第三十話:黒き大願成就
新しい得物が手に入った。
自然と気分は高揚し、普段滅多にしない鼻歌をつい口ずさんでしまう。
何度も腰に帯びた刀に視線を落としては頬を緩める。まるで新しい玩具を買ってもらった子供のように嬉しそうだと誰かが言った。
そうかもしれない。悠は素直に認める。
初めて刀を貰った時も、今のように嬉しい気分だったのを憶えている。
真剣一振りで喜ぶ人間など、つくづく悠は結城家の血を濃く継いでいることを実感させられる。
しかし、やはり嬉しいものは嬉しいのだ。
ともあれ、これで全ての準備を悠は整えた。
後は打倒すべき零姫村正の足取りを追うのみ。
追うのみなのだが。いかんせん、彼女の居場所を突き止める術が悠にはない。
今回ばかりは、己の勘もまったく冴えなかった。
では、相手から姿を見せるまで待つべきか。現時点でこれ以外の策は見当たらない。
一先ず、悠はもう一度太安京を隅々まで回ることにした。
もしかしたら。そんな淡い期待を胸に色んな場所へと足を運ぶ。
「クソッ……どこにいるんだよ」
そう簡単に己の思い通りの展開に物事は運ばない。
それが人生と言うものだ。
結局、零姫村正を見つけることは叶わず。
ただ、いたずらに時間だけを費やすだけに終わってしまった。
これ以上の散策はもう無意味。
ふと、三日月宗近達から逃げ出してきたことを思い出して、悠は小さな溜息と共に支部へと戻る。
道中、一人の女性とすれ違う。
珍しい。いや、俺からすれば普通なのだか。
赤い着物を纏った彼女の腰には大和刀が携えられていない。
その姿を珍しいと思ってしまうほど、感覚がすっかり慣れてしまったことに悠は内心で自嘲気味に笑う。
遠ざかっていく女性。
そして完全に遠ざかり――次の瞬間。
爆発的に膨れ上がった殺気が背中に突き刺さる。
悠の身体は迅く反応した。
振り返り様に抜刀。
星刃が殺気の主を捉える。細い胴を両断した。
「なっ!?」
悠は驚愕に目を見開く。
たった今すれ違ったばかりの女性だった。
先ほどとの違いは、端整な顔立ちが醜悪に変形し、鋭い牙と双角を生やしている。
人間に化けていた鬼がどうっと倒れる。
さすがは鬼。胴を絶たれたぐらいでは死なないらしい。
腸と骨を晒してじたばたともがく鬼の項に刺突をくれてやる。
深々と刃が突き刺さり、今度こそ鬼は絶命した。
――こいつ、どこから忍び込んだんだ!?
疑問に思考を働かせる間もなく、新手が悠の前に現われる。
二匹の鬼だ。
纏っている衣装が色違いであることを除き、まるで瓜二つの姿をしている。
兄弟……あるいは双子か。
血がこびりついた大鉈を振り回し、ぴょんぴょんと跳ねるような動きは錯乱させる三段なのだろう。ただ本能のままに襲う鬼とは違うらしい。
やがて、鬼達の動きに変化が現われる。
跳ねるのをやめて、今度はじりじりと間合いを詰めてくる。
前と後ろからの挟み撃ち。
どちらを攻めても背を向けた瞬間、もう一匹が襲い掛かる。
厄介な状況だ。
厄介であるが、打開すべき技を悠は会得している。
上段に構える。
目の前の鬼へと一気に間合いを詰める。
大鉈で防ごうと鬼が防御を取る。その上から叩き折る気概で悠は――踏み出した足が地に着いた瞬間、踵を軸にして反転した。
そこには背後から大鉈を振りかざて襲い掛かる鬼がいた。
浮べている表情は驚愕。
不敵な笑みを浮かべ返して、悠は唐竹に打ち落とす。
一閃。堅牢な頭蓋骨をかち割った星刃は一気に股間まで切り裂く。
まずは一匹。
確認すると間髪要れず身を反転させながら、悠は首へと切り込んだ。
上段の構えを取ることで攻撃を仕掛けてくると意識させ、その実背後の敵手に唐竹を打ち込み、間髪入れず反転し横薙ぎで残る敵手の首を刎ねる。
鳴守真刀流――流。
相手の意表を突く対多数技である。
二匹の鬼を倒し、もう新手が現われる気配は見られない。
終わったと思っていいだろう。刀身に付着した血を振り落とし、悠は納刀した。
同時に、見知った顔が駆け寄ってくる。
右手に握られた刀を見やれば血がべったりと付着している。
彼女もまた、鬼と交戦していたのだろう。
「ご無事ですか悠さん!」
「俺なら大丈夫ですよ三日月さん。そっちも無事でよかった」
「こ、この鬼は……!?」
「えぇ、ついさっき襲われましたけど倒しました。知ってるんですか?」
「幻鬼……それに双鬼まで! どうしてこの鬼が!?」
