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(141)機岩鉄 ~狂乱(仮)と暴虐~

 機岩鉄の名前の初出は(80)うねうね です。

 二年半近く前w 伏線の回収が漸く完了ですね♪

 最近の冒険者協会では、良くこんな会話が交わされている。


「最近、ディジーリアとかいうのが調子になってるらしいですぜ? 締めておきましょうかい?」

「はぁ? そう言えば、最近名前を憶える気にもならん糞馬鹿が、ねたで見せた頭の糞悪い馬鹿みたいな技を俺の代表的な技だと喧伝して調子に乗ってるらしいな。絞めておくか?」


 それまで協会の顔と言っても良かった破門衆達が孤高の道を行き始めたのも有るが、それが無くても王都の協会に二人もランクB冒険者が所属している状態だ。

 片や多くの時間を協会の待機場所で過ごしている、見るからに凄腕の男。

 片や極稀にしか協会へは来ないが、裏では派手に動いているらしい見た目は唯の少女。

 腕力を恃みに生きて来た冒険者が、何方を目指すべき姿と捉えるのかなど、議論にもならない。


 しかし、それで単に立ち居振る舞いを手本とするのでは無く、選ばなかった相手を貶めるのはどうだろう?

 実際にアブレオス自身不快を顕わに示していたが、阿っている様に見せてその実自分の主張を押し通す為にアブレオスを利用している者らは、その行動を革める事も無く貼り付いた様な薄笑いを浮かべながら、変わらず同じ言葉を繰り返した。


 勿論、そんな冒険者は一部の者だけだが、声が大きいと目立つものである。


「あー、鬱陶しい! 何だ彼奴らは! ぶっ殺せばいいのか!?」


 取り巻きを気取って不興を買う馬鹿者達を、アブレオスが追い払った後に愚痴るのを聞いて、酒場のマスターも困り顔で宥める言葉も出て来ない。


「あー……どうしたもんかねぇ……」

「教育的指導くらいならば赦されるのでは無いか? 馬鹿共にはいい薬だ」


 寧ろ嗾ける様な言葉が口を突いたマスターに、アブレオスは何故か呆れた視線を向ける。


「あんたまでそういう事を言うのなら、成る程此奴らが何も分かって無くても仕方ねぇか。

 おい、お前らも聞き耳立てているならしっかり聞いておけよ!

 この辺りの言い回しかも知れんが、ランクが三つ違えば赤児と大人の違いが有るってぇのは、中々上手い表現だ。俺の感覚としてもそんなもんだろ。

 で、大人が赤児をあしらうのと同じ程度に、赤児があしらえるのは何だ? 仔鼠でもまだ活きが良過ぎる。死に懸けの仔鼠で漸く同じというところだな。

 つまりランクが六違うと言うのは、大人と死に懸けの仔鼠の違いだ。

 そんな死に懸けの仔鼠に、何の因果か俺は最近付き纏われながら気持ちの悪い言葉を延々と投げ掛けられている訳だ。

 ――なぁ、俺は結構、今の生活を気に入ってるんだぜ? 俺の気や魔力に触れただけでも死に懸けの仔鼠ならそのまま死んじまうだろうからと、態々こっちが気配を抑えて気も向けない様にしているのに、人の神経を逆撫でするちょっかいを出してくるってのはどうよ? 俺だって偶には箍を緩めたいと思うが――それをするとこの悠々とした一時ってのが終わるから我慢なんて似合わない事をしている訳だ。

 いや、上級だとか特級だとかから敵意を向けられる事も無く、上の実力を勘違いしたままだったなら舐めた態度も取れるのだろうが、だが考えて見やがれ、お前らがそうやっていい様に持ち上げている俺が、そのまま利用されるのを良しとする奴かどうかをな」

