暴走・・・決着
目の前に大きなドラゴンが倒れている。
遠くから見ると黒く見える鱗は、近くで見ると角度によって色が違って見えるそんな不思議な鱗をしていた。
このドラゴンは師匠の知り合いらしく、ヴォルの村の周辺を外敵から守っていた守護龍であった。
そんな絶対的な力を持っているドラゴンが息が途絶えそうに倒れていた。
ヴォルの村を襲った魔物と相討ちになったのだ。
「・・・・坊主。その腕に付いている物を作った奴を知っているか・・・」
「・・・知っています。僕の師匠です」
僕がそう言うとドラゴンは師匠がくれたミサンガを見ながら、少し驚いた様子だった。
「・・ならそいつに伝えろ・・・・奴らがまた騒ぎを起こしていると・・・」
「分かりました。必ず伝えます」
「それと・・・一つ頼みたい事がある・・・」
「・・・僕にできる事であれば」
ドラゴンは最後の力を振り絞るかのように頭を上げて、一緒に倒れていた魔物の肉を噛み切った。
「そっちの腕を出せ」
「こっちですか?」
僕はドラゴンが見ている、師匠から貰ったミサンガが着いている方の腕を差し出した。
その腕に噛み切った肉と血をボタボタと落として、最後に息を吹きかけた。
「・・・・私の娘の魂を一緒に連れて行って欲しい・・・この子は外の世界を見たがっていた・・・」
「・・・・・・・一緒に色んな所に連れて行く事を約束します」
「・・・感謝する」
そう言ってそのドラゴンは息を引き取った。
そのドラゴンと瓜二つの鱗を持った小さなドラゴンが目の前を飛んでいる。
その姿は見たことがあるもので、もう一生見れないものと思っていた姿だった。
ヴォルの村周辺の守護龍であったあのドラゴンの子供。
何かの原因で魔物化してしまい、母親のドラゴンと相討ちになった子供のドラゴンであった。
ドラゴンの名前は人の言葉にすると発音が難しく、僕達が聞き取れた中の言葉で”チッタ”と呼んでいたドラゴンが僕を心配しそうに見ていた。
「大丈夫ですか、我が主?」
「・・・・チッタ・・君なのかい?」
「そうであって、そうでもない存在ですよ。主が”チッタ”と呼んでくれた記憶は持っていますが、存在其の物は全く違うモノです」
「一体何がどうなっているんだい?」
「その質問はあの人が答えてくれると思いますが、まずはこの状況を抜け出しましょう」
そう言って、チッタ(?)は僕の襟首を加えて、そのまま放り投げた
「なんで!?」
「・・・すみません。倒れている人を動かすにはこうするしかなくて・・」
「・・・誰ですか?」
「主が先程から”チッタ”と言っている存在ですよ」
放り投げられて地面にぶつかりそうになっていた僕を優しく抱きしめてくれたのはフリルの沢山付いた服を着ている可愛らしい少女であった。
「・・・・・師匠・・・何してるんですか・・・」
よく分からないけど、死んだと思っていたドラゴンが蘇り、それが人の姿になって、僕を主呼ばわりする。
絶対に師匠が何かしたのだ。
「ところで、なんで僕は抱き抱えられたままで、なんの攻撃から逃げているのでしょうか?」
因みに、今の僕の姿はあまり言いたくないが、お姫様だっこをされています。
僕よりも小さく、華奢に見える少女に・・・
「主の魔力残量が少ない事とこの攻撃を主自身が避けれないと判断したからです。因みに、この攻撃はあちらに立っている白い鎧からのものです。」
「・・・もう何が何だか・・・って雷魔法!」
チッタが促す先には白い鎧が立っていて、その周りを雷の玉が浮かんでいそれらが次々とこちらに飛んできている
雷魔法が使えるのは、僕が知っているだけで師匠と彼の二人だけ
師匠の傍であの白い鎧は見たことがないので、彼の可能性が高い。
「あれも私と同じ存在です」
確実に彼であった。
「主の攻撃に対してあの人が強制的に私達を目覚めさせた為、暴走してしまっています」
「なんでチッタは暴走しないで済んだの?」
「私は主を守る為に産まれて、彼は外敵を排除する為に産まれた為だと思います。誰かを守る為には暴走する訳にはいかないですからね」
「中の人は・・・・」
「・・・大丈夫です。中から何とかしようとしているようですが・・・・制御しきれていません」
チッタに抱き抱えられながら左腕を確認すると、ミサンガが無くなっていた。
左腕に着いていたミサンガが無くなっている事は、勝負はどっちにしろ着いている事だ。
なら、やる事は決まっている。
「暴走を抑える為にはどうすれば良い?」
