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第十六話:失われた名刀

 桜華衆の隊員達は個室が与えられる。

 和室か洋室かは、所属する場所によって大きく異なる。

 太安京たいあんきょう支部は間取り八畳の和室。

 小さなちゃぶ台と箪笥が設けられているだけの殺風景な一室。後は隊員達の趣味嗜好品でそれぞれに飾られていく。

 さて、入隊したばかりの悠の部屋は用意されている家具を除いて何もない。

 働いてもいないのだから物を買う給与なぞ一銭も持っていない。

 もっとも、これと言って欲しいものが悠にはない。

 テレビがあれば購入していただろうが。明治を髣髴ほうふつとさせる世界に、文明の利器があるはずもない。

 一先ず三日月宗近みかづきむねちからより無理矢理持たされた生活用品やら衣類やらを部屋の片隅に置いて、悠はその場を後にする。


 鬼の討伐はあくまで出現した際に行われる。

 理由は主に二つ。

 一つ目は鬼の出現は不定期かつ不特定である。

 気が付いた時には既に町中に侵入されていた、などと言う事例もこの太安京たいあんきょうでは挙げられていた。

 如何に刃戯じんぎなる超人の力を有した御剣姫守みつるぎのかみとて、決して万能ではない。

 でなければ、<兎杷臥御とばふしみの戦い>が終わってからも鬼による被害に頭を悩まされることもなかっただろう。


 二つ目の理由は、調査に出せるだけの人員が不足していること。

 桜華衆に所属している真打の数は少ない。

 村正が世に生み出した御剣姫守みつるぎのかみは百を超えるものの、彼女亡き後は遺言に従って各々自由に生きることを選んだ。

 天下五剣を筆頭に桜華衆が立ち上げられたものの、賛同する者もいればそうでない者がいる。数は後者の方が圧倒的に多い。

 では性能で劣る数打で賄えないのか。これもまた桜華衆にとって難題であった。

 数だけを見れば確かに真打を超えよう。

 しかし性能面からやはり有事の際に処理しきれないことが多い。人間と変わらない小型であればともかく、中型以上となると彼女達は太刀打ちできない。

 故に桜華衆は防衛と言う対処に出ている。そう出ざるを得なかった。


 鬼の討伐以外にも仕事は当然ある。

 これで何もせず一日中ブラブラとしてすごしていれば、ただの給料泥棒でしかないし、国民ももちろん黙ってはいない。

 桜華衆は現状、国のトップであり未来を担っていく組織だ。

 国民を導いていく組織がだらしなければ、当然不満も出てくるし不安も抱く。

 募った不安が限界を超えて爆発すれば、大和の国は瞬く間に崩壊する。

 そうならないためにも、御剣姫守みつるぎのかみには本業とは別に仕事がある。


 長い廊下を歩いていると、中庭で遊ぶ御剣姫守みつるぎのかみの姿が横目に映った。

 元気な声ではしゃぐ姿は外観相応と言えよう。

 達人も真っ青の剣技と目まぐるしい速度でチャンバラをしていなければ、実に微笑ましい光景として映ったが。

 ふと、目が合う。

 無邪気に手を振ってくる少女達に悠も手を振り返す。

 チャンバラ――と思っていたのは修練だった――に誘ってくる姫鶴一文字ひめづるいちもんじ達を丁重に断って、悠は隊長室と書かれた部屋の前で立ち止まった。

 こんこん、と襖を叩く。


「どうぞ」


