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(112)暴虐無尽の一週間

 一週間(十日間)シリーズのラストですよ♪


 あれですね。十日分のエピソードを書くのはだれますね。失敗したかもと思いつつ、閑話的な扱いでお願いしますなのですよ。

 誰が喋っているのか分からないのはいつもの事ですが、そこは気にしなくてもいい所と割り切って頂ければ。そこに突っ込むと、「――ぽよ?」とか「――もふもふ!」とか、特徴的な語尾を持って来るしか解決の糸口が!?

 今回はちょっぴり暴れん坊ディジーのお話です♪

 学院の部屋に、ディジーが失敗作と言う大きな毛皮が敷かれてから、そこは主に女子達の駄弁り場となっていた。

 交ざるに交ざれない男子達が、講義の終わりにダッシュして、時折毛皮上の争奪戦が繰り広げられるのも見慣れた光景になって来ている。


 秋の一月二十一日。その日の昼は、女子達が毛皮の上を占拠出来た様だ。

 寝転がりながら、毛皮の真ん中で顔を突き合わせている。


「――それでは、定例報告を始めましょう」


 内緒話の様にフラウが口を切ると、肘で体を支えた女子達が、手首だけで拍手する。

 定例報告なんて言いながら、報告が無い日は直ぐにお喋りに移行する、そんな素敵な時間になっていた。


「はいはい!」


 と手を挙げたのはディジー。


「学院のお風呂で意地悪されていた人には朗報です。私の拠点のお風呂に学内寮からも入れる様にしましたので、意地悪に悩まされているなら入りに来ても構いませんよ。でも、入りたいならちゃんと私に予め話を通して下さいね。何も言わずに勝手に入って来る人は、侵入者扱いですからね?」


 駄目ですよと口にするディジーに対して、微笑ましく見る者と、頬を引き攣らせる者に分かれるのは、いつもの事だろうか。


「廊下の端っこが布で覆われていたのって、そういう事だったの?」

「そういう事だったのですよ~」


 スノウが窺う様に口を開くと、ディジーが頷きながらそれに答える。

 スノウとレヒカの他に、成る程と頷くのが獣人の少女だけなのは、流石に貴族組や商人組は学内寮を利用していないからだ。

 しかし、ディジーのお風呂を使いたいのは、学内寮組ばかりでは無かったらしい。


「ほ、本当に?」

「私も入りに行っていい!?」


 (次の日には目を血走らせ手足から血を流しながらも、鬼気迫る有り様で『武術』の講義に打ち込む事になる)侍女組のイクミは期待に大きく目を見開き、(目立たないながらもディジーと同じ『武術』の講義を受けている)ピリカも上体を起こして訴えた。

 更にフラウ達までが興味を見せ始めたところで、ディジーはぴしゃりと締めてしまう。


「本当に困っている人だけですよ? 狭いから四人も入れば一杯ですし、結局排水を引き回せなかったから色々と面倒なのですよ」


 本当に面倒だといった様子で、ごろんと毛皮の上を転がるディジー。

 何故か皆もごろんと転がって、一つ場所を移動した。


「スノウとピリカとイクミさんは、明日のお昼とかから使いますかね? 初めて入る人には決まり事とか説明しますから、勝手に入らないで下さいね? 蒸し風呂では有りませんから、色々勝手が違うと思うのですよ」

「へー、ディジーは茹でられ派なんだね。蒸し風呂の後で水に飛び込むのは気持ちがいいけどさ、茹でられるのはねぇ~」


 そんなミーシャの言葉に、興味を感じていた人達でも八割近くが躊躇うのが王国の文化と言えたが、逆に目を輝かせたのがスノウとピリカ。フラウは好奇心を目に宿しながらも悩ましげで、獣人達はぺたんと獣耳を伏せてしまっていた。


「……まぁ、良く有る反応ですから構いませんけど。――スノウとピリカはお湯のお風呂の地域なんですかね?」

「う、うん、王都は栄えていて色々物は有るけどね、湯船に浸かれないのはやっぱりちょっと……」

「えっと、今日も入れるなら入りたいかな。協会が終わってからだかラ、夜になっちゃうけれどいい?」

「まぁ、そういう文化だったと言うなら、蒸し風呂ではすっきりしませんでしょうから構いませんよ? 私もお風呂は好きですから、二回入るのも乙というものですよ」


 こんな感じにお風呂の話題が席巻してしまっていたが、これは学院に入学当初――学内寮生にとっては入寮後――からの、上級生による横暴が原因だった。


 その上級生は研究科の学院生だ。なので研究科について少し述べておこう。


 初年度である今は、受ける講義が選択式という他には特に学院生間での差異は無い学院生活だが、三年度目以降には分かれる機会が増えてくる。

 卒業資格を満たした科目については、研究科を選択出来る様に成るからだ。

 と言っても、学院内での特別な組織が有る訳では無い。研究科は、学院に所属しながら学院外での活動を円滑に進める為の枠組みである。

 例えば錬金術の研究科である錬金術科は、『錬金術』の講座を受け持つ講師が担当となって、研究所との仲立ちをしていたりする。学院にまだ所属していたいが、卒業資格を得た錬金術に関しては卒業生に見合った活動をしたい場合は、錬金術科の講師に掛け合って研究所で見習いとして雇って貰う様な、それが研究科の活動だった。

 そうして集まる仲間はそれぞれと志を同じくするそれなりの実力者になる為、研究科に所属すると元の部屋の仲間よりも研究科での活動を優先する様になっていく。そして直ぐにそんな中途半端な立ち位置では無く、学院を正式に卒業してそれぞれが志望する進路へと進んでいくだろう。

 この仕組みは就職先からも、見習い相当の期間として捉えられ、御蔭で見極めが捗ると好評だったのである。


 スノウを初めとする学内寮組が風呂場へ行くと、何故か高頻度で居合わせるのが武術科に所属する三人組だった。

 大柄で赤茶の髪をした筋肉女と、背は普通より少し高いくらいだが腕や腹に筋肉が浮き出ているのは変わらない二人。この三人組が、スノウ達に限らず格下と見た相手へと、高圧的な態度で傍若無人に振る舞うのだ。

 それがスノウ達の密かな悩みだったのである。


 そもそも、武術科に対しては演習場の片隅に別に風呂場を設けてあった。本来ならばそちらに入ればいいところを、態々難癖を付けに来ているのだから、元からいびるのが目的で(たち)が悪い。しかも、入学式での蔵守卿の講話は、伝え聞きでも学院内に広まっていたにも拘わらずのこの行いである。


