第四十話:再会
ついに新キャラと主人公の再会ですw
感動だなぁぁぁぁぁっ!!!
銀色に染められた世界で、そこは色彩に満ち溢れていた。
わいわいと賑わう人の活気と、あちこちから立ち込める湯気が寒さを忘れさせる。
それもそのはず。右に左にと見やれば湯を取り扱った商店で特に目立つ。温泉街――それがこの神威の正体であると知ったと同時に、ようやく藤の背中から降りることを許された悠の顔は、のぼせたように赤い。
彼の場合は羞恥心によるもので、神威へと辿り着くまでずっと藤におんぶされながら移動してきたのだ。剣鬼を知る者が今の彼を見やれば、普段とのギャップに目を丸くした後爆笑したこと間違いないだろうし、悠としても知人がいないことを心から神に感謝した。――まったく信仰心はないけれど。
(は、恥ずかしかった……)
高天原なら至って普通――男性に警戒されているので女性は触れることすら困難ではあるが――な光景でも、元の価値観がある悠には晒し者に等しく、末代の恥とまで思わせる恥辱を味わうこととなった。
「なんや兄ちゃん。そんなに遠慮する必要がどこにあるねん」
「……」
「兄ちゃん初心やなぁ。因みにウチは役得やったでぇ? 兄ちゃんの身体に直に触れたし、それに背中に当たってたんは……でゅふふふ」
「……」
「それよりもホレ、無事到着や。このまま一先ず宿屋まで案内したるわ」
一人上機嫌な藤の後に続く。
気を取り直して、映る景色を物色することに専念する。建造物の外観や活気などは耶真杜や弥真白と大差はない。
強いて挙げるならば、彼女らが纏う衣装は着物のそれとは大きく異なり、悠が保有する知識から該当したもので例に挙げると。
(まるでアイヌ民族みたいだな……)
独特な井出立ちは、同じ高天原でありながら別世界のような錯覚を悠に与える。もっとも、悠にして見れば高天原そのものが異世界なのだが。
それはさておき。
「藤。あの広場にある銅像はなんだ?」
町の中心部に設けられた広場。老若男女が各々自由にほのぼのとすごす刻の中で、ただ静かに佇んでいる。醜悪な怪物に長剣を持った勇ましい女性が立ち向かう構図の銅像は、悠に多少なりの関心を抱かせた。
「ん? あぁアレはこの神威に古くから伝わる伝説の剣士と怪物の銅像や」
「へぇ」
「なんでもずぅっと昔、この神威にはそりゃもう恐ろしくて残虐非道な鬼がいたらしいわ。そこである時、天空からやってきた四匹の獣が剣になり、それを手にした一人の女剣士が三日三晩の死闘を演じた末、ようやく封印したらしいで」
「面白そうな話だな。小説を書くならいいネタになりそうだ――それはそうと藤、少し聞きたいんだけど新撰組はいつもどこにいるんだ? 聞いた話によると、この神威にいるそうだけど」
「なんや兄ちゃん。ひょっとして新撰組に入隊する気なんか?」
「いや、せっかくこうして来たから挨拶だけでもしておこうかなと思ったんだ」
「ほ~ん。なら新撰組の屯所は一番奥にある屋敷や。今から行くんやったら案内するで?」
「先に宿屋で頼む、今は本当に休みたい気分なんだ。長居はしないから安い場所でもいいんだけど、どこかオススメな場所はあるか?」
「せやなぁ。せやったらあそこの宿屋がウチのオススメやで! あそこの店主……まぁウチが見る限りなかなかの色男が大将やっとるんやけど――が作る料理はめっちゃ美味いんやで!」
「料理が美味いのは大きいな」
「じゃあ決まりやな。ほれ行くで兄ちゃん!」
「お、おいそんなに引っ張らなくても大丈夫だ!」
ぐいぐいと手を引かれるがまま、悠は旅館へと入る。
男の来客者と言うこともあって熱烈に歓迎に若干気圧されたものの、予定よりも遥かに下回る費用と、それに見合わない豪華な客室を用意されてなんだか罪悪感が芽生えたが、せっかくの厚意ということでありがたく受け取ることにした。