「お優しい事だが、流石に殺しは咎められるぞ?」

「あ? ――殺さず無力化する技なんざ、特級なら大抵の奴らが持ってるもんだぜ。まぁ、正気を喪くして意味の有る言葉が喋れなくなったとしても、息をしていれば生きてるって奴だがな」

「怖い話だ」

「街の外でなら事故で済ませられるんだがなぁ」

「くく、此奴らはお主の行く様な場所には行かんよ。月に数日“門”へ行って暴れてくるだけで冒険者の気分に浸っている様な奴らだ」

「……何処が冒険してるんだ?」

「しとりゃせんよ。“門”が無ければ食い倦ねている輩だ。他の真面な冒険者が何をしているのか気にも掛けず、今日だって機岩鉄の討伐を見に行く素振りも見せん。本物の技を見ていれば、お巫山戯の技もそれと分かろうがな」

「……詰まらん。

 が、俺は警告はしたぜ?」

「ああ、成る程そういう事だったか。珍しく饒舌なのは何事かと思ったぞ。

 ――聞いたな? 今の言葉は、次は警告無しで処罰するという意味だぞ?

 お前達なら舐めた態度を取る新人を警告無しで殴り飛ばすだろうが、警告して貰えただけ有り難いと思え」

「…………ふん」

「ん、どうした?」

「いーや、まさか俺がおべっかを使う馬鹿共に煩わされる事になるとはってな。陽気にやっているだけに見えた奴らも、それだけでは無かった訳だ」

「いや、言っては悪いが此奴らはそういう楽しくやっている奴らとは全然違うぞ? そういうのは何処か暑苦しい熱血な性質を持った奴らだが、此奴らは怠惰と欺瞞塗れにお主を利用しようとしているだけだ。お主には何処か退廃的な雰囲気が有るのを、お仲間だと勘違いしているのだろう。

 姿を見掛けないと思ったら、しっかりと上位種の素材を持ち込んで来る。そして探索先で窮地に陥っていた冒険者を見掛けたなら、きっちりと助けて面倒を見る。途轍も無く腕は立つらしいが、それを吹聴する事も無い。

 本当にお主を尊敬しているとでも言うのなら、同じ事を始めても良さそうな物を、昼日中から酒場に屯して仕事をせず、新人と見ればいびるか恫喝するかで、口から出るのは大言壮語ばかりと、お主とは真逆の奴らよ。

 ……まぁ、熱血な奴らも居たが、そいつらはそいつらでおかしくなってしまったがな」

「あー、勢いで生きている奴らは、行き先がずれても突っ走っちまうかもな」

「正しくそれだ。此奴らと違って馬鹿をやっても愚か者では無かったのだがな」


 媚びた笑みを浮かべた冒険者達に視線を向けていても、口を差し挟む事を許さず酒場のマスターと会話を続けていたアブレオスだったが、マスターが溜め息を吐いたそのタイミングで少し会話に間が空いた。

 それをどう捉えたのか、冒険者の一人が割って入る。


「ああ!? ガイスロンドの野郎と俺らにそんな差が有る物かよ! 大体旦那も機岩鉄を見に行ってなぞいねぇじゃねぇか!!」


 その言葉を聞いたアブレオスは、それこそ死に懸けの鼠でも見る様にその冒険者を見ながら言った。


「ランク十二の普通の奴でも、感覚が鋭ければ、見えて無くても同じ部屋に居る奴が何をしているかくらい気配で分かるよな? そこから十二以上ランクが上なら、この程度の距離、普通に様子を窺うくらいは出来るんだぜ?

