アヤの場合(2)
アルトさんを兄さんと呼ぶようになって数日が経ちました。
まだ、二人で話すのは緊張してしまうけど、ミヤがいなくても話せるようになってきた。
今日はミヤが父さんに特別課題だ!と言われて連れて行かれたので、兄さんと二人きりになったのだ。
「兄さん、少し聞きたい事があるのですが・・」
「僕に答えられるのであれば」
兄さんはすぐにそう言ってくれて、待ってくれる。
「・・・・・」
しかし、いざ言おうとしても中々言葉にできず黙ってしまう。
兄さんはそんな私を急かす事をせずに、日課の走り込みで火照った身体を休ませている。
そのいつも通りの姿に、変に身体に力が入っていたのが抜けて行くのが分かった
「実は、私の身体の事なのですが」
「・・・・それはお母様達の方が良いのではないですか?」
あまりにも気が抜けてしまったのか、変な風に聞いてしまい流石の兄さんも言いにくそうにしていた。
「い、いえ!違う・・訳ではないですが、男の人からみてどう思うか・・・とか」
男の人は私の事を厭らしい目で見てくることが多い。
特に成長期になり色々成長してくると、同世代の人達だけじゃなく多くの人が露骨に見てくるようになってきた。
兄さんも男の人なので、チラチラと見てくる事はあるけど他の人みたいに邪念が少ないような気がするのだ。
その事に不満といえば、私が兄さんの事を意識しているようで恥ずかしいけど、他の人と違う兄さんの態度の理由を知りたくなったのだ。
「そうですね・・・他の人がどう思うか分かりませんけど、僕から見るととても可愛らしいと思いますよ」
「・・・・」
兄さんが少し照れるように言った言葉に、私の方が照れて何も言えなくなってしまった。
「・・・・もう少し可愛い服を着てお洒落をすれば、もっと可愛くなると思いますけどね」
「・・・・」
その言葉を聞いて、先程までの気持ちが一気に冷めてしまった。
今私が着ている服は日課を行うとしてもかなり地味な服を着て、体のラインを分からないようして、肌も見せないようにしている。
日課以外に着る普段着も似たような感じの服しか着ない。
その事を兄さんも気にしていたのだろう。
言うか言わないか迷っている様子だったけど、良い機会だと思ったのだと思う。
「いえ、今の感じも悪いという事ではなくてですね・・・」
黙ってしまった私の姿を見て、慌てて話を持ち返そうとしている兄さんの姿を見て、一か八かの賭けに出る事にした。
今まで兄さんと接してきて、ミヤだけじゃなく私にも優しくしてくれて、私の唐突な質問に答えてくれようとしたから、
だから
「・・・私は数年前に男の人に無理やり襲われたことがあります」
今でも夢に出て、飛び起きてしまう昔の事を話そうと思ったのだ。
今でも何が原因だったか分からない。
ただ、母さんから貰った可愛い服を着て機嫌よく歩いていたら急に男の人に抑えられて、近くにあった小さな小屋に連れ込まれたのだ。
「へっへへ・・お嬢ちゃん可愛い服を着ているね」
ジタバタと逃げようとするけど、自分より遥かに大きい男の人に抑えられて逃げる事ができない。
声を上げようにもしっかりと口を押えられて叫ぶこともできない状態だった。
男の人の腕が服越しに色々撫でているのが分かる。
気持ち悪くて涙が出てくるけど、抜け出す事も叫ぶことも出来ないでいた。
「んー!んんー!」
それでもジタバタと身体を動かしていたら「チッ!」という舌打ちが聞こえたと同時に頬に強い衝撃が来た。
唐突な強い痛いと男のイライラした雰囲気を感じて抵抗するのを止めてしまう
「良い子だ。大人しくしていたら優しくしてあげるからね~」
男が痛かった私の頬を気持ち悪い手で摩った事で、初めて殴られたと理解できた。
私は、初めて男の人の怖い側面をみて怖くなって震えてしまう。
「今度はその服を脱いで裸になろうか」
男はそう言って、私に促してくるけど、恐怖で震えている私の身体は動こうとはしなかった。
男は段々と苛ついた雰囲気になって、腰に差してあった短剣を抜いてこちらに向けて来た。
「早くしろよ!俺が無理やり剥いでも良いんだぞ?」
「い、いや」
そこでようやく身体が動き始めるが、私は男の人が言うように服を脱ぐ為ではなく、身体や服を守る様に動かしてしまっていた。
父さん達に無暗に男の人に裸を見せるものじゃないと言われているし、何よりこの男の人に見せたくない。
それに、この服は母さんが一生懸命に作ってくれた物なのだ。絶対に男の言うとおりにしたくなかった。
だけど
「いいからいう事を聞けよ!」
男の怒鳴り声に恐怖心が強くなり、身体を固くして目を瞑ってしまう。
その隙に、男が私に乗りかかってきた。
「いや、いや~!」
「静かにしろ!」
ドンっ!
