サヤの場合(3)
目の前の男が振り下ろす剣を避ける。
その隙だらけの身体に一撃与えたいけど、私は何も出来ない
「チッ!ちょこまかと」
男が苛つくように剣を横に振るうがそれも避ける。
だけど、私と男を囲むように人がいて
「おら!こっちに来るなよ!お頭の攻撃に巻き込まれるだろ!」
「・・・・ッ」
避けた先で後ろから別な男に背中を蹴られた。
その衝撃でバランスを崩してしまい、その隙に男がまた剣を振ってくる
私は地面に転がりながら避けるがやはり反撃は出来ない
村の人が人質になっているのだ。
男は言った。私が反撃や逃げて助けを呼ぶと村人の首が飛ぶと
まだ、鼻や耳が上手く使えない為、それが本当なのか知ることが出来ないのだ。
だから、男の言うようにするしかない。
せっかくお風呂にも入ったのに、服と体を汚しながらゲラゲラと笑っている男達の余興に付き合うしかないのだ
何回、男の剣を避けただろうか
何回、周りの人から蹴られただろうか
何回、男達の下品な笑い声を聞いただろうか
何回・・・・
何回目という男の剣を避けた時に男が立ち止まり話しかけて来た。
「なるほど、確かに強い。俺なんかすぐに負けちまう程強い。まだガキだと言うのにすげぇを通り超えて、気色悪い程にな」
「・・・・」
その言葉に何も言い返せない。
疲れたとかそういう理由じゃない。
ただ、それが本当の事だからだ。
村の人達は私の力を不気味がり離れて行った。
「でも、俺はお前に負けてないし、お前も俺に勝てない。何でだと思う?」
男は構えを解いて、ニヤつく様に笑う
「・・・・それは村の人達を人質にするから」
「確かに、それはあるな。でも、それだけか?俺にはあって、お前にないものは何だ?」
「・・・・」
私は答えられない。
「分からないか?それはな、仲間だ。俺には仲間が沢山いる。お前を逃がさないように見張っている仲間がいる。村人を監視している仲間がいる。山に入った他の村人らを狩りに行っている仲間がいる。それに比べてお前はどうだ?」
分かっていた。
「たった一人で村人を守ろうとして、たった一人で立ち向かい、たった一人で解決しようとする。お前の隣には誰もいねぇ!お前の隣に立とうとする奴はいねぇ!」
私は一人で何でもできるのだ。
お父さん達が認める程強くて、妹達が憧れる程強くて
村の人達が怖くて離れる程強くて、皆が信頼してくれる程強くて
だから
「俺には仲間がいて、お前は一人だ。それが答えだ」
私は一人になってしまった。
周りにもすぐ隣にも誰もいない。
まだ、体力が残っているつもりだったけど急に身体が重くなる
「いいね!その表情、その絶望感!もっと見せろよ!泣いて、叫んで、絶望して、何もかも諦めたその表情がたまんねぇんだよ!」
「・・・・ッ」
男がまた突っ込んできて、剣を振いちゃんと避けたつもりだったけど、避けきれずに少しだけ斬られてしまった。
「ほらほら、まだ行くぞ!ちゃんと避けないとすぐに死んじまうぞ!」
男が剣を振り回し、避けようとするも身体が何故か重く感じてちゃんと避ける事が出来ない。
「守っている筈の村人の前で、誰も助けに来ようとしないこの場所で、一人で悲しく負けちまいな。そのあと俺達が嫌という程可愛がってやるからよ」
私は一人でも大丈夫なのだ。
今まで一人でやってきたのだ。
村の人達から恐れられても平気だったのだ
なのに、なんで
「ッ」
何で涙が出てくるのだろう
私はいつの間に泣いていた。
それを自覚した時、私の身体はもう動かなかった。
男がニヤリと笑い、近づいて来ても私の身体は少しも動かなかったのだ。
男の手が私に触れる瞬間
「その人に触れるな!」
そんな声が聞こえた。
私はハッとなって慌てて男から距離を置く。
「誰だてめぇは、まだ隠れていた奴がいたのかよ」
戦っていた男や私達を囲んでいた男達がその声の方を見ると、短剣を握り締めたまま荒く息をしている男の子がいた
その男の子は、お父さん達と一緒に山に入っている筈のアルトだった
