???の場合(1)
「”神炎”!・・何でだ!何でこんなことをする!」
「??・・”侵水”。言っている意味が分からない。我はただ創っているだけ」
一人の男が神から授かったと言われる神秘な炎を創り出すと、
もう一人の女はその炎すら侵食する水を創り出し相殺する。
男の方は怒り、戸惑い、驚き、感情的に次々と魔法を創りだし
女の方は戸惑いすら感じない程、感情が感じられず淡々とそれを相殺する魔法を創り出す。
「その目的もなく創っているモノがこの世界にどういう影響を与えているのか分かっているのか!」
「知らない。知る必要もない。我は唯、創るのみ。今までもそしてこれからもだ」
互いに魔法を撃ち出すも決して衝突はしない。
男が魔法を撃ち出すと、女はそれを撃ち消し。
女が魔法を撃ち出すと、男はそれを撃ち消す。
男も女も分かっているのだ。
自分達が撃ち出す魔法一つ一つが、一つでも衝突してまうとその衝撃の余波だけで世界が滅びるかも知れないという事を
男は異世界からの勇者で、魔獣で溢れかえっている世界を救うために女と戦い
女はこの世界が産まれた時から魔獣を創り出している存在で、その役割、存在意義を取り上げようとしている男と戦っている。
両者とも世界を滅ぼすつもりは全くない
しかし、相手を屈服させるにはこれぐらいの魔法を創るしかないのだ。
「お前は、人がどんな生活をして、今どんなに苦しい状況か分かっているのか!」
「知らない。知る必要もない。我は唯、創るのみ。もし・・・」
「もし、それを知ってしまったら今まで通りにはできないか?」
「!!」
何度も魔法を創り上げ、何度もぶつけ合い、何度も問答して、同じような結果になっていたのに、男のその問い掛けに女の表情が初めて変わった。
女が魔法を創り上げる速度が若干乱れたのだ。
その隙を見逃す男ではない。
「うぉぉぉぉ!ただ言われた通りに役割をこなすだけで!周りを見ようとせず!自分の殻に閉じこもって!自分の世界だけで満足する!」
女が立ち直るよりも早く、速く、男は魔法を叩きこむ
「っ!それしか我はないのだ。我はそれしか・・・」
女はその魔法を消し去るだけで精一杯になった。
思考が狭くなり、迫ってくる魔法と男の声に焦り始め、対処が遅れて行く。
そしてとうとう対処しきれなかった魔法が女に当たりそうになる
「あ」
女は初めて死を覚悟した。
ただ、女は何も感じなかった。
自分の存在が消えそうになっているというのに、戦っている男に対しての恨みも、今まで自分がしてきた事への後悔も何も感じる事が出来なかったのだ。その事に悲しむことなく死を受け入れようとしたら
「あぁ・・俺もそうだったさ」
男の声が柔らかくなり、目の前の自分を消し去ろうとする魔法が消えた。
いや、男が消したのだ。
「俺も、同じ毎日を繰り返していた。学校へ行っても、クラスの連中と話をしていても、ただ何となくこのまま変わらないまま過ごすんだろうなと漠然と思っていた。何かしたわけでも、何かしようと思った訳でもないのに、俺はこれしかないんだって自分で限界を創って、壁を作って、自分の世界に閉じこもっていた」
男は手に輝く剣を持ち、大きく振りかぶっている
「俺はこの世界に来て、色んなやつと出会い、色んな事をして、感謝されて、怒られて、泣かれて、笑って、呆れられて、それでやっと気付いたんだ。俺の世界の小ささに。俺の周りにはこんなに色々な事が沢山あるって、だから」
男はそのまま剣を振り下ろし、女に斬りかかる
「お前も世界を見てみろよ。自分の尺度じゃない。そんなちっぽけな物差しじゃなくてもっと大きな物差しでだ!」
いや、女じゃない。
女が守る様に背中で守っていた、黒い霧のような存在。
今もその霧から、魔物が創り出されていた。
その霧が輝く剣の斬撃が切り裂かれた。
「しかし、我はどうすれば良いのか分からぬ。この生き方しか知らぬ。だから」