 尤も、そんな三人組には二回目の講義の後のお風呂時間に、ちょっとした罰が下ったのでは有るが。


 四日前の秋の一月十七日、その日の『武術』講義が終わった後に、焦った様子で風呂場へと急ぐスノウ達を見兼ねて、この日はディジーも初めてのお風呂場を体験する事にした。


『前は無理矢理追い出されたりしたのが、今はそこ迄はさレていないけれど、態々目の前に座りに来テ威嚇されてる感じ?』

『今はそうなんだ? 初めの『武術』の後は酷かったねぇ』

『多分、サイファスラム様の講話ガちょっとは効いたんだと思うけど。三人以外の武術科らしい人達は、申し訳なさそうな顔をする様になったシ』

『それは面倒な話ですねぇ。サイファスさんが釘を刺してくれていなければと思うと、ぞっとしますよ』


 風呂場へと向かう途中で、小走りのスノウとピリカが会話するのに、ディジーも小さく口を挟む。

 他にも風呂場へ急ぐ人影は多いが、どの人も口数が少な目だ。


『皆さん難儀していたのですねぇ……』

『ディジーはどうしていたノ?』

『私は水球を纏わり付かせたり、『浄化』で済ませたりしていましたけれど、最近は拠点に自分用のお風呂を造りましたから』

『いいなぁ……。私もお風呂用の大樽を獣車に積んで持って来たけど、中々使えないよ……』

『ん~……お風呂を改装して、他の人も入れる様にしますかねぇ?』


 その時の言葉通りに、ディジーが動いた結果が今日の報告なのだった。

 結局その日、急いで風呂場へと行ったにも拘わらず、ディジー達が風呂場に入って程無く件の三人組がやって来た。

 そして、スノウが言った通りに、スノウ達の前の長椅子を陣取ったのである。

 その際少し訝しげな様子を見せていたが、それも一瞬で、直ぐにスノウ達へと歪んだ顔を向ける。

 しかし、そこでも少し訝しげな様子を見せる。スノウ達が、普段よりも怯えを見せなかったからだ。

 だがそれを三人組は、気の所為だと無視する事に決めた様だった。


『しっかし、最近は弱っちい奴らが、贅沢にもあたしらの風呂に入ってきて困ったもんだぜ!』

『身の程っていう物を知らないんだろうねぇ』

『調子に乗った奴らの末路なんて想像出来そうな物なのにねぇ!』


 熱い蒸気が立ち籠める中で、聞こえよがしに罵詈雑言述べ立てているが、それに対する周りの反応も、いつもより薄かったのだろう。

 益々声高らかに、顔の歪み具合も酷くなっていくのだが、やはり見ている者達の顔に怯えは無い。それよりも、普段とは違って苛立ちの様な物が見て取れた。


 それもその筈、彼女らにはディジーが供した肉や特製ドリンクの影響がまだ残っていて、少しばかり殺気立っていたのだから。

 それに、新入生達はここに居るディジーが特級だと知っているが故に、三人組の言葉が滑稽にしか思えなくなっていた。時折忍び笑いが漏れているのは、彼女らの言葉が彼女ら自身に返っているのを知っているからだろう。

 そしてそんな新入生の様子を見て、事情を知らないそれ以外の者達も、良い具合に恐怖を抑える事が出来ていたのだった。


『ねぇ、ディジーちゃん。私達って、もしかして何かされているの?』


 そんな風に受ける圧力に耐えられる様になると、ピリカの様に気が付く者も出てくるものである。

 尤も、問われた相手がその疑問を拾うとも限らないのだが。


『しーっ! うんちを我慢しているのですから、そんな事を言ってはいけませんよ!』


 拾わないどころか、別のゴールに凄い勢いで投げ込んだディジーに、ピリカ達の思考が停止する。


『え? う、うんち!?』

『そうですよ? あんなに顔を歪めて我慢して……こんな所で漏らされたら困るんですけどねぇ』

『ち、違うって! あれはきっと威嚇しているつもりだよ!?』

『…………変な顔が威嚇になるのですか?』

『えっと……多分?』

『ふぅ……ピリカも分かっていませんねぇ。別の所でも言った憶えが有りますけど、変な顔をしている人は、変な人ですよ? 例えば街中であんな顔をしている人が居たらどうしますかね? それが友達なら『何、変な顔しているの?』って突っ込みますけど、知らない人なら遠巻きにしませんか? それでその変な人がこっちに迫ってきたら、何をされるか分からなくて逃げるでしょうけれど、それは強そうで怖いから逃げる訳では無くて、変な人だから逃げるのですよね?』


 その言葉の妙な説得力に、ピリカは押し黙った。


『変な人では無いのに変な顔をしているのなら、それは何かを我慢しているのですよ。あれだけ顔を歪めて我慢しているのですから、これはうんち以外に考えられません』


 結論への道筋にも間違いが無い様に思えるその事自体が間違いに思えてしまうその論調。

 ここでイクミがはっと気が付いて口を開く。

 既に興奮したその声は、内緒話では無く風呂場の中に響き渡っていた。


『それはおかしいよ!? うんちしたいのなら、お風呂の前に厠よね!?』


 すると、ディジーはここでそれを言ってしまうのかと言いたげな悲痛な表情で言ったのだ。


『そんなことを考えられる頭が有る訳無いじゃないですか。先程からの会話を聞いていれば分かるでしょう?』


 流石にスノウが小声で確かめる。


『もしかして、ディジー、怒ってる?』

『さぁ、何の事ですかね?』


 ディジーは惚けたが、それで済まないのが三人組だ。


『このっ――』

 ――ブビビ!!


 と、激昂した赤茶の大女が立ち上がったそのお尻の辺りで爆音が鳴った。


『え、嘘!?』

『違っ――』


 疑問を口にした仲間に、振り返ろうとした大女の拳が裏拳となって仲間の蟀谷を強かに打つ。


『えっ――』


 足を蹌踉めかせた大女が撥ね上げてしまったその踵が、もう一人の仲間の顎を搗ち上げる。


『ほげっ!』


 最後に顔面から床に落ちた大女が、妙な声を出して気絶した。

 事件だった。


 その時の様子を思い出しながら、半眼(じと目)でピリカが指摘する。


「でも私、ディジーがあんな挑発したから、余計に怖がってる子が居てそうな気がするよ」

「そうですかね? あれは結構鍛錬には良さそうなんですけどねぇ。

 “気”での『威圧』を微妙な感じで放ってましたから、対抗する為に“気”を高めてみたり、魔力で抵抗してみたりと、お試しにはいい感じでしたよ?」

「あ、やっぱり『威圧』されてたんだ。じゃあ、この前少し楽だったのはディジーが何かしていたの?」

「楽だったよネ。他の皆も、いつもより平気な顔をしていたよ?」

「あー、あれは私と言うより、特製ドリンクが効いていたのだと思うのですよ。特製ドリンクで元気一杯に“気”で満ちていたから、“気”系の『威圧』に対抗出来たんじゃ無いでしょうかねぇ?」

「えっ!? ……ディジーじゃ無かったんだ」

「特製ドリンクもディジー製だかラ、ディジーの御蔭だけどね。じゃあ、最後の落ちは?」

「落ち……あれは、吃驚しましたねぇ。実はですねぇ、私も対抗して魔力系の『威圧』を掛け返していたのですよ。気付かれない様にですけどね。どうもそれで体の感覚でも狂っていたんじゃ無いでしょうかね? あれですよ、体が痺れているのに、気が付かず動いてしまった様な?」