 俺は此処からでもちゃんと見てんだよ。

 もう始まってるな。初撃は……どうやら苦戦しているらしいが――」



 ~※~※~※~



 王都から北へ凡そ一日。約四十年前にこの地に現れた、森の中に不自然に拓かれた円形の広場が在る。

 その地面は硬い石で固められ、宝玉の様な物が規則的に配置されていた。

 宝玉は一年掛けて光を宿し、毎年冬の或る日に機岩鉄と呼ばれる怪物を召喚する。

 それが何時になるのかは、其処から一時間離れた場所に在る機岩鉄観測所から職員が出向き、宝玉の光を観察してほぼ正確な日時を割り出す事が出来ていた。


 鈍く与し易いが恐るべき耐久力を誇る鉄巨人。

 耐久力は低いが複数現れ素早い動きで翻弄する鉄円盤。

 トリッキーな動きで本体に近寄る事も儘ならない鉄大蜘蛛。

 一年毎に交替で現れるこれらを総称して機岩鉄と呼ばれている。

 上級やそこらでは手も足も出ない特級の怪物達だ。


 今年が出番の鉄巨人が出現したのは、もう直ぐ昼になる頃合いだ。

 宝玉から光の柱が立ち上り、光の柱がその径を広げながら消えた後に、忽然と鉄で出来た玩具の様な姿の巨人が現れた。


 王都の近くにそんな怪物が現れるとなれば、その仕組みは排除されるものだろう。

 しかし、石の土台を割る事は出来ても、謎の宝玉を砕く事は出来ても、それらは時間と共に修復され、何時の間にか再び機岩鉄が召喚される事となった。

 その修復を阻害しようとしたならば、場所を変えて召喚陣が出現した事より、現れた機岩鉄をその度に討伐した方がリスクが小さいと判断された。


 そして今では催しの少ない冬の娯楽となっている。



「おー、出やがった。三年前と同じだなぁ」

「やっぱでけぇわ。あんな鉄の塊をどうにかすると言われても、想像出来んぜ」

「今度の特級は剣士なんでしょ? 流石に分が悪か無いかね?」

「その時の為に支部長や隊長格の騎士が待機してるんだ。俺らはのんびり見物と洒落込もうぜ」


 高台となっている観測所には、王国各地からも上位の冒険者が新しい特級冒険者の御披露目を見物に来ており、それに加えて騎士達も待機していた。

 冒険者が二十人に満たない程度。騎士達も同数だ。

 更に遠眼鏡を構えた観測所の職人達に、何故か場違いな艶めかしい女性が一人。

 いや、場違いと言えば巨漢の冒険者協会長に肩車された、小柄な老婆もその一人だろう。


「ほうほう、いやこれは確かに凄いもんじゃのう」

「何を暢気な。最近はイルシアリム様からの飴玉の指名依頼でしか姿を見掛けんのに、無理をして来る事も無かろうに」

「ほ? 無理などしとらんぞい? 何故そんな話になっておる?」

「いや、寒くなったから出て来なくなったのでは無いのか?」

「は? ――ええい! 何じゃそれは、儂をそんな軟弱者と一緒にするで無いわ!

 協会に出向かん様になったのは、厭き――いや、目的を達したからじゃよ。うむうむ、人体の神秘を解き明かすという目的をな!」

「いや、今、厭きたと……まぁ、構わんか」


 珍しく冒険者協会に来たと思ったら、観測所に連れて行けと五月蠅いマッサージ屋を、渋々ながら連れて来た協会長だったが、来てしまえばそれはそれで茶飲み友達と駄弁るかの様に、その会話を楽しんでいた。


「しかし、お主が上級だったとは」

「ほ? 儂は上級なぞでは無いぞえ? いっひっひっ、初級や中級では無いとは言ったがの!」

「は? ……(たばか)ったのか!? ――いや、嘘は言ってないのか、糞!」

「うむうむ、冒険者で無ければ初級や中級と言われても、違うと言って嘘では無いのう」

「ああ、糞! 魔術が凄いと聞いて騙された! ――いや、魔術が凄いのが事実なら……」

「ほれ、そんな事より始まったぞ! しっかり解説せんか!」


 殆ど重さを感じない華奢なマッサージ屋が促すのを聞いて、溜め息を吐いた協会長は、一つ頭を振ってから声を張り上げた。


「良し、始まったな! 今年の機岩鉄、鉄巨人に相対しているのは新進気鋭のランクA、太陽剣のホルテバンだ。気を増幅して撃ち放つ技を得意としているらしい。

 とは言っても、鉄巨人に剣で立ち向かうのは無謀。その不利を覆すからこその力試しとも言えるが、騎士の出番が回ってくる可能性は高いぞ! 見物しているだけのつもりでも、流れ弾は飛んで来るから気を緩めるな!」