「・・・言うと思いましたが、賛成できません。このまま逃げ回っていればあの人が介入してきます。それで終わるのです」
「確かに、今の僕じゃ魔力もないし、チッタがいないとこの攻撃も躱す事ができないと思う。けど・・・」
魔力もない、攻撃を躱す事もできない。チッタが言うようにこのまま逃げていれば師匠が介入してどうにかしてくれるとは思う。
けど
けれど、それじゃぁダメなのだ。
今まで戦っていた相手だけど
決して好きじゃない相手だけど
同じ師匠の弟子なのだ。
しかも、暴走に身を任せている訳ではなく、必死に抑えようとしている相手をみて何もしない事は許されない。
自分に何が出来るのか分からないけど、多分師匠ならこう言うのだ
「できるだろ?俺の弟子なんだから」
と、なら
「それでも、やるしかない!」
「・・・・分かりました。方法は一つしかありません。殴って直す。これしかありません」
「結構シンプルだね」
「はい。あの白い鎧も私と同じ存在なので意思を持っています。今はその意志より先に緊急行動を取ってしまっている状態なので、その意思を殴って目覚めさせれば良いのです」
撃ち続けている雷魔法を避けて、殴る。
行動的には簡単なものだが、今の僕ではその身体能力がない。
「今の主の状態では、近づく事さえ困難なので・・・・こちらも鎧化をします」
「・・・チッタも鎧になれるの!?」
「お恥ずかしいことですが・・・」
「・・・恥ずかしいんだ・・・」
死んだ筈のモノが蘇って、人の姿になれて、鎧にもなれる・・・しかも、鎧の姿は恥ずかしいらしい・・・
色々ゴチャゴチャになりそうだけど
「取り敢えず、少しでも可能性があるならしてみよう」
「了解しました。ですが、少し問題があります。私が鎧化して主と同化すると主の身体能力は飛躍的に向上します。主の言葉を借りると特別な人と同様になれます。」
「あ、分かった・・・」
「多分、考えた通りだと思います。主の身体を無理やり底上げするので体に掛かる負担がかなり大きくなります。」
予想通りだった。
師匠達と同じ身体能力を手に入れる事ができるという事は、筋肉や骨、神経や反射、それらを処理している脳までそのレベルまで底上げしないといけない。
単純に、十の容量しかない僕に百の水を無理やり入れないといけないということだ。
そして、問題はそれだけではなくて
「初めての鎧化ということも含めて、維持できる時間は約・・・・三歩です」
「三歩!?三分じゃなくて!?」
その容量をどれくらい維持できるかだったのだけど・・・
「・・まさか三歩だけとか・・・」
それだけ、今の僕と師匠達がいる場所は離れているという事なのだけど・・・
「なので、鎧化が維持できる距離までこのまま近づきます。出来るだけ避けるつもりですが、少し当たるかもしれません」
「それで構わないよ。それと、僕を守る為だからと言って必要以上に僕を庇うのは止めること」
「しかし、それは・・・・」
「あの白い鎧を止める為には、君の力が必要なんだ。その君が必要以上にダメージを受けたらどうなるか分からないだろ?」
今も話をしながら避けてはいるが、少しずつ危ない場面も多くなってきている。
その度にチッタは無理やり体の向きを変えようとして、何発か攻撃が掠っている。
「確かに、僕があの攻撃を生身で受けたら只では済まないと思うけど・・・・僕だって色々修羅場は潜ってきているからね?」
「・・・・・分かりました」
渋々チッタは納得して・・・いない表情で頷いた。
それでも、僕の意思が変わらない事を知っているのか、表情を引き締めて僕を抱える腕に力を入れた。
「・・・では、行きます!」
「っぅ!」
飛んできていた魔法を避けた瞬間に、チッタはスピードを上げて白い鎧に向かって飛び込んでいく。
急激な早さに身体がついて行かず、少し息苦しいが我慢する。
「・・・っ!」
チッタの動きが変わったのが分かり、白い鎧から飛んでくる魔法の数と速さが鋭くなった。
チッタは一瞬動きが止まったが、僕が体を軽く叩く事で意を決して飛び込んで行った。
「ぐっ!」
「はっ!」
何発かチッタや僕に当たりながらも徐々に近づく事ができた。
そして、後数メートルという所で白い鎧の周りにある待機している魔法の数が急激に増えた。
「・・・いくら何でもこれは・・・」
空から降ってくる雨を避けられますか?というぐらいだ。
「・・・失礼します!」
「え?」
意を決したようなチッタの声と同時に手を引かれて、そのまま回され・・・・投げられた!
