ミヤの場合(1)
小さい頃、私は虐められていた。
ただ「髪の色が黒いのがおかしい」「氷狼族は綺麗な青色なはずだ」と言われていた。
特に、母親が容姿もだが、薄い綺麗な青色の髪で周りの人に人気だった事もあり「何で娘は違うのか」「氷狼族の力は持っているのに」と言われることがあった。
母親は大好きな父親の特徴ともいえる黒髪である事を喜び、親しい人達も気にしていない。
私もそれで良いと思っていたけど、その事を馬鹿にされる事だけは許せなかった。
だから、その事で馬鹿にしたり揶揄ってくる人達と喧嘩をすることもあった。
その頃から、仲間外れにされたり馬鹿にしてくる人達も増えて来た。
今日も一人で散歩をしていたら、道の向こう側から走ってくる人がいた。
「はぁ・・はぁ・・はぁ・・こんにちはミヤ様、散歩ですか?」
「様付けは止めて下さいと言っているじゃないですか」
「す、すみません。ミヤさ、さん」
昔の事を少し思い出していたこともあって、少し咎めるように言ってしまうと目の前の人は大袈裟のように頭を下げてしまう。
この人は、数日前に父親の友人のマコトおじ様が連れて来たアルトと言う歳が一つ上の人だ。
あまり詳しくは聞いていないが、奴隷だったこともあり年下の私にですら様付けや頭を下げてくる。
正直、こういう人は周りにいなかった事もありどう接すれば良いのか分からず、結構苦手な人である。
因みにアルトさんは「まずは体力作りからだ!」というマコトおじ様の方針で、村の周りをひたすら走っていて、今日みたいに散歩をしていると出会ってしまう。
ただ単に走り込みをさせられているだけなのに、不平不満を言わずいつも真剣に取り組んでいる姿は、同年代の人達が大人達の仕事の手伝いを文句を言いながらしている姿と比べて凄く見えてしまう。
・・・まぁ、苦手は苦手な人なのだけど
「ところで、後何周ぐらい回るですか?ずっと走っているみたいですけど」
「さぁ?特に言われていないので何か言われるまでは走っていようかと思っていますが」
「・・・・・・・」
こういう所も苦手な一部なのかもしれない。
言われた事を素直にし続けるのは凄い事だと思うのだけど、何も言われないから言われるまでそれを続ける。しかも、ずっと走り続けるというかなりキツイ運動なのにも関わらずだ。
人としての何か感情が抜けているんじゃないかと思う一方、道で出会ったら挨拶をしてくれる新しい知人の事を心配してしまう。
・・・私の方が年下なのに
「はぁ・・・取り敢えず一旦家に帰りましょう。もうすぐお昼ご飯ですよ」
「いえ、ですが私は言いつけ通りに・・・」
「多分、マコトおじ様の事だから”満足したら帰ってくる”とでも思っていると思いますよ?」
「いえ、ですが」
ここで問答無用で無理やり手を引っ張って連れて帰る事は出来るけど、一度それをしてしまいアルトさんの身体が段々と震え始め、顔色が悪り始めたという事があり無理やり連れて帰る事できればしたくない。
対処方法としては、マコトおじ様を連れて来て止めさせるだけだ。
「では、私は修行に戻ります」
私が家に帰る為に背を向けるとアルトさんは一度頭を下げてから勢いよく走り去ってしまう。
「・・・・・ここで待っていて下さいと言うのを忘れてしまいました」
真面目なのか、不器用なのか、自分で考える事が出来ないのか、色々考えてしまうけど、取り敢えずは早めに知らせようと歩き始める。
因みに、マコトおじ様にその話をすると「マジか!」と言って慌てて飛び出して行った。
動きやすい服を着て、靴が緩まないようにしっかりと靴紐を縛る。
少し肩や足を動かして体の調子を確認する。
「よし」
「お、今日からか?」
「うん、どうせ私も走るから」
「そうか、気を付けて行って来いよ」
「分かりました。行ってきます」
お父さまに声を掛けられて家から出る。っと言っても目的地は隣だ。
「あ、今日からよろしくお願いします。ミヤさ・・・ん」
案の定というか、隣の家に行く前に目的の人が家の前で待っていた。
マコトおじ様がアルトさんを一人で修行をさせると、何をしでかすか分からないという事で、誰かが傍に付くことになった。
