マリルの場合(2)
「・・あ」
アルト君の肩に座っている小さな動物型の精霊に魔力を渡そうとしたけど、プイッと横を向かれて拒否されてしまった。
精霊にも強さの差があって、動物型よりは人型、人型でも小人よりも大人など大体の強さが決まっている。
アルト君の肩に座っているのは小型の動物型でリスの形に似ている。
契約をしていない精霊は自然の中らから魔力を吸収して生きているが、契約をした精霊は契約者からの魔力提供で生きている。
アルト君は精霊の姿が視えていないから、契約をしていない精霊だと思ったのだけど、どうやら誰かと契約しているみたいだ。
「あの~」
「アルト君、本当に心当たりはないの?小型の動物型の精霊とはいえ、契約状態の精霊なのよ。何か思い当たる事はないの?」
「と言われましても・・・」
アルト君が契約者だという事は無い。本当にアルト君が契約者なら精霊と魔力で繋がっている状態になり、常に精霊の方へ魔力を流している状態になるからだ。
でも、この精霊はアルト君から魔力を貰っている訳でもなく、魔力で繋がっている形跡もない。
考えられるとしたら、誰かが自分の契約精霊をアルト君に預けたというぐらいだ
でも、アルト君にはそんな記憶はない様子で、先程からうんうん言いながら頭を捻っている。
「大事な事よ?いい?さっきも言ったけど、アルト君の傍にいる精霊は弱り切っているわ。今すぐどうにかなる程ではないけど、魔力の補給が出来ないと消滅してしまうの。それぐらい危険な状態なのよ」
「はい」
アルト君は、さらに真剣になって思い出そうとしているけど、どうやら本当に心当たりはないみたいだ。
「じゃぁ、そいつと契約を結び直したらどうなんだ?」
「難しいんじゃないかな。アルト君は精霊の姿を見る事が出来ないんだし、もし視えたとしても、前の契約者の契約内容を無理やり変えるのだから、それなりの実力も必要となってくるよ」
「なら、ルックやスミアさん(私のお母さん)、マリルならどうだ?」
マコトおじ様が名案という風にこちらを見てくるけど
「残念ながら、よっぽど前の契約者の事が好きだったのか、受け入れてくれないんだよ。若しくは、今度の契約者は彼にと決めているのかもしれないね」
お父さんが言ったように、こちらから契約をし直そうにも拒否されるのだ。
そこまでして、アルト君の傍から離れない精霊の姿に今まで以上に興味が出て来た。
精霊は私達に興味はないのか、アルト君の頬や指に体を擦り付けるようにして存在を気付かせようとしている(様に見える)
「ん?待てよ。おいルック。精霊自身がその人の事を認めている場合でも、契約の上書をしないといけないのか?」
「精霊と契約者の関係は絶対なんだ。もし、契約者が死んでしまって、精霊が自由になったとしてもその契約は変わらない。だから、契約したい精霊が過去誰かの契約精霊なら、契約を上書きしないと契約精霊になれないんだよ」
「おい、じゃぁお前が契約している精霊達は・・・」
「私が死んだら、私以上に精霊に好かれて且つ私との契約内容を無理やり上書きしないと、この子達(精霊)も消滅してしまうよ。だからこそ、精霊たちも簡単には契約しないんだ」
因みに、お父さんが契約した四元素の精霊達は、お父さんと契約すると決めた時点で役割を後継者に譲っていて、今はその後継者の精霊達が世界を支えているらしいのだ
「ってことは、アルトが精霊の姿を視えるようになるだけじゃダメなのか」
「まぁ、その精霊が視えるようになることが難しいのだけど・・・流石のマコトでも無理だと思う」
「出来るぞ?」
「は?」
「え?」
マコトおじ様の言葉にお父さんと私は揃って驚いてしまった。
精霊の姿を見る事が出来る、出来ないは種族差の問題だ。
稀に、人族でも視る事が出来る人がいるみたいだから、全く可能性がないとは言えないけど・・
「ま、論より証拠ってな。アルトちょっとこっちに来い」
「師匠、なんだかすごく嫌な予感がするのですけど」
「大丈夫だ、ちょっと?いや・・・・少し痛いだけだ」
「なんで言い直したのですか!?」
それでもアルト君は素直にマコトおじ様の所に向かっていく。
「いや嘘だって、ただこれを掛けるだけだよ」
「眼鏡ですか?」
「おう、”精霊が視える魔法”を組み込んだ俺だけが作れる眼鏡だ」
「成程、そういう事ですか」
私はマコトおじ様が言った”精霊が視える魔法”という魔法を知らずに、驚いたけど、お父さんはなんだか納得したように頷いていた
「お父さん?」
「この人はそういう人なのですよ。簡単に言えば”創れる”ですよ。マコトは魔法や魔術をノゾムは武器や道具という風にね。まぁ何でもは無理らしいのですけどね」
