サヤの場合(2)
お父さん達はアルトとミヤが餓狼の群れの件で話し合った時に「この村に愛着は無い」と言ったらしいけど、私はある。
皆が私を怖がり、ミヤを虐めて、アヤを襲った人達がいるこの村だけど、私が産まれた場所でもあるのだ。
物心ついたときには、森で遊び、村が見渡せる丘まで家族で散歩をしていた。
確かに、悲しい思い出もあるけど楽しい思い出も一杯あるのだ。
特に、家族で一緒に行った村が見渡せる丘には今でもちょくちょく行っている。
今日もぶらりと向かっていたら、自分が気に入っている場所に人が寝ているのに気付いた。
「・・・・アルト?」
その人は、さっきまで私と訓練をしていたアルトだった。
確かアルトは訓練の後は自由時間で少し散歩をすると言っていた。
だから、村からも見えるこの場所に来てみたと言うのは分かるのだけど
「はぁ・・はぁ・・はぁ・・」
顔を赤くして、荒く息をしている姿に少し心配してしまう
「・・・・アルト?」
身体を揺すり起こそうと近づくと、野生の動物のように素早く起き上がり周りを警戒しだした
「・・・サヤさん?」
アルトが私と目が合い、不思議そうに首を傾げていた
「・・・・大丈夫?何か凄く苦しそうに寝ていたけど」
「寝てた?・・・・あぁ!」
アルトは少し考える素振りをして、納得したように頷いた。
「どうやら、この場所が気持ち良くていつの間にか寝てしまったようですね」
でも、その姿が何かを隠しているようなそんな気がしたのだ。
「・・・・本当に?凄く苦しそうだった」
あれは、よく思い出すと寝ていたと言うよりも倒れていたという風にも見える
アルトは、私がそこまで言うと諦めたのかバツが悪そうな顔になった。
「そんなに苦しそうでしたか?」
「・・・・うん」
「師匠には内緒でお願いしますね・・・実は・・・・・・・走って来ました」
「・・・・走った?ここまで?休憩は?」
村からこの丘まで小一時間掛かる。
村からも見えるから、近くに見えるけど実は結構遠いのだ。
走る事が得意なミヤが休みなく走れたとしても、15分~30分は掛かってしまう
「無しです。途中遅くなっても、止まらずに走って来ました」
「・・・・・」
それを、アルトは休むことなく走って来たと言うのだ。
「師匠からは修行のし過ぎは良くないって言われているのですけど、僕は体力がないですからね。だから・・・」
「・・・・それにしても、やり過ぎ」
流石に呆れてしまう。
そんな事をしたのであれば、倒れた様に寝ていた事も納得できる。
私は自分のお気に入りの所に座り、そのままアルトが寝ていたように体を倒す。
「・・・・なら、少し休めばいい。ここは風が気持ち良いからすぐに楽なる」
「そうですね。では、お邪魔じゃなければ」
アルトは私より少し離れた所で横になった。
「・・・・・」
「・・・・・」
お互い無言で、少し冷たくなってきている風を感じながら寝転んでいる
お互いの存在は確認できるが、それが邪魔とか気になるとかそういう風には感じず、ただゆっくりと時間が過ぎて行く
「・・・アヤさんはここにいつも来るのですか?」
そろそろ寒くなって来たから、起きようとしたらアルトの方から声を掛けて来た。
「・・・・いつもじゃないけど、時々は・・・ここは思い出の場所だから」
ここでお父さん達とご飯を食べた。
ここで妹達と走り回った。
ここには、辛い記憶はなく、ただただ楽しい記憶しかない。
だから、私は偶に気が付いたらここにいる。
「・・・思い出・・・そうですか、確かにここは景色も良いですからね」
アルトは身体を起して、村の方を見ている。
「・・・・アルトは思い出はある?」
その姿が、とても寂しそうで咄嗟に尋ねていた。
その後に、アルトが奴隷だったことを思い出して、失敗したと思ったけど、アルトはとても良い笑顔で私の方を振り向いた。
「ありますよ。僕の故郷はここより、何もなくて辺鄙な場所でした。周りは森や崖に囲まれていて、行商の人も月に何度かしか来ない場所でした」
アルトは懐かしむように目を瞑り話し続ける
