第二十一話:魔剣再臨
一先ず加州清光を支部で休ませてから、悠は狐ヶ崎為次を従えて再び町へと繰り出す。
今回の御剣姫守は、実休光忠の時のように特定の場所にいない。
夜の神社で見た、夜の長屋裏へとすぅっと消えていったなど。
寄せられた数少ない目撃情報も夜に現われることを除けば、まるで統一性がない。
故に手掛かりを探しに、最後に目撃された場所へと悠は赴く。
昔から調査は自分の足ですると決まっているのだ。
「人気のない神社……吾だから何もしないが、場合によっては押し倒されるぞ兄者」
「……否定できないな」
神社を舞台に情事をする描写は、元いた世界でも使われている。
他者に見られるかもしれない野外ですることと、神聖な場所と言う二つの要素が読者に興奮を与える。
その価値観は、何故かこの大和でも浸透しているから驚きだ。
春画の多くが室内よりも神社や森と言った野外で情事が行われている。
何故なら爆発的な人気を誇るからだ。
和姦にせよ強姦にせよ、とにかく外でやっていることが重要なのである。
三日月宗近や鬼丸国綱も所持していたから、人気なのは多分間違いではない。
問題は、所持することよりも春画に感化されて実行に移すことだ。
双方同意による和姦であればまだしも、一切相手の同意を得ない強姦は立派な犯罪だ。
そうした性犯罪が大和でも起きている。
男性保護法が敷かれているにも関わらず、法を破ってまで襲った女性の性欲には恐怖の一言に尽きよう。
「そんなことよりも、何か手掛かりがないか探そう。何かヒントぐらいは落ちてるはずだ」
時間が経過していれば、その分だけ真実へと道のりは遠ざかってしまう。
最悪、二度と到達することも叶わなくなってしまうだろう。
手掛かりが残っていることを切に願いながら、悠は周辺を物色した。
「しかし、わからんな兄者。宵闇色の着物に五尺の大太刀に深編笠――こんな目立つ格好をしていれば多くの目撃情報が送られてきてもおかしくはないはずなのだが」
狐ヶ崎為次の言い分はもっともだ。
奇妙な姿格好をしているが、五尺の大太刀を所持している時点で目立つ。
関心こそ湧かずとも、記憶の片隅に留めるぐらいはしていてもおかしくはない。
しかし、殆どの人間が知らないと口を揃えて言う。
存在を認識させない刃戯を用いている可能性も否定できない。
「狐ヶ崎も心当たりとかないのか?」
「数多くの姉妹がいるが、わざわざ笠で素性を隠すような者はいなかったし、そもそも村正が打った御剣姫守で大太刀はいなかったと吾は記憶しているが……」
「……姉妹で知らないとなると御剣姫守かどうかも怪しくなってきたな」
「だが、九十五式軍刀でなければ吾らと同じ真打だ。長年の生活で色々と趣味嗜好が変わった御剣姫守かもしれん」
「……そうであることを祈るよ」
調査を続ける。
続けて――かれこれ一時間が経過するが、未だ成果は得られない。
以前に神社にはゴミの一つすら見当たらなかった。
参拝者のことを考えてだろう。とても整備が行き届いている。
いいことではあるが、場合が場合だ。今回ばかりは素直に感心できないし、逆に掃除した相手を恨む。
「……仕方ない。そろそろ行こう狐ヶ崎。このままいても時間の無駄になりそうだ」
「了解だ兄者。ところで少し甘いものでも食べていかないか? 心なしか甘いものが食べたいと兄者が言っているような気がしてならんのだ」
「それは俺じゃなくて自分だろう狐ヶ崎。まったく……長居はしないからな」
「そ、そうか。うむ仕方ない。ではここは兄者の要望通り甘味処に行くとしよう。甘いものが好きとは、大和刀を携えていようと根は男だな」
「はいはい」
瞳をきらきらと輝かせる狐ヶ崎為次に手を引かれて神社を後にする。
その足を、悠は止めた。
境内と外との境界線たる鳥居の下に立つ一人の女性。
顔は深編笠がすっぽりと包み込んでいるのでわからない。
宵闇色と珍しい色の着物を纏っている。
左手には、女性の身の丈を軽く超える何かが布に包まれている。
「狐ヶ崎、どうやら甘味処は少しばかりお預けだな」
「……どうやらそのようだ。まったく、せっかく兄者との“でぇと”を楽しめると思ったのに。誰かは知らんが余ほど空気を読むのが下手と見える」
「……それについては何も言わない。だけどちょっと予想していたのと違う展開だな」
まさか、向こうから現われてくれるとは思っていなかった。
これで仕事ができる。
鋭利な刃の如き殺気をこちらに向けて放ってさえいなければ。
狐ヶ崎為次が腰の得物を抜き放つ。
遅れて悠も腰の大刀を抜く。
実休光忠の時と同じ力尽くによる交渉は避けられない。
だが、前回との違いは明確な殺意と憤怒を抱かれている。
狐ヶ崎為次であれば、理由は知らずとも納得はいく。
同じ御剣姫守であるのだから、過去に起きた何かしらの理由で恨んでいると、仮説は充分立てられる。
しかし。
――なんで俺にまで殺気飛ばされてるんだ?
