第二十話:本日の天候は晴れ時々血の雨
食事も終わり後片付けも済ませた後、悠は太安京に足を運んだ。
鬼の襲撃がなければ、御剣姫守の勧誘に出掛ける。
実休光忠が桜華衆に入ったからと言って、悠の仕事までも終わったわけではない。
太安京には、自由奔放に生きている御剣姫守がまだまだいる。
「次の相手は……」
「ふふっ。兄者と逢引か。悪くないな」
「……今は任務中で狐ヶ崎は護衛だからな? そのことを頼むから忘れないでくれよ?」
鼻歌交じりで歩く今日の護衛である銀色の狐娘――狐ヶ崎為次はとても上機嫌だ。
物事を決める一つの手段として用いられるジャンケンで勝ち抜いたことが、相当嬉しかったらしい。涙目でやり直しを訴える他の面子に見せた、勝ち誇ったゲスな笑みにただただ心が痛んだ。
外観が子供なのだから、子供らしく振舞ってくれるほうが癒される。
「あれ? お久しぶりです悠さん!」
不意に、声を掛けられる。
見やれば小動物のように駆け寄ってくる少女を筆頭に、後ろに二人の女性がやや遅れてやってきた。
揃いの段だら模様の羽織に鉢金を着けた彼女達は、歴史に詳しくなくとも誰しもが一度は耳にしたことがあろう。
新撰組――幕末の時代、最強の人斬り集団として恐れられた治安組織。
局長である近藤勇。
鬼の異名を持つ副長の土方歳三。
最強の剣士と謳われるも病により病没した一番隊隊長の沖田総司。
先頭の少女は、遭うのは久方ぶりだがよく憶えている。ことある毎に鼻血を出しても、迅雷の如き剣速と華麗な技は一度でも目にすれば脳に焼き付いて一生離れそうもない。
沖田総司の愛刀――名を、加州清光と言う。
「久しぶりです清光さん――そちらのお二人は?」
「貴公が清光の言っていた結城悠と言う男か。男でありながら刀を振るい、挙句鬼をも切り捨てる――奇天烈な男であるとは聞いていたが、どうやら本当らしいな和泉――申し遅れた、某は長曽根虎徹と言う」
例えるならば、獅子。
短く整えられた金色の髪と鼻筋の中央に入った横一文字の傷が、勇ましさと凛々しさを引き立てる。
長曽根興里入道虎徹――甲冑師から刀工になったと言う異例の経歴を持つ。
甲冑を知り尽くしている彼の刀は切れ味が大変優れており評判となったが、それ故に偽者が多く出回り、虎徹を見れば偽者と疑えと言う格言が存在するようになった。
「そして隣にいるのが和泉守兼定だ」
長曽根虎徹のように黒髪を短く整えている彼女を、誰しもが美を感じよう。
しかし獲物を狙う猛禽類の如き鋭く冷たい瞳に見据えられて、心が竦まなければの話だが。
和泉守兼定――美濃国関の刀匠、兼定の一派が作り上げた一振りである。
関鍛冶の刀は外見の華やかさに拘らない代わりに、抜群の切れ味を誇り、実用的な刀として数多くの戦国武将や侍達に広く愛用されてきた。
「私の名前は和泉守兼定と言う。早速だが私と交際しないか?」
「は?」
雰囲気もへったくれもない、ドが付くほどの単刀直入な告白をされた。
土方歳三は女好きであると言う逸話は有名である。
幼少期の頃から色白のバラガキで年上の女性と関係を持ったこともあれば、京都に移ってから数多くの恋文を貰い、それを自慢する手紙を親戚に送っていたとも言う。
しかし、そんな告白をされても悠の心には響くことはない。
もちろん、和泉守兼定に対する返答は――。
「ごめんなさい」
「んなっ!?」
「おぉ、あの男食いの和泉守兼定が初めてフラれるとは。これは驚いたぞ!」
この世の終わりが訪れたような顔を浮かべて地に両膝を着く和泉守兼定。
一体どれだけの男性と交際しては取り替えてきたのだろう。聞く気も起こらないし、興味もない。
そもそも何人もの男性と交際してきたステータスは、尻軽女としての印象を強く与えられるので、悠は好印象を持てなかった。
姉妹の落ち込む様子を横目に関心の色を声に乗せて、愉快そうに笑う長曽根虎徹。
彼女の隣で何故か安堵の息をもらす加州清光。
「馬鹿な……そんな馬鹿な!?」
「はっはっは! 諦めて現実を認めろ和泉!」
「何故だ……何故だぁあああああああっ!!」
滝のような悔し涙を流しながらどこかへと走り去っていった和泉守兼定。
更に愉快そうにからからと笑って、慰めに行くと彼女を長曽根虎徹が追い掛ける。
残された加州清光と、悠は互いの顔を見合わせる。
「……清光さんは追い掛けなくてもいいんですか?」
「えっと……多分大丈夫だと思います――と、ところで悠さん。もしこの後お暇なら一緒にお、お茶とかでも……」
突然、加州清光が口を閉じた。