「あれ? それダけ?」

「もう、何を言っているんでしょうかね。

 お風呂の話題の次は、ほら、これですよ。模型(ミニチュア)用のメイドさん人形を作ってみました」

「誤魔化した!? でも――あ、可愛い。素敵なメイドさんね」


 ディジー製作のメイド人形に歓声を上げて、馬鹿な男子を取っちめてと、この日の定例報告は比較的何事も無く進んだのだった。



 そして次の日、秋の一月二十二日の定例報告は、午後の講義を取っていないディジーが居ないまま始められた。


「――それでは、定例報告を始めましょう。

 まずはお風呂報告からお願いしますわ」


 フラウの一存で指名されたスノウとピリカ、そしてイクミの三人が、口々に感想を述べ始める。


「気持ち良かった……何だか体に溜まってた悪い物が、全部解け出してくれた様な気がするかモ」

「私も! 久々にさっぱりした!」

「私は逆かなぁ。茹でられて煮込まれて、二十秒も入ったらぐったりする感じ?」


 女子達が参考にしたのは当然イクミの感想で、顔を寄せ合って、う~んと唸ってしまうのだった。


「ディジーのお風呂については暫く保留ね。でも、一度は遊びに行ってみたいわね」


 女子寮と繋がっているのなら、一部屋に三から四人詰め込めば、お泊まり会だって出来そうだった。

 尤もそれを言った直ぐ後に、寝具を入れさえすれば自習室の上に仮眠室が設けられている事を思い出したりもしたのだが。


「歯刷子(ブラシ)に手拭いも要るわね」

「あ、歯を磨くのはお風呂の洗面所でよ。勿論顔を洗うのも」

「寝間着はどうしよう。悩ましいわ……」

「手鏡も置いておきたいけれど……共用の大きな鏡が欲しいかも」

「鏡だったらディジーが作ると思うんだよ!」

「頼んじゃおっか」

「「「そうね!」」」


 そして、きゃいきゃいとお泊まり会前提の楽しいお喋りが続けられていくのだった。



 その次の日の秋の一月二十三日は、定例報告は行わず、フィニア主催で学院祭の計画書の最終確認が進められ、確認が取れた計画書はそのままクロール先生に提出される事になった。



 そしてその次、秋の一月二十四日は、またもやディジーがお休みの日。

 朝に普段着でいそいそと出掛けるディジーを見ていた学内寮組達の話を切っ掛けに、ディジーの話題が繰り広げられる。


「何か(すっご)いうきうきした感じだったよ?」

「まぁ……デートかしら?」

「――じゃないと思うなぁ。着ていたのが、ほら、継ぎ接ぎに見えて凄いセンスがいい感じの普段着だったかラ」

「あの服いいよね! お婆様の作品だって言ってたわ」

「おや、それは残念。店が分かれば私も欲しいと思っていたのにね」

「でも、それじゃあ何の用事でしょう?」

「私達っテ、ディジーの事、知ってる様で全然知らないよネ。ねぇ、誰かディジーと遊びに行ったりしタ?」

「……はぁ。スノウさん達と行ってないなら、他に行ってる人は居ませんわよ」

「劇場に一回行っただけなんだよ?」

「私は買い出しに付き合って貰ったね」

「あ! スノウの協会での初日に覗きに行ったよ! 何だか良く分からない内に、ディジーに外まで押し出されちゃったけど」

「えっ!? 来てたノ? 初日って言ったら……え? あれっ!?」

「どうしたの?」

「初日は、女の子の冒険者をからかっテいた冒険者が、おっぱいの呪いに掛けられた日だったと思ウ」

「……何か、聞いた話なんだよ? ボインボインで一つ頼むとか、そんな声が聞こえたんだよ?」

「…………筋骨隆々の大男が、ボインボインになってたヨ……」

「何それ!? ……ディジーちゃんって、何でも有り?」

「特級ってそうなのかしら? ねぇ、どうなの? そこのむっつりさん」


 レヒカ、スノウ、ミーシャ、フラウ、侍女組が入り交じってのお喋りの矛先を向けられて、バルトが僅かに動揺した。


「いや、むっつりは無いだろう!?」

「き、聞き耳を立ててたんだよ!?」

「やっぱりむっつりさんだ!」

「勘弁してくれぇ!!」


 多勢に無勢、対抗する事すら出来無いのだが。


「特級といえば嘗ての英雄達と同じだ。この学院くらいなら一瞬で吹き飛ばせる奴が、細やかな事に力を使うなら、何でも有りにも見えるだろうさ」

「あ、誤魔化した」

「……ぺらり?」

「~~!? お~ま~え~ら~なぁ!!」


 因みにバルトは辺境伯子息に相当して、からかったのはフラウが切っ掛けとしても侍女組の下級貴族子女である。

 ディジーが床に毛皮を敷いた事を切っ掛けにして、部屋の仲間の間には寛いだ気安い空気が流れていた。


「はいはい! もっと詳しく聞きたいんだよ!」

「ちっ……たくよぉ。――ランクが三つ違えば赤子と大人の違いが有るって聞いた事は有るか? 赤子が玩具のハンマーを使って指先程の小石を砕ければ上々だが、大人がしっかりしたハンマーを使えば握り拳程の石を砕けるだろう。これでランク十二だ。多少武術を聞き齧ったランク九なら両手で抱えられる程度の石なら砕けそうだ。それなりに鍛えているランク六なら抱えきれない程度の岩も砕くだろう。上級に入ったランク三なら、自分の背丈よりも大きな岩も砕く事が出来る様になる。これが特級になったなら、家程の大きさの岩も容易く砕く。ランクBなら学院を砕くのも容易かろうよ。

 魔術には詳しくないが、威力としては似た様な物だろう。

 性質にしても、只の幻も触れる幻になって、違和感無く追従する様にもなるのでは無いか?」

「じゃあ、あれは、呪いじゃ無かっタ?」

「――んじゃ無いか? シパリングの森にも、幻術を使ってくる魔物は居たからなぁ。特級なら再現するのもお手の物だろうさ」


 バルトはそう言いながら、組み立て終わった椅子の一脚を手元に置くのだった。


「ま、本人に聞くのが一番早いが、それ以外ならスノウが一番情報に近い筈だぞ? 冒険者協会が特級の冒険者の情報を持っていない筈が無い」

「それは……でも、前は教えて貰えなかっタ」

「いえ、以前とは状況が違いますわ。今はディジーの正体を知っているのですから、以前と同じにはならないと思いますわよ?」

「ああ。俺も騎士団で聞いてみるから、そっちはそっちで調べてみないか?」

「どうして騎士団に?」

「王城に何回か行ってただろう? 何かしらやらかしているなら、騎士団に噂が出回っているのでは無いかと思ってな。訓練に混ぜて貰う時にでも聞いてみようかと思っている。そっちも今日で『魔術』の講義は終わりにするんだろう? なら、これからは時間も出来るだろうからな」

「うん。『魔術』は今日で終わりかな」

「角が立ちそうですから(わたくし)は事務局を通じて辞退致しますわ」

「狡いんだよ! 皆休みで。その時間に私達は『武術』が入っているんだよ!」


 兎に角、再びディジーの情報が調べられる事になったのだった。



 そして休み明けの秋の一月二十六日。

 定例報告と銘打った女子会は、この日ばかりは男女合同の物として開催された。

 朝礼でライエの実家から野菜を仕入れられる事になった事を聞いて、ディジーもお肉の提供を伝えていたので、また全員揃っての会合で何を話すのかと思っているのは、一昨日居なかったディジーばかりである。