 片隅では何故か協会長の言葉に反発した女がもごもごと取り押さえられていたが、他の者達はそれぞれぴりっと気を引き締めた。


「今はまだ様子見だな。引き付ける事は出来ているが、ダメージらしいダメージが無い。鉄巨人の討伐は、衝撃を内部に通すか、打撃で歪みを蓄積させるかが定石だ。剣で切ったという話は聞かん。中枢はそれこそ芯に近い部分に在る事が分かっている。剣閃を通すのは並大抵では無い」

「ほうほう、同じ場所にばかり切り付けておるのはその為かの?」

「……眼が良いな。確かにずっと縦切りしかしていないのはその為か」

「儂は気刃なり魔刃なりの突きで貫いた方が良いと思うがのう?」

「そこはあれだ。そもそもが剣で両断したいと始めたのだから、拘りなのだろうな。

 ……まぁ、俺達の出番が回ってくるとすれば、ホルテバンが力尽きた後に成りそうだな。

 厄介な。救助に入るタイミングの見極めが厳しいぞ?」

「茶の用意は有るのかの?」

「馬鹿を言うな」


 引き締めた途端にだれた空気は、一刻(三十分)を過ぎても元に戻らず、半時(一時間)経つ頃には野次が飛ぶ様に成っていた。


「おーい、しっかりしろー!!」

「何時まで掛けるつもりだこらー!!」

「もう、日が暮れちまうぜー!!」


 因みに、まだ昼を回った直後である。

 騎士は流石に御行儀良くしていたが、それでも彼らならどう斃すかといった言葉が漏れ出ていた。


「のう、ガルッケンク。あれはそんなにも切れない物なのか?」

「ドリオン大隊長がそう思われるのも分かりますが、恐らく気刃と雖も刃の厚みが有る為に押し込めないのだろう。多少柔らかければ押し切れるが、鉄の塊ではな」

「ならばどうするのだ、巨人斬りよ」

「私なら……いや、私でも気刃を刃では無く巨大な棍棒として、殴り倒すかも知れんな」

「ふむ、相性か。難儀な物よな」


 しかしそんな騎士達の言葉に苦言を呈したのは、肩車のマッサージ屋。


「それは少し浅はかよな。楽な道に逃げては進歩は無いぞ?

 儂が使うのは魔刃じゃが、恐らく気刃でも似た様な事は出来よう。

 ああいうでか物を切る時はの、端から刃を入れるのではのうて、一旦魔刃なりを素通りさせて切断する予定の面を作ってから、其処を一気に割るんじゃよ」

「……それは本当か?」

「ひっひっひっ、先程お主らが言っておった通りじゃ。鉄の様に硬い物を切り分けようなどすれば、鉄の塊全体を歪ませる力が要るからのう。だからと言って厚みの無い刃で切ろうとしても、刃が通り過ぎた端からくっ付きおるわ。

