ミヤの場合(3)
あの後色んな人に怒られた。
立ち入り禁止だと言われていた山の中に無断で入った事。
何も考えずに餓狼の群れに飛び込んだこと。
お母さまだけじゃなく、お父さまや他のお母さま達、姉妹にも怒られた。
アルトさんの方は私より酷く、怒られたのは当たり前だけど、一歩間違えれば村を危険に巻き込むかもしれない状況だったと批判を受けて、村から追放と言う話まで出て来た。
確かにアルトさんの軽率な行動で村を危険な状態に巻き込むかもしれなかったけど、アルトさんはちゃんと考えて餓狼の群れに見つかったら村に戻らず山奥へ誘導していたのだ。
その事を知っている、私は何度もお父さまや一緒に居たお母さまに伝えるも
「だけど、そのまま戻ってくるかもしれないだろ?人間が一人いるなら人が住んでいる集落があるのかもって思って」
「軽率な行動を取ったのは間違いであり、その罰を受けるのは当たり前のことです」
そう言って、状況を傍観している。
一応、私も刑罰の対象になるのだが、アルトさんを追いかける為であるのと餓狼の群れを殲滅したのがお母さまだったという事で、今回は大目に見て貰っているらしい。
今は、アルトさんや私など当事者を含めて今後どうするのかを話し合っている最中だ。
アルトさんの傷は深く、すぐには治らないだろうと思っていたけど、マコトおじさまが「治癒魔法は得意じゃないんだよ!」と言いながらも治していた。ただ、本人が言うようにちゃんとは治らず傷跡が残っている状態だ。
そんなアルトさんはしっかりと覚悟をしていたのか、何も反論せず次々と言われる批判を受け入れているような気がする。
「イノウエさんはどう思いますか?貴方が連れて来た人ですよ」
この話し合いが始まってから一言も喋っていないマコトおじ様は進行役の人に言われて、初めて口を開いた。
因みに、お父さま達は名前の方が有名で苗字っていう方を使っていると言っていた。
「ん?俺はあんた達が決めた罰に文句を言うつもりはないぞ?まぁ、死刑だとか言うのであれば反論するが、今回の件は完全にこいつが悪からな」
隣に座っているアルトさんの頭をぐりぐりと掻き乱して笑っているマコトおじ様
正直、マコトおじ様であれば何か反論するのかもと少しは期待していただけに、少しショックを受けた。
だけど、その気持ちも次の言葉で一瞬で晴れた
「こいつを追放すると言うならすればいいさ。その代り、俺らも出ていくけどな。・・・なに意外な顔をしているんだよ。当たり前だろ?こいつは俺が連れて来たんだ。こいつが追放と言うなら俺達も出ていく。こいつだけ放り出すってことはしない」
「まこ・・じゃない。井上が出ていくなら俺達も出て行こう。一応、俺の所の娘も当事者だしな」
「いえ、それについては先ほども言ったように今回は・・・」
「お咎めなしってか?なら正直に話してやる。いいか?俺がここにいる理由は井上がいるからだ。この村自体には愛着も何もない。だってそうだろ?娘を怖がって避ける、娘を虐める、娘を襲おうって奴がいる。そんな場所に愛着が沸くと思っているのか?それに、アルト坊の事についてもだ。正規の奴隷じゃないから契約も何もない、消えない奴隷紋があるだけで普通の人と変わらないって説明したのに、俺らが見ていない所では好き勝手していたみたいだしな?なぁ?本当に俺達が気付いていないとでも思っていたのか?」
お父さま達は全て知っていた。知っていて何もしてこなかった。
これは無責任と言う訳じゃない。私達が自分達で解決できると判断したから任せてくれていたのだ。
お父さま達の気持ちを聞けて心が温かくなる。
そうだ、別にこの村に拘る必要はないんだ。まだ、アルトさんと離れなくて良いんだと
そこまで思って刑罰どうのこうのと言うよりは、アルトさんとの関係が終わってしまう事を気にしていたことに気が付いた。
いやいや、アルトさんが無理をしないようにとお目付け役としてずっと近くにいたのだ。情が沸いても仕方がない。
私の事を無視しないで話し掛けてくれた事も、大切にしたリボンを探してくれたことも全然関係ないのだ。
やっぱりアルトさんは男の子にリボンが取られた事、山の中に鳥に持っていかれた事を知っていた。
餓狼の群れの事は知らず、山に入ろう柵があったのは気付いたが誰もいなかったからすぐ戻るつもりで入って行ったらしい。
そこで偶然落ちていたリボンを見つけたのは良いが、餓狼の群れにも見つかってしまい、入り口にあった柵の理由を理解して、咄嗟に山奥に逃げ込んだらしいのだ。
後は、体力の限界まで逃げて力尽きた所を私達に助けられたというのだ。
「それに柵の警備の事もあるしな。こいつが言っているみたいに本当にいなかったのであれば、それはそれで問題だし。いたとしたら何故気づけなかったのかという話になってくる。まさか、厄介者を排除しようと敢えて通したって訳じゃないだろうし・・・なぁ?」