「では、今日の定例報告は男女合同で開催致しますわ。まずはバルトさん、何か情報は有りまして?」

「ん、そうだな。面白い情報が有ったぞ。もう一月は前の話らしいが、白嶺隊の高位騎士の演習に紛れ込んだ赤毛の少女が、陛下に言われるがままに演習に参加する事になったらしい。結果は全員気が付かぬ間に、鎧に不合格の印を押されての全滅だそうだ」

「い、いつの話を持ち出してくるのですか!? それに、「不合格」では無くて、「却下」と「再提出」の判子ですし、「許可」の判子だって押しましたよ!?」


 丸で隠す様子も無く抗議するディジーに、息を詰めていた面々は気付かれない様に息を吐いた。


「どんな状況だったのか良く分からないんだよ?」

「えーとですねぇ、あの頃はまだ私の拠点が出来ていませんでしたから、当然私の鍛冶場もまだ無かったのですよ。それなのに、サイファスさんの剣を造れって指名依頼が冒険者協会に届きまして、直ぐには手を付けられないと断りを入れる為に王城へ行きましたら、何故か王様が見ている演習の場に連れて行かれたのです。連れて行った騎士様は怒られていましたけれどね。

 私も図々しく残る積もりは有りませんでしたから撤収しようとしたのですけれど、何故だか王様に呼ばれて演習に参加する事になってしまったのですよ。

 ただ、どうも腕力一辺倒な白嶺隊の騎士様に、冒険者の遣り方というのを経験させたいみたいでしたから、『隠蔽』した上で受け取った判子で評点を付けたのですけれど、王様的には団長さんを除いて判子を押されずに済んだ騎士様が居なかったのが腑甲斐無かったのでしょうねぇ。王様が『馬鹿共がー』って叫んでいましたから、それで間違った噂が広まってしまったのかも知れません」

「因みに、高位騎士の演習には、当然特級の騎士達が何人も参加しているな」


 何と無くでディジーの話を聞いてしまっていた者達は、バルトの補足を聞いて目を見開いた。

 つまり、目の前でのほほんとしている少女は、こんな(なり)で騎士団の精鋭達に完勝してしまうのだと漸く気が付いて。


「いえいえ、それは相性という物ですよ? 例えば鬼族の守護者は恐ろしい力を持っているのでしょうけれど、気付かれずに動ける私の前ではぼんやりしているだけの的でしか有りません。まぁ、クアドリンジゥルの門ならば兎も角、鈍いのは普通の魔の領域では致命的ですけれどね」

「成る程な……ゴブリンの巣で暗殺蛇が暴れ回った様な物か」


 バルトが地元の魔獣を喩えに出して納得した様に頷く。他の者も暗殺蛇がどういう生き物か分からないながらも、何と無く理解して頷いた。


「じゃあ、次は私ネ。ディジーが故郷でした事は、報告書になって資料室に有ったヨ。持ち出しは駄目だったけれどネ。物語風ですっごいどきどきしたけれど、あれならディジーが劇場で抗議するのも納得かナ」

「ちょっと、どうして私の事を調べているのですかねぇ?」

「だってディジーって謎の少女なんだもノ。

 報告書はきっと自分で見た方が面白いと思うから置いておくとして、見て貰いたいのはこっちネ」


 そう言ってスノウが広げたのは、荒野に巨大な丸底の鉢を埋め込んで、その真ん中に四角い台を設けて、更に台に通じる橋を架けた様な、そんな巨大な構造物の絵だった。

 その台の上にはこれも巨大な化け物達が犇めいていて、何の儀式なのかと思わせる。

 端に映る木々や人の大きさが、現実味を失わせるのに充分な役割を果たしていた。


「ディジーがライセン領で遣らかしたのがこれ。町の直ぐ近くに出来ていた魔物の巣を寄った序でに潰していったらしいけれど、何でか斃した魔物をこんな祭壇を造って飾り立てて行ったんだってネ。それも一晩で」

「ちょ、ちょっとした趣味の問題ですよ!? そのまま野晒しで並べるよりは、(おもむき)が有っていいじゃ無いですか」

「規模が桁違いだが……このでかい甲虫がライセンに居た守護者か」

「ええ。見るからに恐ろし気ですけれど、ぼーっとしている所をスパッと首を落とすだけでしたら何の問題も有りません」

「そのスパッとが問題なんだがなぁ」

「じゃあ、ディジーは色々と造ってくれているけれど、まだまだ手を抜いていたって訳かい?」

「いえ、木と石は違いますよ? 木はしっかりと作り込まないといけませんけど、石は熔かして固めれば終わりです。石の方が楽ですけれど、強さがちょっと心配ですし、木の方が軽くて居心地だっていいですよね」


 ディジーがバルトやミーシャの問いに答えるのを聞きながら、聞いていた者達は一般人にとっては底無しに見えるその力に、乾いた笑いを溢すのだった。



 その次の日。

 この日は珍しくフラウからの報告が有った。


「今日はディジーが『神学』の講義に拉致されてきましたわ」


 口元をにまにまと窄めさせながら、フラウが語ったのは次の様な出来事だった。


 その前に、まずは『神学』の講義について述べておこう。

 世界に神々が居るのは確かな事だとされていたが、実際の所は誰も知る人は居ない。ラゼリア王国では託宣教会の教えが既に浸透していたが、国外に出ればその教えも通じない事が有るだろう。事実、諸外国では宗教は未だ強い力を持っており、その為、それらの考え方を知る為の教養として、『神学』の講義が定められていた。

 尤もその講師達は、ラゼリア王国にとっては、百数十年前に血の粛清王により解体された宗教団体の残党とも言える者達である。いや、ラゼリア王国からは一度排除されたと言っても、周辺国ではまだまだ隆盛を誇っていた教団にとっては、学院の講座を得るのは中興の(きざはし)ともいうものだろうか。

 ともあれ、講師を勤めるのは教団から送り込まれてきた熱心な信者であり、あわよくば入信を募る宣教師でもある。

 外国の常識として学ぼうとする学院生達とは気持ちの持ち様に大きな違いは有ったが、それでもこれまでは特に大きな問題は生じていなかった。


 尤も、学院の思惑はもう一つ踏み込んで、宗教に対する冷静な視点を養う事に有ったのだが。

 講義初日に受講生達が、教団とは違う学院の講師から伝えられたのは、これから入れ替わり講義に来る講師達は、それぞれ諸外国で隆盛を誇る三つの宗教団体から招かれている事と、嘗てラゼリア王国で粛清された宗教関係者の為出かした事、そこから教義に隠された思惑を読み取る視点や、教徒が陥る思考状態についての推察、そして有りがちな上と下との思惑の違い等にまで言及して受講生達に冷静な思考を促していた。