「サヤさんが一人?そんな訳がある筈がない」
アルトは男達を見てそして私を見て
「サヤさん、貴女は一人ではありません。皆が貴女を心配しています。助けようとしています」
そう優しく言った
「はっ!そんな訳があるか。現にここにはお前達しかいねぇじゃないか」
だけど、男が馬鹿にした様に笑い、他の男の人達もアルトを捕まえようと動き出す
「貴女達姉妹は本当に似ている。強がりで、怖がりで、我慢強くて、そして何よりも優しい。自分が傷付いている事に気付いているのに、本当は寂しいのに、一人は嫌なのに、周りの人を心配させないように我慢する。人より強い力を持っているから、姉だから」
「てめぇ」
アルトは男達の事を無視して、私の目を見て話し続ける。
男達はそんなアルトの態度に腹を立てたのか一斉に飛び掛かる
それでも、アルトは真っ直ぐに私を見たまま笑って言ったのだ
「そんなサヤさんは立派ですけど、今は、サヤさんからみたらとても頼りない僕ですけど、隣で戦わせて下さい」
アルトは持っていた短剣を振り回し、男達の間を抜けてこちらに来ようとしている。
「速く捕まえろ!」
「くそっ!ちょこまかと!ってお前邪魔だぞ」
「邪魔だ!俺が捕まえるからお前らはどっか行けよ!」
アルトは子供の小さな体を生かして、逃げているが相手の人数は多くてすぐに回り込まれてしまう
「また、お前か!」
そんなアルトの前にこの村を裏切った男が立ったが、アルトはその男の言葉を無視して突っ込んで行く
「お前が俺に勝てる筈がねぇだろ!」
男はアルトに拳を振り下ろそうとしたが、アルトはそれでも止まらずにその男の懐まで入り込んだ
「なっ!」
男は中途半端に拳を振り下ろしてしまい、バランスが崩れてしまっている。
それを利用して投げ飛ばす技。
「・・・見様見真似です」
そんな呟きが聞こえて来た。
その技は、私が最初の立ち合いでアルトにした投げ技だ。
ちゃんと教えてもいないのに、本当に負けながら盗んでいたのだ。
アルトに投げられた男は気絶したのか動かなくなり、それを見ていた男達の動きが一瞬止まったが、すぐにアルトが囲まれてしまう
「ったく、せっかく良い所だったのに水を差しやがって、見張りは何をしていたんだよ」
男が私と戦う前に捨てた棒を持ち、アルトの方に歩き出す。
その棒でアルトを殴りつけるつもりなのだろう。
「・・・・させない」
でも、そんな事させるつもりはない。
私は、私に背中を向けている男を無視して捕まりそうになっているアルトの方に駆け出す
「なっ!」
「はえぇ!」
私に気付いた人が防ごうとするけど、私にとってそんな動きは止まって見えてしまう。
すぐにアルトの傍まで近づき、そのままアルトを抱きかかえて飛ぶ
「え?うわぁぁぁぁ!」
アルトが驚いて叫んでいるけど、無視して体の向きを村の人達が捕らわれている建物を背に、男達を正面に見るように変えて着地する
「・・・・人がいない?それに」
すぐに建物の中の気配を探ると、中に人がいない事に気付いた。
気配が分からないんじゃない。居ない事に気付けたのだ。
それに、すぐ傍から臭ってくるのは
「・・・・マミ草」
「流石、すぐに分かりましたか」
マミ草は麻痺薬を作る為の原料になる草だ。
それを、すり潰してアルトが持っていた短剣に塗ってあったのだ。
「村の人達は取り敢えず無事です。見張りの数が少なかったのでこれで一人ずつ無力化しました」
「・・・・どうやって」
誰にも見つからないように、見張りを一人ずつ無力化する。マミ草を塗ってある短剣を持ってたとしてもアルトの実力的にそんなことは出来ない筈だ。
「知ってますか?人って何かをやり遂げると気を抜いてしまいやすいのですよ?」
その言葉を聞いて、アルトの身体をよく見てみると、あちこちに殴られたような痕があった。
多分、アルトは自分からわざと男達に捕まって、男達が隙を見せた所に隠し持っていた剣で無力化していったのだろう。
「・・・・危ない」
