。瞳の奥で滾る炎を見やり、思わず感心の溜息をもらす。

 千年守鈴姫の怒り――その根源は強い正義感と使命感にある。今や新撰組隊士でもある彼女は己の務めを全うしようとしているのだ。この世界のために、人々のためにその刃を振るわんとする千年守鈴姫。己が瞳に討つべき敵を捉えて、一言。


「美味しい魚を横取りするなんて許さない」

「俺の感心を返せ」


 かつての愛刀は、はて。いつの間に腹ペコキャラへとクラスチェンジしたのだろう。自分が気付いていなかっただけで、実は元からそうだったのか。そう思うと、なんだか頭がずきずきと痛んできた。正義と使命の炎……ではなく、食欲の炎で瞳をぎらつかせる千年守鈴姫に、今度は呆れの溜息がもれた。――せめて口元の涎は拭き取ってほしい。

 ともあれ。これからすべきことに変更はない。既に大刀を抜き戦闘態勢に入っている鬼神丸国重に続けて、悠も腰の大刀を抜き放つ。同じく、千年守鈴姫も得物を抜いた。――脇差を逆手に握った、二刀の構えだ。


「えぇか? まずはウチが先行して鬼に切り込む。場が混乱したら二人は続けて来てや」

「了解」

「わかった」

「……悠。何度も言うよぉけど、絶対に無理だけはしたらあかんしな?」

「わかってる。約束する」

「そんじゃ……いっちょ突撃や!」


 鬼神丸国重が地を蹴り上げた。


「新撰組三番隊組長、鬼神丸国重! ウチの剣を恐れへんのやったら掛かってきぃや!」


 雪鬼が吼えて、鬼神がにやりと嗤った。無慈悲に死を告げ、もたらす側の邪悪な笑みだ。味方であるはずなのに、その一面を見るやぞくりと背筋に冷たい感覚ものが駆け抜ける。立て続けにどっ、と冷や汗が流れて―――気が付けば。ざあっと赤い雨が真っ白な大地に降り注いだ。


「ほれほれ、どないしたんや!? まだまだいくでぇ!」


 びゅんと一度大気が鳴けば、三つの首が宙を舞う。その名に鬼神の二文字を関する御剣姫守みつるぎのかみの剣を前にした雪鬼は、その力量を静謐とこしえ終焉ねむりの中で思い知らされる。


「相変わらず凄いな……」


 あまりにも一方的で、もうこれ鬼神丸国重だけでもいいのでは、と若干思い始めた頃。


「ボク達も行くよ主!」

「えっ? あ、あぁ!」


 千年守鈴姫より僅かに遅れて、悠も戦場へと身を投じる。三対多数の戦況でも、先行した鬼神丸国重の活躍によって、雪鬼達の数は減少の勢いは尚加速を続ける。やはりもう自分達は必要ないんじゃ、と改めて思わざるを得ない中で、悠は大刀を静かに構える。

 これより迎え撃つは穢れた白の集団。きぃきぃと上げる鳴き声は耳にして不快感極まりなく。牙林拳雨がりんけんう――人命を紙切れ同然に奪う猛攻は、なんと苛烈な出迎えであることか。それでも悠の歩みは止まらない。雪に覆われた大地を力いっぱいに蹴り上げて、敵手へと肉薄する。

 状況は変わらず、悠が不利だ。雪に覆われた足場は鳴守真刀流の要たる脚力を封じ、更には鉛色の雲が必殺技たる陽之太刀さえも悠から剥奪する。余所者をとことん嫌うかの如く、神威の環境は結城悠にとって障害かべであり、しかし。このとてつもなく大きな試練かべを乗り越えた時こそ。結城悠という男は一つ成長を遂げていよう。容易ではない。ないが、乗り越え甲斐がある。ふっと、口元にわずかばかりに笑みを浮かべると、悠は雪鬼を静かに見据える。

 一際大きな鬼叫が鼓膜に響き、弾丸の如き勢いで剛腕が迫って――掠った。わずか数センチと満たない距離で頭上を通過する拳を見送ることなく、駆け抜け様に横薙ぎに切り捨てる。御剣姫守みつるぎのかみのように刃戯じんぎがなくとも、悠には鳴守真刀流がある。付け加えて、高天原へと異転してから人外おに共との実戦経験に基づき培われた直感が、自身にとって最良な戦況へと悠を導く。

 故に、あたかも引き寄せられるように雪鬼達は悠の二刀に引き寄せられては、その身に星刃を受けるのだった。

 ふと、視界の隅で動くものがあった。


「やっ!!」


 千年守鈴姫だ。二閃。右に左に螺旋を描いた飛燕が雪鬼の胴体を両断する。

 鳴守真刀流、旋――左右による高速の切り返しにより対象を斬る。御剣姫守みつるぎのかみが振るえば、神風に等しい。


「どないしたんやちーやん! 今日はえらい気合入っとるな!」

「今日はなんだかいつも以上に力が発揮できるみたい! それに!」

「それに?」

「それに、主の前だもん! かっこ悪いところは見せたくないから!」

「……せやったらウチはもっと頑張らあかんな!」


(……こうも差を見せつけられると)


 喜ばしく思う。その反面、柄にもなく羨ましいと思ってしまった。そんな自分を恥じて、律する。今はやるべきことに集中しよう。何度目かの骨まで両断した感覚に意識を改めさせて、悠は大刀を構え直した。