「入るぞ小狐丸こぎつねまる


 悠は中へと足を踏み入れた。

 隊長室だからと言って、内観は至って地味だ。

 広くて重要そうな巻物がたくさん保管されていることを除けば、隊員達の部屋と大差ない。

 部屋の中央に座し、巻物に筆を走らせる小狐丸こぎつねまるがにこりと笑う。


「待っていたよ悠。それじゃあ早速だけど私の秘書をやってもらおうかな」


「違うだろ小狐丸こぎつねまる。俺に与えられている仕事は既に三日月さん達から受け取ってる」


「……チッ。あのおっぱいお化けはやっぱり毒殺しておけばよかったよ」


「まだそのネタ引きずるのか。いい加減しつこいぞ」


 本部を出発する直前、悠は三日月宗近みかづきむねちから天下五剣より一つの命令を与えられた。

 桜華衆に所属していない御剣姫守みつるぎのかみを探し出し、勧誘する。これが悠に与えられた仕事である。

 同じ御剣姫守みつるぎのかみが誘って駄目でも男である悠が誘えば。

 女性の心理を突いた作戦には、少々気が引ける。

 男であることを利用して無理矢理桜華衆へと所属させる。

 勧誘方法は自由と言われているものの、言動一つで立派な詐欺になる。

 しかし鬼の撲滅と平和を掲げる三日月宗近みかづきむねちか達の信念もまた、無碍にはできない。

 ちなみに、三日月宗近みかづきむねちかは最後の最後まで泣いて本部に留まることを悲願してきた。

 その後ろで血涙を流し、不幸と呟く数珠丸恒次じゅずまるつねつぐは今思い返しても恐怖に一言に尽きる。


「三日月が言っていることは確かにわかるけど、私としてはこれ以上競争相手が増えてほしくないんだけどね」


「はいはい。俺は誰にもなびかないよ。もちろんお前も例外じゃないぞ小狐丸こぎつねまる


「照れ隠しと取っておくよ。それじゃあ真面目にしようか、せっかく悠がこの支部を選んでくれたのに不手際一つで異動になるのは困るからね」


 ようやく仕事の話に入るらしい。

 不敵な笑みを浮かべる小狐丸こぎつねまるに、悠は小さな溜息をこぼす。


「実はここ最近ある御剣姫守みつるぎのかみ太安京たいあんきょう近くで目撃されたらしいんだ――と言っても、結構頻繁に町に遊びに来てるけどね」


「俺が来る前に勧誘しておけよ……って言うのは野暮ってもんだな。わかった、なら俺はその御剣姫守みつるぎのかみを勧誘してくればいいんだな?」


「そう言うこと。まったく実に不愉快な話だよ」


「でも上司からの命令を無視したらクビだぞ。とりあえず名前と大体の場所を教えてくれ」


御剣姫守みつるぎのかみの名前は実休光忠じっきゅうみつただ御剣姫守みつるぎのかみの中でも特に戦闘狂で一部じゃ魔王なんて呼ばれてる暴れ者だよ」


「……それはまた」


「あれ? 彼女のことを知っているのかい?」


「いや、まぁ実際に会ったことはないけど名前だけはな」



 天正十年、六月二日――明智光秀の謀反により、織田信長は本能寺にて死亡する。

 後に言う、本能寺の変と呼ばれる出来事だ。

 この時、織田信長が振るっていたとされる刀が実休光忠じっきゅうみつただだった、と言う可能性が指摘されている。

 焼け落ちた本能寺より発見された実休光忠じっきゅうみつただには、新しい切り込み傷が十八箇所もあったと言う。このことから炎上する中で信長が振るっていたことを物語っている。