「師匠達は警戒されています。村の人達は顔でバレる可能性があります。村に来て間もない僕が一番適任だったのです。それに」
一歩間違えば、捕まり、殺されていたかもしれないのにアルトはなんでもないように言って、少し照れたような表情をした
それが気になりずっとアルトの顔をみていたら、観念したのか
「サヤさんが心配でしたから」
そう小さく呟いた
私はその言葉を聞いて、また涙が出て来た。
「サヤさん?」
「・・・・なんでも・・ない」
それでも、涙は止まらない。
怖がられて、褒められて、憧れられても、心配と言って傍にいてくれる人はいなかった。
心配させまいと、何でも無いようにしていたつもりだ。
なのに、アルトは私の事を心配して危険な事をしでかしてまで、ここまで来てくれた。
それが、とても嬉しく感じたのだ。
私は、アルトをギュっと抱きしめて静かに涙を流す。
「サ、サヤさん?皆さんが見ていますよ」
アルトは何故か慌て始めるけど、私はまだアルトを離すつもりはなかった。
だって、もう何も心配はいらないのだ。
私の孤独に気付いて、心配してくれて、隣に来てくれた人がいる。
心の中がポカポカとした気持ちになる
「サヤ、嬉しいのは分かるけど、お父さんが変な顔になっているわよ」
「あ~コホン。とうとうこういう時期が来たのかと思うと何かかなり複雑な気持ちになるもんだな」
アルトの肩に顔を押し付けて、泣き顔を見せないようにしながら周りの気配を探ると、すぐ近くにお父さんとお母さんがいる事が分かった。
人の気配が分かり、アルトが持っていた短剣に塗っていたマミ草の匂いが分かった時点で、勝負がついた事を確信したのだ。
匂いと気配が分かれば、私のお母さんは遠く離れた所でも村で何が起こっているのか把握することが出来る。
それに加えて、お父さんやお母さん達、マコトおじさん達がいるのだ、だから何も心配する必要はなくなったのだ。
「私達の娘をよくもいたぶってくれましたね」
「ただで済むとは思わないことです」
チラリと周りを見ると、青白い炎の狐と氷で出来ている狼が男達の周りを囲んで逃げられないようにしていた。
「アヤ、お母さま達はやっぱり怒らせると怖いね」
「ミヤ、私達も加勢しましょう。サヤ姉さんをよくも」
ミヤとアヤもお母さん達の所に行こうとしていたけど、お父さんに止められていた。
「まったく、人質を解放するだけって言っただろ?」
「イタッ!師匠痛いです」
「当たり前だ。痛くしたんだからな。俺達が間に合わなかったらどうしていたんだ・・・・と心配しただけだからそんなに睨むなよな?ってかどうして俺が睨まれないといけないんだよ!?」
マコトおじさんが近づいて来て、アルトの頭を叩いたのかアルトが痛そうな声を出した。
アルトに何をしたのか、見たつもりだったのだけど、マコトおじさんは何故か複雑そうな顔になって叫んでいた。
お母さん達は村の異常にすぐに分かっていたらしい。
相手は匂いや気配を消す魔法を使っていたみたいだけど、お母さんはいつも感じている村の気配や匂いが急に消えた事ですぐに気付けたのだと言う。
でも、匂いや気配がない為離れた所からだと詳しい状況が分からない。同時に、山の中に複数の知らない気配を感じた為、すぐに村の異常と関係していると思って、そちらを優先したらしいのだ。
捕まえた男達から色々な話を聞き出して、村の人質を解放する人を選ぶことになった。
そこで、アルトが自ら立候補して、作戦通りに村人を解放して、魔法を解除したら大人達が乗り込んでくる予定だったのだけど、アルトが先に突っ走ってしまったのらしい
アルトは村の人達からは叱責も感謝の言葉も貰っていない。
それでも、アルトは気にしないでいる。
だけど、マコトおじさんにはかなり厳しく怒られたらしく、次の日の訓練の日には凄く落ち込んだ状態だった。
「だから、何で俺が睨まれるんだよ!?悪いのはこいつだろ!」
まぁ、少し睨んだかもしれなけど、マコトおじさんは私”達”にそう言って、離れて行った。
