金の鍵、銀の鍵、銅の鍵
眠り姫
小さい頃、寝る前に師匠が聞かせてくれた物語である。
悪い魔女に毒を盛られて眠りについたお姫様を王子様のキスで目覚めさせる。そういう物語だった。
僕は、冒険談の方が面白いと思ったけど、リース達はその話を気に入り師匠に何度も話して貰っていた。
お姫様はとても綺麗な人だと師匠は言っていたけど
こういう人の事を言うのかな?と思う程の人が目の前で眠っている。
「・・・・・・・」
とても、凄く綺麗な人なのだが、寝苦しいのか少し顔をしかめている。
何となく僕達についてこようと一生懸命に頑張っているヴォルやミンクの姿と被って見えて、無意識の内にその人の頭を撫でていた。
「・・・・・ぅん」
小さく呻き、気持ちの良い所を探しているのか自分で頭を微調整している姿をみて小さく笑いが漏れる
カシャッ
「・・・・・・今何をしたのですか」
「いえ、特には・・・ただ、この雰囲気を残そうと思いまして」
カメラという師匠達が作った物の音が聞こえたような気がしたけど、マイさん達は何も持っておらずただ傍に控えていた。
マイさん達がシェルムさんをメディカルチェック?と言うものをした時にかなり疲労が溜まっている事が分かった。
そこで、疲れを癒す効果があるお香を焚くのでご主人様もご一緒にと呼ばれたのだ。
今日出会ったばかりの女性が眠っている所に行くのは躊躇われたけど、またマイさんが暴走しないようと監視の意味も含めて一緒にいることにしたのだ。
・・・・・決して言い訳なんかじゃない
気まずくなってシェルムさんの頭から手を離し、コキさんが入れてくれた紅茶を飲もうとしたけどコップは空だった。
「すぐにお持ちします」
「いいですよ。美味しくて少し飲みすぎたぐらいです」
「恐縮です」
あの騒ぎから一時間近く時間が経っているが、シェルムさんは一向に目を覚まさない。
時折、魘されているような声を上げるのでその都度心配になる。
いい加減、帰りたい気持ちはあるがシェルムさんを一人置いてく訳にはいかず、
それ以前に、マイさんが鍵を渡してくれないのだ
「ご主人様をお待ちして早三十・・んっんん年・・・もう少し遊び・・もとい、お世話をさせて頂きたいのです!」
と、願望がただ漏れだったけど・・・
「・・・・・んぅ・・ん?」
そういう事を思い出していると、シェルムさんが目を覚ましたのかベッドから起き上がる音が聞こえてきた。
「お早う御座います、お嬢様。お加減は如何かがでしょうか?」
「え?あ、はい。大丈夫です・・・・それにいつもより身体が軽いような気がします」
シェルムさんが起きたと同時にマイさんが喜々して動こうとしたのを、コキさんが止めてシェルムさんに声を掛けていた。
僕は出来るだけシェルムさんを刺激しないように、床に蹲っているマイさんの様子を見ることにした。
「大丈夫ですか?」
「・・・おぉぉ・・子機さんに遅れを取るとは・・・ご主人様への好感度が・・・・」
「・・・・大丈夫そうですね」
何か悔しそうな声が聞こえてきたので、それ以上は関わらないようにした。
「ご主人様。お嬢様にご説明が済みましたのでこちらにいらして下さい」
「・・・分かりました」
床に文字を書き出したマイさんを眺めていたら、コキさんから呼ばれたのでその場を立ち去ろうとしたら
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・一緒に行きますか?」
「是非に!」
ズボンの裾を握って、上目遣いで見てくるマイさんに負けて一緒に行く事にした。
シェルムさんがマイさんの事を見て逃げ出さないか心配しながら・・・
「・・ひっ!」
・・・・無理でした
マイさんの姿を見たシェルムさんは、布団を胸元まで引き上げて身体を縮こませてしまった。
「あぁ~大丈夫ですよ?・・・多分。一応無害・・・ではなかったですが、今は落ち着いていますから・・・・いつ暴走するか分かりませんが・・・」
「もう!そこまで言われたらご主人様の期待に応えなくては!」
「お願いですからこれ以上掻き回さないで下さい」
「畏まりました」
「・・・・・・・・・」
急にピッシ!と畏まった姿になるので驚いてしまう。
シェルムさんも少し驚いた表情になっている
「・・・ところで、身体の調子はどうですか?二人の診断によれば、かなり疲労が溜まっていたという話でしたが」
