危険な修行の開始
師匠達が協力して島一帯の瘴気と魔力溜りを晴らしたけど、すぐに元に戻ってしまった。
幸いなことに、ノゾムおじさんが家を創り野宿することが無くなり。
マリー様が瘴気を防ぐ結界を張った事で、その家の周辺だけは、魔力量や魔力耐性が低い、僕やアマルさんがいても平気な空間になっていた。
こんな危険な場所からすぐに離れれば良いと思うのだけど、師匠達曰く
「元々は、俺達が誰にも気付かれないように結界を張っていたんだ。それなのに、俺達に気づかせないままこの島を変質させた奴を、このまま野放しにできない」
という事だ。
師匠達がこの島を見つけて、ちょくちょく様子を見ていたけど、ここ一年間は誰も様子見を見ていないとのこと。
要するに、たった一年間でこの島を変えてしまったのだ。
確かに、そう言う相手を野放しにすることはできないし、師匠達も英雄としての責務があるのだろう。
「がぁぁぁぁぁ!」
「ック!」
「アルト!」
「アル様!」
「アル殿!?今行きます!」
「だ、大丈夫です!それより、自分の持ち場を離れないで下さい!」
熊みたいな大きな見た事も無い魔獣の突進をギリギリ転がりながら避けると、同じような魔獣と戦っているリース、シェル、ファルの三人がこちらに来ようとした。
僕は、すぐに立ち上がり三人に声を掛けながら、木の棒を構える。
この島には、野生の動物が沢山いたらしいのだけど、瘴気と大量の魔力溜の所為で魔獣化してしまっていたのだ。
その、討伐をあろうことか師匠達は僕達にも手伝わせることにしたのだ。
新しく見る魔獣もいる為、魔獣のランクというのは意味がない。
実際に戦ってみないと分からないのだ。
そんな魔獣相手に、リース達はまだしも、僕やミンク、ヴォルと言ったどう見てもランク外の人達にも師匠は戦わせることにしたのだ。
「師匠!考え直して下さい!僕はまだしも、ミンクちゃんやヴォルを戦わせるなんて!」
僕は最初師匠の考えに反対したのだけど、師匠は呆れたような声で
「何を言っているんだ?今の段階でもお前よりこの二人の方が強いんだぞ?いつまで、過保護に育てるつもりだ?」
と言った。
「・・・それは・・・でも、まだ二人は子供ですし」
僕はそれでも、二人を戦わせたくなくて・・・でも
「子供であろうが、大人であろうが、老人であろうが、魔物は躊躇しない。生き残る為には、戦うしかないんだよ。それとも、お前はこの二人が魔物に殺されても良いと言うのか?」
「そんな事は!でも、戦わなくても良いなら、戦わない方が良いじゃないですか・・・・戦う事より、楽しい事、嬉しい事を多くさせたいじゃないですか」
「それは、そうだがな。だけど、それなら今の状況はどうなんだ?アマルがいるから最低限の守備は残すが、他の人は全員島を探索するんだぞ?その時、俺達が助けられるとも限らない。だったら、最初からチームに組み込んだ方が良い。違うか?ましてや、実力が無いなら別だが、お前より強いんだぞ?」
「・・・・・・・」
師匠の言葉に僕は何も言い返すことが出来なくなってしまった。
ヴォルは、外の世界を知りたくて無謀にも僕達について来た。出て来た里に戻れないと知っていてもだ。だから、ヴォルには明るい世界を見せてあげたかった。里の外に出た事を後悔させたくなかったからだ。
ミンクは、悲しい事が沢山あった。両親が殺され、村人からは疎外され、僕達が来た頃は笑顔が無かった。だから、楽しい事、嬉しい事を沢山見せて、経験させてあげたかった。
過保護と言われても、二人が僕達と戦えない事に不満を感じていると知っていても、それでも、二人には戦いとは無縁に過ごして欲しかったんだ。
「・・・兄ちゃん」
「・・・お兄ちゃん」
そんな僕達の気持ちを知っている二人だから、今まで僕達の指示に従ってくれていたけど
「あ」
心配そうに僕を見てくる二人の姿をみて、もう僕の我儘に二人を縛り付ける事が出来ないのだと確信してしまった。
二人は”師匠の提案を僕が断ってしまう”事に心配していたのだ。
もう、二人はとっくの昔に戦う事を決めていたのだ。もしかすると、師匠に自分達を戦わせてくれと言ったのも二人なのかもしれない。
それに気付いてしまったら、もう僕が言う事は決まっている。
「絶対に、無理だけはしないようにね」
「うん!」
「分かった!」
ホッとしたような、嬉しいような表情で返事をする二人を見ても、本当にこれで良いのか心配になってしまう。
「まぁ、大丈夫さ。ヴォルは俺の弟子だし、ミンクちゃんの方も、流石に”神倒術”は教えられないけど、基本的な体術は教えられるしな」
「ノゾムおじさん」
そんな僕に、二人の引率者であるノゾムおじさんが肩を叩いてきた。
「心配するな。俺は誠より常識人だからな」
「・・・師匠と比べたら、皆常識人ですよ」
「お前、割と酷い事も言うんだな」
そういう事で、今この島を調べる為に、数グループ単位で行動している。
現在は、僕、リース、シェル、ファル
マリル、サヤ、ミヤ、アヤ
クーナ、ミリア、ルックさん
ケント、ミリル、ラミア
の四つのグループが拠点から北、東、南、西の方面を調べている。
拠点には、アマルさん、ルミス様、マリー様、ファルさん、ネムさん、クーリさん、スミアさんの母親組とジルとノアがいて
探索とは関係なく、修行としてノゾムおじさん、ミンク、ヴォルとナナシさんが魔物を討伐している。
そして、肝心の師匠が何をしているのかというと
どぉぉん!