顔を俯かせる彼女に悠は小首をひねり――数秒して、脳裏によぎった嫌な予感に頬の筋肉を引き攣らせる。
まさか。
「お茶をして仲良くなって、いい雰囲気になってきましたねってところで宿屋に行ってそのまま悠さんと……ぶぶっ!!」
「やっぱりか!? だ、誰かちり紙をください!」
盛大に鼻血を噴き出した加州清光。
またか、と言いたげな顔でちり紙を持ってくる数打の少女。
彼女の鼻血芸は、どうやら周りにとっては日常茶飯事らしい。
沖田総司は肺結核により吐血することは度々あったそうだ。
美少年が吐血する姿は、二次創作であればとても映えよう。
美少女が脳内で描いたピンク色の妄想に興奮して鼻血を出されても、なんの感慨もない。強いて言えばこのまま失血死するのでは、と言う心配ぐらいなものだ。
「す、すみません悠さん……お見苦しいところを見せてしまいました」
「いえ、大丈夫です。大丈夫ですから早くちり紙を交換してください。もう真っ赤になってますよ」
「はい……」
入れては真っ赤に染まって新しいのと交換する。
何十枚と膨大な量を消費してようやく収まった加州清光の顔色は、とても悪い。
うら若き乙女の柔肌はやつれ、足元もおぼついている。
「とりあえずどこかで休みましょう。流石に今の清光さんを放っておくことはできませんしね」
「い、いえ本当に大丈夫ですから……!」
「足元がフラついているのにどこが大丈夫なんですか。まったく……」
「えっ!? ちょっ……!」
ひょいと、悠は加州清光を持ち上げた。
それは世の女性が体験したいシチュエーションの一つ。いわゆるお姫様抱っこである。
力を込めて抱き締めれば簡単に折れてしまいそうなほど華奢で小柄な体格の加州清光は、まるで羽のように軽い。
こんな細い腕で刀を満足に扱えるのか。
馬鹿にするつもりはないが。けれどもそう思わざるを得ない。
「軽いですね清光さん。ちゃんとご飯食べてますか?」
「そ、そんなことより降ろしてください悠さん! こ、これはいくらなんでも恥ずかしいです!」
「だったら妄想して鼻血を出す癖を早く克服するようにしてください」
腕の中で抗議する加州清光を無視して、悠は太安京支部へと引き返す。
「うぅ……男の人に抱えられるなんて、御剣姫守として恥です」
「……いや、これでよかったと俺は思いますよ?」
女性が男性を抱える場面は、登場人物の美醜の具合によって大きく左右される。
加州清光のような少女であれば同年代か、もしくは年下の少年がいい。もちろん美が付いていることを前提でだ。
図体のでかい男が加州清光に抱えられる光景を想像してみる。
――絵面的に駄目だろ。
男が女に抱き抱えられる姿は、情けないの一言に尽きよう。
ここでは普通でも、悠の価値観に当て嵌めれば男の風上にも置けぬ所業である。
「ずるいぞ加州清光! 吾の兄者にそんなにぴったりと身体を寄せ合うなんて!」
「いやずるいってなんだよ狐ヶ崎……」
狐ヶ崎為次が不満の声をあげる。
彼女に限らず、時折見せる外観相応の仕草は本当にかわいらしいのに。
「仕方ないだろう。清光さんは今貧血気味なんだ。こんな時に一人で歩けって方が危険だろうに」
「なら……なら、吾も!」
言うや否や、狐ヶ崎為次が腰の得物を鞘から抜き放った。
刃長およそ二尺六寸の刃が、陽光をあびてぎらぎらと輝く。
切先が静かに向けられる。それは仕手の腹部へと定められた。
当然、周囲から悲鳴があがる。
「ば、馬鹿! お前は何をやろうとしてるんだ!?」
「吾も貧血になれば兄者はおんぶしてくれるのだろう!?」
「やらんわ!」
町中でいきなり腹切りをしようとした狐ヶ崎為次の神経を疑う。
お姫様だっこをしてもらうために腹を切ろうとする馬鹿を悠は知らないし、見たこともない。
たった今、その馬鹿を見ることとなってしまったが。
「あぁもう! とにかく清光さんを支部まで運んだらおんぶでもなんでもしてやるから!」
「ん? 今なんでもって言ったな兄者」
「いいからさっさと刀を鞘に納める!」
「言質は取ったからな兄者よ」
「はぁ……」
深い溜息を吐く悠の横で、嬉々とした表情で納刀する狐ヶ崎為次。
今になって、これでもかと体臭を嗅いでいる加州清光の変態行為に気付く。
だんだん高天原にいた頃が懐かしく思えてきた。
天下五剣も中々に癖の強い者ばかりだが、少なくとも悠の中では比較的常識人でまともな御剣姫守として登録されている。
やはり俺は来る場所を――太安京そのものに来るべきではなかったのかもしれない。主に御剣姫守絡みのことで。
そんな考えが、今ではすっかり絶えなくなった。