という音と同時に顔のすぐ横に短剣が突き刺さっていた。
床に突き刺さった剣の側面には泣きはらした顔の自分の顔が写っていて、絶望が体中を駆け巡り死と言うのを感じた。
「では、御開帳~」
男は私が大人しくなったのを確認して、大きな手で服を掴み一気に引き裂いた。
私は叫ぶことも出来ずに、びりびりと破られる服を眺める事しかできなかった。
「うっへへ・・幼い割には胸の発育が良いな。一丁前にブラをつけていやがる」
この頃から急激に成長していた胸をみて男が歓声を上げているのが聞こえて来た。
大切な人に見せなさい
と母さんに言われて渡された下着すらも、男に見られた事で何もかも諦めてしまった。
「やっと諦めたか。でも、あまり無反応なのも面白くないな・・・・そうだ」
男は私の耳に口を近づけて
「何でお前が襲われるか分かるか?それはな、お前の母親が奴隷だからだ。奴隷の子供は奴隷で、奴隷は人に奉仕をしなくちゃいけない。男は力仕事、女は男を喜ばさないといけない。だから、お前は今から俺を満足させる為の奴隷になるんだよ」
そう囁いた。
私は、その言葉を聞いて怒りが沸いてきた。
「母さんを悪く言うな!」
母さんが元奴隷だという事は知っている。だから、奴隷として何をしてきたのかも少しだけど聞いているし、奴隷がどういう風に見られているのかも知っている。
だから、父さんが母さん達に向ける愛情がとても優しくて、温かいものだと知っているからこそその言葉だけは許せなかった。
「父さんは母さん達にそんなことをしない!それに母さん達はもう奴隷じゃない!だれがお前なんかの奴隷になるもんか!」
「グッ!」
怒りが恐怖を超えて、無我夢中で暴れたら男が呻いて抑えていた力が抜けたのが分かった。
急いで男の下から抜け出して、逃げようとするも腰が抜けたのか立ち上がる事が出来なかった。
それでも、男から逃げようと必死になって逃げようとする。
「・・・クソッ!油断した。だけど、やっぱり嫌がる奴を無理やりするのが楽しいな」
男がゆっくりと起き上がり、歩いてくるのが分かる。
速く逃げたいけど、足が思うように動かずズルズルと這うしかできない。
「ほらほら、早く逃げないと捕まってしまうぞ~」
男の楽しそうな声を聴きながら必死に逃げるが、出口は男の方にあってとうとう逃げ場のない隅に追いやられてしまった。
「さ、遊びは終わりだ。これから嫌と言う程楽しませてやるからな。うん?楽しませて貰うのは俺の方か!はっははは!」
男が手を伸ばしてくるのを、破けた服を必死に抱きしめながら見る。
その時、ふと自分の中である言葉が浮かび上がってきた。
”何で反撃しないの?”
