世界救済のハジマリ⑫
「あー背中痛ってえー……。さすがにあのスピードで壁に突っ込むのはやり過ぎだった……」
「背中が痛いくらいなんですか。私なんて、あれから三日が経つのに全身ボロボロのままなんですからね」
昼下がり。
石畳の敷かれた表通りを、俺と橘か並んで歩いている。少しふらついているのは、数日前の一件の弊害だ。
ーーアイラがスラム街の連中に誘拐された日から、三日が経過していた。
あの後すぐにアイラの両親が通報した衛兵たちがやってきて、気を失ったチンピラたちを手際よく捕縛していった。スラム街を根城に好き勝手していたあの連中は、今頃どこぞの炭鉱でスコップでも振っていることだろう。せいぜい反省しやがれ。
で、ボロボロの身体を引きずってスラム街を脱出した俺たちだったが、問題はここからだった。
アイラの両親はアイラが無事に帰ってきたことに喜んでいた。橘も俺も、何度も礼を言われた。
そこで橘・アイラの二人と別れ、俺はねぐらにしている宿に戻り。
『ーーよう兄ちゃん。ようやく戻ってきたな』
卑劣にも待ち伏せていた魔法具店の店主に取り押さえられた。
どうも俺が店主に渡した(※投げた)財布の中身は、俺が借りていった魔法具の代金にさっぱり届かなかったらしい。お前は気に入っているが俺の店で盗みを働くつもりなら衛兵に連絡する、とまで言われて泡を食った俺は事情をすべて話して牢獄行きだけは免れた。
俺を解放したおっさんはこう言ってきた。
店主『ま、そういうことなら衛兵に連絡ってのは勘弁してやる』
俺『お、おう。そうしてくれ』
店主『じゃあうちの店から持って行った魔法具を返してもらおうか』
俺『え? あれ? 全部俺の魔力に耐え切れずにぶっ壊れたぞ』
殺されるかと思った。
特に『火竜の腕輪』まで壊れたと言った時の店主の顔は般若なんてレベルじゃなかった。夜中に見たら子供が失神するような表情で、それでもおっさんは俺が人助けのためにやったと必死に訴えるとこんな条件を出してきた。
店主『七割で売ってやるから買い取れ』
おっさんにしてみれば譲歩に譲歩を重ねた結果だっただろう。しかし、それでも俺の財布の中身では全然足りない。
やむを得ず、俺は足りない分を橘に払ってもらおうと企んだ。当然だろう。俺はもともとあの女を救出するためにあんな強盗まがいの真似をしたわけだから、あいつにも責任の一端はある。
で、事情を離すと橘はため息を吐きながら俺の懇願に応じた。
そんな経緯から無事に魔法具店の店主が提示した金額を払うことはできたんだがーー有り金をすべて失った俺は宿にそれ以上滞在するわけにもいかず、身の振り方を考えざるを得なくなった。
俺はぼんやりと手頭の後で組みながら、隣に声をかけた。
「……今更だけど、お前まで一緒に来る必要はなかったんじゃねーの?」
「あなたが滞在場所を失ったのは私の責任でもありますから」
「律儀だねえ」
真面目な答えを返してくる橘に、俺は感心半分、呆れ半分で応じる。
ーー金がなくなった俺は、移動することに決めた。
というのも、隣の町には賞金稼ぎの手ほどきをしてくれる施設があると聞いたからだ。
賞金稼ぎと言うからにはまた荒事に首を突っ込む必要があるんだろうが、今の俺ならやり方さえ考えればある程度やれるはずだ。賞金稼ぎのための宿泊施設もあるということだし、俺は即決でそこに隣町への移住を決意した。
となると次にすることは挨拶周りである。
