マリルの場合(1)
精霊
それは特別な力を持つ、人でも動物でも魔物でもないそんな存在
精霊はどこにでもいるけど、特別な力を持っている人しか見る事が出来ない。
見る事が出来ないという事は、その存在に干渉することが出来ないという事だ。
だから、普通の人は精霊の存在を知っているけど、精霊の力を借りる事が出来ないし
私みたいに、普通に精霊の姿が見える人は、精霊の力を借りる事が出来る。
精霊はそれぞれ特別な力を持っていて、そのどれもが人から見ると強大な力だ。
だけど、精霊は自分達を見ることが出来る人が珍しいのか、私達がお願いするとすぐに力を貸してくれる。
精霊は、物事の善悪の区別がないのだ。
いや、少し違う。精霊にも物事の善悪の区別はできるのだけど、それが人間と精霊でかけ離れているのだ。
だから、精霊は誰にでも力を貸してしまう。
善人でも悪人でもだ。
そんな精霊の力を扱える存在として有名なのがエルフ族だ。
エルフ族は他の種族とはかなり存在が違う。
まず、代表的なのは寿命がかなり長いという事だ。
人間の平均寿命は大体60~70歳であるが、エルフは200~300歳である。
また、寿命が長いという事と関係して、身体の成長速度も違う。
産まれた時から20歳代までは、人間と同じように成長して、その後は数十年かけて徐々に老いて行く。
寿命が近い人間の老人とまだ20代前半のエルフが過去同じ歳で遊んだり、恋愛をしたりとそういう話もある。
その他としては、魔力の保持量が多い事と、精霊に愛されやすいという事だ。
魔力の保持量に関しては、大体人の数十倍~数百倍と言われている。
その膨大の魔力を使い、魔法や魔術、精霊の力を借りて使う精霊魔術、精霊そのものを召喚する召喚魔法を使う事が出来る。
エルフ族以外にも、精霊を見る事が出来る瞳を持って産まれてくる人がいるが、エルフ族は何故か精霊に愛されやすく、その恩恵を受けやすい存在なのだ。
そのエルフ族の中でも精霊から愛されている存在がいる。
世界を支えていると言われている。四元素火・水・土・風を司っている大精霊の力を借りるだけではなく、専属契約を結ぶ事ができ
その他にも、色々な上位精霊、大精霊と呼ばれている精霊とも契約している化物みたいなそんな存在。
それが
「旅に出たい」
「あらあなた、実は私もそう思っていたのよ」
家族三人で朝食を食べていたら、唐突にそんなことを言い出した私の両親。
その二人が、そんな化物みたいな存在なのだ。
一見普通の(?)エルフにしか見えないが、お母さんは兎も角、お父さんは世界を救った英雄として有名なのだ。
まぁ、本人達の認識としては、自分達の趣味である大陸を見て周る旅の邪魔になっていた当時の障害(魔物氾濫)を、マコトおじ様達と一緒に排除しただけというだけで、英雄どうのこうのという事には、まったく関心は無いのだけど
そんな二人が、まだマコトおじ様達と一緒にいる理由は、単純にマコトおじ様達の事が気に入った事と、私を身籠ったからだ。
流石の旅好きの二人も、子供を身籠ったまま旅をすることは自重したようで、気の知れたマコトおじ様達の傍にいたのだ。
「・・・ごめんなさい」
そんな二人が私の方を見てくるけど、私は顔を伏せて小さく呟くしかできなかった。
「別に急かせている訳じゃないけど、そろそろはっきりと決めないとね」
「もうマリルも13歳になったのだし、もう自分で決める事が出来るでしょう?お母さん達は、貴女の考えを尊重するからしっかりと考えなさい」
お父さんとお母さんはそんな私を見て、しょうがないと言う風に笑ってそう言ってくれる。
お父さん達の夢は、家族全員で世界を見て周る事。
各地を旅をして、色々な事に触れて、発見して、一緒に楽しむ。そんな生活が夢なのだという。
私も、そんな生活に憧れていた時期もあったけど、今は