お父さんは少し呆れたみたいな顔になって、私に簡単に説明してくれた。
そんな話をしていても、マコトおじ様は気にしていない様子で、ワクワクとアルト君が眼鏡を掛けるのを待っていた。
アルト君は、そんなマコトおじ様の姿に観念してか恐る恐る眼鏡を掛ける
「何も変わりは・・・・ってうわぁ!?」
アルト君は眼鏡を掛けたまま、あちこちを見渡しているけど、その精霊の存在に気付かない
だけど、その精霊がいつまで経っても気付かないアルト君に痺れを切らしたのか、頭の上まで登ってそしてそのまま目の前を通過するように飛び降りた
アルト君は、驚きながらも咄嗟にその小さな精霊を受け止めて
「ん?君はどこかで・・・・あ」
その精霊をみて、段々と顔が青くなって終いには崩れ落ちてしまった。
「アルト!」
「・・・大丈夫です。思い出しました。・・・そうか、君がずっと守ってくれていたんだね」
アルト君はその精霊を優しく撫でながら、とても悲しそうな顔をしていた。
「名前も知らない人でした」
そんな言葉からアルト君は話し始めた。
その人は、エルフ族の女の人でアルト君が奴隷として働かされていた場所に閉じ込められていたらしい。
「その人の姿は、服も体もボロボロでただ息をしているそんな感じでした」
アルト君の最初の仕事はそんなエルフの女性の世話をする事だったのだ。
「僕は何て言えば良いのか分からなく、ただ体を綺麗にして周りを片付けてという事を繰り返しました。その人を綺麗にしても、一晩経てばまたボロボロの姿になっていて、当時僕はそこで何が行われているのか理解していなかったと思います。だからかもしれません。そんな日を繰り返していくうちに、僕はその人に声を掛けてしまいました「どうしてこんな所にいるのですか?」と、今思うと何て失礼な事を聞いたんだと思います」
女性は、案の定というかアルト君に向かって激怒したらしい。
怒って、泣いて、叫んで、今までの鬱憤を吐き出すようにその女性は叫び続けたのだという
「女性は身体を崩してしまい、もう用なしと判断されて、男達の捌け口にされていました。その中でもその人は生きたいと願ってこの子と契約したと言っていました。この子は治癒魔法が得意でした。身体を崩してしまい十分な力を発揮できないその人の魔力でも、この子は一生懸命に治そうとしていました」
その女性は、叫んで少し落ち着いたのか内緒だと言う風に、この精霊を顕現させたのだという
それから、アルト君とその女性は少しずつ話をするようになったのだと言う。
「だけど、その女性は日に日に元気がなくなってきました。僕はそれが嫌で、初めて男の人達に逆らいました」
だけど、結果は散々でアルト君は大怪我をしてしまい、その事に気付いた女性が男達を止めたのだと言う
「その後の事は分かりません。僕が目が覚めた時には女性や男達はいませんでした。他の人達は僕が怪我をしたことも、女性がいた事も覚えていませんでした。僕も、この子を見るまでは全く覚えていませんでした」
アルト君は手のひらに乗っている小さな精霊を撫でている。
精霊もアルト君の手が気持ちいのか、凄く安心したような表情で寛いでいた。
精霊が視えるようになったアルト君とリス型の精霊との契約はすんなりと行う事が出来た。
精霊は召喚されると、人の目に映る事も触る事も出来るようになる。
リス型の精霊は、契約を済ませた瞬間アルト君に召喚するように促して、召喚されるとすぐにアルト君の身体に自分の身体を擦り付けていた。
精霊を召喚し続ける為の魔力が心配だったけど、小型の精霊の為かアルト君の魔力量でも十分維持することが出来ていた
私はそんな光景をほっこりした気持ちで見ていると同時に自分とラグラスの関係について考えてしまう
アルト君とその精霊は私とラグラスから見るとかなり小さな存在に見える。
だけど、アルト君とその精霊の関係は凄く羨ましく思えて、少しだけど嫉妬してしまったのだ。
「うゎ~可愛いです!」
「本当に・・・でも」
「・・・・私達の事無視してる?」
アルト君が精霊と契約をしてから、数日が経った。
精霊を使役する方法や注意点、精霊の力を借りる精霊魔法を教える為にアルト君と一緒に訓練することになったのだ。
それならばという感じで、今まで少し距離を置いていたサヤ達姉妹が一緒についてきたのだ。
サヤ達はアルト君の傍にいる精霊の姿に興味津々であったけど、精霊自身はサヤ達に興味は無いようでひたすらムマの実を齧っていた。
ムマの実は魔力保有量が多い木の実の一種で、魔力回復を目的にする薬の原料にもなる実だ。