「それしかないかも知れないけど!せめて相談を!!!」
「すみません!お叱りは後ほど!」
要するに、その魔法が発射される前に止めてしまおうという事だ。
「こうなればそのまま!・・・・来い!」
「・・・鎧化・・・開始します」
飛びながらチッタの方に手を伸ばしながら声をかけると、チッタの姿が徐々に黒い粒になり、そのまま体に纏わりついてきた
「・・・魔力が少なく姿が安定しません・・・要所のみ部分変化します・・・」
そんな声が聞こえたが、地面にぶつかりそうになり足を一歩踏み出した。
「変化部分”脚”・・と同時に加速補助始動・・・鎧化維持残り二歩です」
踏み出した足に黒い粒が集まり、鎧の姿になった。
そのまま踏み込むと世界が一瞬止まったような感じがして、踏み込む強さ、方向が頭の中に入り込んでくる。
これが、師匠達が普段いる世界。
今の僕が辿り着けない領域。
この光景をいつか自分の力だけで辿り着く事を、心に刻んで足を踏み込む
「・・・思考加速開始・・・脳にかなりの負荷が掛かっています・・・攻撃きます・・避けて下さい」
「よ・・避けますとも!・・・いや無理!そのまま突っ込む!」
白い鎧が待機させていた魔法が一斉に発射されたのを、無理やり加速している思考で確認できた。
チッタはそれを避けろと言うが、そうすると残り二歩で辿り着く事ができない。
「・・・作戦修正・・・”脚”強化・・・二歩目と同時に足の鎧化解除・・・・それと同時に右腕に集中強化開始します・・・・脚強化したので二歩目で辿り着いて下さい」
踏み込みと言うか、半分地面を飛んでいるような感覚で二歩目を踏み込むと、一歩目よりも加速がついてそれと同時足の鎧がなくなった。
「後は殴るだけ!」
黒い粒が右腕に集まるのを感じて、もう目の前に迫った白い鎧目掛けて振りかぶる
「GYUOOOO!」
白い鎧は背中から白い翼を出して避けようとするが、ガクガクと動きが悪い。
「中の彼が抵抗しているようです」
「・・・流石ですね」
チッタが言うように、彼が最後まで諦めないで抵抗しているのだろう。
チッタと鎧化してわかったが、これは僕達人が何とかできるものじゃない。
それを何とか抵抗している彼の実力に素直に凄いと思った。
「目を覚ませ!」
「GYAAAAAA!」
振りかぶった右腕をそのまま鎧の頭部に振り下ろした。
眩しい光と衝撃で吹き飛ばされながら、どうなったか確認したが
「・・・・頑丈すぎる」
少し殴られた痕があるが、こちらを見ながらまた魔法を待機させている白い鎧の姿があった。
「・・・鎧化・・解除します・・・・周囲の魔力を強制収容・・・顕現維持します・・・」
体に纏わりついていた黒い粒が離れて、人型のチッタの姿になった。
「・・・・服が薄く、短くなってませんか・・・」
着地の寸前にまたしても抱き抱えられたら、色々気になる事に気付いてしまった。
具体的は、肌があまり見えなかった服が露出部分が多くなったり、触れる身体の暖かさが前より感じられたりだ
「物質変換用の魔力が足りないので節約です。それより、作戦は失敗しました。魔力残量がないので先程みたいに逃げ回ることすら困難となりました。」
「チッタが悪い訳じゃない・・・僕の実力不足だよ」
「・・せめて主の盾になることをお許し下さい」
「最後まで諦めちゃダメだよ・・・二人で最後まで足掻こう」
チッタに降ろして貰い、フラフラする体を抑えて近くに落ちていた木の棒を拾う。
チッタは僕の体を支えるように隣に立って、白い鎧の周りに待機している先程よりも多い魔法を睨みつけている
「GYUIIIII!」
鎧の金切り声と同時にその魔法が一斉に放たれた
「ほい、もう終わりだぞ」
その言葉と同時に本当に・・・本当に呆気なく、その魔法が一斉に消えた。
そして
「取り敢えず、お前も眠っとけ」
その言葉と同時に白い鎧が粒となり空へ消え、中から彼が気絶したまま倒れてきた。