大きな音が聞こえて、目の前の魔獣の意識が一瞬逸れた瞬間に僕は、魔獣の懐に飛び込み魔力を流し続け斬れるようになっている木の棒を振り上げる
「がぁぁぁぁぁ!」
少し毛皮で抵抗があったけど、そのまま切り抜くと魔獣から血が噴き出て、そのまま倒れてしまう。
「はぁはぁはぁ」
戦い続けて体力と魔力が底を付きそうになって思うように呼吸が出来ない。
未だにぴくぴくと動く魔獣を見ながら、気を抜かないようにしていると
「良く倒せたわね。結構、固くて斬りにくかったでしょ?」
リースがトンと軽く降りて来て、そのまま手に持っていた剣で魔獣の頭を斬り落とす。
「はは」
斬りにくかったと言いながら、普通に頭を斬り落とす事が出来るリースの姿に少し笑ってしまう。
「アル様、大丈夫ですか。すぐに治療を」
シェルムが慌てて僕の背中に手を当てると、小さな切り傷が治り、段々と体力も戻ってくるような気がしてくる。
「シェルム、アル殿が心配なのは分かるが、早く瘴気を祓ってくれ」
「わ、分かっています!」
ファルのからかいを含んだ声に、シェルが顔を赤くしながら、ポーチから一つの杭を取り出し地面に差す
「邪悪なる気を祓いたまえ・・・”浄化”」
シェルの魔力が杭に届くと、この周辺一帯の瘴気が祓われていく。
ただ瘴気を祓うだけなら、この杭は必要ないのだけど、すぐに瘴気が集まってしまうのだ。
だから、ノゾムおじさんが創った浄化の魔法を継続的に発動できる杭を地面に差して、徐々にこの島を浄化させようとしているのだ。
なので、必ず島を探索しているグループには浄化の魔法を使える、シェル、マリル、ルックさん、ミリルが分かれて入っているのだ。
その浄化の魔法の威力は、流石にマリー様までとはいかないまでも、かなり広い範囲を浄化することが出来ていた。
「今日は、ここまでかしらね」
「そうだな、大分進んだからな。皆と少しは歩調を合わせないと、杭の共鳴範囲から外れてしまう」
拠点にある杭と今地面に差した杭は共鳴し合い、マリー様が流し込んでいる浄化の魔法も放出している。
だけど、その共鳴範囲は広くなく、拠点から離れるにつれて、杭を地面に打ち込んでいく個数が増えて行くのだ。
だから、今僕達がいる北だけ先に進んでも、他の場所の杭が少なければ、せっかく打ち込んだ杭の力が弱ってしまうのだ。
なぜ、そんな事が分かるのかというと、せっかくシェルの浄化の魔法で祓われた瘴気が、少し先の所で戻って来たのだ。
僕達が他の皆と速さが違うのは、シェルの浄化の魔法の威力が他の人よりずば抜けて凄いからだ。
だから、シェルはというか、ケントパーティー以外は日に日にパーティーメンバーを変えて、一番遅い所にシェルを派遣するという事をしているのだ。
「それもあるけど、お父様がはしゃぎ過ぎて、魔獣の出方が分からないのよ」
「さっきの魔獣の群れも、何かから逃げてくる感じだったしな」
・・・師匠何してんですか
確かに、さっきの魔獣の群れの遭遇は急であったけど
師匠は、一人でこの島を探索している。
浄化の魔法を使えると言うのもあるけど、僕達が対応できない位の魔獣を狩っているのだ。
師匠はこの島を僕達の修行の場とすることに決めたのだ。
誰かの手によって、変えられた島をそのまま修行の場にすると考えるのは、師匠ぐらいだろう
なにせ、どんな危険があるのか分からないのだから。
まぁ、師匠らしいといえば師匠らしいけど
「では、浄化も終わりましたし帰りましょうか」
シェルの片付けが終わるのを待ってから、僕達は拠点へと帰る事にした。
「・・・・・・」
「どうしたの、アルト?」
