王女アリシアの本領
×××
魔法都市シャレアの路地裏。
俺はそこで、リッカを含む捜索隊の連中が血眼になって探しているはずの存在と向き合っていた。
「……ふむ」
たった今正体を突き止められたばかりの家出王女は考え込むように顎に手を当てた。
「確かに私は王女だ。家出中、というのもその通りではある。だが、どうしてあなたはそれを知っているんだ? 王女の脱走など知れれば王族全体の恥だ。情報はそうそう漏れないと思うのだが」
自分の身の上をあっさりばらしやがった。
正体を見抜かれて焦っている様子もまったくない。それどころか、むしろ自分の素性を言い当てた俺を興味深そうな目で見ている。
「……ちょっと王都の内情に詳しい知り合いが――ああ、もういいや。俺はシグレ・ジウっつって魔王討伐パーティーの一人だ。あんたのことはリッカから聞いたんだよ。リッカ・タチバナ。知ってるだろ?」
俺みたいな根無し草とは異なり、リッカは王国お抱えの客員剣士である。目の前の少女にはこれで伝わるはずだ。
俺の言葉を聞いたアリシアは納得したように息を漏らした。
「なるほど、あなたが『法陣士』か。間近で話すのは初めてだな。挨拶が遅れたが、私の名はアリシア・メア・ファラディオールという。これでも王家に名を連ねる者の一人だ」
そう言って、アリシアはぺこりと小さく頭を下げた。片手を胸に、もう片手を腰の後に回す挨拶は確かに洗練されている。これ一つでいち市民ではないと判別できてしまうほど。
「シグレ・ジウだ。今は魔法陣の研究をしてる。よろしく」
俺も最低限の自己紹介で応じつつ、ふと自問する。
……で、どうすんだこれ。
現状を再確認しよう。
Q、ここはどこ?
A、路地裏だ。俺たち以外に人通りはまったくない。
Q、なぜこんな状況になった?
A、俺がアリシアの腕を引っ張って無理矢理連れてきた。
冷静に考えるとこの状況ヤバくねえか。何だこれ。ほとんど誘拐犯かナンパ目的の行動でしかねーよ。どうやら俺としたことが出先で家出中の王女に遭遇するという事態に少し動転していたようだ。
「ひとつ、尋ねてもいいだろうか」
「ん?」
などと考えていると、アリシアの方が話しかけてきた。
「私はあなたと話すのは今日が初めてのはずだ。王家としてあなた方に接してきたのは父上や姉上だったからな。しかし、あなたは私の正体を一目で看破してみせた。きちんと服も変えていたのに、どうして私とわかったんだ?」
不思議そうに自分の服の胸元をつまむアリシア。
まあ確かに服だけ見れば町娘そのものだが――
「これを使った」
「それは?」
「オリジナルの魔法陣だ。効果は『自分の記憶を探る』こと」
俺は懐から取り出したのは、自作の魔法陣【記憶再生】が刻まれた感応紙。
これを使うと術者が過去に見たものを自由に思い出すことができる。着せ替えリッカ人形作りの副産物であり、もともとはリッカの体つきとか、来ていた服とかのデータを引き出すために使っていた。
で、何でそんなものをさっき使ったかというと、アリシアの髪や目の色に何となく見覚えがあったからだ。濃い緑色の髪は、王族に多い。面識のある国王や第一王女もまったく同じ濃緑色だった。
気になって王城に招かれたときの記憶を漁ってみたら、案の定アリシアの姿を見かけた記憶があったというわけだ。
「あんたは気付かなかったのかもしれないが、俺は前に一度あんたの姿を見たことがある。町娘の格好をしたって顔が同じなんだからそりゃあわかるさ」
肩をすくめてそう締めくくった。もっとも、記憶を漁る魔法陣がなければ俺も思い出せなかっただろうがな。
「なるほど……あなたは凄いな。宮廷魔法技術士にもそんなことができる者はいないはずだ。さすがはあの魔王を倒した伝説の魔法使いだけはある」
素直に感心したように言ってくる第二王女様。なんというか、路地裏に見知らぬ男と二人だってのにまったく動じていない。こいつはもしかして相当な大物なんじゃないだろうか。
「って、俺の話はどうでもいいんだよ。問題はどうしてあんたみたいなのがここにいるのかってことだ」
俺は王族とは思えないほど危機管理の足りない王女に呆れた口調で言った。
「あのな、街ってのは決して安全な場所じゃねーんだぞ? 相手が俺みてーな紳士だったからともかく、若い女がこんなところにほいほいついてきたらトラブルしか起こらねーよ」
「トラブルとは?」
「あん? そんなもん――」
チンピラA「おいおい、何話してんだよお二人さァん?」
チンピラB「ちっと金目のもん恵んでくんないかなー? いいだろ? 大人しくしてれば何にもしねーからさあ」
チンピラC「ぎゃはははははっ!」
「――ほら見ろ、こういうのだよ」