マコトおじ様の一言で目を逸らす人が何人かいた。
その人達が全員犯人だとは思わないけど、心の中ではそう思っていたのかもしれない。
「まぁ、所詮証拠も何もなく、私情バリバリの意見だけどな。そういう事も含めて、俺達はなにも言わなかった訳だ。だから判断はあんた達に任せる。初めに言ったが死刑とかこいつの人権を侵すもの以外であれば受け入れるさ。ちゃんと村人の一員としての判断を期待しているよ。それだけだ」
その後色々話し合いが続いたけど、結局は
「追放はなし。その代り、今から収穫時期で人手が足りない所が多く、そういった所を無償で手伝うこと・・・・以上だ」
という事になった。
「俺達の戦力を望むと思っていたんだけどなぁ~これまでよりも一層警備に協力するようにって」
「そうなったら警備のリーダーは俺達のどちらかになって、それが嫌な奴らもいたんだろ」
そういう話をお父さま達がしているのを後から聞いた。
これで無事に終わったと思ったら、数日後お父さまが私を外に連れ出した。
「どこに向かうのですか?」
「ん~漢を見せにかな」
「男?男性ですか?」
「ちょっとニュアンスが違う”漢”だ」
「???」
訳が分からなく首を傾げていると、すぐそこだと言って村の外れにある広場が見える場所まできた。
「ッ!?」
そこから見える光景を見て、目を見開いてしまった。
「・・・いい加減しつこいぞ!」
「はぁ・・はぁ・・はぁ・・・まだです。まだ終わりではありません」
そこにはボロボロになりながらも、今も私を虐め続けている男に拳を握り立ち向かっているアルトさんの姿があった。
「お前は一体何なんだよ。奴隷なら奴隷らしくしろよ!」
男の拳がアルトさんに当たり、アルトさんが吹き飛んでしまう。
「っ!」
咄嗟に飛び出そうとした所をお父さまが止めてくる
「いいから良く見ておけ、これがあいつの本質だ。誠の野郎が見抜いたあいつの本当の姿だ」
お父さまが何を言っているのか分からないけど、いつの間にか全身に見えない鎖みたいのが巻き付いていて一歩も動けず、声も出せない状態になっていた。
「僕を奴隷と呼びたければ呼べば良い。僕に暴力を振るいたいのであれば振えば良い。収穫の”手伝い”ではなく僕一人でさせて自分が遊びたいなら遊べば良い。そういう事は慣れている。僕は奴隷だったから何をされても別に構わない。だけどあの人は、ミヤさんは何もしていないじゃないか。氷狼族なのに髪が黒いからなんだ。気持ち悪い事でも醜い事でもない。とても綺麗じゃないか。喧嘩で負けて嫌がらせをしているそっちの方がよっぽど醜い!」
「何だとこの野郎!」
男は動けないアルトさんを掴み上げて、何度も
「あいつは俺を見下してくる!」
何度も
「一度喧嘩に勝ったからと図に乗りやがって!」
何度も、何度も
「なぁ知っているか?魔物の毛の色は殆どが黒いだとよ」
何度も、何度も、何度も
「もしかしたら、今回の餓狼の群れも実はあいつが仕組んだことじゃないかと噂になってるぜ?まぁ俺が流したんだけどな」
何度も、何度も、何度も、何度も
笑いながら自分がしてきた事を話しながら、アルトさんを殴っている。
「はぁ・・はぁ・・はぁ・・・これで自分の立場が理解できたか?お前は俺に勝てないし、あいつへの虐めも阻止できない。奴隷じゃない?そんな醜い奴隷紋があるのに何を言っているんだよ!奴隷なら奴隷らしくご主人様に奉仕しておけばいいんだよ!」
最後に大きく振りかぶってアルトさんを殴り飛ばす。
倒れたアルトさんは動かず、それをみた男が満足したように去ろうとする。
私はお父さまの方を見て、我慢の限界を訴えるけどお父さまはじっとアルトさんの方をみていて、急にニヤリと笑った。
「少しだけ手助けだ」
そう言って、手を翳すと何か小さい声のようなものが聞こえて来た。
「・・・・・す」
男の方も気付いたのか、キョロキョロと周り見渡している。
「・・・ても・・・・ます」
その声がアルトさんの物だと気付いて、私は涙が出て来た。
「僕は・・・奴隷で何もなく・・・何も出来ない・・・でも・・・傍にいる事ができます・・・・味方でいる事ができます」
普通では聞こえない位の呟きをお父さまが何かして、私達に聞こえるようにしたのだ。
男はまだアルトさんに意識があることにギョッとして立ち止まっている。
「奴隷だと・・・言われることが辛い・・・・暴力を受けるのが・・・辛い・・・・仕事を押し付け・・られるのが辛い・・・・だけど・・・一番辛いのは・・・・人に・・必要だと思われなく・・・なる事だ」
アルトさんの右手が震えながら徐々に上がっていく
その姿は、何かを掴もうと必死なって藻がいている姿に見えて