 鉄の隙間に魔力を通すだけの制御力は必要じゃが、それが出来れば――この通り鉄の塊だろうと自由に切り離せるぞ?」


 何処からとも無くマッサージ屋が取り出した鉄の塊を、パコリと自由な断面で切り離すのを見て、協会長が突っ込みを入れる。


「おい……それは何処から取り出した? 初級でも中級でも上級でも無くて、結局は特級か!?」

「ほ? ひひひ、さて、どうじゃろうかのう?」


 のらりくらりとマッサージ屋が躱しながらの雑談も、更に半時が過ぎれば流石にげんなりとした空気が漂ってくる。

 そしてその内に、飽きが来た冒険者から、届かないと分かっていながらも機岩鉄へ向けて矢なり魔法なりが飛び始めた。


 それに吃驚して声を上げたのがマッサージ屋だった。


「え、横殴りしても構わないのですか?」


 協会長は、それが素の口調だと気付かなければならなかったのだろう。

 しかし自身もうんざりとし始めていた協会長は、気に留める事無く答えてしまう。


「……本来機岩鉄の討伐は、幾人も存在する新たな特級を披露し、王都の住人に安心して貰うのが目的だ。しかし一時(二時間)掛けてちまちま削っているのを見せられたなら、寧ろ心配に成り兼ねん。

 ――良し! 最早時間切れだ! 彼奴の拘りよりも王都の安心を取るぞ!

 ただし、まずはちょっかいを掛けるにしても、この場所から届かせてみよ!」

「「「「うぉおおおおお!!!!」」」」


 歓声を上げたのは冒険者達だけでは無く、騎士もその表情を笑顔に変えて雄叫びを上げた。

 そして唸りを上げて飛んで行く矢に投げ槍の数々。

 特級が出張って来ていない冒険者達では、流石に半分も届かない。

 しかしお祭り騒ぎの騎士達の中には、鉄巨人の頭に投げ槍を当てる者もそれなりに居た。


「ぉおお……おお!!」


 興奮した声を上げていたマッサージ屋が、その興奮のまま協会長の肩の上に立ち上がる。

 そして撃ち放つ。


「――魔弾!!」


 視界が白く染め上げられ、一瞬、轟音と暴風が駆け抜け、顔を覆っていた手を退けてハッと前を見れば宙を舞う鉄巨人の姿。

 遅れてゴォーンと鳴り響く轟音。


「ああーー!! お前! ディジー!! 姿を見掛けないと思ったら!!」

「く、ディジー訓練官!? いらっしゃったのですか!?」

「あー!! あの時の! 私のバンの邪魔をするなんてどういうつもり!?」


 それぞれ貴族の三男坊っぽい男と、騎士と、それから何故か居る一般人の女性からだ。

 協会長も確認の為にマッサージ屋を見上げたかったが、それをしても見えるのはローブの中身だけだろうと戒めて、しかし良く知っているその声に誰何の声を上げる。


「待て!? ディジーリア嬢か!? マッサージ屋がディジーリア嬢だったのか!? どういう事だ!?!?」


 しかし、混乱している協会長を余所に、変装の外れたディジーリアは金切り声を上げる女性へと目を留めていた。


「冬服で気が付きませんでしたけれど、どうしてここに柔らかさんが? ……!? まさか今年の挑戦者は――」


 心の奥底に沈めた筈の記憶を刺激されて、ディジーリアが慄然とした表情を浮かべた時、踏鞴を踏んだ鉄巨人に相対(あいたい)する森の中から、むくむくと膨れ上がりながら新たな巨人が姿を見せる。


「まさか、まさかのち○ち○バン!? その技ももしやち○ち○の技では無いでしょうね!?

 何と言う破廉恥な!! 赦せませんよ!!