空はすっかり日が沈み、神威は夜の姿をそこに曝け出す。
設けられた提灯の明かりとしんしんと降る雪が、昼間とは違った幻想的な美しさを描けば、日中よりも気温が下がったことを少しも感じさせない。
気持ち一つであっさりと適応できてしまう人間の身体は、本当に面白くできている。
だがもっとも貢献してくれているのは、雪鬼の毛皮製による外套のおかげでもあるのだけれど。これがなければ満足に活動することもできやしない、と悠は毛皮の外套に感謝の念を忘れない。
それはそうとして。
「さて、そろそろ行くか」
悠は外へ出た。本来の目的は新撰組の屯所へ向かい、真実を確かめることにあるが、夜遅くに来訪するほど非常識ではない。
真実が目の前にあり、本能が動へと移すことを急かしてくるが、それを理性を以てぐっと抑える。急いては事を仕損じる、と諺にあるように。これから敵陣へ赴くやもしれぬのに、策無しで挑むなど愚策と形容する他あるまい。
与えられた猶予は少ない。少ないが、それでも慎重に行動に移すべきではある。まずは情報を収集し確証を持ってから動くべきだ。
悠は自ら下した結論に一人頷き、大通りの方へと目を向ける。
昼間と変わらぬ活気を見せる神威の町並みは、結城悠という存在によって更なる盛り上がりを見せる。
彼が宿屋で休んでいる間も、一目その姿を拝もうと宿屋の前で張り込みをする輩も決して少なくはなかった。その注目の的がようやく姿を見せたのだから、彼女らが浮かれるのも無理はない。
相手は高天原を救った男の英雄、一筋縄ではいかぬ――だからこそ攻略し甲斐がある、と豪語する彼女を前にした悠の頬がひくっと釣り上がった。どうしてここに、と一瞬思ってここが新撰組の拠点であることを思い出す。出くわすのは当たり前だ。
「お、お久しぶりですね。えっと……和泉守兼定さん、でしたよね?」
「自分のことは和泉で構わん。それよりもまさか本当に神威に来ていたとはな。やはり自分の男になる決心がついたのか悠よ」
「いやそれはないんで」
きっぱりと断る。
「そ、そこまで否定しなくてもよいではないか……」
「すいません。だけど事実なんで――でも丁度よかった。実は新撰組の皆さんの所へお邪魔しようかなと思っていたところなんですよ」
「そ、そうなのか!? それならばすぐに案内するとしよう」
「いやいや、今すぐじゃないですし、明日寄せさせてもらうつもりですから。それに仮に今から行くとしても……いいんですか? 俺が見る限り、和泉さんはこれからどこかへ向かおうとされていたようですが?」
「むっ! そうだった。姉者からの任務を遂行している最中だった。ここで別れるのは非常に名残惜しいが悠よ、明日我が新撰組に来ることを楽しみにしているぞ」
「わかりました。大体の場所も他の人に教えてもらってるので、多分大丈夫だと思います」
和泉守兼定と別れ――姿が見えなくなるまで見送られた――悠は引き続き観光に意識を向けて、ふと知った顔と目が合った。
何故と問いた気な瞳は、まぁ無理もあるまい。
「は、悠さん!? どどど、どうして神威にいるんですか!?」
「こんばんは清光さん。神威にはちょっとした観光みたいなもんです」
「そ、それならもっと早くに言って下されれば案内しますのに!」
「いえいえ、思いつきだったので気にしないでください。まぁ予想以上の寒さは本当に死ぬかと思いましたけど……それを抜けばなかなか活気があっていい場所ですね」
「そ、そうですか! 気に入ってもらえて嬉しいです。と、ところでその、悠さん? この後ご予定とかありますか? もしないのでしたら、その……私が色々と案内をさせて頂けないでしょうか?」
「清光さんが?」
顔を伏せつつも、ちらちらと様子を窺う加州清光の顔は夜でもはっきりとわかるほど紅潮している。そんな彼女を前にして、悠は沈思する。