 そんな事を聞かされてしまえば、講師がどれだけ良い話をしたとしても、とても素直に傾倒する事は出来無くなる。『神学』の講義は、過去の不祥事を教訓に、今も変わらず当時のままな教団の有り方を見せて反面教師とする、そんな講義だったのである。


 その上で受講生達には、相手の立場に立っての受講姿勢が要求されていた。信条の違いで衝突するのは不毛であり、どうすれば手を取り合えるのかを模索するのも、技能として示される事は無いが極めて重要な能力だと諭されていた。


 その最初の生贄――いや、講師が現れるその最初から、爆弾が投入されていたのである。


『――え、ちょ、ちょっと!? 何処へ連れて行こうというのですか!?』

『あなたにとって、とても為になる場所ですよ。学院に見学に来たのなら、是非とも見て頂かなくては』

『見学じゃ有りませんよ!? ああ、もう! 何なんですかね、この人は!?』


 そんな騒ぎと一緒に現れたのは、言わずと知れたディジーと、その手首を握り締めて引っ張る痩せぎすの女性だった。

 フラウはそれを見て、ディジーならそんな手は簡単に振り払えると思ったが、それをすると簡単に折れてしまいそうな腕をしていて、きっとそれがディジーも大人しくしている理由なのだと理解したのだった。


『皆さん、お早うございます。私はラミルス様の素晴らしいお教えをあなた達に伝えに来ました、三準司祭のメルペガです。今日は学園から見学に来た子に手伝って貰って、天地創造についてをお話ししましょう』

『違いますよ、私は見学者では有りません。もう帰りますよ?』

『きー!! あなたは私にしたがっていれば良いのです!!』


 フラウは、恐らく学院の意図的な物とは理解しながらも、初っ端から凄いのがやって来たと思っていた。

 それと同時に、ディジーのうんざりとした表情も、鼻に皺を寄せたその顔も初めてで、どきどきだけでは無くわくわくも感じていたのだった。


 そんなメルペガ講師がディジーに白板への板書を任せて、講義の中身へと入っていく。ディジーが大人しく墨石を取るのを不思議に思いながら見ていると、案の定やってくれたのである。


『まず、始めに(ことわり)が有りました』


 そんなメルペガ講師の言葉にディジーがささっと描き上げたのは、花束を抱えた男と深くお辞儀をした女の人の後ろ姿。


『理は心を生み』


 無惨に散らされた花束と、心を膿んで絶望の表情で目や鼻から体液を垂れ流す男。


『世界に動きを齎しました』


 駄々を捏ねる様に暴れまくる狂った男の姿を描くディジー。

 メルペガ講師が白板へと視線を向けるその直前に絵の墨石粉は流れ落ち、視線を前に戻すその瞬間に再び墨石粉が元の配置に白板を駆け上る。


『二つ目も、また理でした』


 ディジー、明らかに勘違いしてパワーアップした男が、花輪を抱えて立つ姿と、深くお辞儀をした女の人の後ろ姿を描く。


『土の心は大地を築き、大地に人が生まれました』


 再び駄々を捏ねて暴れまくる男。その暴れっぷりに跳ね散らかされた土塊が周囲を囲う様に小山を作り、そこから遠巻きに見下ろす人々の姿。


『三つ目も、また理でした』


 花を編んだ服を纏った男と、深くお辞儀をした女の人の後ろ姿。


『炎の心は活力を与え、大地に草花が芽吹きました』


 歯軋りをして目を怒らせた男の背後には天を衝く炎。

 その足下には脱ぎ散らかされた緑の服。


『四つ目も、また理でした』


 花を纏い過ぎて鞠の様になった男と、深くお辞儀をした女の人の後ろ姿。


『水の心は世界を潤し、世界に海が生まれました』


 滂沱と涙を流すその涙が川を作り海を作る。小水も混じっていそうで何だか汚い。


『最後の五つ目も、また理でした』


 枯れ落ちた花の中で佇む男と、深くお辞儀をした女の人の後ろ姿。


『風の心は全てを巻き上げ、世界に空が生まれました』


 表情の抜けた顔で佇む男から花屋が花代を徴収し、身包み剥がされた男の回りを広大な空を背景に風が吹き抜けていく。


『この五つの理が世界を形作っているのです。そしてこの――』


 壁一面の白板には、メルペガ講師が白板へと目を向ける時には消えてしまう超大作が出来上がっていて、フラウ達は震える体を抑えるのに必死だった。

 なのに、その次にメルペガ講師が白板に目を向けた時には、超大作は消される事無く、その前には遣り切ったと額を拭う振りをするディジーが居たのである。


『な、何をしているのでしょうか!? 何ですかこれは!!』

『お? おお! どうですかね? 力作ですよ!』

『私は何をしているのかと聞いているのですよ!!』

『おお!? 何かと言われれば、出されたお題に合わせて絵を描いてみましたよ?』

『私がいつそんな事をするように言いましたか!!』

『おや? 私は廊下を歩いていたら問答無用で引き摺り込まれた無関係の憐れな被害者なのですから、犯人の指示に従う謂れも無ければ、腐ってお絵描きだってしてしまうのですよ』

『きー! 貴方は私に黙って従っていればいいのよ!!』


 口癖なのか、初めと同じ様な言葉を口にしたメルペガ講師に、ディジーは思いも寄らず深くお辞儀を返したのだった。


『ごめんなさい』


 しかし、その背後で一瞬の内に消された白板に、残された一文がその意味を変える。


 “まず始めに、お断りが有りました”


 溜まらず何人かが忍び笑いを溢すと、更にもう一文が追加された。


 “実はその前に、無茶振りが有ったのです”


 そして教室は、笑いに包まれたのだった。


 そんな話を聞かされた部屋の仲間達は、脱力した様子で息を()く。


「つまり、それで彼奴が今ここに居ないんだな」


 女子会なのに、何故か混ざっているバルトがそう口にすると、次々に女子も口を開く。


「ええ、流石に事務棟に呼ばれてしまいましたわ」

「ディジー、『武術』の講義に間に合うかナぁ」

「ディジーちゃんを知らない人達は、吃驚したでしょうね」

「でも、本当に暴れん坊ね♪」

「暴れん坊と言えば、ディジーちゃん普段から何かやっているんだよ! ちょっと注意して見てたら、嫌な雰囲気を振り撒きながらディジーちゃんに近付こうとして、途中で藻掻いている人が結構居たんだよ。あれって、ディジーちゃんが見えない壁でも作ってたのかな」

「多分、そう。私、女の人が男の人に乱暴されそうになっているのに居合わせた事が有るけど、突然その男の人が気を失って倒れたと思ったら、ディジーちゃんがその場に現れて女の人と少し喋ってから、木の札を立ててるのを見たよ。“この者女性に乱暴を働く狼藉者也”だって」

「乱暴者だね♪」

「うん、情け無用の容赦無しだよ♪」


 そんな所に噂のディジーが帰って来て、「疲れました」と言って、隙間の無い毛皮の上では無く、白い丸机に突っ伏したものだから、笑いながら侍女組が立ち上がって、ディジーに飲み物を準備するのだった。