”私はこの人より強いのに”
その言葉を理解した瞬間、自分の気持ちが楽なったような気がした。
”私はこの人より強い”
”この人はやっつけていい人だ”
そう思うと何で今まで何も出来なかったのか不思議になるほど自然に体が動いた。
「なに!?これは炎!?」
男は私の周りに出現した、青白い炎をみて驚いた表情になった。
「はははは!”狐火”全部燃やしちゃえ!」
「ぐあぁぁぁぁぁ!熱い!熱い!」
青白い炎”狐火”は、普通の炎の魔法と違い、術者が術を解かない限り燃え続けるという、妖狐族特有の能力の一つだ。
男は青白い炎に焼かれながらあちこちと暴れまわり、外に飛び出して行った。
私は今まで立てなかったのが嘘のように立ち上がり、男を追って外に出る。
「アヤ!狐火を止めなさい!」
私が外に出ると、父さんや母さん達が男を取り囲んでいた。男は死んだのかピクリとも動かないでいた。
そんな男を見ながら、母さんが私に狐火を止めるように言ってくるけど、私は理解できなかった。
「何で?あの人は私に酷い事をしたんだよ?」
「ええ、それは知っています。助けに来るのが遅くなって御免なさいね。でも、これ以上したらあの男が死んでしまうの。貴女の事だから後からきっと後悔してしまうと思うの、だからもう止めなさい」
私はそれでも納得できないで”狐火”を止める事が出来なかった。
「クッソたれが!どうしてお前なんかの為に」
すると、父さんの悔しそうな声が聞こえて、燃えていた”狐火”が段々と消えていった。
それどころか、男の火傷が徐々に治っていく。
「流石に誠やマリーみたいにはいかないか」
「父さん?」
どうして母さんも父さんもこの男の事を生かそうとしているのか理解できなかった。
「言っておくが、こいつの為じゃない。俺だってこいつを殺したい程憎い気持ちはある」
「なら」
「だけど!それだとお前が傷付くのが分かるんだよ・・・本当はこういう事はしたくないんだが、このままだとお前が違う方向に進みそうだからな。いいか、良く見ろよ?これがお前の力だ。これがお前がしたことだ。お前の力は強すぎる」
父さんが指さす方には、火傷の跡が残っている男が倒れていた。
微かに息をしているみたいだけど、よく見ないと本当に死んでいるみたいに見える。
その事まで理解できて、急激に気持ちが冷めてしまう。
足に力が入らず、そのまま座り込んでしまい、母さんがすぐに抱きしめてくれなかったら倒れていたかもしれない位、身体に力が入らなかった。
「母さん・・・私・・人を・・・殺そうと」
人の死
幸か不幸か今まで、人の死に触れてくることはなかった。
それに、今まで殺意を相手に向けた事もなかった。
実際には死んではいないようだけど、そこまで追い詰めたのは自分の力。
その事を理解して、私は恐怖したのだ。
女の人に乱暴する男の人が
そして何より、その男の人を殺せるぐらいの力を持っている自分自身が
その力で、人を殺そうとした自分の感情がとても怖く感じたのだ。
「あの後男の人は父さん達がどこかに連絡して、騎士の人達が連れて行きました。死刑まではいかないまでもそれなりの重い刑が課せられるみたいです」
大きく息を吐いて、話し終わった事にほっとした。
日課では汗が掻かなかったのに冷や汗でびっしょりになったのを拭こうとしたときに、手が優しく握られていたのに気が付いた。
「兄さん?」
「あ、ごめんなさい。話しながら震えていたので・・・ですが、余計なお世話だったのかもしれませんね」
兄さんは手を慌てて離して、座っている場所も少しだけ離れた所に座り直していた。
確かに、男の人は嫌いで怖いけど、兄さんにそういう事をされると少し悲しくなってしまった。
「兄さんも怖いですか?」
何がとは聞かない。多分、兄さんなら分かってくれるから
「これだけははっきり言います。怖くはありません。ただ」
「ただ?」
「・・・・・・」
兄さんは何かを言おうか言わないか迷っているような気がした。
「はっきり言って下さい。そうじゃないと私・・・」
ここで話を終えたら多分今までみたいな関係は続けられないと思う。