地元の人間が案内役してくれれば確かに、道にも迷わず安全に行動もできよう。何せ案内役はあの加州清光だ。新撰組に所属する真打の御剣姫守にして剣の達人ともなれば、周囲の女性も下手にちょっかいは掛けられまい。
妄想癖が強い加州清光の鼻血芸を考慮すれば、彼女が無理矢理事を犯す前に自らの妄想に勝手に自滅してくれるだろう。それ以前の話として、案内だけで鼻血を出すとも考えにくい。
以上から、加州清光が最も適した人材だと悠は結論を下した。
「それじゃあお願いできますか?」
「は、はい! そ、それじゃあ早速こちらからご案内します!」
「よろしくお願いします」
「はい!」
人懐っこい笑みを浮かべる加州清光。スキップまでして、身体全体で喜びを表現する彼女に思わずくすりと笑みがこぼれてしまう。
この程度で喜んでもらえるなら、案内役を頼んでよかった――さてはて、どこに案内してもらえるのやら。期待を胸に先行する加州清光の後に続く。
そこは人里から離れた場所だった。
後ろから聞こえてきた賑わいもすっかり消失して、今や雪を踏み締める二人分の足音と凍て付く夜風が静寂の世界にただ寂しく奏でられるのみ。提灯の明かりも心もとなく、されどしっかりとした足取りで進む加州清光が唯一の頼りである悠には、見失うことは死に繋がりかねない。
見失うな。悠は必死に加州清光の後姿を追う。
「着きましたよ悠さん!」
加州清光の足が止まった。無事目的地へ着けたことから安堵の息をもらし、ふと視線を凝らす。立派な武家屋敷だ。大きな門構えが来訪者を快く出迎え、招かざる客には難攻不落の鉄壁として立ちはだかるような威圧感がひしひしと伝わってくる。
門に掛けられた看板を見やる。見慣れた文字が達筆な字で書かれていた。
「新撰組屯所?」
「そうです。ここが私達新撰組の拠点ですよ悠さん! 色々と迷ったんですけど、やっぱり悠さんには私達のことを一番に死ってほしかったからこの場所を選びました!」
「な、なるほど……」
明日に訪れようとしていた場所に招かれることを、悠は想定していない。もちろん加州清光にこちらの目的は悟られていないだろうし、新撰組を想っての行動なのは誇らしげな眼差しで屯所を見つめる彼女を見れば一目瞭然だ。
「それじゃあせっかくですので、このまま中までご案内します!」
「い、いえ。さすがにそれは迷惑ですので遠慮しておきます。本当は明日にでも挨拶に行こうと思って――」
不意に、門がぎぎぎ、と音を立てて開かれた。
「門の前が随分と賑やかだと思えば……いやはや、まさか貴公が来ていたとはな」
声を主を前に、悠はごくりと生唾を飲み込んだ。
「な、長曽祢虎徹さん……」
「某のことは虎徹で構わん。それよりもせっかくだ、中に入るといい。この寒さの中よく新撰組に来てくれたな」
「悠さんは神威に観光に来て下さったんですよ虎徹姉」
「そうかそうか! なら、尚更上がっていくといい。身体も冷えているだろうから温かい飲み物を用意しよう」
「あ、いえ……はい。お邪魔します」
からからと満足気に笑う長曽祢虎徹と、またも妄想により鼻血を出しつつも幸せそうな加州清光に挟まれては、もはや逃れようがない。長曽祢虎徹に関しては故意か、それとも無意識か、しっかりと悠の背中に手を回している。
逃げられると思うな――と、本当に彼女がそう思っているかはさておき。
悠は敵地に赴く心境で神威への来訪を果たした。故に純粋に歓迎……されているのだろう、がとても落ち着けたものでないことは確かである。
もし、だ。もし本当に今回の来訪の目的を知られていれば。結城悠はまんまと罠に嵌ったことを意味する。
彼とてそれなりの修羅場は潜ってきている身だが、真打の御剣姫守が数多く所属する上に相手は集団戦法の達人。如何に剣鬼とて孤軍脱出を成功させるのは極めて……いや、皆無であると断言しても相違あるまい。