 さて、その次の日は、朝にディジーから肉の入った桶と特製ドリンクの樽を受け取っていたバルトが、上機嫌で女子会に参加していた。

 いや、定例報告である。しかし、バルトの無遠慮なその振る舞いで、男子と女子の間に有った垣根も随分と低くなっているのは事実だった。


「うはははは、凄いぜ、ディジーの肉とドリンクは!」

「確かに凄かったねぇ。何より美味しくて、次が欲しくて堪らなくなるよ」


 バルトとミーシャがそう言うのを、うんうんと頷きながら聞く者も居れば、つい先程までの理性を無くした失態に顔を覆う者も居る。

 但し、それを聞いても理解出来ないのは、まだ経験していない獣人達と、経験する事の無いだろう『武術』を取っていない者達だ。フラウを含めて『体育』を受講している者も居たが、流石に『体育』で肉が欲しいとも言えず、言った所で『体育』の途中で肉を食べられるとも思わなかった。


「でも、そんなに美味しいお肉なら、講義そっち退けでお肉を食べようとする人も居るのでは無くて?」

「――と、思うだろう? それがディジーから借りたナイフを置いておくだけで、誰一人としてそう言う無粋な真似が出来無くなるんだから大したもんだぜ」

「宙に浮いて『威圧』してくるナイフが、只の剥ぎ取りナイフな訳が無いけどね」

「正直、何の苦行だとは思ったがな。動けなくなるまで全力で走って、肉を食ってまた走る。特訓にしても頭に地獄のと付くだろうよ」

「如何にもディジーらしいけどネ」


 フラウの疑問にバルトとミーシャが答え、ロッドが補足しスノウが纏める。


「まぁ、確かにディジー的には普通の鍛錬なのかも知れんなぁ」


 バルトがそう溢すと、呆れた様に皆苦笑するのだった。

 因みに、この日もディジーは講義が無く、朝に顔を見せた後は部屋に出て来なかった。

 それでも学院内には居るらしくて、資料室でイクミに目撃されたりしていたが、全く気付く事無く黙々と資料を読み耽っていたらしい。

 それならば仕方無いと思う辺り、既に部屋の仲間の間には、ディジーに対する共通認識が出来上がっていたのである。


「ふぅ、残念ね。『武術』にしておけば(わたくし)も頂けたのでしょうか」

「いや、食えると思うぞ? 収穫祭にと言っていた肉が同じだろうからな」

「あはっはっはっ……はぁ。――前に門番さんに渡していたお肉もそうね。凄いお肉だとは思っていたけれど――」

「あはは、デリリア領の英雄が王都のオークションに出した幻の魔獣の肉は、全部で十八万両銀だってね」

「全く、昨日の『武術』だけで何百両銀分喰ったのかと考えると眩暈(めまい)がするぜ」


 フラウの言葉にバルトが返し、しかし商人組の言葉に肉を食べた者達が顔を引き攣らせる。

 ディジーの持って来る凄い肉。それ以上は考えていなかったが、その正体は想像だにしていない物だったのかも知れないと、漸くにして気が付いたのである。


「いや待て、ここからディジーの故郷までは一月掛かると聞いているぞ」

「でも、ディラちゃんなら直ぐだよね」

「待て待て、そもそも幻の肉なんだろう?」

「でも、ディジーちゃんだから」


 この中では平民組のライエとロッドが言い募るが、ピリカはあっさりと言い渡した。

 高価な品物に触れる事の多い商人組や、主人の気紛れで高価な一品が食事に付く事も有る侍女組とは違って、遠慮と恐怖しか無い只の平民組の代表格である。

 それでもディジーだからの一言に納得させられてしまうのは、色々とディジーの凄さを知ってしまったからなのだろうが、中には自分が何を相手にしているのかを学ばない者も居るのだった。


「おいおいおい、そんなに稼いでいるなら、もっと俺達の為に出してくれてもいいじゃないか」


 (ただ)、そういう考え無しの発言をするのは、それこそ田舎貴族のシュライくらいになっていた。

 他の者達は、ちょっとは考えてから口に出す事を覚え始めていたのである。


「あんまり級友が盗賊扱いされて討伐されるっていうのはぞっとしないなぁ」

「シュライビスはよくよく両腕を落とされたいみたいだね」


 ピリカとフィニアに聞き咎められて、挙動不審に目を彷徨わせるシュライだったが、これにはちょっとした訳が有った。

 しつこいシュライに業を煮やしたピリカが、朝礼の場で「部屋の為に出して貰っているお金を、自分の好きに使える金だと勘違いしている者が居る」と訴えた時の事だ。検討した上で妥当と思われれば部屋の金を使うのに問題は無いとした上で、そうで無いのに使い込もうとした者に対し、多くの貴族は尋問の上で制裁を科すとしたのに、ディジーは顔色も変えずに「冒険者にとって盗賊は討伐対象ですよ」と言い放ったのである。

 「まぁ、一応は仲間ですから、多少は配慮して腕の一本や二本斬り落とすくらいで勘弁する感じですかね」と言った言葉が、本気だったのかはピリカ達にも分からない。

 それでもでっかい釘を刺されたのは確実で、それなのにまだこんな事を言えるシュライが、ピリカやフィニアには理解出来ないでいた。


「まぁ、必要となればディジーなら出費を厭わないでしょうけれど、ディジーに出させては(わたくし)達の名折れ。何か有るのでしたら私達に諮ってくれれば宜しいですわよ」

「それよりそんな事でお前は本当に大丈夫なのか? このままだとカイネルア領は領地召し上げで王領にされちまうぞ?」


 それでも、そんな面倒な仲間を切り捨てる事無く心配して声を掛けるのは、この年の部屋の仲間達がそれだけ良い関係を築けているという事なのだろう。冷たい事を言っているディジーにしても、いざその時になったら困った顔をしながら悩むのだろうと、自然とそう信じる事が出来ていた。

 そして、そうして親身に心配されている分だけ、シュライもまた挙動不審にしながらも考えるのである。

 全く、愚か者では居られない。

 当初はディジーに反感を抱いていた者達も、驕りに目を濁らせていた貴族達も、見果てぬ上の高みを思い知らされ、自分達がそうで有っただろう(ひね)くれた下の有り様を見せ付けられては、考えずには居られない。そうして一頻り考えた後には、疲れを見せながらも、素直に前に進んでみようという気持ちになっている。


 そこに大きな役割を果たしている意外な品物は、ディジーが取り敢えずと置いて行った毛皮だ。

 もふもふの毛皮に包まれて、ほっと息を吐くその一時(ひととき)。それが強張った外貌から権威や虚飾を引き剥がし、素のままの自分で関わり合う事に一役買っていたのである。


 そうして自らを曝け出した仲間を纏めたのは、女子の場合はフラウ。時折啜り泣く女子を慰めている様子が見られる時には、男子は自習室へと避難していた。男子の場合はバルトを主とした仲間達。吐き出してしまえば勝手に楽になるのは男特有の物なのだろうか。