初対面であるにも関わらず、殺気を向けられる理由が悠にはわからない。
まるで積年の恨みを晴らす。そんな負の感情がひしひしと伝わってくる。
「貴様がここ最近になってあちこちで目撃されている例の御剣姫守だな!? まずはその編笠を外したらどうだ!?」
深編笠の御剣姫守は答えない。
代わりとばかりに左手をゆっくり、空へと掲げる。
角を生やした蛇が自らの尾を喰らい、中央に太極図を描く独特で禍々しい模様だ。
目の前の御剣姫守が手を上げた瞬間、地面にいくつもの小さな魔法陣が描かれる。
その中から次々と現界する異形の者共。
人類の天敵――鬼の出現に狐ヶ崎為次が酷く狼狽した。
「お、鬼を喚び出したとでも言うのか!?」
「鬼を召喚する刃戯とかじゃないのか!?」
「そんな刃戯聞いたことも見たこともない! 来るぞ兄者!」
鬼達が一斉に吼えた。
開戦の合図が神社に轟く。
神聖な雰囲気に包まれている場所には不相応な音が奏でられる。
金属同士が打ち合う音、肉を切り裂く音、骨を断つ音、そして命を絶たれて上がる断末魔――濃厚な鉄の香りが辺りに漂う中を、狐ヶ崎為次は刃を振るう。
素早い動きで相手を翻弄し、驚異的な跳躍力で高々に舞い、そして手にした白刃で魔を討つ。
圧倒的だ。
圧倒的であるが故に、鬼は数で迎え撃つ。
雑兵と言えど侮ることなかれ。塵も積もれば山となる。微々たるその力を甘く見れば手痛い目を見る。
加えて相手は複数いるのに対して、狐ヶ崎為次は一人だ。
どれだけ強かろうと体力に限りがある以上、長期戦は不利となる。
となれば術者を打つのが定石。
あの御剣姫守を殺す。今、ここで。
交渉対象から討伐対象へと全神経と肉体を切り替える。
人類に仇名す存在であれば、悠は一切の躊躇いを抱かない。
悠は地を蹴り上げる。深編笠の御剣姫守に肉薄する。
一体の鬼が行く手を遮った。
足に力を込めて緊急停止をして、改めて悠は相手を見据える。
それもそうだ。悠は納得した。
将棋であれチェスであれ、王を積むには周りの駒を排除する必要がある。
特に玉座に近付くにつれて、強力な駒が王の側で警護している。
それを無視していきなり王手をかけようとした俺が浅はかだった。
ゲームであれば取った駒を自軍の兵力として使えようが、鬼が人間の言うことを聞くとは到底思えまい。
聞かれてもそれはそれで、周囲にいらぬ恐怖と誤解を与えるから困るのだが。
「……そこを通してもらうぞ」
返ってくる返事など決まっている。
人語を話そうとも、話さずとも。ただ唸り声を上げて襲い掛かってきてくれれば、それでいい。俺はそのまま斬り捨てるだけで済む。
まるで手入れが施されていない。ナマクラを通り越した廃棄物を手に殺戮対象――悠へと向かって鬼が驀進する。
悠は静かにいつもの構えに移行した。
絶対の自信を持つ技を以って応える。対象が人間だろうと鬼であろうと、悠の考えは変わらない。
鬼が足を踏み切り、手にした刀で袈裟に切り込む。
同時に、悠は陽之太刀で迎え撃つ。
白刃が左脇腹を割る。妥協なき致命傷を負った鬼はそのまま絶命した。
改めて本命を視界に収めて、悠は再び地を蹴り上げる。
不意に、大きな影が悠に差した。
「なっ……!」
咄嗟に飛び退く。
轟音が神社に轟いて、大量の土煙が舞い上がる。
その中から影が姿を見せる。
とても大きい。高天原で対峙した鬼と同等はあろう。
武器の類は見受けられない。言うなれば全身こそが鬼の武器だ。
丸太のように筋肉が膨れ上がった太い剛腕は振るっただけで充分な凶器と化す。
まともに受ければ小枝の如く粉砕されるだろう。
そこに爪が加われば、刀以上の切れ味を誇る刃とも化そう。
鬼がこちらを見据える。
実際的には、鬼が悠の姿を知ることはない。