「リースちゃん達と離れたくない気持ちも分かるけど、人族とエルフ族では寿命が違うから、遅かれ早かれ離れ離れになるのよ?」
お父さん達の旅に一緒に行くのは楽しそうだけど、仲の良い幼馴染達と離れるのも嫌なのだ。
お母さんが言いうように、エルフ族の寿命はかなり長く、リース達と同じように生きる事はできないのは理解している。
理解しているからこそ、まだリース達と一緒にいたいと思ってしまうのだ。
それに
「まぁ、それだけならお父さん達もマコト達にマリルを預けて旅に出るだけなんだけどね」
お父さんは少し困ったように、私の目を見てくる。
いや、私の目を通じてお父さん達を困らせている存在を見ようとしているのだ
お父さん達が私を置いて旅に出ない、出られないのは、私の気持ちを尊重しているだけじゃない。
それだけなら、お父さんが言っていたように、私をおじ様達のどこかに預けて旅に出ればいいだけなのだ。
家族全員で旅をしたいというお父さん達の夢だけど、エルフ族の寿命は長いのだから別にそれを今しなくても良いのだ。
「視線が煩いぞ、力ある小さき存在よ」
私の意思を無視して勝手に召喚してきた精霊が現れた直後にお父さんにそう言い放った。
その精霊は、そこにいるだけで存在感が凄く、今もノゾムおじ様が作ってくれた特別な家をミシミシと言わせるぐらいだ
そんな存在の精霊を前にしてもお父さんはいつもと変わらずに
「そういうなら、少しは自重して欲しいものですけどね。貴方様は全ての精霊のトップの存在なのですから」
そう言って、その精霊のトップの前で平然と朝食を食べていた。
「我はありとあらゆる精霊の親であり王である。我は始元素を司る光の王、ラグラスだぞ。我の行動の全てが全である」
お父さん達が契約している、四元素とは違い始元素。
世界を作ったと言われる、光と闇の精霊の内の光を司っている精霊だ。
始元素が世界を作り、四元素が世界を支えていると言う考えだ。
その始元素を司る精霊が何故か私の事を気に入り、物事があまり分かっていない子供の頃に専属契約を交わしたのだ。
専属契約とは、その精霊の力を契約者しか使わせない事を条件に、契約者も条件をだして結ぶ契約の事だ。
精霊は、その姿を見る事が出来る存在には誰であろうと力を貸してしまう。
それが出来なくなるという制約と一人に限定する為その力を十分に発揮できるという恩恵がある為、契約者の方の条件もそれなりの物になってしまう。
だから、専属契約を結ぶ相手はかなり注意を払う必要があるのだけど。
なにせ、専属契約がどんなものかも知らない、幼い私がその事を理解している事はなく
「我が契約者の条件が”我の行動に制約を設けない事”だからな、我は我のしたい事をするのだ」
”汝に力を渡そう、その代り我に自由を”その言葉に頷いてしまったのだ。
そのおかげで、私は物凄い力と、その力を持っている精霊と契約することが出来たのだけど、この精霊に振り回されることになったのだ。
本来なら、精霊の召喚も契約者側からしかできないのだけど、その制約すら破る事が出来るのだから、たまったもんじゃない。
「それが、貴方の思う王の存在だと言うならそうなのでしょう。だけど、一つだけ言っておきます」
「ふむ、我に意見を言えるのは契約者とおぬしら二人ぐらいだからな、聞いてやっても良いぞ」
お父さんは食事をしていた手を止めて、正面にいる私がガタガタと震えそうな程の力を出して、ラグラスを睨みつけている
ラグラスは基本的に、人の話を聞かないし、従おうとはしない。
だけど、契約者の私やラグラスが認めた相手、お父さんやお母さんには少しだけど聞く耳を持つ。
まぁ、言われても実行するかはこの精霊自身に掛かっているのだけど
「王は産まれた時から王ではありません。王としての行動、責任を持って王なのです。その事をお忘れなく、それを忘れた時は王は王ではなくなりますよ」
