第二十二話:最悪の結末
巨大な鬼が悠の前に立ちはだかった瞬間から、狐ヶ崎為次は酷い焦燥感に駆り立てられた。
兄者――結城悠と言う男については、ある程度は送られてきた資料と、先においしい思いをしてきた小狐丸の自慢話より聞いている。
人であり、男でありながら刃を振るう者。
鬼を斬ったと言う情報は狐ヶ崎為次を始めとして、太安京を任された御剣姫守が大いに驚いたのは言うまでもない。
そして裸を見たと自慢話が出た瞬間から、激しい口論が起きたのもまた必然だった。
それはさておき。
鬼を斬った実力はあれど、彼ではあの鬼に勝てない。
達人ともなれば闘わずして相手の力量を測ることは造作もない。
悠ほどの腕前ならば、それに気付かないはずがないがないのだ。
だが、狐ヶ崎為次の考えとは真逆に悠は鬼へと立ち向かった。
左手に抜いた脇差を投擲した。
恐らく、脇差は陽動だろう。
脇差に意識を誘導させて回避行動を取った瞬間に、間髪入れず切り込む。
至近距離からによる投擲。加えて弾丸に匹敵する速度であれば、対峙した者は必然的に脇差に対して意識を向けざるを得ない。
作戦としては完璧だ。
もっとも、それが鬼にまで通用するとは限らない。
ましてや、筋肉の鎧で守られた巨体であれば尚更のこと。
鬼に回避行動は必要ない。
刺さったところで致命傷には至らない。せいぜい掠り傷程度のものだ。
現に左手を盾代わりにして投擲を防ごうとしているではないか。
これでは悠の目論見どおりに事は運ばれない。
脇差を受け止められて、間合いに踏み込んだところに反対の腕が唸りをあげて、悠は呆気なく殺される。
――させない。兄者を殺させてたまるものか!
わらわらと群がる鬼を一掃して、狐ヶ崎為次は地を駆け抜ける。
男性を守るのは女性の役目である。
御剣姫守として。将来の旦那を守る女房として。
「させんぞ!」
鬼の懐深くに潜り込む。
そして――そのまま太刀を振るい鬼を一撃で切り捨てて、謎の御剣姫守をも打倒したことで悠からは絶賛されて、更に惚れられてそのまま交際することになって、羨ましがる御剣姫守の前で熱く口付けなんかも交わしたりして夜になったら激しく情事に身を燃やし、後日子を授かって幸せな家庭を築き上げましたとさ――と、一瞬の内に描いたピンク色の妄想に狐ヶ崎為次は涎を滴らせる。
だが。目の前で起きた現実は、妄想とは少々――否、まるで違うものだった。
戦場において邪念は抱いてはならぬ。
余計な思考は剣を鈍らせ、判断力を損なわせる。
だが、しかし。
あれはなんだ。狐ヶ崎為次は驚愕に目を丸く見開いた。
脇差を防いだ鬼の左手を見やれば、大きな風穴がぽっかりと開いている。
その穴と重なり合うように、鬼の心臓部にもまた同様の風穴がぽっかりと開いている。
投擲された脇差は遥か遠く。鬼の背後にあった一本の大木に深々と突き刺さっていた。
一方で、将来の旦那はと言うと大刀を手にした腕を真っすぐに伸ばしている。
ただそれだけだ。刃は鬼に触れてすらいない。
どうっと鬼が崩れ落ちる。
絶命した鬼を横切って、悠が深編笠の御剣姫守へと切り掛かる。
ここでようやく、深編笠の御剣姫守が動いた。
後生大事そうに抱えていた大太刀が、布の下から姿を見せた。
朱漆拵えの大太刀。
それが静かに鞘から抜き放たれる。
燃え盛る炎を連想させる独特の刃文――乱焔。
なんと禍々しい邪気か。全身の肌が粟立つ。
御剣姫守の中には後天的に妖力を得たものもいる。
悪霊を斬った経歴を持つ、にっかり青江などがいい例だ。
だが、それでもあれは別格だ。人間であれば気を失うどころか、魂までも刈り取られかねない。
そして悠はごく普通の人間だ。
「兄者!!」
兄者では勝てない。
アレに向かって行ってはならない。
逃げろ。逃げてくれ。
内に湧き上がる感情をあらん限りの声に込めて、狐ヶ崎為次は叫ぶ。
叫んで、無情にも鮮血を噴出して倒れる悠の姿が視界に映し出された。
第三章 -完-