宿屋の女将。魔法陣を教えてくれた師匠。一週間、ほとんど毎日顔を突き合わせていたゴンタなんかの反応は淡白なものだったが、あとでミツヒが『また来てくださいね。あいつ、本当はシグレがいなくなって寂しいんです』と教えてくれた。
魔法具店にも行った。おっさんはやや申し訳なさそうに、『……あんなこと言っといて何だが、うちで働かねえか?』と声をかけてくれたが、やはり俺は断った。魔法具なんかに囲まれて暮らしていたらいつ暴発させるかわからんからな。ただ、お土産といって感応紙と魔力インクをしこたま持たせてくれたあたり、やっぱり悪い人ではないんだと思う。
最後に行ったのは、アイラの家のパン屋だ。
アイラは泣きこそしなかったが、寂しそうな表情でぽつりとこんなことを言った。
『……そっか。お兄さんもなんだ。残念だな』
『また来るよ。前にも言ったろ』
『うん。絶対だよ!』
ところで、お兄さん『も』というのはどういう意味だろう。尋ねたが、アイラには『教えてあげない! すぐわかるよ!』と弁当用のサンドイッチの箱とともに笑いながらお返事いただいた。
事実、すぐにわかった。
アイラの家を出て街の出口に向かう。その道の途中で、赤毛の少女に声をかけられたのだ。
唖然とする俺に、俺を待ち構えていたらしい橘はこう言ってきた。
『あなたが隣町に行くという話を聞いて、ここで待っていました。……私も同行します』
と、これが俺の現状の理由である。
「……今回の件でよくわかりました。私がいれば、またアイラや旦那様たちに迷惑をかけるかもしれません」
「まあそうだな。ぶっちゃけアイラがさらわれたのってお前のせいだもんな」
街の出口を目指して歩きながら、橘はため息を吐く。
「容赦ないですね、あなたは。もう少し気遣いとかはできないんですか?」
「それが唯一の取り柄なんで」
「どちらかと言えば欠点だと思いますよ」
橘はまたため息を吐いた。
それから、唐突にこんなことを言ってくる。
「……あなたには、謝らなくてはいけません」
「は? 何が?」
「あなたがこの街を出ていくのは、私を助けるためにお金を使ったからでしょう? それも全部、私が一人でアイラを助けられなかったからーー私が、弱かったからです」
「……!?」
「何ですか、そのびっくりした顔は。私だって反省くらいしますよ」
いや、驚きもするだろう。まさかこいつが謝罪の言葉を知っているとは。
「女神から異能をもらって、強くなった気でいましたが……結局、私は弱いままだったのかもしれませんね」
橘の声には自嘲的な響きがあった。珍しいこともあるものだ。この堅物でも人間並みに凹んだりすることがあるらしい。
「あー……」
何にせよ、こいつがこの調子ではやりづらい。俺は頭の後をばりばりと搔きながら適当な調子で口を開いた。
「何言ってんのかわかんねーけど、お前は弱くなんかねーだろ」
「……」
「お前は一人で正面からあそこに乗り込んで、きっちりアイラを逃がした。行けばボコボコにされることくらいわかってたはずだろ。それでも行ったお前はやっぱり強えーよ」
「ですが私は、結局負けてしまいました。あなたが来なければ殺されてしまっていたかもしれません」
橘の視線は、俺の知る限り初めて下を向いていた。チンピラに負けかけたことがそんなにショックだったのだろうか。
というか、さっきから話がかみ合ってないと思うのは俺だけか?
