第二十九話:星の刃
適当に太安京の町並みを歩く。
今日も相変わらず、住民達は平和を謳歌していた。
誰しもが活気に満ち溢れて、色々と含んだ視線を向けられるのも、今ではすっかり悠は慣れてしまっている。
愛想笑いの一つでも返したいところだが、勘違いされるのも困るので無関心を貫く。
傍らで、悠は沈思する。
内容はもちろん零姫村正についてだ。
「大願成就……あいつは、何をしようとしているんだ?」
とても嫌な予感がする。
そう告げる本能に、悠は眉を顰めた。
一刻も早く零姫村正を見つけ出し、討伐せねばならない。
成長して開花する前に。不安の芽は摘むに限る。
そのためには、どうしても対抗手段が必要である。
自然と足が早くなる。
目的地が定まった足に迷いはない。
悠は太安京に住まう刀匠のもとを尋ねた。
「ごめんください!」
「あいよ!」
活気ある声が返ってくる。
続けて奥から家主が出てきた。
上下共に白で統一した着物姿。
右手に携えた金槌を見やる。頬に滲む汗から、今の今まで鉄を打っていたのだろう。
六代目國鉄徹心――御剣姫守の製作法を一切使用しない、大和に残る最後の刀工にして唯一の男性鍛冶師である。
國鉄一派――御剣姫守を生み出した村正と同門であり、かつては兄弟子でもあった。
御剣姫守が世に出てから、多くの刀工が受容性を失い路頭に迷う。
國鉄一派とて時代の流れに逆らえなかった。
そんな刀工達を見かねて、桜華衆は村正の遺品である技術の提供と引き換えに専属刀匠として雇うことにした。
結果として多くの刀工が賛同して、後の数打が生産される。
その中で國鉄一派だけが桜華衆の傘下に加わらなかった。
刀工として、かつての兄弟子としての誇りがそれを許さなかったのだ。
現在、國鉄徹心である彼は包丁作りを主体に鉄を打ち、生計を立てている。
評判もよくて、妻子持ちであるにも関わらず数多くの女性から口説かれているのが悩みだと言う。
それはさておき。
男でありながら女性のような振る舞いをする変わり者として國鉄徹心は周囲から認知されている。
逆に言わせれば、悠はようやく男らしい男と出会うことができたことを意味する。
それが心なしか嬉しく思えた。
だからこそ彼にしか頼めない。悠は確信した。
先祖が残した悲願を、男でありながら跡継ぎとなった彼は未だに果たそうとしている。
村正を超える刀を打ち、世間に認めてもらう。
実際、國鉄徹心の打つ刀は無銘の愛刀に勝らずとも劣らずの業物である。
代用品として差している大刀が正にそれだ。作風も悠好みであった。
従って好みの造りと一族の悲願を果たさんとする情熱を悠は後押しする形で、國鉄徹心に刀の修復の依頼をした。
最初こそ村正の残した零姫村正を扱うことを極端に嫌っていたが――悠は粘り強く説得したことで、ようやく首が縦に下ろされる。
大和の命運がかかっている。これが國鉄徹心の心を動かす決め手となった。
「まだ刀はできていないと思いますけど、一応お伺いしました。どうです調子は?」
「あ~……そのことなんだけどね」
國鉄徹心が困惑を示す。
歯切れの悪い彼の視線を目で追う。
一振りの刀が机の上で鎮座していた。
朱漆打刀拵。太極絵図の鍔に龍に象られた黄金の柄頭。
まさか――“アレ”がそうだとでも言うのか。
悠は尋ねるような心境で國鉄徹心を見る。
静かに、彼の首が縦に振られた。
「そんな、まさか……!」
悠は驚愕に目を丸く見開いた。
いくらなんでも速すぎる。
日本刀の製作に費やす期間は、現代では約二~三週間ほどとされている。
あくまで、それは刀身だけの話であって。
そこから砥師や鞘師と言った複数の職人の手を借りて、ようやく刃は日本刀となる。
故に、依頼をして刀を預けてから翌日に仕上がっているなど、まずありえない。
國鉄徹心の刀匠としての技量は高いと悠は買っている。
だから彼が手抜きをするような人間とは到底思えない。
だが、目の前にある現実を見せ付けられては流石に疑わざるを得なかった。
「まぁ疑われても仕方ないな。でも実際に一日でできてしまったんだ」
「そんな馬鹿なことが……。一体どうやって?」
「お前さんが持ってきた村正のせいだろうよ。夢でかなり気の強い女が出てきて、手伝ってやるからさっさと刀を打ち直せと脅されてな。必死こいてなんとか仕上げて、そんで目を覚ましてみたらご覧のとおりだ」
「そんなことが……」
恐る恐る刀を手に取る。
羽根のような軽さに驚きながら、悠は静かに抜刀する。
すらりと抜けた刀身を見て、再び悠は目を見開く。
こんなにも美しい刃を見たことがあっただろうか。
自問して、悠は即座に自答する。
否。こんな独特な刃は見たことがない。
刃長はおよそ二尺四寸一分。
胴太で入念に立てられた刃はどんな敵をも斬れそうだ。
そして最大の特徴は、なんと言っても刀身に宿る輝きにあろう。
通常の日本刀のどれにも当てはまらない独特な輝き。
例えるならば数多の星が煌く天空と言ったところか。
「代々國鉄家に伝わる特殊鉱石まで使わされたんだ。そりゃそうなるだろうよ」