それを、そのまま食べて不足している魔力を回復しようとしているのだ。
アルト君と契約した事で、精霊の存在を維持し召喚し続ける魔力は確保できた筈なのだけど、何故かこの精霊はこうやって暇さえあればムマの実を食べている
「では、精霊魔法を使う為にはただ魔力を精霊に渡すだけで良いのですか?」
「基本的にはそうよ。ただ、対象は何なのか?規模は?威力は?ってことは自分で制御しないといけないのよ。これは精霊召喚をして精霊に直接力を使ってもらう時も一緒だけどね」
アルト君はそんな精霊をサヤ達に任せて、真剣な表情で聞いて来てくれる。
精霊魔法や精霊召喚は膨大な魔力を使う為、制御が難しい。
だから、実践の前に座学として説明をしている所なのだ。
精霊魔法とは、精霊の属性の魔法を使う事ではない。精霊が持っている特別な力を引き出す事だ。
私の精霊であるラグラスはあまりにも特殊過ぎて説明できないけど、お父さんが契約している四元素の精霊の炎を司っている精霊は「決して消えない炎」「魂まで浄化する炎」等という特別な力を持っている。それを精霊ではなく契約者が使うのが精霊魔法なのだ。
精霊召喚は、言葉の通り精霊自身を召喚することで精霊本来の力を引き出せる事ができる。しかし、精霊の力はかなり強大で、精霊が思いのまま使ってしまうと大変な事になりかねないので、契約者がある程度制御しないといけないのだ。
そういう話をアルト君は真面目に聞いている。
「では、精霊を召喚している時に契約者の魔力がなくなったらどうなるのですか?」
「う~ん、簡単に言うとこの世界に干渉できなくなる、かな?お父さん達から聞いた話だけど、精霊はこの世界とは別の世界にいて、この世界に干渉するためにこの世界の魔力を必要としているみたい。だから、精霊を維持する魔力がなくなっても精霊は消滅しないけど、干渉もできなくなる。」
「では、精霊は死なないのですか?」
「精霊に死という概念があるかは分からないけど、私達程度の力では精霊をどうこうできる事は無いわね。出来るとしたら、精霊同士の力ぐらいかしら」
「なるほど」
精霊と契約している人は私達家族を除くと周りに誰もいなかったから、精霊の話を他の人にするという事がなんか新鮮な感じがする。
アルト君には秘密にしているけど、アルト君が精霊の話を聞きに来るようになってから、お父さん達に過去教えて貰ったことを確認したり、新しい知識を教えて貰ったりとしている。
何だか、可愛い後輩か弟が出来たみたいな感じなのだ。
だからだろうか、私はアルト君とその契約精霊を見て少し心配な事があった。
「あ」
「こ、こら、まだ勉強の時間で」
ムマの実を食べ終わった精霊がサヤ達の手を搔い潜り、アルト君の肩まで登ってアルト君の頬に体を擦り付けている。
アルト君は少し照れているように、手で遮っているけど精霊はその手を舐めるなどしてアルト君の気を惹こうとしている。
そんな二人の光景をみながら、やっぱり言うべきだと思った。
「アルト君。少し真剣な話なのだけど」
「あ、すみません」
アルト君は申し訳ないように頭を下げるけど、精霊はそれを好機とみたか肩から頭の方へ飛び乗っていた。
「こほんっ・・・・えっと、私達は精霊が視えて、精霊の力を借りて、精霊を召喚できる力を持っているけど、精霊の事はあまり詳しく知らないの」
その光景に少し和みそうだったけど、気を取り直してアルト君に話しかける。
この話の内容は、少しだけど私の問題にも関わる話だからアルト君が何て答えるのか興味がある。
「さっき精霊の死、消滅は分からないと言ったけど、それは言葉の通りよ。お父さんが契約している精霊は世界が出来てから支えて来たと言われる四元素の精霊だし、私が契約している精霊は世界を作ったと言われている精霊よ。精霊は寿命がない。若しくはとてつもなく長い。そんな精霊と仲良くなるなとは言わないけど、情が移り過ぎると別れがつらくなるわよ」
人間とエルフ族にも寿命の違いがある。
人族であるアルト君はエルフ族よりも早く死んでしまうから、私の悩みとは直接関係は無いと思うけどそれでも寿命の差についてどう考えているのか聞いてみたかった。
アルト君は多分とてつもなく優しい人だ。
サヤ達の事をしっかりと考えて、自分にできる事を精一杯してきたのだと思う。
サヤ達が今まで見た事が無い程、懐いているのがその証拠だ。
だから、精霊との関係だってかなり考えているのだと思ったのだ。
なのに
「人は・・・いえ、この世界にあるものは全て死にますよ」
「え?」
何てことも無いように淡々とそう答えたのだ。