狼狽する三日月宗近。
その様子に悠は小首をひねる。
やがて、呟くように三日月宗近が言う。
「この鬼達は……<兎杷臥御の戦い>で倒した鬼です」
「一度倒した鬼? 似ているような奴じゃなくて?」
「……悠さんには言っていませんでしたが、鬼には色んな種類がいるのです。その中でも厄介であったのが禍鬼と呼ばれる鬼の存在。高い知能と戦闘能力を持ち、中には人語を僅かながらも話す者さえいました。ですが真に恐ろしいのは人智を超えた異能――つまり、私達で言う刃戯を所有していることにあったのです」
「なるほど。じゃあさっき変装していたのはその鬼版刃戯で、こいつらは真打に当たるってとこか」
「禍鬼の数はごく僅かでしたが、それでもたった一人に対して多くの犠牲者が出ました――ですが、どうして一度倒したはずの禍鬼達が……」
三日月宗近の言い分はもっともだ。
人であれ鬼であれ、死者が生き返るなど理に反している。
だが、こうして現に甦り悠を襲っている。
当事者が言うのだから見間違えと言う線も完全になくなった。
何故、過去に打ち倒された禍鬼が甦ったのか――と。
「あ……」
一つの仮説が、悠の脳裏を過ぎる。
できなかったジグソーパズルが埋まっていくかのように、真相への道が徐々に開かれていく。
もし、これが零姫村正の言う大願成就ならば。
彼女の狙いは、恐らく――。
「<兎杷臥御の戦い>の、再現……」
「ど、どう言うことですか?」
「今まで俺は零姫村正の刃戯は鬼を召喚するものだと思っていました。ですが過去に倒した鬼が急に甦っている。ひょっとすると零姫村正の刃戯は鬼を召喚するんじゃなくて、鬼を甦らせることなのかもしれません」
死者の蘇生。
それは恐るべき異能だ。
人間が決して到達してはならぬ、行ってはならぬ神の所業。
それは御剣姫守とて同じこと。
いくら人間より優れて異能を持っていようと神にはなれない。
だが、零姫村正は神の領域に足を踏み入れた。
己の中で渦巻く憎悪で、復讐心で乗り越えたのだ。
「……これはあくまで仮説ですけど、零姫村正の刃戯は土地に残る怒りとか恨み――負の感情を利用しているのかもしれません」
世界に憎悪を抱いている彼女だからこそ成せる刃戯。
現時点では可能性の域を脱しない。けれども充分な説得力がある。
零姫村正の大願成就――自身の刃戯を用い、過去に散った数多の鬼を傀儡として甦らせ、世界に復讐を果たす。
即ち、<兎杷臥御の戦い>をもう一度引き起こそうとしている。
「そんな恐ろしいことが……! だとすると高天原が危険です。すぐに戻らないと!」
「ですけど、まずはこっちをどうにかしないと!」
倒した矢先、もう新手が召喚される。
憎悪によって黄泉返りを果たした亡者達。
男達の悲鳴が上がり、女達は武器を手に取る。
耳を澄ませばあちこちで金打音や咆哮が聞こえてくる。
既に太安京の町は戦場と化していた。
一匹の鬼が飛び掛ってくる。
鋭利な爪先で槍のように腕を伸ばしてくる。
柄で攻撃の軌道をそらす。
その際に悠は回転した。
後ろに引いた右足を軸に一回転。最中に納めていた刀を素早く抜き放つ。
再び身体が正面――敵手の方を向く。
既に抜き身となり、遠心力が加わった胴薙ぎが鬼の脇腹を割った。
敵手の攻撃に対し回避と攻撃を同時に行う。
正面を再び向いた時、振るった刃が相手の胴を斬る。
鳴守真刀流――廻閃。
居合いより始まる攻防一体技。
「とりあえず、鬼を倒しつつ一度支部に戻りましょう!」
「そうですね。悠さん、口を酸っぱくして言いますが絶対に無理はしないでください! それど独断専行もです!」
「了解です!」
三日月宗近と戦場と化した町並みを駆ける。
迫り来る鬼を倒す。
星刃が朱色に染め上げられていく。
身体に染み付いた血の香りが、これでもかと鼻腔を刺激する。
どれだけ人を斬ることに慣れていても、全てにおいて慣れる人間など狂人を除き一人もいない。
ましてや、返り血を浴びた姿を美しいと思えるなどありえない。
ありえないのだが。
「やぁぁぁぁぁっ!!」
朱に染まった月は、なんと幻想的で美しいことか。
はじめて目の当たりにした三日月宗近の戦う姿。
以前は奇襲を用いたことで一太刀も交えることなく終わってしまった。
小狐丸や狐ヶ崎為次とも、自分ともまるで違う剣筋。
敵を容赦なく粉砕する剛の剣でありながら、流水のように柔の動き。