「だから、と言う訳じゃありませんけど、村の人達はお互いを助け合いながら生活してました。まぁ、僕がまだ小さくて大人の事情を知らなかっただけかもしれませんが、その頃の僕にとってはとても暖かい場所だったのです。野生の動物を狩りに行って、皆でワイワイ騒ぎながら食べて、何かの祝い事があれば全員で祝ってました。誰かが、病気や怪我をした時も皆で助け合っていました。だから・・・・」
そこまで話して、一旦口を閉じると頭を振って何事もなかったかのように話し始める
「いえ、楽しい思い出でしたね。そうそう、その村には特産品とまではいかないですけど、綺麗な石が取れてですね・・・・」
アルトは、その石をただの石だと勘違いして捨てたら怒られたり、大きな石を掘り起こそうとして村の年寄りが腰を痛めた話など楽しそうに話してくれた。
段々と寒くなって来たので、歩きながら話を聞いていると、アルトがその村の事をとても好きだったという事を感じる事ができた。
アルトの話は村に着くまで続いて「話しっぱなしですみませんでした」と謝っていた。
私は、アルトが自分の産まれた場所を好きだと言っていた事が嬉しく感じて、私と一緒だと思った。
それと同時に、アルトはこの村の事はどうなのかと気になってしまう。
正直、この村の人達はアルトに対してキツイ態度を取っている。
子供の私にでも分かるのだ。その親の態度をみて村の子供達もアルトに対して態度が悪い。
そんな事をされているアルトに、私は「この村の事はどう思う?」と聞くことが最後までできなかった。
この村には収穫時期が終わる頃、冬に備えて食料の備蓄を増やす為に、大掛かりな人数で山に入る事がある。
アルトと村の話をしてから数日後今年もその日がきて、お父さん達も準備をしている。
「ま、俺らは正直食料の心配はいらない訳だが、村全体の行事となると参加しない訳にはいかないしな」
「余ったらまた村の人に配れば良いのですよ」
お父さんの着替えを手伝っている、私のお母さん。
猫の獣人で特別な力はないのだけど、耳と鼻、目も他の獣人よりも優れている。
お母さん達は皆同じ場所で無理やり奴隷として働いていた所を、お父さんが助けたらしいのだ。
氷狼族と有名な種族で実力が飛び抜けて高いミヤの母親、ネム母さん
特別な狐の獣人の最後の生き残りである妖狐族のアヤの母親、クーリ母さん
そして、他の獣人よりも優れた五感を持つ私の母親、ファル母さん
お母さんは、他の母さん達よりも特別な力が無いと気にしている節があるけど、二人の母さんはそんな母さんがいたから今まで生きて来れたと言って、かなり仲が良い。
村の中でも、ご近所付き合いが上手く、ファル母さんに免じて物事が解決することが多い程、顔が広い
そんな母さんに甲斐甲斐しく世話をされているお父さんを羨ましがっている人は多い。
それぐらいお母さんは村の人に好かれている。
「サヤ、本当に一人で良いの?」
「・・・・大丈夫。少し体がだるいだけだから、ゆっくりしてたら治ると思うし」
「もう、寒くなってきている時に外で寝るから」
あまり体を崩したことはなかったけど、色々考え過ぎて身体を温めるのを忘れていたら、風邪気味になってしまったのだ。
お母さん達が誰か一人残ると言う話もあったけど、吐き気とかないし、ただ体が怠い程度だから大丈夫と断ったのだ。
因みに、本来であれば女性や子供はこの行事に参加しなくて良いのだけど、お年寄りなど森に入れない人達の分を確保するために、実力がある人はほぼ強制的に駆り出せれるのだ。
「何かあったら、ちゃんと知らせるのですよ」
「・・・・分かってる。それに何かあっても大丈夫。私強いから」
「そういう事じゃなくて・・・もう」
お母さん達は、私を心配しながらも外に出て行った。
私は部屋に戻って布団の中に入る。
シィンと静まっている家の中。
物音も聞こえず、ただ一人だけ取り残されたような気がする。
家族も、仲の良い友達も、知り合いもいない、そんな場所を想像して少し体が寒くなる。
私は想像したことがなかった。
お父さんやお母さん達がいて、ミヤやアヤもいる。
リースやマリル達の家族と一緒にいて、
ずっとそれが当たり前に続くと思っていた。
でも、アルトは違う。
産まれた場所から離されて、別な所で奴隷として扱われて、まったく知らない場所にやってきた。
どんな気持ちなのだろう?