私はその言葉がアルト君から出て来て一瞬驚いたけど、よく考えるとアルト君が言っている事は間違いじゃない事に気付く。でも
「アルト君は何も感じないの?残される立場の人や先に消えてしまう人の気持ちなんかは」
それでも、私が想像していたアルト君の言葉じゃなかったから、そう聞いていた。
「人の死に何も感じないという事はありませんよ。悲しくて、辛くて、忘れてしまいたいと思った事もあります。でも、それは種族が違うからじゃない。種族として寿命が違うからじゃないんですよ。前も話しましたが、この子の前の契約者はエルフ族の人でした。でも、僕がこの子と契約できたという事はもうその方は亡くなってしまったのでしょう。エルフ族でも僕よりも早く亡くなってしまいました」
アルト君はとても悲しそうな顔をしながら話している
「同じ人族でもそうです。僕より年上の人が負けるなと言って亡くなりました。僕より年下の子が死にたくないと言いながら亡くなりました。これが現実です。人族であろうと長寿で有名なエルフ族であろうと死は身近にあります。寿命の差について確かに思う所はありますが、僕はそれよりもその時、その時を精一杯生きたいと思っています」
私はアルト君の事を少し勘違いをしていたのかも知れない。
確かに、アルト君は私達より実力が無く、知らない場所に来てしまった事で、私達に頼って、私達もアルト君に教えている立場であるけど、アルト君は私達の何倍もこの世界の事を知っていた。しかも、アルト君はその世界の一番下、奴隷として今まで生きて来たのだ。
「~~~~!」
何も知らない私が物知り顔で上から言ったように感じて、私は物凄く恥ずかしくなってしまった。
「あ、すみません。なんか偉そうなこと言ってしまって」
「い、いいの。今のは私が悪かったわ。ごめんなさい」
アルト君が慌てて謝ってくるのを押し止めながら、私は考えていた。
確かに、この世界では寿命よりも先に死んでしまう事が多くある。
魔物の襲撃や盗賊に襲われたり、山や川などでの事故も多い。
寿命で情を移した相手から離れる時に辛いからと言って関わらずにいて、そういう理由で離れる事になってしまった方がよっぽど辛いだろう。
もっと話せば良かった
もっと関わればよかった
もっと・・・・
「でも、マリルさんもとても優しいのですね」
「優しい?私が?」
お互い頭を下げ合って、一息ついたらアルト君が急にそう言い始めた
私は、心の隅でアルト君の事を過小評価していた事を自覚してしまって、その言葉をとても素直に受け取ることが出来ないでいた
「はい、多分僕とこの子が離れる時の事を考えてくれたんだと思います。この子は何故か僕にかなり懐いていますから情も沸きますし、離れたくないと思うのでしょう。僕は残す側なので気軽なのかもしれません。けど、マリルさんは残される側、つまりこの子の事も心配してくれています」
「それは、私も・・・」
やっぱり、仲良くなった人達と離れ離れになるのは悲しくて辛い事だと思う。
多分私は、皆が結婚して子供を産んで、その子供も結婚してという姿をずっと見続けるのだと思う。
でも、辛い。
もしかすると、その辛さに耐えきれなくて同じエルフ族が住んでいる集落に行くかもしれない。
エルフ族が決まった集落しか出てこないのは、そういう辛さが待っていると分かっているからかもしれない
「マリルさんもエルフ族で僕達とは寿命が違います。精霊も僕達と比べて長生きなんだと思います。そんな他の種族と違って、残される側の気持ちが分かる優しい種族だから、精霊もエルフ族の事を愛するのかもしれないですね」
エルフ族が精霊から愛されやすい理由を、アルト君は同じ残される側の気持ちが分かるからだと言う。
確かに、そういう考えもあるのかもしれない。
でも
「そう言われると、少し照れてしまうわね」
何だか、エルフ族の事を褒められ過ぎているようで何だか少し恥ずかしい気持ちになってしまう。
ただ、私自身そういう風に考えた事がなかったからアルト君の考えにかなり感心してしまう。
「我の居ぬ間に誰だ力なき小さき存在よ。邪魔だ」
それがいけなかったのか、それとも偶々なのかラグラスが急に現れてアルト君を吹き飛ばしてしまった。
「アルお兄様!」
「兄さん!」
「アルト!」
サヤ達が慌ててアルト君の方に駆け出して、地面に衝突する前に抱きかかえていた。
私はラグラスに対して文句を言いたかったけど、言葉を出すことも体を動かす事も出来なかった。
精霊との契約。
ラグラスの力を使える事を条件にラグラスの行動を一切制限できない。
この制約が、私の身体を縛って自由を奪っているのだ。