 ――お仕置き魔弾!!!」


 突然出現した禿頭全裸の巨人の姿に、思わず思考の止まったその隙を突いて、今度は赤く輝く魔弾が、味方だと思われる筈の禿頭の巨人へと向かって撃ち放たれた。


「成敗!! ――って、ああーーー!!!!」


 禿頭の巨人は未だバランスを崩したままの鉄巨人の腕を取り、振り回す様にして迫り来る赤い魔弾にぶち当てる。

 そして宙に弾け飛んだ鉄巨人の両足を空中で掴み、振り上げた右足を逆様になった鉄巨人の股の間に振り落とした。

 轟音と地揺れ、しかし切れ込みはしっかりと入っていたのか、その踵落としの一撃で鉄巨人は真っ二つとなった姿を晒したのである。


「あーーー!!! 私の魔弾を利用しましたねぇええ!!!」

「ああ!! バン! バン! どうしてこんな子供に興奮して大きくなっちゃうのよバンンンン!!!」


 決着は一瞬。

 しかし、その場の混乱は暫く収まる事が無かったのである。



 ~※~※~※~



「くっくっくっくっくっ……」

「どうした? 何か動きがあったのか?」


 冒険者協会の待機所に在る酒場で、突然笑い出した男を酒場のマスターは呆れた視線で眺めていた。

 つい今し方まで、何も動きが無いと、腑甲斐無いと、愚痴ばかり溢していたのに、突然笑い出すのは何事かと思っても仕方が無い。


「いや、痺れを切らした見物人共が手を出し始めたらな、その中からかなりの威力の魔術が撃ち放たれて、機岩鉄をぶっ飛ばした。それに挑戦者の(やっこ)さんも焦ったのか知らんが奥の手を伐り出して来たんだが――くくく、なぁ、幾ら奥の手だと言っても、機岩鉄と同じ大きさまで巨大化する技ってそんなの有りか?

 くく、常識を語る事の愚かしさが知れるぜ」


 しかしマスター自身、その男アブレオスの言葉には、思わず耳を疑う事となった。

 尤も、何も知らぬ田舎者なら人が空を飛ぶ事さえ夢物語である事を考えれば、有り得ない話でも無いと思い返す。

 何より数時間もすれば見物に行っていた冒険者達が帰って来るのだから、ここでそんな法螺を吹く意味は無い。


「全く……特級とは奇想天外に過ぎるな」


 しかし流石にそう溢したマスターの顔は、微妙な表情をしていたのだった。


 そしてその後数時間も過ぎれば、案の定、脚の速い騎獣持ちの冒険者がぼちぼちと帰って来る。


「よお、マスター! 今年は大当たりだったぜ! いや、本当に初めは外れだと退屈してたんだけどな、今になっても何を見せ付けられたのか良く分からねぇ位の大当たりだ!」

「ふむ……巨大化したらしいな」

「およ? 俺が一番乗りだと思ったが、誰かもう帰って来たのか?」

「いや、特級の中でも感覚が鋭ければ、此処からでも様子を窺う事は出来るらしい」


 そう言ったマスターの視線を辿れば、暇潰しにと一度協会から出て、再び戻って来たアブレオスの姿が有る。


「……それは凄ぇな」

「とは言え、巨大化して斃したと言われても全く想像が出来ん。折角だから聞かせてはくれぬか? 一杯目は奢るぞ?」

「良し来た! いや、本当は呆気無さ過ぎて話せる事も少ないけどな!

 まず俺達が観測所に着いた時には――」


 多少勢いを削がれたと言っても、元より誰かに話したくて急いで帰って来たのだから、酒も奢りとなれば益々口の動きは滑らかになる。

 そんな冒険者が一人増え、二人増え、何かを話さずには居られない冒険者で待機所が埋まってくると、当然面白く無い人間も出て来る。


 彼らとは違い、機岩鉄の討伐を見に行きもせず酒場に屯していたゴブリンの様な冒険者達だ。


 ゴブリンは良く言い回しに用いられているが、この場合は数しか強みの無い鬱陶しい輩だろうか。今は機岩鉄見物帰りの冒険者達が盛り上がっているが、普段ならば無駄に声が大きく五月蠅く迷惑な冒険者として煙たがられていた。

 そのゴブリン冒険者が大人しいのに首を傾げる冒険者も居たが、目に入れなくて済むなら気にする事も無いと、居ないものとして扱われている。


 唯でさえアブレオスの話した内容を後押しする様な言葉が飛び交っているに加え、誰もゴブリン冒険者達の事を気にもしていない状況が彼らの中身が空っぽで肥大ばかりしたプライドを傷付ける。