そんな事、本人に直接聞ける訳がないけど気になってしまう。
夢を見た
「サヤなら大丈夫だろ」
お父さん達が私を信頼しているように頷いて去って行く
「サヤ姉さんなら大丈夫です」
「サヤお姉さまならもっと凄い事が出来ますよ!」
アヤとミヤの励ましに私は二人の前を歩く
すると、私が見える場所には誰もいなかった。
私を怖がって近づかなくなった村人
私を信じて、信頼して傍にいない家族。
一体、二つの違いはどこにあるのか
・・・だって、すぐ傍にいてくれないのはどちらも同じなのだから
「ッ」
やけに頭に残る気持ち悪い考えを頭を振って追い払おうとする。
「・・・・汗びっしょり」
夢見が悪くて気分も悪いけど、身体も汗をかいていてとても気持ちが悪かった。
まだ、日は落ちきってないけどそろそろ村の人達が疲れ切った状態で帰ってくる時間帯だ。
私は、寝汗を流すついでに、家族が帰ってくる前にお風呂を沸かそうと思い風呂場まで向かう事にした。
シャワーを浴びながら、目に見える黒い髪を手に取る
「・・・・お父さんと同じ色の髪」
黒い髪はあまりこの世界では人気はない。
何故なら、魔物の大半は黒い色をしているからだ。
お父さん達が英雄となって、少しはそういう差別もなくなってきているみたいだけど、完全になくなった訳ではない
それに、お父さんから受け継いだのは髪の色だけじゃない
ミヤやアヤみたいに魔法が得意じゃないのに、受け継いでしまった莫大な量の魔力。
獣人は無意識の内に魔力を使い、身体を強化しているけど、あまりの魔力の量でそのコントロールが上手く出来ない事がある。
軽く石を握ったつもりでも、粉々になってしまう事が昔は多かった。
流石に、今はある程度コントロールできるようになったけど、本気の戦闘になるとまだ自信がない。
だから、最近はリース達との訓練でも模擬戦はしないようにしている。
また身体を崩さないようにしっかりと温まってから風呂を出る。
クーリ母さん特性のパジャマに着替えようとしたけど、ふと胸騒ぎがして普段の服を着ることにした。
「・・・・静か過ぎる」
もうすぐ、山に入って行った人達が帰ってくる。
本来であれば、残った村人が出迎えて、ちゃんと保存ができるように処理をして、そのまま少し宴会みたいになるから準備やらで騒がしくなるはずなのに、そんな音が聞こえてこない。家の中だからと思い、外に出てみてもやはり何も聞こえない
「・・・・不自然過ぎる」
普段でも、人が生活する音が聞こえるのに今日はそれすらも聞こえない。
一瞬、お母さん達を呼ぼうか迷ったけど、自分の勘違いかもしれないと思い、少し調べてからで大丈夫だろうと思った。
「・・・・」
私は村の中を歩きながら、やはりおかしいと思った。
人もいないけど、匂いがないのだ。
まるで、私達獣人の鼻を警戒して意図的に消したかのように・・・
「ッ!」
そこまで思い付いて、僅かな気配を察して咄嗟に体を反らす
「チッ!完全に匂いと気配を消したと思ってたのにな」
「・・・・誰」
素早く相手から距離を取って構えながら、太い棒を持っている男に問いかける。
男の腰にはちゃんと剣が吊るしてあるから、あの棒は殴って気絶させる為の物なのだろう
「なに、これから冬が本格的になる前に飯と住む場所を探している、ただの山賊だよ」
「・・・・山賊?」
「おう、本来なら別な所に行くつもりだったんだが、新しく仲間になった奴が面白い情報をくれてな。何でも、今日は男達や腕に自信がある奴らは皆山に行っているだってな。なら、襲うしかないだろ?へとへとになって帰ってきた奴らを、捕まえた奴を人質にすれば大人しくさせられるしな」
男はニヤリと笑いながら村の中にある一つの建物を見た。
そこには抵抗したと思われる村の人の死体が転がっていて、よく見るとその建物の中には大勢の人が入れらている事に気が付いた
「隙だらけだぞ?」
「ッ!」
血が出ている死体がすぐ傍にあったのに気付かなかった事