「あ、はい・・大丈夫です・・・ところで、このお二人はアルトさんの知り合いですか?ここが幻想空間という場所だとはそちらの方にお聞きしたのですが・・・」
「そうみたいですね・・・僕も詳しくは分からないのですよ・・・・この二人は・・・この家を使う為には主人登録をしないとダメだったらしく・・・・止む終えず・・」
「む、失礼ですねご主人様は・・・こう見えて私は何でもできるパーフェクトスーパーメイドなのですよ?あ、因みに私のことはマイとお呼び下さい。そっちの小さい方はコキさんです。」
「・・大きい方が大変失礼しました。コキと言います。よろしくお願いします」
「あ、はい、よろしくお願いします」
どうやらシェルムさんの体調は良いらしくすぐにベッドに腰掛けて、コキさんが淹れた紅茶を飲んでホッと息を吐いていた。
「・・・それで、どうやってここから出られるのでしょうか?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
シェルムさんに転移魔法で飛ばされてからの事を僕の口から説明して(着替え騒動の話の時にはお互い気まずかったけど・・・)何やら考えていたシェルムさんが言った言葉がそれだった。
その言葉に、僕とコキさんが一斉にマイさんを見ると
「ふっふふ!この時を待っていました!恥ずかしいので年の事は言いませんが、待ちに待ったご主人様!ついにこれを見せる事が出来るのです!」
そう自慢げに何処からか取り出したのは、金と銀と銅の三種類の鍵だった。
そして、金の鍵を僕に手渡してきた。
「こちらがマスターキーとなります。私どもの命令権やここの空間の保有者である証でもあります。本来であれば私を作られた方が持っているべき物なのですが・・・・私を放置していた人なのでもういいです。登録書にもご主人様の名前を書いて頂いたので大丈夫でしょう・・・そしてこれを貴女様に」
さらりと凄く重要な物を簡単に手渡されたのに驚いていると、銀の鍵をシェルムさんに渡していた
「こちらはサブキーとなっています。私どもの命令権以外はマスターキーと同様の権限があります。この空間への出入りの制限などを行う事ができます」
「・・・何故私に?」
「色々なお詫びの意味を込めて・・というのもありますが、何か色々大変な事になっているみたいですので・・・避難所ではないですが、ゆっくりしたい時などにも使われたらと思いまして」
「・・・・・有り難く受け取らせて頂きます」
何やら気難しい表情になったシェルムさんと笑顔のマイさんが一瞬見つめ合ったような気がしたけど、シェルムさんはお礼を言って銀の鍵を大事そうにポケットに入れていた。
「そして、最後にこの銅の鍵なのですが・・・・なんと複製できます」
そう言ってマイさんが手を振ると、銅の鍵が一本から二本・・・三本に増えた。
「ご主人様や・・・・・はっ!貴女様の登録がまだでした!私としたことが登録していない人にサブキーを渡してしまうとは・・・・」
「え?ええ?」
マイさんは何処からかあの黒い本を出して、シェルムさんに迫っていた。
シェルムさんは驚いて、僕の方を見てくるがあの勢いは誰にも止まらないと思い首を横に振った。
「登録にしますか?登録をしましょう!登録して下さい!」
「あ、あの!」
「登録しましょう!登録すべきでしょ!登録しますか!?じゃないと・・・恥ずかしい画像が・・」
「いやぁぁぁ!何で撮っているのですか!?」
「綺麗だからです!・・・それに恥ずかしがっている姿もとってもラブリーですので」
「・・・情報共有・・・む・・・」
今まで黙っていたコキさんが何やらしだして、自分の身体をペタペタと触って少し落ち込んだ表情になってしまった。
「分かりましたから!登録しますからその画像を消して下さい!」
「なんと!?それは勿体無い!これを消すとか、世界中の芸術家の人達が泣きますよ!」
「では、登録しません!」
マイさんは何だかんだでシェルムさんの事が気に入ったのだ。だから、サブキーを渡していつでも会えるようにしたかったのだろうけど方法が拙かった。
マイさんは一瞬動作を止めて落ち込んだように僕の方を振り向いた
「・・・・私のおも・・いえ、第二のマスターの為に」
「今、玩具と言おうとした?」
「第・二・の!マスターの為に、涙を飲む事にしましょう・・・ですが、どうしましょう・・この身体と空間は既にご主人様の物・・・如何に私どもの個人のデーターだからと言って勝手に消去する事はできません・・・なので」