「・・・何でもない」
「そう」
今まで戦っている所を少し振り返っていると、リースが声を掛けて来たけど、僕はなんでもないように首を振って歩き出す。
リースは、首を傾げて不思議そうにしていたけど、僕が何も言わないでいると、そのまま一緒に歩き出した。
この修行が始まってから、もう数日が経っている。
皆とチームを変えながら戦う事で、色んな事を知る事が出来て、体験することも出来ていた。
今までにない位、自分の実力が上がっている事も自覚できた。
だけど、
それでも
「・・・まだ、足りない」
僕はもう一度だけ振り返って、戦いの痕をみる。
僕はあの魔獣を2匹倒すことが出来た。
リースは5匹、ファルは7匹、後方支援をしていた筈のシェルも3匹倒している。
僕が実力を伸ばしているという事は、他の皆も実力を着々と伸ばしているという事だ。
僕が一つ階段を上がるのを、皆は二つ飛ばしで駆け上がっている。
そんな事が理解できるから、僕は少し焦ってしまう。
まだ、足りないと
まだ、皆の横に立つには力が足りないと
そう思ってしまうのだ。
僕は、悔しい気持ちを抑え込むように両手を握って歩き続ける。
おまけ
「この力は・・・聖女!」
「少し待て・・・・どうやら、あの杭は瘴気を浄化させるだけじゃなくて、検知魔法も同時に出ているようだ。浄化された範囲に私達が入るとすぐにばれてしまうぞ」
「っく、忌々しいですね」
「あぁ、まだ私達の存在を知られては困る」
「ですが、もうこの島の異常を見られたからには・・・」
「マ・オウ様に早急に伝える必要があるな」
「聖女とその娘が目の前にいると言うのに・・・」
「今は我慢しろ。どうせすぐに会う事になる」
「・・・そうですわね。今はまだ・・」
おまけ2
「あっちに行け!!」
ドォオン!!
「はははは・・・武器をたった一振りするだけでなんちゅう威力だ」
「おい、望。現実逃避すんじゃねぇよ。ミンクちゃんと”矛盾”の相性が想像以上なのは認めるがな、お前の弟子も相当だぞ」
「それはな誠。あいつを弟子にしてから俺が一番分かっているんだよ」
「ほっ、おっ?、はっ!ははは!遅い!遅いよ!」
「誰だ、人狼族が一番弱い種族と言った奴は・・・ほぼ無双状態じゃないか」
「まぁ、あくまでも亜人の中ではという解釈が付くがな。でも、あの坊主を見ていると、他の種族を合わせてもそこそこ強い感じに見えるがな」
「人狼族がなのか、ヴォルの奴が特別なのか・・・俺、あいつに”神倒術”教えて良いか不安になって来たぞ」
「ま、様子見だな。それにしても・・・・修行が目的とは言え、流石に暴れ過ぎか?」
「ははは・・・魔物の群れも怖がって去って行くぐらいだからな」
「まさか、俺の所為になってないだろうな」
「さぁ?お前のいつもの行動次第じゃないか?ま、こいつらがしたと言っても信じる奴がいるかどうか・・・」
「怒られる覚悟だけはしておこう・・・」
「何だ、正直に言わないのか?」
「切り札は取っておくもんだ」
「まぁ、良いけどな。でも、あいつらを切り札として利用すると知ったら、アルトやナナシの嬢ちゃんから怒られそうだがな。一応、保護者みたいなもんだし」
「はっははは!望よ、その片割れはこっちにいるんだぞ?あの腹黒忍者が今の話を聞いて何もしない筈がないだろ」
「・・・笑顔で冷や汗を掻きながら何処からか飛んでくるか分からない短剣と格闘しながら言うんじゃねぇよ!」
「そんな事、あいつに言いやがれ!・・それ」
「あっぶねぇ!!!お前わざとだろ!今、「それ」って言った!」
「連帯責任だ!」
「意味わからん!」