「・・・師匠・・・なにしてたんですか・・・」
「いやな?望の奴が魔力封じの鎖なんか出しやがってな?助けたくても、助けられない状況だったんだよ。望は気絶して使い物にならなかったし・・・」
「・・はぁ・・・それも師匠が何かしようとしたんじゃないですか?」
「ぎくっ!」
「ぎくっ!って・・・・まぁそれでも有難う御座いました。あのままだったら多分死んでましたよ・・」
「おうっ!お前らは俺の弟子だからな。助けるのは当たり前だ」
そう言って笑う師匠の顔を見ながら僕も彼の後を追うように気絶をするのだった。
おまけ
「・・・魔力残量なし・・・顕現維持できません・・・主への驚異はなし・・・待機モードに入ります・・」
「まさか、あいつの子供の魂がコアになるとはなぁ」
「通常モードに移行したら取り敢えず殴りますので覚悟しておいて下さい」
「物騒だなおい!」
「私はあの中でずっと見ていました。貴方に弁解の余地はありません」
「随分と一方的だな!って消えてるし!」
「・・・そうだお前に弁解の余地はない」
「・・・・・望さん・・・何で肩をそんなに強く握っているのでしょうか?肩がミシミシ言って痛いのですが?」
「それはお前が逃げないようにしているからだよ」
「・・・望さん・・・何でか檻の中にいた皆様がこちらを睨んでいるのですが・・・」
「それはお前を逃がさないように目を光らせている為だろ」
「・・望さん・・・その皆様が徐々にこちらに近づいているのですが・・・」
「それはお前に用事があるからだろ」
「望さん・・・その用事は武器を持たないといけない類なのですか?」
「武器を持たないとお前を殺れないからだろ」
「・・・・・・・・・望さん・・・逃げても良いですか?」
「ダメに決まっているでしょ!お父様は一体何をしているのですか!」
「今回は俺の所為じゃなくね!?アルトが自爆覚悟で特攻して、アイツ等を守る為に守護精霊を強制起動させたら暴走しただけじゃないか!それに、助けに入るのが遅かったのは望の奴が封縛の鎖なんか使うからだし・・・」
「ぐっ・・それは、お前が逃げようとするから・・」
「そもそも、何でお父様は逃げようとしたのですか?」
「アルトが危ない場面になるとお・れ・に殺気を飛ばしてくる人達が沢山いたからね~」
「それは・・・」
「それにあの守護精霊はずっと俺がくれたミサンガの中にいたんだよ。ミサンガが壊れたらすぐに顕現できるようにしていたからな・・・だからアルトがこの二年間どんな気持ちで旅をしていたのかが分かっているんだよ。アルトがどんなにピンチになってもミサンガが壊れないと出れないようになっていたからな・・さっき気付いたけど」
「今なんて?」
「だから、あいつの守護精霊が出たら何かあるだろうと思って逃げようとしたんだよ!お前らも見たと思うが、あの守護精霊はこの世界にいる上級精霊以上の力を持っているからな。俺もあいつらが全力で向かってくれば只では済まないぞ?」
「お父様は一回痛い目に遭えば良いのです」
「娘のその言葉に一番傷ついているのですが?・・・それよりも良いのか?」
「何がですか?」
「俺にばかり構っているとアルトが取られるぞ?・・・今もなんか膝枕のやり合いをしているみたいだが?」
「ッ!何で早く言わないのですか!」
「お前が俺の所に来た瞬間に進路を変えたからなあいつら・・・中々の策士がいるな」
「マリル!貴女ですか!」
「そこで迷わず私の名前を出すのは何でかしらね?・・・間違ってはいないけど・・」
「そのマリルが何でそこで転がっているんだ?」
「・・・私は戦士系ではないのです・・・」
「要するに弾き飛ばされたと」
「・・・・もう少し身体・・・鍛えようかしら・・」
「頑張れ。それで、お前は行かないのか?」
「行きたいのは山々だったのですが・・・もう決着が着いたようですので・・・」
「・・・勝者は、幼女と少年か・・・・あれには勝てないだろ・・・」