女は急激に自分の力が衰えて行くのを自覚しながら、男に問いかける。「だから、どうすれば良いのか?」と
「何をすれば良いのか、何を考えれば良いのか、何を見本にすれば良いのか分からないなら、俺を見ていればいい。自慢じゃないが俺の周りは騒がしくて、そんな悩んでいる暇なんてないんだよ」
「・・・そうか、なら少しは参考にしてみる事にする」
女は自分の身体が消えかかっているのにも関わらず、淡々とそう告げてそしてそのまま消えてしまった。
「終わったか・・・これで俺の特別な力もなくなり、勇者の物語は終わりっと・・・・・?」
男は手を握ったり開いたりした後、消えた女の場所を確認して、黒い霧があった所も確認して、そしてもう一度自分の手を動かした後首を傾げて
「何で俺の力無くなってないんだ?」
そう呟いた。
その後、男の仲間達が来てこの場を去って行く。
その男達の後ろを小さな黒い霧がついて行っているのに誰も気付かなかった。
それが、異世界から召喚された勇者と魔物を氾濫させていた魔王の話の結末。
「我にあそこまで言ったんだ、ならお前の生き様を見る事にしよう」
だから、これからは勇者も魔王も関係ない話。
ただ、勇者という看板を降ろし小さな幸せを手に入れた男とその男の周りを観察する元魔王。
ただそれだけの話なのだ。
確かに元勇者、今では英雄と呼ばれるようになった井上誠の周りは騒がしく、見ていても飽きなかった。
だけど、彼が一人の男の子を拾い、弟子にしたことで一層面白くなったのだ。
「よし!今日も張り切って魔物の群れに突っ込むぞ!」
「はい!師匠!」
「え?マジで?じょうだん・・」
「師匠!早く逝きましょう!」
「何か字が違うくね!?だぁ!待てと言うのに!」
彼の言葉を振り切って、飛び出すように駆け出す少年。
彼もそんな少年を追いかける。
二人の顔には笑顔があり、見ているだけでも心温かくなるような気持になる。
「お父様!またアルトに無茶をさせて!」
「リース、冗談っておじ様も言っていたしそこまで怒らなくても」
「マリル、お父様がアルトが張り切っているのに大人しくすると思う?」
「・・・サヤお願いできる?」
「・・・・うん。行ってくる。ミヤとアヤも手伝って」
「はい、分かりました!アル兄様を捕まえれば良いんですね!」
「何で嬉しそうに尻尾を振っているのよ。それと、兄さんじゃなくておじさんを捕まえるのよ?・・・・聞いていないっぽいわね」
「皆さまお気を付けて下さいね。って、ジルもソワソワしない。私達はメイドとして皆様を支える立場で」
「だって、ノアは気にならない?ア、アルト様に抱き着くなんて・・・ポッ」
「・・・なんか目的変わってないかしら?」
「良いじゃない。楽しそうだし。リースもそう思うでしょ?だから、私達も行きましょう!」
「きゃぁ!もう、急に引っ張らないでよ・・・誰も行かないって言ってないでしょ」
「うぉぉ!なんか娘達が増えたんですけど!・・こらっ!今魔法撃ち込んできたの誰だ!」
ワイワイと騒ぎながら皆が走り回り、皆が笑顔で、楽しそうで
だから誰も気付かない。
これがいつもの光景だから、この光景がずっと続くと思っているから、気付かない。
彼の覚悟に、彼の苦しみに、彼の弱さに、そして彼の強さに
だから、早く気付いて欲しい。
そうでなければ、この光景がもう見れないものだと知っているから。
だから、早く気付いて欲しい。
そうでなければ、ほら
「ごほっ」
「アルト!お前その血は!」
「きゃぁぁ!アルお兄様が血を」
「ミヤ落ち着きなさい!マリル、私と一緒に回復魔法を!」
「リース・・・分かったわ!サヤ、ミヤ、アヤは他の人達にこの事を知らせて!」
「私達は部屋の準備をしておきます。ジル行くわよ」
「皆さま失礼します」
無情にも時間は迫っているのだから。