「一人は・・・辛い・・・・人に必要と・・・思われなくなるのは・・・もっと辛い・・・だから・・僕はあの人の味方で・・・あり続けます」
太陽に手を翳して、その太陽を握り締めるように手を閉じて今までにない程強い言葉でアルトさんが叫ぶ
「奴隷で何もない僕が!何も出来なくて地面に這いつくばっている僕が!あの人への虐めを止める事が出来ない僕でも!例えそれが自分勝手な自己満足だとしても!それでも僕はあの人の味方でい続ける事が出来る!・・・ほら、こんな僕でもできる事はある・・・・それすらも奪えるものなら奪ってみろ!」
私は涙が止まらなかった。
会って間もないのに、こんなにも自分の事を心配してくれる人がいてくれた事
自分の事をアルトさんに話した事はなかったのに、自分が悩んでいた事を理解していた事
どれだけ自分を否定されながらも自分で出来る事を考えて、考えて、考えて、やっと辿り着いた答えをボロボロになりながらも力強く宣言するその姿が眩しく見えた。
ボロボロで、地面に這いつくばっているのにも関わらず、それでも尚眩しく見えたのだ。
「・・・なら、その言葉通り奪ってやる。身体も心もボロボロにされてもう一度奴隷の立場を思い出させてやるよ。俺の事をご主人様と言わせてやるよ、まぁすぐに捨てるけどな」
はははと笑いながらアルトさんの所に歩いて行く男の姿に私は咄嗟に飛び出ていた。
魔法の拘束が無い事に驚くも、きっといい笑顔で送り出しているお父さまの姿を思い浮かべて、振り返ることなく真っ直ぐに、少しでも早くアルトさんの所に辿り着くように走る。
「その人に触れるな!」
魔力を最大限に放出させながら、両手を広げて男を威嚇する。
「なっ!お前、その力は・・・」
私の魔力に影響されて、私の周りに氷の粒が集まってくる。
「この人に触れないで下さい。貴方のような人が触れて良い人ではありません。穢れてしまいます」
「なん・・だと!」
「私から見れば、今も無事で立っている貴方がの方が醜く、地面に這いつくばっている筈のこの人の方が眩しく見えます」
男は私の魔力に圧されて身動きが出来ないでいる。
「今後一切、私達に関わらないで下さい。非常に迷惑です。もし私達に関わったり、直接何かした時は・・・・」
気を静める為に魔力の放出を止める
男が解放されたように荒い呼吸を繰り返すのを見て
「その時は、それなりの覚悟を持って下さい。私はもう逃げませんから」
私はアルトさんの方に振り向いて、驚いた表情でまだ突き上げたままのその手を優しく包み込む。
「ありがとうございます。こんな私の事を考えてくれて、味方でいてくれようとしてありがとうございます」
「・・・聞いていましたか?」
「はい。とても嬉しかったです」
恥ずかしそうに顔を赤くする姿をみて、胸の中が温かくなる。
こんな事は今までに経験したことがない。
異性に対しての好意みたいにドキドキと激しく高鳴る気持ちもあるけど、
父親みたいに凄く暖かくて落ち着く気持ちと両方感じている。
焦る必要なない。
この人はずっと私の味方でいてくれると言ったのだ。
この気持ちがどういったものなのか、それがしっかりと理解できるまでそれまでは取り敢えず
「それで・・・その気持ちが凄く嬉しくて・・・こういう人が兄であればとずっと思っていて・・・・だから”アルお兄様”と呼んでも良いですか?」
この日、私は初めての気持ちを知り、立ち向かう覚悟を貰い、新しい兄が出来た。
因みに、後でアルお兄様から聞いた話なのですが
どうやらアルお兄様はあの私を虐めていた男が私の事が好きでちょっかいを掛けていたと思っていたらしく、そういう虐めを止めて正々堂々と立ち向かえって意味で喧嘩をしていたみたいです。私は少し呆れてしまいましたが、アルお兄様の手を引いてある現場に連れて行きました。
「お、おい、少し話が・・・」
「私はないです」
そこには、アヤに一生懸命に声を掛けようとしている男とその男を見向きもせず歩き去るアヤの姿があった。
「成程・・・あれは辛い」
「いい気味なのですよ。これで何回目か知りませんけど」
アルお兄様と一緒に少し笑って歩き始める。
これから先、英雄の子供として知られていくことになって行きます。
どんな事があるのか、不安な時もありますが
私には家族や仲間がいます。
そして、私の味方でい続けると宣言してくれた兄がいます。
だから、私は平気です。
辛い事や不安な事を考えて立ち止まるのは止めました。
私は今をずっと楽しく生きる事にしたのです。
だから、取り敢えずは
「また一緒に走りましょう、少しは私に追いついて下さいね。アルお兄様」
実力的にはまだまだ負けるつもりはないけど、人としての強さはまだまだ私はアルお兄様より未熟だ
だから、追いかけられ、追いつくこの関係を続けていきたいと思います。