お芝居のように大袈裟に動きながら僕の目の前にきたマイさんを見て僕は嫌な気にしかなれなかった。
この雰囲気は、師匠が何か悪戯をしようとしている雰囲気とそっくりなのだ。
「一枚ずつご主人様に確認して貰ってから、ご主人様が要らないと判断したのを消去することになります・・・良いですかご主人様?この一枚目は寝苦しそうにしている画像ですが、うなじの所に微かに汗をかいていて少し色っぽいと思いませんか?」
マイさんが手の平を出すとそこには、シェルムさんを最初ベッドに運んだ時の画像が映し出されて、確かにマイさんがいう通りに少し色っぽい感じがした。
「なにしているのですか!?と、登録します!いえ、登録させてください!だからもう止めてください!」
「では、こちらに名前と少し血を垂らしてください」
くるりと何もなかったかのように黒い本を手渡しているマイさんにシェルムさんは疲れた表情で名前を書いている。
シェルムさんは何故かチラリと僕の方を見たが、名前を書いて自分で持っていた護身用の剣で指に傷をつけて血を垂らした。
そして、マイさんが治療をしようとする前に治癒魔法で治してしまった。
小さな傷と言っても、すぐに治せるものではない。
それを、いとも簡単にしてしまったシェルムさんの実力に驚いてしまった。
「なる程、流石・・ですね・・・・登録完了。シェルム・・・様を第二マスターに登録しました。では、説明に戻りますが」
シェルムさんの名前の所で小さな声になった事が少し気になったけど、マイさんがまた銅の鍵を取り出したのでその説明を聞くことにする
「先程も言いましたが、この銅の鍵は複製する事ができます。ご主人様やシェルム様が認めた方に渡して頂けるとその方でもこの空間の行き来する事ができます。それと同時にこちらの白い本に名前が記載されるので、使わなくなったり、拒否する場合はこちらの名前を消して頂けると、その方に渡された鍵は消えますので覚えておいて下さい」
「僕達はここに来た時は、罠の転移魔法で飛ばされて来たけど?」
「ご主人様達が来るまでは、誰でもウェルカムモードだったので、ご主人様登録をした今後はその罠も発動しなくなります。唯一の出入りは、この三つの鍵の所有者だけとなります」
「・・・分かりました。それで、出入りの方法はどうすれば?」
僕は渡された金色の鍵を見るが、鍵の形をしているから何処かの扉に差し込むのかと考える。
「特に何もする必要はありません。鍵を持っている人が”扉”を想像すればその想像通りの扉が出現しますのでそれを潜ればこちらに来れます。帰り方も一緒ですね。ですが、気をつけて下さい。鍵を持っていない人でもその扉を潜ってこの空間に入り込む事は可能ですので、出来れば人目につかない所でお使い下さい。」
「分かりました」
マイさんの説明を聞いて、取り敢えず普通のサイズの扉をイメージしてみる。
「なる程」
すると、目の前に金色に光る扉が現れた。
「・・・・結構派手なんですけど・・」
「私の方は銀色でした・・・」
多分、鍵の色で扉の色も決まっているのだろうけど、あまりにも派手すぎる
「良いと思うのですけど・・・・扉の色もイメージするとその通りになりますよ・・・後、こちらへ来られる時は別に良いのですけど、帰られる時は出口の所をイメージしないと空間が繋がりませんので注意して下さい」
試しに目の前の扉を開けて見るが、ただ向こう側が見えるだけだった。
多分、出口を想像していないから空間が繋がっていないのだろう。
「・・・シェルムさん。申し訳ないのだけど、まだ僕は荷物を受け取っていないから、学園の中の何処かに帰りたいのだけど・・・」
「分かりました。帰りは私の扉で帰ることにしましょう」
出口を想像できるほど、まだ学園に詳しくないので、出口を繋げるのをシェルムさんに頼むことにした。
「・・・もう、お帰りになるのですか?」
何となく寂しそうな雰囲気になった二人を見て、シェルムさんと顔を見合わせて少し笑ってしまった。
マイさんは突拍子な行動も多く、迷惑に思うこともあったけど何故か憎めないし、凄く明るく、皆を楽しませようとする気が凄く感じる事ができた。
コキさんはあまり自分から話をするタイプではないけど、気遣いがとても上手く、痒い所に手が届くという訳ではないが、とてもリラックスして接することができた。
「また、来ますよ」