状況は正に四面楚歌。蜘蛛の巣に絡んだ蝶がじわり、じわりと蜘蛛の餌食となるように結城悠も――いや、まだそうと決まった訳ではなかろうに。自ら出した仮説を、悠は首を振って払い捨てる。
(虎穴に入らずんば虎児を得ず……だな)
今の悠に残された選択肢はただ一つ。腹を括ることのみ。
相手の出方次第でこちらも相応に動けばよいまでのこと。臨機応変は何も新撰組に限った話ではないのだ。
「まぁ狭い所だが遠慮なく崩してくれて構わん」
「ど、どうも」
「しかし、神威へ来るのであれば我らに一報入れてもよかったろうに。さすれば迎えも寄越すし、無料で部屋も貸し与えられたというのに」
「い、いえ。本当に思いつきでしたから。それに仕事ならともかく遊びに来てるのにそこまで迷惑掛けられませんよ」
「そうか――ところで悠よ。貴公は弥真白で暴女に襲われたそうだな」
どくん、と鼓動が高鳴った。
弥真白で起きた痛ましい――かはさておき――事件……結城悠強姦未遂事件を知る者は当事者とその関係者を除いて一人もいない。
目撃情報もなければ犯人逮捕へと繋がる有力な手掛かりすらない。下手な情報は民衆を混乱させるだけでなく、互いへの疑心暗鬼から暴力沙汰に発展するやもしれぬ。少なくとも結城悠と言う男の周りには、下心全開で容疑に掛けられても致し方なしな輩が多い方と言えよう。
だからまだ公にすべきではない――と、言うのが悠が下した結論であって、断固拒否の姿勢を取る小狐丸らを説得するために。彼は東奔西走する羽目となった。早い話がデートであり、本来予定していたよりも神威の来訪が遅れたりしたのはその為であったりする。
悠は新撰組が絡んでいると推測していた。だからこそ公にすべきではないと思ったし、恐る恐る心当たりがないか尋ねた小狐丸がわからないと口にして心底安堵もした。
新撰組の実態を知らない。けれども加州清光がいる。子犬のように人懐っこい笑みがかわいらしく、妄想癖が強く鼻血を出していつか出血多量でぽっくり逝くのではと、いつも冷や冷やさせられる彼女に悠はいつも感謝している。
そんな加州清光から居場所を奪いかねないようなことはしたくはなかった。それこそが悠が情報を公にしなかった真の理由だった。
真実へと辿り着いてからでも遅くはあるまい。
従って、神威に居を置く新撰組が……長曽祢虎徹が結城悠強姦未遂事件を知っているはずがないのだ。
(やっぱり虎徹さんは……!)
平常心を装い、悠は咳払いを一つして長曽祢虎徹に尋ねる。
「……どうしてそれを?」
「ふっ。この新撰組には密偵が何人かいる。神威を拠点とする以上、本土の情報は殆ど入ってこんからな。故に密偵を送り出し、日々本土の動向を探らせている。その時に貴公の話を耳にしたのだ」
「そうですか。その件につきましては身内で現在調査中です。未だに進展はありませんけど……」
「いいや、そうでもないさ」
「え? それはどう言う意味ですか?」
「……どうしてその結論に辿り着いたかはともあれ。下手人が新撰組であると思った貴公の考えは正しい。率直に言おう、あの場にいた内の一人は某だ」
「じゃあ、やっぱり虎徹さんが……!」
座の構えより一動。大きく飛び退いて間合いを取る。何やら相手が困ったような顔を浮かべているのを視界に捉えつつも、それに思慮するのは無益でしかない。余計なことに思考を割いていては、元より低い勝率を更に薄くさせるも同じだった。
逃走か、戦闘か。剣鬼に二つの選択肢が与えられる。
逃走するべきか――幸いなことに、出入り口付近に気配は感じられない。縮地へと到達した彼の足であれば、充分に逃走は可能だ。
もしくは今ここで長曽祢虎徹を討つか――ここは敵地であり、彼の目の前にいるのはその首領である。彼女が号令を一つ掛ければ、たちまち新撰組隊士達がどっと押し寄せ、袋の鼠となった悠はあっという間に制圧される。
(どうする……!)