 そして彼らは暴挙に出た。


 気怠げに依頼掲示板を眺めていたアブレオスにゴブリン冒険者の一人が近付いて行く。

 今は掲示板の周りに他の人影は無く、殆どの冒険者は待機所へと入っていた。

 そして、アブレオスもまた掲示板から目を離して待機所へ向かおうと振り返った時に、その後ろに回り込んだゴブリン冒険者の視線の先には、アブレオスのジャケットの背中に縦向きに着けられた罠口(ファスナー)が。


 それを確かめたゴブリン冒険者は、幼い男児が気になる女児のお下げを引っ張るかの様に、馬鹿な小動物が眠る獣にちょっかいを出すかの様に、丸で馴れ馴れしい振る舞いを出来るのは馴れ馴れしく振る舞う事を許されているからだと思い込みたいが如く、その罠口へと手を伸ばし――



 冒険者協会本部の受付嬢であるミジールカは、ふと依頼掲示板の前で尻餅を突いた冒険者を見て首を傾げた。

 あの冒険者は、言っては悪いが協会本部の冒険者にも受付嬢にも人気の無い鼻摘み者の一人だ。陸に働かず腕も悪いのに、いつも待機所に居て態度が悪い。

 そんな冒険者が新顔の凄腕にちょっかいを出そうとしていたのは目にしていたが、相手に成る筈が無いのでその時は気にも留めなかった。

 事実、アブレオスが数秒動きを止めた他は何事も無く、そのままアブレオスが待機所の酒場へ歩き去った後に、馬鹿な冒険者が尻餅を突いて残されていただけなのだから。


 尤もそれから一刻(三十分)は過ぎているから気に掛かったのだろうかと思いながらミジールカがその冒険者を見てみれば、初めは気付かなかったがその顔面に鷲掴みにされた様な痣が浮き出ていて、その表情にも初めの頃よりも寧ろ強く恐怖の相が浮かんでいる。

 アブレオス自身はあの時振り返りもしておらず、手だって軽く組んでいた筈なのに。


 でも、それの所為で気に掛かったのかと言われると、どうやらそれも違う様だ。

 そうミジールカは理解する。

 ミジールカの視線の先では、この半刻呼吸すら忘れたかの様にぴくりとも動かなかったその冒険者が、今更の様に息を荒げ、手を振り回して藻掻き始めていたからだ。


「ひはっ、ひはっ、ぐひゃ!? ぎひゃぁああああああああ!!!」


 そして到頭聞き苦しい叫び声がその喉から溢れ出す。

 恐怖の叫びはその後何をしても収まる事は無く、集まった冒険者達に殴り倒され気絶して漸くにして止まったのである。



 そんな依頼掲示板前の騒ぎが収まろうという時、酒場のマスターは平然と自前の酒を呷るアブレオスに問い掛ける。


「で、あれがお主の言う“殺さず無力化する技”か」

「あ? 警告はしたぜ?」

「責めとりゃせんよ。表向きお主に心酔している事になっているなら、これも教育の範疇で済むかも知れんしな」

「気色の悪い話だぜ」

「二つ名を付けるとするなら狂乱か?」

「うわ、やめてくれ。それだと俺が調子に乗って浮かれ騒いでいるみたいじゃねぇか。

 大体俺はおかしな奴を真面にしたんだから、その二つ名は当て嵌らねぇな」

「到底真面になった様には見えんが……?」

「何を言ってるんだ? 怖がらなければならない相手を、ちゃんと怖がれる様に成ったんだ。前とは較べれ物にならない程度には真面だぜ?」


 その時マスターとアブレオスの周りに居た冒険者はそれ程多い訳では無い。

 しかし数日を待たずその会話は広まって、誰からとも無く狂乱のアブレオスと呼ばれる様に成っていったのである。



 ~※~※~※~



 そしてその同じ頃、クアドリンジゥルの門では境界の外で観戦する観光客達が、呆けた様子で頭上遙かな“門”の壁面を見上げていた。

 その視線の先に居るのは、黒い革鎧に黒い帽子をした赤髪の少女だ。壁面に貼り付く様にして薬草らしき物を採取している。そしてその周りをマディラ・ナイトの残骸が、半球を描く様に凄まじい勢いで飛び交っている。