 その後、豊臣秀吉が焼き入れのやり直しを行い豊臣家の家宝とされた。

 しかし豊臣秀吉の死後、大阪城の落城と共に実休光忠じっきゅうみつただは歴史から姿を消した。



 歴史から姿を消した名刀が、美少女としてこの世に存在している。

 ある意味、刀を振るう者として誉れかもしれない。

 しかしだ。

 初日から俺は死ぬかもしれない。

 仕手はあの第六天魔王……織田信長だ。

 持ち主が持ち主だけに、実休光忠じっきゅうみつただの気性が荒いと言われて自然と納得してしまう。

 だからこそ、勧誘は極めて困難となるだろう。

 機嫌を損ねたりでもすれば、男であろうと即切り捨てられる。その可能性も否定できない。


「光忠は太安京たいあんきょうから少し離れた場所にある廃寺にいるよ。本人曰く、落ち着くらしい」


「……いいのかよそれで」


「もしいなかったら酒場だね。彼女は生粋の酒好きだから。懐かしいなぁ、あの頃はよく飲み比べなんかして何人も倒れてたよ」


「……既に自信がなくなってきた。だけど仕事は仕事だ、とりあえず行ってくる」


「護衛に誰かを付けた方がいいよ。近くと言っても太安京たいあんきょうの外だからね。鬼が出ないとも限らない」


「そうか。それじゃあ適当に声を掛けるとするよ」


「私でも全然構わないよ?」


「お前はこの支部を任されてる隊長だろう。サボるな――そう思うと高天原にいた時、よく俺の相手できたよな」


「他の子に代理をしてもらったからね。君をこの支部に一員にすることであっさりと承諾してくれたよ」


「……もし俺がこなかったら、お前ヤバかったんじゃないのか?」


「そうかもね。でもこうして悠が来てくれたから無問題だよ。昔からこう言うでしょ? 終わりよければすべてよしってね」


「結果論だけどな。二度と確証のない約束事はしない方がいいぞ?」


「ふふっ、君からの言葉だ。肝に銘じておくとするよ。それじゃあよろしくね悠。成果はどうでもいいから早く帰ってきて私の相手をしてほしいな」


「成果がどうでもいいとか、隊長の言う台詞じゃないぞ。まぁいい、そろそろ仕事してくる」


 悠は隊長室を後にする。


 再び中庭へ足を運ぶ。

 修練チャンバラを終えた幼き少女達は休息を取っている。

 あれだけ激しく動いたのだから汗を掻くのは必然だ。

 纏っている鎧を外して衣類を肌蹴させることで火照った身体を冷ましている。

 つまり、彼女達は半裸になっている。

 八つの山が上下左右に揺れ動く光景は、目に毒だ。

 価値観が逆転している彼女達に羞恥心はないから、指摘しても効果はない。

 小狐丸こぎつねまるのように茶化されても対処に困る。

 極力目線を下げぬよう心掛けて、悠は姫鶴一文字ひめづるいちもんじ達に声を掛けた。


「あ~、その、なんだ。少し話があるんだけどいいか?」


「お兄様とお話ですか!? 嬉しいです!」


「兄貴はオレと話したいに決まってるだろ!」


「吾に決まっているだろう微塵丸みじんまる。寝言は寝ていうものだ」


「兼定とお喋りしたいんだよね? お兄ちゃん」


「とりあえず、まずは服をきちんと着ような? 身嗜みは大事、これ絶対な」


「も、申し訳ありません! 姫ったらお兄様の前ではしたない格好をしてしまいました……」


「わかってくれて助かる。いやマジで」


 姫鶴一文字ひめづるいちもんじを筆頭に、他の面々も身嗜みを整える。

 一先ず巨乳が隠されたことにほっと胸を撫で下ろす。

 咳払いをして、悠は本題へと入った。


「今から俺は実休光忠じっきゅうみつただがいる廃寺に行く。理由は彼女を桜華衆の一員として迎え入れるためで、その交渉人として俺が担当することとなった。そこでその廃寺に行くまでの護衛に誰か一人付いてきてもらいたい」


「それならば姫に是非お任せください! 何があろうとこの姫鶴一文字ひめづるいちもんじが命に懸けてお兄様をお守りします!」


「あっずるいぞ姫鶴一文字ひめづるいちもんじ! それならオレの方が兄貴を絶対に守れるぞ!」


「兄者よ、この狐ヶ崎為次きつねがさきためつぐを頼るといい」


「む~! 兼定だってお兄ちゃんとお出掛けしたい~!」


 予想通りの展開に思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 こうなることを悠は既に把握していた。