走り込みは毎日皆がしていることではあるが、元々走ることが好きな私が選ばれたのだ。
アルトさんはその事が決定次第、かなり恐縮そうにしていた。
今も、私の事を様付けしようとして慌てて言い直している。
「私も一緒に走りますが、ペースや周回は合わせなくて良いです。多分、無理ですから。だから、自分のペースでそうですね・・・・取り敢えず3周回りましょう」
「3周だけで良いのですか?いつもは5周ぐらい走っていますが?」
「・・・・いつもそれだけ走っていたのですか」
ずっと走り続けている事は知っていたけど、お世辞にも走る速さは遅く、いつもバテバテな姿しか見ていなかったからそんなに走っているとは思っていなかった。
「だから、いつも疲れて他の修行が出来ないですよ。最初から無理をしないで徐々に増やしていけばいいですから」
因みに、私達はいつも10周ぐらい走っている。それも、多分アルトさんが1周走るまでに3周ぐらいは走れるスピードで
「・・・分かりました。指示に従います」
「では、行きましょう」
私はいつものように走り始める。
後ろを確認すると、アルトさんが驚いた表情した後慌てて走り始める姿が見えた。
本来であれば、一緒に走るのが良いのだろうけど、私とアルトさんでは走るスピードが違い過ぎる。
私が本気で走ればアルトさんが1周するまでに何周かできる筈だから、前回みたいに無理して走っているのを見つける事は可能だと思う。
案の定、私が日課を達成した時には、アルトさんはまだ2周目でしっかりと3周目で止める事ができた。
アルトさんの走る姿を見て、やはり無理せず走れる距離は3周だと思う。
その事を、しっかりとアルトさんに伝えて、それでも何か無理をしそうだったので釘を刺すことも忘れなかった。
・・・・筈だったのだけど
「倒れた?」
「いや、倒れたと言うか、高熱が出てベッドから起きられないみたいだな。だから、今日は一人で走ることになるぞ」
「それは、別に構わないですが」
そう言いつつ走り出すが、アルトさんの事が気になってあまり集中できないでいた。
無理をさせないように負荷を減らしたし
無理をしないようにずっと目を光らせていたつもりだ。
まぁ、走り込み以外での修行や時々マコトおじ様が「修行だ!」と言って連れ回している事が原因かもしれないが、やはり気になってしまう。
取り敢えず、日課を終えてからお見舞いに行こうと思い気持ちを切り替えて走る事にした。
「・・・・何をしているのですか?」
そして、日課を終えてアルトさんのお見舞いに行ってみると
「熱が出て外に出れないので、室内で出来る日課を軽く・・・」
「それで軽く?身体から汗が物凄く出ているように見えますけど、それでも軽く?」
「え?はははは・・・」
「どう見ても、力尽きてベッドにしがみ付いているようにしか見えないのですけど!?はははじゃありません!」
ベッドから起きてみたのか、それとも落ちたのか分からないけど、全身から物凄い汗を搔きながらベッドに戻ろうとしているアルトさんの姿があった。
「どうしたの!?」
私の叫び声が聞こえたのか、アマルおば様が慌てて駆け寄ってきてアルトさんの状況をみて慌てて私と一緒にベッドに戻した。
アマルおば様は、アルトさんをベッドに戻した後”無理をするな”と何度も言い聞かせて去って行った。
その時に私は見てしまった。
アマルおば様が怒って去って行く瞬間、アルトさんの顔が一瞬歪んだのだ。
あれは、憎しみや怒りなどではない。
・・・恐怖。
そう思うと、しっくり来るような気がする。
アルトさんは私にもお礼を言って、少し疲れたからと言って布団に潜り込んでしまう。
私はその姿に何もいう事ができなくて、ただ「ゆっくり休んでください」と言って部屋を出るしかなかった。
2日後には何事もなかったかのように、家の前で待っていたアルトさんだったが、
私は、アマルおば様の姿に見せた表情と布団を頭まで被って横になる姿がまるで恐怖から身を守る姿に見えて、それが頭に残っていて一瞬どう接すればいいか分からなかった。