 機岩鉄の討伐を見学後、折角外に出て来たのだからと遊びに来たディジーリアだった。


 少女は、始め“門”へやって来ると、そのまま観戦者達の間を素通りして“門”の領域へと入っていった。

 当然観戦者達は慌てたが、その時には目の前に居た筈の少女を誰もが見失っていた。

 戸惑う内にも、何故か誰も居ない場所に攻撃し始めるマディラ・ナイトの一群が現れて、するとちょっと慌てた感じで消えていた少女が姿を現しながら、境界の外へと逃げて来た。


「そんな気はしてましたけど、やっぱり見付けられてしまいましたか。本体は台地其の物で確定ですかね?」


 そんな良く分からない言葉と共に、何処からとも無く鉄球を取り出して、再び“門”の領域へと入っていく少女。

 またも見失う観戦者は多かったが、今度は見えている人も多かった。

 観戦を続けてきたその眼は、それなりに鍛えられていたという事なのだろう。


 そして少女が何をするのかと思えば、踏み荒らされた“門”の通路では無く、迷い無く壁際へと歩いて行く。

 壁際は上からマディラ・ナイトが降ってくる危険地帯なのだが、それを気にもせずに何をしているのかと思えば、ナイフを手にしての薬草採取だ。


 当然頭上からはマディラ・ナイトが降ってくる。

 降ってきたマディラ・ナイトは宙を飛ぶ鉄球に撃ち落とされる。

 何時の間にか鉄球は仕舞い込まれたのか姿を消して、代わりにマディラナイトの残骸が宙を飛び交う様になる。

 荒れ狂う嵐の様にマディラ・ナイトの残骸を周囲に纏いながら、少女は壁を登って採取を続けている。


 それが今の状況だった。


「なぁ……あれは誰だ?」

「分からないわ……でも、噂だけなら」

「おお、誰だ!?」

「デリリア領の英雄ディジーリアでは無いかしら?」

「ああっ、そうか、あの子がそうか!」

「いや、待った!? ディジーリアはもっとすらっとした――」

「――と言うのが出鱈目だったと劇団が謝罪したのがついこの間だな。十二歳にしても小柄で、毛虫の様に守護者を斃すソロ冒険者。確かに聞いた話の通りか」

「…………歯牙にも掛けないというのかしら」

「特級の戦いを此処で見る事も然う然う無いが、格が違うな」

「格下相手だと本当に戦いにすらならないんだなぁ」

「おっと危ない!? 冒険者達も気が付いたみたいだが、気を取られて危ない場面が出始めてるぜ!?」

「自分ではそんなつもりは無いのだろうが、否応無く力を見せ付けて心を折る。……“暴虐”だな」

「ははは、見た目にこれだけ似合わない二つ名も珍しいが、確かに“暴虐”だ」

「ええ、“暴虐”ね。もうそれ以外考えられないわ」


 手に汗を握る事も無く、緊張とも程遠い暴力の嵐を見せ付けられて、ここでもディジーリアに“暴虐”の名が当てられる。

 そしてその呼び名も、瞬く間に広く伝えられて行ったのである。

 今後の展開に悩みましたが、何とか打ち切りエンドっぽく無く、ちゃんと盛り上げて今章を終わらせる筋道が出来たよ。

 後は書くだけだー!

(今章終わっても、後日談、或いはアナザーストーリー、もしくは追加シナリオ的に続きます。いや、他にも山程伏線は張ってますしw)


 ではでは、また次回で~♪

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