村の人達が捕らわれている事に気が向いてしまって、男の初動を見逃してしまった。
男はまだ剣を使うつもりはないらしく、棒を振り回してくる。
「・・・・なんで」
「ん?それは”何で獣人の鼻を誤魔化せることが出来た”ってことか?それとも”何で騒ぎにならなかった”ってことか?それとも・・・”そもそも何でこの村に獣人が住んでいる事を知っているのか”ってことか?」
そうなのだ
村人がこの時期、大人数で山に入る事は毎年恒例だから少し調べれば分かる事だ。
だけど、今回の襲撃はかなり計画性がある。獣人に気付かれないように匂いを消して、騒ぎにならないように静かに行動した。
確かに、他の村にも獣人がいる事はあるから、考え過ぎる様な気もするけど、一番気になったのは
「・・・・それもだけど、どうして私達の家を知っていた」
村の人ならまだしも、ここの付近で見かける事がない山賊が私達の家を知っているとは思えない。
男達は私達の家を避けて行動していた。
じゃないと、残っている村人が捕まっているのに私だけ無事だったのが不思議なのだ。
流石に、家の扉を開けようとしたりしたら私も気付けたと思うけど、それすらもなかったのだ。
どう考えても、私達を警戒している。
「知りたいか?まぁ、でも答えは全部一緒なんだよな。この村の毎年恒例行事のことも、村の抜け道や死角になり易い所も、そして馬鹿強い獣人達がどこに住んでいるかも全部そいつが教えたんだ」
「・・・・そいつ?」
「何だ、もう忘れたのか?酷い奴だな。居ただろ?最近までこの村にいて、追い出された奴が」
その言葉で、一人の男を思い出した。
名前も知らないけど、ミヤを虐めて、アヤを騙して危険な状況に追い込んだ人。
アヤの件で村から逃げて、行方を眩ませていた人だ。
「思い出したか?あいつは俺らが偶然捕まえたんだが、この情報を渡すことを条件に仲間になったんだよ。そいつは今は、捕まえた女共を俺の仲間と一緒に襲っているんじゃないか?鼻が利かないから分からんと思うけどな」
「・・・・とても不愉快」
にやつく男の顔を見て、鳥肌が立つ程不愉快な気持ちになった。
男は言っていないが、嗅覚だけじゃなくて聴覚の方も、何かしらの方法で聞こえなくしている。
「俺は、女を襲うのも好きだが、戦う事も好きだ。弱いものをいたぶるのも、強い奴と戦うのも好きだ。だが、一番好きなのは、戦った後に気持ちが昂ったまま嫌がる女を襲うことだ。だから、俺はお前らと戦う為に向かっていたんだよ。そしたら、獲物が自分からノコノコと来るじゃないか。俺はもう色んな意味で抑えがきかねえよ」
男は太い木の棒を投げ捨てて、腰に吊るしていた剣を抜いた。
「俺を楽しませろよ?」
男はそう言って、飛び込んでくる。
私は落ち着いて、男の懐に入り込んで拳を振り上げようとする。
確かに男は強いのかもしれないけど、私よりは弱い。
相手を殺さないように、手加減をしなといけないと思っていたら
「あ、言うのを忘れていたが、お前が反撃したり、逃げて助けを呼んだりしたら村人の誰かの首が飛ぶからな」
その男の一言で、身体の向きを無理やり変えて、男に当たるはずだった拳を無理やり外す
「今のは本来ならアウトだが、俺も言うのを忘れていたしな。今のは見逃してやるよ。」
男はニヤリと笑い、剣を振り下ろしてきた。
私はその剣を避けるが、どうすることも出来ないでいた。
しかも
「お頭と誰かが戦っているな」
「お、本当だ。あいつが新入りが言っていた獣人か?」
「黒い髪で子供っぽくない方は・・・姉の方か?」
「猫の獣人だからそうみたいだな」
もう隠れる心配はないと思ったのか、私達を囲むようにぞろぞろと出て来た。
その中には、見覚えがある男の姿が見えた。
「さぁ俺を楽しませろよ!いたぶって、いたぶって、服も身体も、プライドやその強気の精神も全部ボロボロにしてから、皆で可愛がってやるよ!」
私は逃げ場がないこの場所で、男達を相手にただ無残に逃げ回り、男達を楽しませるだけの存在になってしまったのだ。