一瞬。その一瞬で悠に与えられた選択肢に、もう一つ新たな選択肢が追加される。
傾聴……相手の話を心から聞くこと。そしてそれを持ち掛けたのは、他の誰でもない。
「落ち着け悠。別段某は貴公と事を構えるつもりは毛頭ない。それに貴公は何故某らが結城悠誘拐事件を起こしたのかを知るために来たのだろう? であれば今は某の話を聞いてはくれないか?」
「…………」
剣鬼の慧眼は嘘偽りを見抜く。例え嘘偽りを隠し通そうとも、彼の目に見据えられた相手は気圧されて真実を語らざるを得なくなる。
さて、彼の瞳に映る長曽祢虎徹は――水晶のように澄んでいる。
身構えていたのが馬鹿馬鹿しくなるぐらい、長曽祢虎徹から闘気がまるで感じられない。
己が犯した罪を彼女は認めている。これから彼より与えられる罰を甘んじて受け入れようとすら感じさせる佇まいを見せられては、剣鬼と言えど剣を収めざるを得ない。
今の長曽祢虎徹は完全に無抵抗だ。戦意なき相手を斬ることは結城悠の信条にも反する。
「……どうして俺を襲ったのか、詳しくお話してもらいますよ、長曽祢虎徹さん」
再びその場で座す。悠は事情聴取する相手より与えられた第三の選択肢を取った。
「……貴公を襲ったのは申し訳なかったと思っている。だがあの時も言ったように、某は簡単に諦めたりはせん。某は貴公に惚れたのだ……貴公が持つ他の男にはない魅力と剣の腕前にな」
「それで断ったあの日、誘拐しようと企んだ……と?」
「最初は勧誘をした、があっさりとこれは貴公に断られてしまったな。そして続いての策は貴公を拉致する……もとい任意同行してもらうのが目的だったのだが、貴公があまりにも強くてな。ついつい熱が入ってしまった」
愉快そうに語る長曽祢虎徹。どうやら戦闘好きな性格らしい。男が相手でも強ければ対等に戦う姿勢は、男女の価値観が逆転した世界において悠に好印象を与えた。
男女差別はよくない。しかし女子が一方的に痛めつけられる姿が見てぞくぞくするような性癖は生憎と持ち合わせていない。俺はサドじゃない、と誰に言う訳でもなく一人心中にで断言した。
長曽祢虎徹が小首をひねり、悠はこほんと咳払いを一つ。本題へと軌道を修正する。
「そ、それじゃあ結論を出すと虎徹さんは俺を新撰組に勧誘するために襲ったんですね?」
「そうだ。そこに嘘偽りはない。しかし貴公が新撰組に入隊してもらうための交渉材料を用意してのことだ」
「交渉材料?」
「……鬼神丸、入ってくれ」
すぅっと襖が開いた。
ダンダラ模様の羽織を纏う隊士が入ってくる。それは悠がよく知った顔だった。
何故、彼女がここにいる。何故新撰組の羽織を纏っている。悠がそれがわからない。驚愕の感情を顔に濃く浮べる悠とは対極に、件の少女は照れ臭そうだ。
「藤……!?」
「え……えへへ、こんばんは兄ちゃん」
「藤と言うのは隠密行動時の偽名だ。本名は鬼神丸国重、我が新撰組三番隊隊長を務める御剣姫守だ」
「鬼神丸国重……ってあの!?」
「そして……貴公も入ってきてくれていいぞ」
見知らぬ顔がおずおずと入ってくる。黒のセーラー服の上に重ねられた羽織は、さてどの剣豪が所有していた名刀であることやら。そんな思考は彼女の群青色の長髪の前には無益であったと、彼は思い知らされる。――まるで宝石が散りばめられているみたいだ。
美しかったから目を奪われた。そこに嘘偽りはない。彼女は綺麗だ。ただ単純な美しさだけが、剣鬼を驚愕させるまでは至らない。美しいだけを基準にするのであれば、この高天原に住まう女性全員に等しく言えることなのだから。
それはさておき。
(この感じ……なんだ。どこか、懐かしい?)
確固たる証拠はない。強いて上げるのなら、それは直感と言う曖昧な理由でしかなく。されど確かに、彼女は俺と同じ雰囲気がする。悠は確信していた。
「えっと……彼女は?」
「一ヶ月前に新しく入隊した新入りだ。そして彼女こそ貴公との交渉に用いる材料だ」
「……申し訳ありませんが、面識がない相手を交渉の場に出されても俺の考えは変わりませんよ?」
「まぁ貴公からすればそうだろう。だが、果たしてそうかな?」
「……どう言う意味ですか?」
「聞けば貴公、この世界とは違う人間であるらしいな。最初は某もそんな話は信じていなかった。しかしあの加州の入れ込み様と、この新入りからの話を聞けば、嫌でも信じざるを得まい――さて、貴公はかつていた世界で自分の愛刀を持っていたそうだな」
「……えぇ、それが?」
「であれば、己が愛刀を忘れることは剣士としてあるまじき行いだぞ。まぁ無理もない話ではあるがな」
「何を言って……まさか」
「そう、この新入りこそ貴公がかつて共に歩んできた愛刀……千年守鈴姫だ」
「え、えっと……久しぶり、それともはじめましてかな? 主」
長曽祢虎徹に続けて少女――結城悠の失われた半身がどこかぎこちないながらも、嬉しそうな笑みを浮かべた。