三日月宗近の美しき剣舞が、戦場で披露される。
悠はいつしか、剣を振るうのを止めた。
三日月宗近の剣舞に、ただただ見惚れていた。
そうして太安京支部まで、悠は殆ど刃を振るうことなく辿り着いた。
支部の前では小狐丸達が集っている。
無造作に地に転がっている夥しい数の骸。
流れ出た血が一つとなって、大きな血溜まりを作っている。
辺りに血に香りがむせ返る中で、小狐丸達は涼しげな顔だ。
「無事だったんだね悠!」
「ご無事ですかお兄様!」
「なんとかな。皆も無事みたいでよかったよ」
「は、悠さ~ん!」
「どうやら無事だったみたいじゃな」
「どこか怪我はしていませんか? していますよねちょっと見せてください舐めますから!」
加州清光、実休光忠、蛍丸と、太安京にまだ残っていた御剣姫守が続々と集まってくる。
気が付けば金打音も咆哮も断末魔も聞こえない。
一先ず、戦いは終わったらしい。
そして相変わらず襲うとしてくる蛍丸が、長曽根虎徹と和泉守兼定に取り押さえられたのは言うまでもない。
有事とは言え、彼女から拘束具を取り払ってはならない。
必死に暴れ、三日月宗近の手刀を項に打ち込まれてようやく蛍丸が大人しくなった。
一呼吸の間を置いて、小狐丸が口を開く。
「けれど、一体太安京で何が起こってるんだい? 今ここに倒れている鬼達はかつて私達が倒した鬼ばかりじゃないか」
「それについては俺が説明する」
仮説の域を脱しないが、と付け加えて悠は説明する。
語り終えて、改めて彼女達を見やる。
三日月宗近を除く御剣姫守は誰しもが驚愕の感情を隠せずにいる。
「そんな馬鹿なことが……」
「しかし、現時点ではその仮説には説得力がある。さすがは私の男に相応しい器はある。この戦いが終わったら私とお茶でもしよう」
「兼姉はともかくとして。でも、悠さんの言う通りならどうすれば……」
「一番いいのは術者を叩くこと。そうでもしないと、例え倒してもまた復活する可能性もある。問題は、その肝心の零姫村正がどこに――」
どうやら、今日の俺は異様なほど勘が冴える。
まるで誰かに操作されているような気が不気味にすら思えてしまう。
だが、今だけはこの勘に感謝するとしよう。
「三日月さん。急いで列車に乗りましょう。俺も一緒に高天原へ戻ります」
「えっ?」
「勘……ですけどね。高天原にきっと零姫村正はいます。そんな気がするんです」
「……わかりました。ですが絶対に危険な真似はしないと約束してください」
「当然です。もうあの頃みたいに死んでもいい、なんて考えも消えましたから。どこかの誰かさんのおかげでね」
「ふふっ。それなら安心です」
「本当なら私も……と言いたいところだけど、残念なことに私は太安京を任されている身だからね――ちゃんと、帰ってきてくれるよね悠」
「あぁ。俺の勤め先は太安京だぞ? 太安京がなくなったら俺はどこに勤めればいい?」
「無論、私の夫として永久就職だ」
「兼姉、ちょっと空気ぐらい呼んだらどうですか? そんなだから今まで最後まで上手く殿方と交際できなかったんでしょ?」
「……虎徹。清光が私をいじめる」
「はっはっは! そう落ち込むな和泉よ!」
「……話がそれたけど、俺の所属場所は大安京支部だ。だから小狐丸、それに皆も――絶対に死ぬなよ。俺も絶対に帰ってくる」
「……約束だよ悠」
「あぁ、約束だ」
指きりを交わす。
そして――唇が静かに、悠の唇に重なった。
とても、とても長いキス。
周囲から悲鳴にも似た叫び声やら猛抗議やら上がる中でも、小狐丸は動じない。
悠は慌てて離れようと試みる。
阻止するように小さな両手がしっかりと身体を掴んで離さない。
その間、背後で零姫村正に劣らずの憎悪が膨らんでいく。
それを見計らってか、偶然か。
ようやく小狐丸の唇が離れた。
「お守り代わりだよ。戻ってきたらちゃんと返してね悠」
「ず、ずるいです小狐丸さん! ひ、姫だってお兄様とちゅーしたいのに!」
「横暴だぞ!」
「まぁ、天下五剣の権限で悠さんの所属先なんていくらでも変えられますけどね!」
「させないよ!」
「……って喧嘩してる場合じゃないでしょ! 早く戻りますよ! それじゃあマジで頼んだぞ!」
一人満足気な小狐丸と、怒りと不満を訴える他の御剣姫守に見送られながら、悠は暴れる三日月宗近の手を引いて大安京駅へと向かった。