「特殊鉱石?」
「あぁ。空から飛来した鉱石ってことでウチは天鋼って呼んでいる。滅多なことじゃ取れない希少な鉱石なんだぞ?」
「空……まさか、天鋼って言うのは鉄隕石のことか!?」
日本には、流星刀なる刀が存在する。
名の由来は鉄隕石が使われているからだ。
本来、鉄隕石は刀を製作する材料として向いていない。
何故なら炭素が全く含まれておらず、ニッケルなどの不純物が混ざっているからだ。
そのため、普段通りの感覚で熱すると鉄隕石はぼろぼろになってしまう。
刀匠の岡吉国宗は、これを七対三の割合で玉鋼と組み合わせ、溶けて液体になる寸前まで熱したことで流星刀の製作を成功させた。
無銘の愛刀、零姫村正、鉄隕石――三つの異なる材料にて仕上がった全く新しい己の一振りに、悠は感嘆した。
古くより隕石には、霊的力が宿っていると信じられている。
ならば、この輝きはその表れか。
使うのも思わず躊躇ってしまうほど美しい。
刀を振るう者として本末転倒な考えに、悠は自嘲気味に小さく笑う。
ともあれ、得物はできあがった。
見た目も文句なし。
では肝心の切れ味はどうだろう。
丁度いい具合に巻き藁がある。悠は軽く大刀を振るう。
天の川を思わせる残光を引いて横一文字に走る星刃。
斬、と音が鳴った。
両断される巻き藁。断面には粗一つ見当たらない。
切れ味も問題なし。強いて言うなれば。
「凄いを通り越してヤバすぎるだろ……」
まるで斬った感触が伝わってこなかった。
虚空を斬った時となんら変わらない。されど標的はしっかりと斬れている。
悠は困惑の感情を隠せぬまま、右手に握る生まれ変わった得物に視線を落とす。
もはや妖刀の類だ。
だが、これならばきっと零姫村正に打ち勝てる。
後は己の技量と復讐心が零姫村正を超えるのみ。
絶対に負けられない。悠は強く拳を握り締めた。
「とりあえずこんなに早くに仕上げてもらって助かりました。本当にありがとうございます。それで、御代の方なんですけど」
「あぁ、それなら……まぁざっとこのぐらいだな」
一枚の紙が渡される。
綺麗な文字で請求書と書かれたそれに目を落として――思わず、卒倒しかけた。
歴史に詳しくなくとも、書かれている数字を見れば嫌でも理解させられる。
日本刀の値段はピンきりだ。
安いものでも五十万はするし、名刀ともなれば何百万とする。
高額請求されることを悠は覚悟していた。していたつもりだった。
ただでさえ、足りないだろうからと三日月宗近までに借金している。
そこに、まだ足りないから貸してほしいと頼むなど恥晒しもいいとこだ。
だが、支払えなければ刀は使えない。
さて、どうする。必死に思考を働かせて、悠は打開策を練る。
「通常なら支払えって言うところだが、今回は特別におまけにしておいてやるよ」
「えっ!?」
「そのためには、条件をいくつか呑んでもらうけどな」
にやり、と國鉄徹心が笑った。
「条件……ですか?」
「あぁそうだ。それさえお前さんが守ってくれるなら、今回の料金は無料にしてやってもいい」
「無料!?」
なんと危険で甘い誘惑か。
無料ほど怖いものはない。昔からよく母が口にしていた言葉だ。
相手の好意だと思って受け取ったが最後、相手の策略にはまり酷い目に遭うことも世の中では起きる。いわゆる詐欺と呼ばれる犯罪だ。
國鉄徹心の申し出は、資金不足の悠からすれば正に地獄に仏。
されど母の教えが待ったをかける。
この誘いを受けるべきか。受けざるべきか。
今は、相手の言う条件について詳しく知りたい。悠はそう判断した。
「それで、条件と言うのは?」
「簡単なことよ。一つ目はお前さんの言う大和を脅かす脅威を、お前さん自身が討ち取ること」
元よりそのつもりだ。
零姫村正は俺の獲物だ。
大和のためでなく他でもない自身の戦いに他者を招くなど、悠の誇りが許さない。
「それだけでいいんですか?」
「まだある。これがとても重要だ。二つ目はウチの刀が村正よりも優れていることを世間に知らしめること――國鉄の人間が目指すのは最強の大和刀だ。だからお前さんはその立役者となってほしい」
なるほど。悠は納得した。
刀工は自分の知名度を上げるために、購入者に宣伝させることが多い。
かの有名な新撰組局長、近藤勇の有名な台詞――“今宵の虎徹は血に餓えている”――は、刀匠である長曽根虎徹を宣伝するために言ったのが最初だとも言われている。
大和において結城悠はもはやビックネームだ。それは過言ではないし、決して自意識過剰でもない。
男でありながら刀を携えて、あまつさえ鬼を斬っている。
目撃者も多いし、なにより一度新聞で大々的に取り上げられた過去がある。
即ち、前例に倣って悠が國鉄徹心の名を宣伝すれば。
包丁作りの鍛冶師は、瞬く間に刀匠としての名声を手に入れることにも繋がろう。
たったこれだけで無料にしてもらえるのであれば、引き受けない手はない。
「わかりました。その条件を呑みます」
「決まりだな」
悠は國鉄徹心と固い握手を交わした。