「……お前、なんか考え方おかしくねーか?」
「はい?」
「勝ったとか負けたとか、腕っぷしの話なんかどうでもいいだろ。相手の戦力をきちんと調べて、万全の準備をして待ち構えてたやつが有利なのは当たり前だと思うけどな。そんなのは『強さ』とは別の話だろ」
確かにこいつは完膚なきまでにボコボコにされていた。俺があと一分でも遅れていれば、あの大男に殴り殺されていたかもしれない。だが、それはあの時限りのことだ。条件を変えて仕切り直せば橘が圧勝する未来もあっただろう。勝敗なんて、そんな不確定なことは『強さ』の指標にはなり得ない。
唯一、あの事件において不変の指標があるとすれば。
「お前は、不利だってわかっててもチンピラどもに立ち向かっただろ。だからお前は弱くなんかねーよ。強い。心が、めちゃくちゃ強い」
何度仕切り直しても橘は二十人以上のチンピラ相手に挑んだだろう。アイラを助けるために。
その意志こそ、人のために何もかもを投げ捨てる覚悟こそを、強さと呼ぶんだろうよ。俺には到底真似できないね。
「だいたいお前が弱かったら俺なんかどうなんだよ。俺もいちおうあそこに乗り込んだけど、あの時はお前に『火竜の腕輪』を渡してあとは丸投げする気でーーおい、何だその顔」
「……あ、その。……いえ、真面目な話もできるんだなと思いまして」
橘は意外そうな顔で目を瞬かせていた。
張りつめた顔が年相応にあどけなく見えて、俺は思わず目を逸らした。
「……ったく、お前やっぱ俺のことバカだと思ってんだろ」
「まあそうですね」
「てめえ……」
慰めてやったのにこの言い様だ。ぶっ飛ばしたろか。間違いなく返り討ちに遭うが。
……あ、そうだ。
「橘。お前さ、その喋り方はクセか何か?」
「はい。地球では、その……親が厳しかったので」
「ならもういいだろ。俺相手に敬語はもう止めてくれ」
俺が言うと、橘はなぜか狼狽し始める。
「いえ、その、これは簡単に変えられるものではないといいますか。いちおうアイラにも言われて直そうとしたのですが……やっぱり変ですか?」
「いや、なんか丁寧な口調で来られると罵倒しにくい」
「本当に何なんですかあなたは」
橘は半眼でそう言い、それから目を閉じて深呼吸して、こう言った。
「……わかったわよ、シグレ……!?」
自分で行っておいて驚いたような顔をしている橘。
何だよ、普通にできるじゃねーか。
「ああそうそう、そっちのほうがしっくり来るわ。けどお前にだけ呼び捨てされるのも腹立つし俺もリッカって呼ぶからな」
「……好きにしなさい」
視界の先には街の出口が見えた。その先には舗装された馬車道と、どこまでも続く草原。
「じゃあ旅の始まりだな。足引っ張んなよ」
「それはこっちの台詞ね。まったく、口だけは達者なんだから」
「言ってろ」
街の出口をくぐる。お互いに悪態を吐きながら、二人並んで。
歩き出す。
×××
「なるほど、お二人はそんなふうに出会ったんですね……」
ミアがうんうんと頷く。一方話し終えた俺とリッカはと言うと、
「ぐおおおおおおおおおおおお……っ」
「ダントツの黒歴史ね……」
俺は頭を抱えて机に突っ伏し、リッカはティーカップを持ったまま遠い目をしている。
この件に関してはまったくリッカと同意見だ。魔王を討伐するまで色々なことがあったが、あの一件に関しては闇に葬りたい出来事トップスリーにも余裕でランクインするだろう。
そんな俺たちに、ミアがよくわからない、というような顔になる。
「あの、ずっと気になっていたのですが、この話のどこがそんなに恥ずかしいのですか? いろいろと大変なこともあったみたいですけど、そこまで言うことないようなーー」
「は? 何が恥ずかしいかわからない? バカなこと言ってんじゃねーよ」
「そうよミアちゃん。そんなの決まっているでしょう」
俺とリッカはまったく同時に隣の席の人間を指さした。
「「ーーこんなやつに助けられたことが!」」
まったく、今思い出しても屈辱的だ! こんな脳筋女に初対面であんな醜態をさらすことになるとは!
当時の記憶がフラッシュバックし、また勝手に悶絶し始める俺たちを見て、ミアはぱちぱちと目を瞬かせて。
「……ああ」
それから、嬉しそうに破顔した。
「やっぱり、昔から仲良しだったんですね」
というわけで、シグレとリッカの出会いでした。短編(※六万文字)もこれにて終了です。
次回更新は未定!