俺は横合いから声をかけてきた、いかにも素行の悪そうな男三人組を指さしてアリシアに言った。
さっきまで人けのなかった路地裏に突如出現したのは一目でチンピラとわかるむさくるしい男ども。なんというバッドタイミング。今までどこに隠れていやがったんだ。
「おい、誰がこういうの? おにーさん、あんた今の状況わかってる?」
「あんま調子乗ってっと痛い目見るぜェ?」
チンピラどもが余裕の笑みを浮かべてこっちに近寄ってくる。
それを見て、アリシアはぱちぱちと瞬きした。
「彼らは何者だ? 物乞いか?」
「こんな高圧的な物乞いがいるわけねーだろ。ただのチンピラだよ」
さすが王族。街の中の事情があまりわかっていないらしい。
「ちんぴら、とは何だ?」
「なんだ、知らねーのか? チンピラってのは街中に棲むモンスターの一種だ。主な棲息地は路地裏や人けのない場所。大声で威嚇、アイテムの強奪などをしてくる」
「なるほど。人型のモンスターとは珍しいな」
「誰がモンスターだゴルァ! ぶっ殺すぞ!」
まったくびびらないどころか自分たちをモンスター呼ばわりしてきた俺たちにチンピラ三人が怒鳴ってきた。
しかしアレだな。見た感じ、こいつらはアリシアのことを知ってちょっかいかけてきたわけではないらしい。そういう内情に詳しい連中だったら、声を張り上げるような目立つ真似はしないだろうし。
「優しくしてやりゃあ調子に乗りやがって……!」
「あーもう駄目だわ、我慢できねーわぁ」
「ぶっ飛ばすぞ、ああ?」
あからさまに苛立った表情のチンピラたちがじりじりと詰め寄ってくる。そのうち一人の手にはナイフが握られているが、リッカに比べたらてんとう虫くらいの迫力しか感じない。圧倒的な三下オーラである。
ところで、さっきからアリシアが腰に巻いた小さな布製のポーチを漁っている。
一体何をしているんだろうか。
「歯ァ食いしばれやァァ!」
チンピラどもが飛びかかってきた。
俺はひそかに懐から出しておいた感応紙を構える。刻まれたのは【ショック・スタン】という相手を平和的に痺れさせる魔法陣。ま、街中で使うならこれくらいが丁度いいと――
ボゥン!
物凄い音がして、俺の目の前を毒々しい紫色の煙が覆った。
……え? なに? 何これ?
「「「あびゃあああああああああ!! 目がっ、目がああああああ!」」」
紫色の煙の向こうからはさっきのチンピラどもの悲鳴が聞こえてくる。
思わず後ずさる。しかし目の前の紫色の煙は俺のほうには流れてこなかった。
やがて煙が晴れ、前方には倒れ伏す三人のチンピラの姿が見える。三人とも起き上がってくる気配はまったくない。
「……何したの、お前」
俺は目の前でいきなりこの紫色の煙を出現させた張本人――アリシアに硬い声で尋ねた。
アリシアはどことなく満足げな表情で振り返ってくる。
「ああ、実は私は魔法薬の研究が趣味でな。いつも自分の調合した魔法薬の試作品を持ち歩いているんだ」
魔法薬学。
魔法陣と同じく、魔法技術の一分野だ。
魔鉱石を扱う工学系、モンスターの魔法素材を扱う生物学系と並んでメジャーなジャンルであり、主に魔法植物に関する範囲が専門になる。
「ってことはさっきの煙は――」
「私の作った護身用のアイテムだ。各種有毒植物を混ぜ合わせ、地面に叩きつけた衝撃で中身が空中に散布されるようになっている。ちなみに浴びると下痢、嘔吐、腹痛、激痛、頭痛、また一時的な精神の錯乱などが発症する」
「なんつーもんを破裂させてんだてめーは!」
アリシアがどこか晴れやかな顔で羅列したのは自然毒の症状のオールスター。どうりでそれをもろに浴びたチンピラ共がびくびくと痙攣しているわけだ。そんなものが目の前でまき散らされたという事実に恐怖がせり上がってくる。
つーかこれ、このままだとチンピラ共が死にそうだ。殺人? 王女が殺人とかしていいのか?
「心配は無用だ」
俺の心情をくみ取ったようにアリシアが言ってくる。
「ああ、そうだよな。さすがに街中で殺しはまずいよな。解毒薬の一つや二つ――」
「風魔法で私たちのほうには煙が来ないようにしたから、さっき挙げた症状は私たちには出ないはずだ」
「違げえ! 俺が言いたいのはそういうことじゃない! 衛兵に見つかったらどうすんだって言ってんだよ!」
俺の突っ込みが路地裏に反響する。
さすがに持ち歩いていたらしいアリシアの解毒薬によってチンピラ共の症状が安定するのは、それから十分後のことになる。
一日十五話更新チャレンジ、スタートです。
自分は書くのが遅いのなんのといった感じでぶっちゃけストック溜まり切ってないのですが、根性で何とか、できたら、いいなあ……
というわけで本日十時から二十四時まで、毎時間更新やってきます。お付き合いいただければ!