 やがて、断末魔、刃鳴に包まれていた銀世界が、再び静謐を取り戻す。死屍累々、あるいは地獄絵図と呼ぶべきか。己の白い体毛をも朱に染めて人類の天敵は冷たい雪の中に沈み、ぴくりとも動かない。冷風に乗ってむせ返る濃厚な血の香りも掻き消されて、ぱちん、と金属を軽く叩く音が鳴った。鬼神丸国重が納刀した音だ。


「いや二人ともお疲れさん! ウチが思ってた以上に早く終わったな」

「殆ど二人が倒してくれてたからな」

「いやいやいや、わかってはおったけど、改めてやっぱ凄い思うわ。男で、人間であれだけ鬼と立ちまわれるなんて普通やあらへんねんで? 自分何でできてるんやホンマ」

「何って……こっちは歴とした人間だよ。それ以上でも以下でもない」

「いや、それ全然説得力あらへんわ――まぁえぇわ。そんじゃ任務も無事終わったし、今から採取するで」

「了解」

「採取?」

「この鬼の毛皮は知っての通り防寒具の材料になる。骨は洗浄と浄化をしたら防具とかの素材にも使えるし、肉や臓器は鬼を引き寄せるための餌にもできる。ここ神威じゃ使えるもんやったらなんでも使う。鬼かて例外やあらへんで。てな訳やからちゃちゃっと解体するで、ちーやん」

「了解」


 さくさくと、慣れた手つきで小刀を雪鬼の身体に滑らせて剥いでいく千年守鈴姫。本当にたくましく成長をしているようだ、と感心する傍らで悠も雪鬼の解体作業に加わる。傍観しているだけは性にあわないし、それならば肉を細かく叩き挽肉ミンチ状にするだけの単純作業ならば素人でもできる。


(衛生面は……まぁ鬼に使うからいいか)


「悠は休んでくれてもえぇんやで?」

「いや、さすがに何もしないのは俺が落ち着かない」


 大小の刀で、ただひたすら雪鬼の肉を叩き続ける。――わかってはいたが、とても地味な作業だ。ところで。


「鈴、ちょっといいか?」

「どうしたの?」

「お前がまさかあそこまで御剣姫守にんげんの身体を使いこなせているなんて驚いた。本当に強いんだなお前は」

「ボクなんてまだまだだよ。それに刃戯だってあるのかないのかわからないし」

「えっ? 刃戯が……わからない?」


 千年守鈴姫の発言は、悠にとって予想外のものだった。と言うのも、実休光中の【天魔顕現てんまけんげん】のように具象化されたものではなかったから、てっきり三日月宗近の【月華彌陣げっかびじん】のように特定の条件を満たして初めて発動するタイプだとばかり、悠は思っていた。

 しかし、あの蝶のように舞い蜂のように刺す、と言う言葉を見事に体現していたあの戦い方は、どうやら純粋な技術によるものだったらしい。

 となれば、千年守鈴姫の刃戯じんぎはどんな能力ちからなのだろう。と、考えたところで本人がわからないのであれば、こっちがあれこれ考えたところで答えなど出るはずもない。だが、気になる。


「……どんな刃戯じんぎなんだろうな」

「さぁ。ボクも早く知りたいんだけど、全然進展がないし……」

「どうすればわかるんだろうな」

「それがわかってたら、今すぐにでも主の前で披露してる」


 二人揃ってうんうんと悩んで――不意に強烈な負の感情を孕んだ視線に貫かれた感覚に悠は襲われる。ばっと振り返る。ぷっくりと頬を膨らませた鬼神丸国重が睨んでいた。解体作業を中断し、今さっき解体に使っていた小刀で雪鬼の身体に突き刺す。何度も、何度も。挽肉にする工程であると言うなら刺突は剥いていない。――あれは完全に八つ当たりだ。


「えっと……どうかしたのか?」


 念のため、尋ねてみる。大方理由は予想できてはいるが。 


「ウチがおるっちゅーのにのぉ……えらい見せつけてくれるやんかお二人さん」

「見せつけるって……ボクと主は別にそんなつもりは」

「えぇか!? ウチの部隊じゃ隊長を差し置いての部隊恋愛は一切禁止や!」

「恋愛って……普通に話をしてるだけだぞ?」

「う、うっさいわ! ウチもおるのに一人仲間外れやなんて絶対に認めへんで!」

「要するに構ってほしいんだな……――じゃあ鬼神丸。しばらくの間、俺に新選組の戦い方を教えてくれないか?」

「え?」

「一応、俺の今の役職ポジションは仮初とは言え、新選組隊士だ。それなら隊長である鬼神丸は俺に色々と教える義務がある。部下の教育をするのも隊長の務めだろ?」

「っ……しゃ、しゃーないな! ウチのしごきは厳しいから覚悟しとくんやで!」


 すっかり上機嫌になった自分の現上司に苦笑いを浮かべた千年守鈴姫。その傍ら、溜息交じりながらも悠は小さく拳を握り締めた。たった数日の滞在期間内で俺は今以上に強くなってみせる。そして鈴を取り戻し弥真白やましろへと帰る――帰ってから新たなトラブルに巻き込まれるだろうが――、と。言葉にすることなく、一人胸の内に決意の炎を燃え滾らせた。

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