“あるはずのものがない”、“ないはずのものがある”――これらは人間に奇異を感じさせる。
今回の場合は前者。
鬼には視覚を司る目と言う器官そのものが備わっていなかった。
目がなければ対象を視界に収めることは不可能。
なのに鬼は悠を捉えて離さない。あたかも、姿をしっかりと視認しているかのように。
目に頼る必要がないのだ。
人間は一つでも五感を失うと、残された感覚がそれを補おうとするのは、あまりにも有名な話だ。
例えば目が見えなくなった者は異様なまでに聴覚が発達した。
無論、個体差にもよるし訓練次第でもある。
心眼とは、残された機能が超人的にまで発達して初めて得られる能力だ。
達人ともなれば聴覚で足音を聞き分けて数を把握し、触覚で大気の流れから相手の体格から動きまでも読み取ることも可能とする。
――鬼のくせに心眼を体得しているとか反則だろ。
未だかつてない強敵だ。
なにせ双極の構えがまるで意味を成さないのだから。
先ほどの鬼を歩に例えれば、目の前にいる鬼は角か飛車か。
要するに、こちらも本気で挑まねばならない相手である。
悠は構えを変えた。
右片手による双極の構え。
残る左手は逆手に抜いた脇差を胸の高さまで持ち上げて、切先を相手に向ける。
斬と刺突による二刀から成される構え。
それは剣術を軽んじていると批判を受けるかもしれない。
しかし、この型こそが結城悠を剣鬼へと至らせた。
「それじゃあ、行くぞ」
悠が先行する。
左逆手の脇差を、悠は自ら手放した。
脇差とは狭い室内での戦闘や、主兵装である大刀が失われた時の副兵装である。
しかし刀である以上、その本質は相手を斬ることにあって――決して、投げ付けるものではない。
悠は鬼の心臓目掛けて脇差を投擲した。
鬼に脇差を投擲したところで勝てないのは、最初から承知済みだ。
刺さったとしても致命傷には至らないだろうし、鬼の巨体を考えれば脇差では心臓にまで刃が到達することは、まずありえない。
それらを除いて目の前の鬼を討伐できるだけの力を、結城悠は保有していない。
鬼もそれに気付いている。だから左手を差し出して投擲を防ごうとしている。
賢明な判断だ。素直に認めざるを得ない。
ならば俺が取った行動は単なる愚行として終わってしまうのか――否。
技とは己が勝つ時に行動するものであることを忘れてはならない。
そして勝機とは、自然発生するものにあらず。
自ら作り出さねば勝機など訪れはしない。天文学的確立に頼るようであれな、最初から勝てぬと勝負を捨てているのも同じ。
目の前の鬼を斬る伏せるために。勝機を作るために悠は行動に出ている。
――魔剣と言うものがある。
剣術にはあらゆる場面を想定した技が当然存在する。
しかし数多くの流派が存在する以上、技が似たようなものが出てくるのは避けられない事実でもあった。
そんな剣術のセオリーを逸脱していながら、絶対必殺の破壊力を秘めた技が世の中には実在する。
それこそが魔剣。人外の領域に達した者のみが手にする技の総称である。
有名なところで言えば一刀流、伊東一刀斎の夢想剣と払捨刀。
巌流島でかの宮本武蔵と対峙した侍、佐々木小次郎の燕返し。
新撰組一番隊隊長、沖田総司の三段突き。
いずれも魔剣と称される技術であって、一つとして後世に明確に伝わっていない。
何故なら魔剣とは、一代限りの才能が生んだ必殺剣術だから。
どれだけ他人が会得しようとも、決して我が物にできない。それが魔剣である。
だが、なければ新たに魔剣を作ればいい。
先人達も剣の才能があったからこそ魔剣を生み出したように、才能さえあれば誰しも作り出せる。
そして平成の世に、魔剣を創造する若き剣士が生まれた。
名を、結城悠。
若き天才剣士が振るう魔剣の名は――。
――魔剣、双貫。




