ノアの場合(1)
英雄
魔物の脅威から人々を守り、その原因まで突き止めた異世界の人物。
この世界の人達が誰一人と出来なかった事を、別の世界の人が解決してしまった。
勿論それは嬉しい事なのだけど、それはこの世界に異物を取り入れたという事。
言葉は悪いかも知れないが、英雄は良くも悪くもこの世界の人達に影響を与えてしまった。
「・・・であれば、このフィーナは如何でしょうか?」
「ほぅ、これは美しい・・・」
お爺様に紹介されたフィーナ姉様を厭らしい顔で見る一人の貴族。
自分が見られている訳でもないのに、鳥肌が立ってしまう。
確かに、同じ女性の私から見てもまだ15歳で成人したばかりのフィーナお姉様は溜息を付く程とても綺麗な人で、男性から厭らしい目で見られてしまう事も理解はできるけど、この人からは欲望が分かり過ぎる。
「フィーナで御座います」
フィーナ姉様はそんな視線を気にしていないように、普段通りにスカートを微かにつまみ軽く頭をさげて挨拶をしている。
貴族はフィーナ姉様に話しかけて、フィーナ姉様も失礼のないように笑顔で答えていた。
欲望を隠しきれていない顔と少し破廉恥な質問にも、照れながら少し恥ずかしそうに答えて行くフィーナ姉様の姿に貴族は大変気に入ったと言って、お爺様が提示した金額よりも少し多めにお金を渡してきた。
「それでバック、そこの二人も商品なのか?それであればフィーナ共々可愛がってやるぞ?金なら心配するな幾らでも出してやる」
フィーナ姉様の譲渡が終わり、お爺様が帰ろうとした時にその貴族が私達の事をあの目で見て来た。
私は咄嗟に隣にいたジルの手を握ってしまう。
「・・・申し訳ありません。この二人はまだ成人を迎えておらず、まだ未熟でありまして」
「そんなことを気にするな。俺が色々教えてやるぞ?色々とな」
ジルも私の手を握り締めて耐えている。
ギリギリと手を握り締められて、痛い、とても痛い。
「どうかご容赦を・・・未熟な者を送り出しては我らの名が泣きます故に」
「そうか、そんなに言うのであれば今回はこのフィーナ免じて許してやろう」
「ありがとうございます」
私達はお爺様に促されて、足早に屋敷を出て、街を出て、そのまま次の村に歩き始めた。
「お爺様は何故あのような方にフィーナ姉様を?」
「納得がいかないか?」
「納得も何も、お爺様が一番嫌いなタイプじゃないですか。あと、ジルいい加減に手を離して痛いから」
やっとの事でジルから手を離して貰って、若干しびれる手を摩りながらお爺様の顔を伺う。
私達の一族は元々王家や有名な貴族に対して、優秀なメイドや執事、従者などを輩出してきた一族で、私達の一族を迎える事ができる人は限られていた。特に、その技術や気遣い、容姿も整っていた事で引く手あまたであったが、今回のような如何にもっという人にはお爺様が会う事すらなかった。
それなのに、今回はお爺様が嫌いな筈の如何にもという貴族には会うだけではなく、お爺様の懐刀として育てていたフィーナ姉様も渡してしまった。フィーナ姉様だけじゃなく、ここに来るまでも何人も今まであり得ないような条件で譲渡しているのだ。
残ったのは私とジルの二人だけだ。
「確かに、儂はああいう輩は好きでない。だからこそフィーナを傍に置いたのだ。お前達には黙っていたが、今回の旅でついて来た者は全て説明し、納得した上でついて来た者達だ」
「では、フィーナ姉様だけでなく、他の人達も納得して自分の意思で?まさか」
フィーナ姉様の理想なご主人様は「誠実で努力家でこちらが支えてあげないとっと思えるような人」だと昔言っていた。
人を見かけで判断してはいけないのは重々承知しているが、あの貴族はフィーナ姉様の理想のご主人様とはかけ離れた存在だった。
それなのに、フィーナ姉様は嫌な顔一つせず何も言わずにそのままあの場に残った。
理想が変わった?いくら何でも変わり過ぎにも程がある。
「今回儂らについて来た者達はお前達と仲が良かった者が大半だ。そして、お前達が誰に仕えるのかも知っている。それが答えだ」
「・・・まさか、お爺様は一族の掟を破るおつもりですか」
一族の掟と言ったら大袈裟かも知れないが、仕事上知りえた事は誰にも漏らしてはならないと言うのがある。
その掟を今まで一族全員が守って来たからこそ、王族や有名な貴族に重宝されているのだ。
それなのに、お爺様はそれを破ろうとしているのかも知れない。
要するに、今まで手を出していなかった小貴族や少し黒い噂がある者にも一族の者を仕えさせて、その情報を私達、正確に言えば私達が将来仕える筈のご主人様に使って貰おうとしているのだ。
「あの方はそういう事はされないと分かっているが、出来る事はしておきたいからな」
「そんな・・・」
隣からジルの悲しそうな声が聞こえ来る。
一緒に修行をしてきた仲間も、小さい頃から一緒だったフィーナ姉様も、私達の為、私達のご主人様の為に自分達の夢を諦めて、我慢して・・・
そんなの
そんなこと
「そんなこと納得できる訳がありません」
出来る訳がない。
皆でどんな人に仕えるのか一緒に語った事もあったし、厳しい修行にも皆一緒だったから耐えられた。その仲間達がお爺様達の都合だけで滅茶苦茶にされて納得なんかできる訳がなかった。
「とお前達が言うと分かっていたから今まで黙っていたんだ。これは儂からではない、フィーナ達からお前達には黙っていて欲しいと言って来たんだ。その意味を、意思を納得してやれとは言わないが、酌んであげてくれ」
私とジルの二人は産まれた時から誰に仕えるのか決められていた。
お爺様がまだ現場いにいた頃、その人と出会った時に自分の孫を将来仕えさせて欲しいと頼んだらしいのだ。
その事は、私もジルも一族全員が知っている事で、私達も未来のご主人様の為に厳しい修行をしてきた。
皆の中で一番年下という事もあってか、フィーナ姉様も他の皆も、そんな私達を優しく見守って来てくれていた。
だからだろうか
だから、お爺様に説得されて望んでもいないご主人様に尽くさないといけない事になってしまったのは
私達がいたから
私達の未来のご主人様があの「英雄」と呼ばれる人だから
だから私はこの時「英雄」が嫌いになった。
お爺様が一族の掟を破ってでもその人の力になろうとしてしまい
フィーナ姉様や他の人達もそのお爺様に説得されて望まない主人の元に行ってしまった。
だから私は「英雄」が嫌いになったのだ。
ジルも私と同じ考えなのか、こちらを見て小さく頷いていた。
そんな感じで、二人で不機嫌になっていたから聞き逃してしまったのだ
「それに、フィーナも他の者達も軟な鍛え方はしていない。特にフィーナは儂がお前達の次に力を入れて指導したのだ。あんなボンクラ貴族に指一本触れさせないくらい余裕だろう・・・・と聞いていないか」
お爺様もフィーナ姉様も他の仲間達も、人に言われたからと言って簡単に意見を曲げる人ではない。
自分の考えをしっかりと持ち、真っ直ぐに正々堂々と胸を張って歩いて行ける人達だ。
そんな人達に私達も憧れ、追いつこうとしていたのに
そんなことすら忘れてしまう程、「英雄」の事が嫌いで、心に余裕がなかったのだ。