 ともあれ、ディジーの仲間達が良い関係を築けているのには、仲間に恵まれたのも有ったのだ。


「まぁ、学院はまだ始まったばかりなんだ。良く考えればいい。貴族の矜恃が無ければ平民も気楽だろうとは思うがな」

「ええ、特にディジーを見ていると、自由という物に憧れを抱いてしまいますわ」


 ディジーが高みを見せて、フラウとバルトが纏め上げる。そんな形が出来上がっていたのだった。



 そして次の日。秋の一月二十九日。

 この日は定例報告が始まる前に、ちょっとした騒ぎが立ち起こっていた。

 切っ掛けは、侍女組がしているいつものディラちゃんとの戯れだった。


「ほら、ディラちゃん、今日の魔石はツィクィ鳥から出て来た黄色ですよぉ」

「ディ、ラァ~?」


 毛皮に寝そべりながら、ディラちゃんの目の前で屑魔石を揺らす少女は、端的に言って蕩けていた。

 あんまり人には見せられない顔だ。それ故に、ディジーもちょっと困った感じで、苦言を呈しに行ったのだろう。


「あのですね、ディラちゃんは私が操っている人形ですので、あんまりそういうのはですねぇ……」


 誰も言わないながらも、恐らく多くの者が察していただろうその事実を、態々告げる程の醜態だったのかと、少女はその身を羞恥に染める。

 そしてその口を吐いて出たのは、ディジーの言葉を否定する言葉だった。


「ディラちゃんはディラちゃんよ!」


 それを見て、ディジーは困った様に肩を落とす。


「え~とですねぇ、私がディラちゃんを操るのをやめると、ほら――」


 すると、目を閉じたディラちゃんが、いつの間にか用意されていた布団の上にぽてりと――


「お、おねんねしただけでしょう!?」

「う~ん、演出って言うのは大事なんですよ? 困りましたねぇ」


 目を閉じて首を傾げていたディジーが、ふと気付いた様に目を開ける。


「ディラちゃんの中には綿が詰まっていますから、それを見れば解決ですね!」


 えっ、と思う間も無く、ディラちゃんの背中に付けてあった小さな罠口(ファスナー)を引き下ろすディジー。ディジーがディラちゃんの両脇の下に掌を差し込み、ぎゅっと背中を割り開くようにすると、確かにそこには綿が詰めてあった。

 怪しく光る真っ赤な綿が。


「ディラちゃんに酷い事しないでーーー!!!!」

「ええ~~??」


 しかし、叫ぶ少女に更なる衝撃が襲い掛かる。

 ディラちゃんの赤い中綿から、ズボリと音を立てて飛び出した物。

 ディラちゃんの右腕の赤い骨が、中綿を貫いて、少女の目の前で手を振っていた。


「ぎゃぁあああああああ!!!」


 後退りする少女。

 おっ、と面白そうな顔をするディジー。

 手を振るディラちゃんの骨。


 四つん這いで逃げる少女。

 後を付いて歩くディジー。

 ばたばたと手を振るディラちゃんの骨。


 立ち上がって逃げる少女。

 追い掛けるディジー。

「ディラディラァ♪」

 楽しそうに手を振るディラちゃんの骨。


「おおお~、ディラちゃんですよぉ~」

「おい、こら、やめろ」


 見兼ねたバルトがディジーを捕まえるまで、苛めっ子なディジーの追い駆けっこは続いたのである。


「あれだな、暴れん坊じゃ弱いな、うむ」

「悪逆非道!」

「苛めっ子!」

「そこ迄じゃ無いわね」

「容赦無しディジー!」

「講師の間じゃ手出し禁止と呼ばれているらしいぞ」

「それは語呂が悪いなぁ」

「えっと、皆さん何を決めようとしているのでしょうかね?」

「ディジーちゃんの二つ名だよ? ――お惚け冷酷!」

「えぇ~……」

「暴走少女!」


 結局この時には候補ばかりで決まらなかったが、この日の内にディジーの二つ名の方向性は決定付けられる事になる。その事件は、丁度この日に起こったのだった。


 それは、学院の講義が終わったその後の事。

 取り乱した『魔道具』の講師を宥めるのに時間を取られたディジーが学内寮へと戻ってきた時、そこではレヒカ達が待ち受けていた。


「私も頑張って茹でられてみるんだよ!」


 レヒカが率いるのは、マイラン、ディミ、シビル、ラビの獣人少女達である。


「えっと、私が入り方、教えよっか?」


 ディジーと一緒に学内寮へと足を運んでいたピリカが、レヒカ達を見てそう口にした。

 ディジーが明日の休みに、魔道具の講師の研究室へ遊びに行く約束をしている事を聞いていたからだ。その為に、ディジーは今からちょっとした道具を作ってみるらしいとも。


「おお! では、お願いしてもいいですか?」

「うん、ばっちり!」


 そこでディジーと別れたピリカがレヒカ達と一緒になって、女子寮の中へと入っていく。

 入って直ぐに左の廊下に曲がって、突き当たりがディジーのお風呂へ到る扉になっていた。“許可無き者進入禁止”の文字が、近寄り(がた)い雰囲気を醸し出している。

 序でに言うと、その直ぐ手前の部屋がマイランの部屋。更にその手前がシビルの部屋になっていて、入り口から右に曲がった先にディミの部屋、レヒカとラビの部屋は二階に在った。


「ここの白板に、名前札を掛けて予約するの。名前札はまたディジーちゃんが作ってくれるよ。本当は四人で入れるけれど、家主のディジーちゃんが何時でも入れる様に、お客さんは三人まで。今日はディジーちゃんに用事が有るのが分かっているから特別ね」


 そう言って、ピリカは時間毎に三つ設けられた鉤の一つに自分の名前札を掛けて、空いた場所に“+五人”の文字を書いた。

 そして進入禁止の扉を開ければ、手の届く場所に引き戸が有って、それを潜ればもうディジーの領域だ。


「引き戸は魔道具で施錠されるから、閉め忘れない事。開ける時は部屋の扉と一緒ね。それで中にはこんな風に棚と籠が並んでいるから、空いている所を使って。よく使う人は名前を入れて自分の場所を確保しているから、それ以外でね。洗い布だけ持ったら、中に入るよ」


 引き戸から入った場所は、右手側には急な階段が上へと続き、何とか一人立てるだけの踊り場で左へ曲がって更に上へと伸びていた。目の前には棚が並び、ちょっと左で一旦棚が途切れて扉が設けられている。更にその左ではまた棚が並んで三歩も歩けば突き当たりだ。

 そんな狭い脱衣場で、ピリカは自分が確保した棚に脱いだ服を放り込んで、洗い布を手に風呂場への扉へと向かう。慌ててレヒカ達も服を脱いで、その後に続くのだった。


「目の前右に続いている扉はディジーちゃんのお部屋に続いてる。左に見えているのが湯船だけれど、入る前には体を洗ってね」

「え、え? 体を洗うってどうするの!?」

「普通に洗えばいいんだけれど……」


 こういう所で、文化の違いは出てくるものである。

 ディジーも本当なら知らなくておかしくない筈の事だったが、そこには表に出て来ない記憶持ちの記憶と、デリラの街の棟梁が湯に浸かる風呂を好んでいた事の影響が大きかった。