「また、来ても宜しいでしょうか?」
「是非に!またのお越しを心よりお待ち申し上げます」
しっかりとしたお辞儀をした二人に見送られてやっと学園に帰る事ができた。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
手には金色の鍵が握られていて、さっきまでの事は夢や幻ではないことが分かった。
今度は皆で遊びに行こうと決心したけど
「・・・・・少し疲れました」
「・・・ですね」
元気すぎるメイドさんを思い出して二人して笑ってしまった。
おまけ
「今日は、シェルムと一緒じゃないのね」
「リース達か・・・」
「・・・元気がないわね?どうかしたの?」
「いや、ちょっと色々考える事があってね・・・」
「そう・・・それでシェルムと別行動しているわけ?」
「なんでも、明日から来る編入生を案内するそうだ。先生達から頼まれもしないのに・・・」
「珍しいわね。あの子が自分から動くなんて・・・何か感じたのかしら?」
「・・・その含み笑いの事を教えて欲しいものだが」
「・・・明日になれば分かる」
「そうだな・・・明日になれば私達の立場というものを理解してしまう。その編入生だって明日になれば、今日案内してくれた人が聖女の娘と知ったら・・・」
「だから、何も知らない状態の編入生にアプローチを掛けるの?聖女の娘としてではなくて、唯のシェルムとして接するために?」
「どうだろうか・・・私の勝手な想像だけどね」
「まぁあながち間違ってはいないかもしれないね」
「シェルムさんが有名なのは、聖女様の娘というだけじゃないと思いますけど・・」
「ですね。あの容姿に献身的な性格。仕草一つ一つが絵になっているというか・・・」
「・・・まるで、何かを演じているよう」
「・・・それ以上は言わないでくれ・・・私達には立場と云うものがある」
「立場・・・ね」
「君達にも己の立場があるだろ?何でそんなにいつも笑っていられるのだ」
「立場を理解しているから、かな?」
「前にも聞いたが、意味が分からない」
「私達もずっと前にある人に教えて貰った事ですので」
「これだけは、言葉で聞いても自分で理解しないとどうにもならないのよ」
「・・・・・・・」
「そんなに難しい顔をしなくても良いと思うけど・・・」
「・・・多分大丈夫・・ファミルもシェルムもすぐに笑えるようになる」
「そんな簡単に・・・」
「ま、取り敢えずは明日になればファミルも分かるわよ」
「君たちの知り合いか?その編入生は」
「正解よ。でも、どんな人なのかはファミルが自分で確認して」
「・・・その人が君達を救ってくれたのか?」
「・・・・・・」
「それも自分で確認しろってことか・・・」
「そんなに難しく考えなくていいわよ。じゃないとちゃんと彼を見ることができないわよ?」
「そうすることにしよう」
「あ、皆さん一緒にいらしたのですね」
「シェルム!」
「ど、どうかされましたか?」
「い、いや・・何があった?」
「急に何を・・・いえ、まぁ色々ありましたが・・・何で気付いたの?」
「それは、シェルムさんの顔を見ればすぐに分かりますよ」
「・・・顔?」
「昨日までは死にそうな顔をしていたのに、憑き物が落ちたような・・昔の顔に戻っているわよ?」
「そうですか・・・・久しぶりにゆっくり眠れましたし・・・叫んだからでしょうか?」
「寝た!叫んだ!シェルムが?」
「・・・叫んだは別として寝た事が凄く気になる・・」
「ま、まさか!?」
「シェルム・・ちょっとこっちに来ましょうか?」
「あ、あの・・皆さんちょっと怖いのですが・・あ、それと、渡したい物があるのですけど・・」
「鍵?まぁ後で聞きましょう・・・それよりも!」
「え?ちょっと離して下さい!まだ私は!」
「先生から頼まれた仕事はないのでしょ?」
「そうですが・・・まだ彼の案内を・・」
「それならファミルに行って貰いましょう・・・ここで難しい顔しているよりはマシでしょうから」
「でも・・・」
「大丈夫です!その編入生ならあまり気にしないと思いますので!」
「え?彼と知り合いなのですか?」
「・・・急に聞く気になった」
「い、いえ、別にそういう訳ではなくてですね・・・」
「という訳だから、ファミル後お願いね」
「ま、待って下さい!・・・ファミル、彼は中庭にいますので・・・」
「・・・・・行ってしまった・・・・取り敢えず行ってみるか・・」