 まず、全員を護衛につけることは不可能。

 ただでさえ少ない人員を裂いてしまえば支部は手薄となる。その時に鬼が襲撃してきた場合、小狐丸こぎつねまる一人で対処することを強いられる。

 従って護衛は一人しか選ぶことができない。

 しかしそうなると、当然争いが起こる。

 自分が行くためならば、彼女達は喜んで姉妹を蹴落とす。

 譲り合いの精神など、男の前では紙くず同然になるのだ。


「喧嘩しないでくれ。こうなるだろうと思って予め考えてきた――こいつで決める」


 悠はポケットから一枚の銅貨を取り出した。


「これは……銅貨ですか?」


「そうだ。今からこれを俺がコイントスする。四人には表か裏かを予想して当ててもらう。これを繰り返して最後に残った奴が護衛として俺と一緒に来てもらいたい」


「なるほど。兄者が投げるのなら不正はない。吾はそれで構わない」


「お兄様の言うことであれば異論はありません」


「オレも異議なーし!」


「お兄ちゃん、兼定頑張るからね!」


「……それじゃあ行くぞ」


 親指の乗せた銅貨を弾く。

 まっすぐと上空へと銅貨が打ち上げられる。

 やがて重力に従って落ちていく。

 それを手の甲で受け止めつつ、素早く反対の手で隠す。


「さぁ、答えはどっちだ?」 



◆◇◆◇◆◇◆



 人々の活気で賑わう太安京たいあんきょうの町を歩く。

 時代劇で目にする光景が、当たり前のように行われている。

 改めて時間旅行タイムスリップしたかのような錯覚に陥る中で、隣から聞こえる鼻歌に悠は視線を向けた。

 右手を掴んでいる白く手は、とても身の丈と同等はあろう得物を振り回すには不相応なほど小さくて、綺麗だ。


「ふふふっ。お兄様とこうしてお出掛けをするのが長年の夢だったんです!」


「そうか? 随分と小さい夢だな。もっと色々とあるんじゃないのか?」


「いいえ。姫はこうしているだけで充分幸せですから」


 姫鶴一文字ひめづるいちもんじの笑みが太陽のようにまぶしい。

 今時、彼女のような純粋な子供と言うのもまぁ珍しい。実際は子供ではないが。


「それにしても……出掛ける前にどっと疲れたな」


 コイントスの結果、悠は勝利した姫鶴一文字ひめづるいちもんじを護衛として付けた。

 公平の元に出た結果に狐ヶ崎為次きつねがさきためつぐ微塵丸みじんまるは異論を唱えなかったが――九字兼定くじかねさだが大泣きした。負けたことが相当悔しかったらしい。

 そう言うところはやはり、子供だ。

 そして大粒の涙をぼろぼろとこぼし、やり直しを要求する彼女に触発されて――納得したはずの二人からもやり直しを訴えられる始末である。

 昔から子供の泣き声は苦手だ。こちらに非があろうとなかろうと、罪悪感が込みあがってくる。

 そんな中でも姫鶴一文字ひめづるいちもんじは絶対に譲ろうとしなかった。

 しばらくして何事かと飛んできた小狐丸こぎつねまるに事情を説明して、一先ず実休光忠じっきゅうみつただの交渉が終わり次第一人ずつ相手をすることで丸く収まった。

 どうすることもできなかった俺に対し、すぐに事態を収拾した小狐丸こぎつねまるの隊長――否、姉貴分としての対応には心底感心させられた。


「まったく、お兄様を困らせるなんて許せません!」


「俺は気にしてないけどな。それよりも俺が一番気になっているのは……」


「はい?」


「いや、なんでもない」


 恨みのこもった四つの視線に見送られたにも関わらず。

 支部を出てから姫鶴一文字ひめづるいちもんじは一度として笑みを崩さなかった。

 勝者の余裕か。はたまた敗北者の捨て台詞に愉悦を感じているのか。

 後者でないことは確かであろうが――幼くてかわいい少女が腹黒いなど、純粋に嫌だ。

 切に前者であることを祈りつつ、悠は実休光忠じっきゅうみつただがいるであろう廃寺へと向かう。

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