「なんだ、またその話か。我は王である。他の者共(精霊)を従える特別な存在なのだ。王としておぬし等の娘である契約者の事は守ってやるから心配するな」
そう言って、ラグラスはどこかに去って行った。
多分、出てきたついでにどこか散歩にでも行ったのだろう。
彼の行動に私は何もいう事ができない。それが制約だからだ。
そして、その彼の行動を抑える事が出来る存在が、お父さんやお母さん、マコトおじ様達だけであるからお父さん達は旅に出る事が出来ないのだ。
「確かに、貴方の行動は王らしい・・・・暴君、愚王。従う者の気持ちを理解しない王の結末。私は貴方の王の行く先が気になって仕方がないのですよ」
・・・・いや、単純にラグラスがどうなるのか興味があるだけのような気がしてきた。
フフフと暗く笑う両親の姿を見て、少しだけラグラスに同情した。
そんな私達の日常に少しだけ変化があった。
マコトおじ様が連れて来たアルト君。
同じ家にいるリースは何やら複雑そうな表情をしてあまり関りを持たないようにしているみたいだけど、ノゾムおじ様の娘である、サヤ、ミヤ、アヤの三人はアルト君の事を気に入ったようでじゃれ合っている姿をよく見るようになった。
私とお父さんもアルト君の事は少しだけ気になってはいたけど、ラグラスの事もあってあまり関わらないようにしていた。
ラグラスは、ある程度の実力者と女子供以外には容赦がなく、特に私達の事(リース達を含めて)を家臣と思っている節があり、その家臣(サヤ達)が自分ではなく、アルト君に興味を持ったと知られれば、何をしでかすか分かったものじゃない
だから、私達は静観していたのだけど、やはりマコトおじ様は気付いてしまったのか、周りを警戒しながらもアルト君を家に連れて来た
「あいつはいないのか?」
「今さっきどこかに行ったよ。まぁ、帰って来たとしてもマコトなら撃退できるでしょ」
「・・・・この村がただの更地になっても良いならな」
そんな物騒な話をお父さん達がしている横で、何で自分がここに連れて来られたのか分かっていない様子のアルト君がいた。
「はじめまして、アルトと言います」
「マリルよ。貴方の事はサヤ達から聞いているから、私も様付けはしなくていい。その代り、私は貴方の事をアルト君と呼ぶから。それでいいかしら?」
「あ、はい。よろしくお願いします。マリルさん」
私が見ていた事に気付いたアルト君が挨拶をしてきたので、私も自己紹介をする。
ただ、私はアルト君よりもその肩にいる存在の方が気になっていた。
「でだ、”視える”か?」
「よく気付いたね。あぁ視えるよ。かなり弱っていて危険な状態だけど、そこに存在している」
「やっぱりか~どおりでまだ教えていない、回復魔法や魔力操作もどきが出来る訳だ」
マコトおじ様がアルト君を指さし、お父さんが私が見ている所を指さす所にいる存在。
英雄として、始元素の精霊相手でも撃退できるという程の実力を持っているマコトおじ様でも見えない存在。
人族とエルフ族とで視え方に差がある存在。それは
「さてと、これは珍しい。視えてもいない人族に精霊が力を貸すなんて」
そうなのだ。
私とお父さんがアルト君の事を気にしていた理由は、アルト君の傍に精霊の存在を感じたからだ。
しかも、その精霊はアルト君がピンチになった時には必ず、手助けをしている。
アルト君は首を傾げて「精霊?」と言っているので、その精霊の姿は視えていないのだろう
精霊が自分を視えていない人族に力を貸すという事は、私は聞いた事ないし、お父さん達も見た事がないと言っていた。
だから、アルト君に興味を持っていたのだ。
お父さん達は精霊に愛され過ぎたエルフと呼ばれ、私は精霊の王に興味を持たれ、同じエルフ族でも特別な存在なのだと理解している。
じゃぁ、人族で精霊の姿を見る事も感じる事も出来ない人に、精霊自らが力を貸しているそんなアルト君は一体どういった存在なのか、とても気になっていたのだ。