ただ、今回の事でマコトおじさんは何かを思い付いたようで、訓練の内容を変えて来た。
「今度こそ私が!」
「ミヤ、また私の邪魔をしないでね」
「あれは、アヤが私の邪魔をしたんだもん」
私の前でミヤとアヤが喧嘩をしている。
私はそれを見ながらもアルトから目を逸らさない。
訓練の内容は、私達三人から逃げ切る事。お父さん曰く「鬼ごっこの逆」らしい
初め私達は簡単だと思っていたけど、なかなか難しいことに気付いた。
「アヤ、邪魔だよ!」
「ミヤがそっちに行けばいいんでしょ!」
私達の実力はほぼ変わらない。
それが、一人の鬼を捕まえに行くのだ。
しっかりと連携を取らないと、お互いの動きが邪魔になってしまうのだ。
しかも、アルトは逃げるのは得意なのか、そんな私達の動きを妨害するように動こうとしている。
まぁでも
「やった!今回は私が一番です!」
「う~~今度はミヤに負けた」
身体能力の差は大きくて、2,3度避けてもすぐに捕まってしまうのだけど
ミヤは鬼を捕まえた褒美だと言うように、アルトに抱き着いて甘えているように見える。
アヤはそんなミヤを羨ましそうにみていて、すぐにミヤをアルトから離そうとしている。
「・・・・二人とももう一回するから元の場所に戻る」
「はい!」
「はぁい」
ミヤとアヤの二人が戻ってきて、アルトも少し顔を赤くしながらも元の場所に戻り構える。
「・・・ここは娘はやらん!っていうべきか・・・でも、それだと娘達に嫌われる可能性が・・・・いや、だが・・・」
「・・・・お父さん」
さっきから、ぶつぶつと小声で言っているお父さんに声を掛ける
「お、おう、準備は良いな?・・・・・・・・・・・・・始め!」
お父さんは慌てた様に声を出しながら、私達が準備を終えているのを確認すると、始めの合図を出した
「ッ」
「嘘っ!」
「速すぎる!」
私は少しだけ力を出して、合図の瞬間飛び出す。
アルトの驚いた表情、ミヤとアヤが驚いている声を聞きながら、私は一直線にアルトに向かって飛び込んでいく
アルトはすぐに避けようとするけど、私の動きの方が断然速い。でも速いという事は勢いもあるという事で
「うわぁぁぁぁ!」
私とアルトは抱き着いたまま、地面を転がる事になったのだ。
私はアルトが怪我をしないように気を配りながら転がり、一緒に地面に寝転んだ状態になった。
「サ、サヤさん!?」
「・・・・アルトの傍は凄く落ち着く」
アルトが驚いた声を出すけど、私は気にせずにアルトに抱き着く。
私を心配して、隣にいたいと言ってくれたからかもしれないけど、アルトの傍にいると何故か凄く落ち着くことが出来るのだ。
「サヤ姉さんズルいですよ!」
「アヤ、私達も一緒に!」
ゴロゴロとアルトに抱き着いていると、アヤとミヤが慌てて走ってきて、そのまま二人とも抱き着いてきた。
「アルお兄様とサヤお姉さまとついでにアヤと一緒で楽しいです!」
「ついでって、かなり失礼ね。まぁでも、ミヤの気持ちも分かるわね」
「・・・・みんな一緒」
「はははは・・・みんな修行は?あとノゾムさ・・まじゃなくて、ノゾムお、おじさんが凄く怖い顔でこっちを見ているのですけど!?」
お父さんが怒って皆を離すまで、私達はずっと抱き着いたままだった。
私は強い
父さんや母さんの修行にも耐えられる。
周りの人が怖がって近づかないのにも慣れた。
妹達と一緒にいるのは落ち着くけど、やっぱり姉としてしっかりしないといけない。
私は英雄の娘で、姉だから、何でも耐えられる筈だった。
だけど、実際は我慢していただけで、平気ではなかったし押しつぶされる前だった。
そんな私を救ってくれた人がいる。
私より弱いのに、自分より強い相手にも立ち向かって、少しだけ無茶をするそんな男の子。
その人の隣はとても暖かくて、だから私はこの温もりを守る事にしたのだ。離したくないと思ったのだ。
「・・・・ずっと一緒」
私の呟きは誰にも聞こえなかったかもしれないけど、私の胸に強く刻み込まれたのだ。