兄さんは私に気を使って接触を減らそうとするだろうし、私もそういう風に気を使っている兄さんを見たくない。
私が兄さんと認めたのは、ミヤと本当の兄妹のように見えて私もその中に入りたいと思ったからだ。
「・・怖くはありません。アヤさんの力は確かに強すぎるのかもしれません。だけど、それでもアヤさんの事を怖いとは思いません。何故ならアヤさんは・・・・弱いからです」
兄さんは私の事を強いと言いながらも弱いと言い切った。
「確かにアヤさんは男の人が嫌いで怖いのでしょう。だから、異性から見られないように落ち着いた服を着て、交流をしてこなかった。だけど、多分アヤさんは自分の力が一番怖いんです。男達が襲ってきたとしてもやり返し過ぎる程の自分の力が一番怖いんです。すぐに人を殺してしまおうと思ってしまった自分自身が怖いんです。違いますか?」
「確かにそう思う事はあります。私の力が相手を傷つけ過ぎてしまう。それを良しとする自分がいる事が怖いです」
兄さんが言っていた事は正しい。
私自身も気が付いていた。私が男の人を避けるのは、もう一度同じ状況になった時にまた同じような事をしでかすかもしれないと、逃げていたのだ。
「いえ、言葉が悪かったので勘違いしてしまったのかもしれませんが、その事については決して悪い事ではありません。むしろ、アヤさんがとても優しい人なのだと分かって凄く嬉しい位です。ただ、逃げるにしても種類があります。アヤさんはこの逃げる道を間違っているんだと思います」
「道の間違いですか?」
「はい。厄介事に巻き込まれないようにするために敢えて逃げる。これは別に構わない事だと思うのですが、覚悟によって種類が変わってきます。巻き込まれた時に傷つける覚悟があるか無いかです。アヤさんの場合は後者です。力もあります、人を殺してしまおうとしてしまう気持ちもあります。だけど、覚悟だけはありません。何の覚悟か分かりますか?」
「それは相手を傷つける覚悟じゃ」
それがなかったからショックだったのだ。
感情の思うがままに力を使って、人を殺そうとしたのだ。
「違います」
でも、兄さんはきっぱりと言い切った。
「自分が傷付く覚悟です」
「ッ」
言葉に言われてハッとした
「要するに、兄さんはこう言いたいのですね。「人の死を背負う事が出来ない人は、戦う資格がない」と」
「戦う資格と言う程、大袈裟な物ではないですけどね。僕も人を傷つける事は嫌いです。傷つけられる事も嫌いです。でも、味方は勿論敵であっても、人の死を背負う覚悟は持っているつもりです。人の死って簡単に考えてはダメなんです。その人が生きる筈だった命を絶つのですよ?そう考えると僕は怖くて仕方がありません。特に、アヤさんみたいにとても優しい人なら、人を傷つける事だけですら怖いのだと思いますしね」
兄さんは怖いと言いつつも、言葉の通りに覚悟を持っている為なのか、弱々しい雰囲気は感じなかった。
そういう私はどうなのだろう
男の人は嫌いだし怖い。自分の力と気持ちも怖い。
だから、人を避けるようになった。特に、異性の目に留まらないように母さんから貰っている可愛らしい服を着なくなった。
厄介事を回避するためにしていると言えば、格好いいのかもしれないけど、兄さんが言ってたようにまた同じようになった時に果たして、自分は戦えるのだろうか
男の人から逃げて、自分自身から逃げて、戦うという覚悟すらも忘れていた私は、本当にこれから先戦っていけるのだろうか
そういう事を考えると、兄さんが言っていた”私が弱い”という言葉が理解できる。
戦う力はあっても、それを支える意思や覚悟が弱い
「と、偉そうな事を言いましたが、これは僕自身の考えであってマコ・・師匠達とかは別な意見があると思いますけどね」
考え過ぎていた私の雰囲気を察してか、一段と明るい感じて声を掛けてくれた兄さん。
おじさんの事を師匠と言い慣れてなくて、言い直しているのが兄さんらしい。
あまり考え過ぎても良くないと思い、徐々に分かって行けばいいのだと思って、その日はそのまま別れたのだけど、
その覚悟を試す機会がすぐそばに来ていることを私達は知らなかった。