「じゃあ、ちょっとやってみる。

 まずは頭からお湯を被るの。脱衣所の上に湯沸かしの魔道具が有るらしくて、置いて有る椅子の前に有るスイッチの魔道具で、上からお湯が降ってくる。ちょっと前まで単純に栓が開いた感じだったけど、今は雨の様に降ってくるから気持ちいいよ。こっち側の椅子は熱めで、反対側の椅子は温めね。

 体を濡らしたら、前に置いてる壺にディジーちゃんの作った石鹸が入ってるから、それを手に取って頭を洗う。頭の次は顔、それから体ね。上の方から洗っていくの。石鹸が目に入ると痛いから、目は閉じて、顔を洗ったらスイッチで石鹸を流すのがいいよ。体を洗う時には洗い布に石鹸を付けて体を(こす)るの。お尻もちゃんと洗ってね。

 足の先まで洗ったら、しっかり石鹸を流して、湯船に浸かるの。汚れた洗い布を湯船に入れない様に気を付けてね」


 一通り体を洗ったピリカが、チャポンと湯船に浸かってふにふにと顔を蕩けさせる。

 それを見てレヒカ達は、先を競って体を洗い始めた。小柄なシビルとラビが同じ椅子を半分ずつ使って、「雨が熱いよぉ」等と時折呻きながら。

 最初に洗い終えたのがレヒカとディミ。それから直ぐにマイランが洗い終えて、一つの椅子を二人で使っていたシビルがマイランの椅子へと移り座る。


「熱いよぉ……熱いよぉ……もう駄目!」


 三十秒も経っていないのに、ディミが立ち上がると、その後直ぐにマイランが続いて脱衣所へと逃げていった。


 のほほんとした表情でピリカはその様子を眺めていたが、そんな楽しいお風呂の時間は、そこで終わってしまったのだ。


「え? 何!? 誰! 嫌、きゃあ!!」

「入って来ないで!! ここはディジーちゃんの家だよ!!」

「きゃあ! やめて!!」

「ディジーちゃん、呼んでくる!!」


 引き戸を開ける音の後に聞こえたのは、そんなマイランとディミの叫び声。

 ドタバタと鳴る荒々しい音。

 バダンと乱暴に開けられた扉から姿を現したのは、風呂場の暴君三人組の一人、赤茶の髪の大女だった。


「ハッ!! 何だテメェらばっかりこんな所で風呂を使ってよおっっ!!」


 怒気も顕わに踏み込んできた大女が、顔を歪めて蟹股で拳を振り上げる。

 突然の凶行に流石のピリカも声が出ず、レヒカもぐっと構えるばかりで時が凍り付いた様な時間が過ぎていく。


 カチャリと音が鳴って、ディジーの部屋へと続く扉が開く。

 げんなりした顔を隠そうとしないディジーが扉から出て来て、今も動きを止めたままの大女を見て首を振った。


「全く、気分良く過ごしていたのに……台無しですよ」


 ディジーはそのまま大女を空中に浮かせると、女子寮側の扉を開けて出て行くのだった。


「えっと……何だったのかな?」

「ディジーちゃんが止めたんだ……よ?」

「それは間違い無いと思うけれど」


 それ程間を置かずに戻って来たらしいディジーが、女子寮側の扉の向こうでマイランと会話してくる声が聞こえてきて、暫くしてから風呂場の中に鉄球を浮かせたディジーが入って来た。

 ディジーが睨んだ先で、床が乾き、湯気が消えるのは、きっと『浄化』や『清浄』を掛けているのだろう。それでも納得いかないのか、一瞬風が吹いて風呂場の空気が入れ替わった様だった。


 溜め息を吐きながら、ディジーが自分の部屋の側の扉から出て行った時、入れ替わる様に女子寮側の扉から顔を覗かせたのがマイランとディミである。


「マイラン! ディミ! 平気だった?」

「う、うん。ディジーちゃんに回復薬を貰ったから」

「皆は無事?」

「うん。ディジーちゃんの御蔭なんだよ」


 そんな話をしている所に、再び戻って来るディジー。但し今度は服を脱いで、片手に洗い布を下げていた。

 椅子に座って髪を洗って顔を洗って体を洗う。


「でぃ、ディジー、ちゃん?」


 ピリカが声を掛けるのも無視して、湯船の中に割り込むと、両手を湯船の縁に掛けながら、もぞもぞと身動(みじろ)ぎをし始めた。


「もう、むかむかするのですよ。お風呂で気分を変えないとやってられません」


 その様子に、ほっと息を吐く仲間達。

 ピリカがディジーの肩へと手を伸ばして揉み始めると、ディジーの動きが大人しくなった。


「ご、ごめんね、私が扉を開けちゃったから」

「む、ディミは悪くないですよ。悪いのはあの臭そうな全裸強盗と、とっととお仕置きしなかった私です。扉を開けた所に割り込まれては、防ぎようが有りませんよ。

 それより、もう一度お風呂に入らなくてもいいのですか? 臭いのが移っているかも知れませんし、気分を変えるのにもいいですよ?」

「えっと、お湯を被るのは気持ちが良かったけれど、茹でられるのはちょっと」

「うん、ディジーちゃん、またね」


 結局ディジーを揉む手は二本増え、四本増え、ラビが真っ赤になって降参(ギブアップ)するまでディジー揉み揉みは続けられるのだった。


 場面は変わってマイランとディミは、乱入してきた大女の事が気になって、女子寮の外へと足を延ばしていた。

 そして通用口近くで見付けたのが、ディジーの風呂場で襲い掛かろうとした格好のままの大女の姿だった。

 表情もそのままに、脱いだ服は足下に置かれて、“この者、学院生の部屋に全裸で押し入り暴行を加えようとした全裸強盗なれば手出し無用”の看板が立てられている。


「ディジーちゃん、凄い怒ってたんだね」

「うん、これ、近付いただけでも何か有るよ」


 マイランとディミは、顔を見合わせて一つ頷くと、そのまま寮へと帰るのだった。

 彼の大女が解放されるのは、結局次の日の夜、ディジーが魔道具の研究室から帰って来るのを待つ事になるのだった。



 そんな話を聞いた秋の二月一日の仲間達。


「暴虐だな」

「あら、ぴったり。暴虐のディジーリアですわね」

「ちょっと!? ……でも、強そうな二つ名ですかね?」


 こうしてディジーの二つ名は、決められていったのである。

 ディジーって、仲間と力を合わせて色々とドラマが有って、恋や裏切りに揺れ動いてそれでも歯を食いしばって、到頭追い詰めたラスボスへと必殺の一撃をお見舞いする様なキャラじゃ無くて、そうやって追い詰められたラスボスの居場所で偶々木の上で昼寝をしていたディジーが、煩いですねとあっさりラスボスを斃して、今迄の俺達の苦労は何だったんだと嘆いている勇者達に、そんな事知りませんよと言ってのける様な感じですから、傍若無人で暴虐が二つ名で全くおかしくは無いのです。

 次は一旦デリラの出来事を挟みます。


 ではでは、また次回で~♪

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[気になる点]  お風呂場の暴君3人組が“彼ら”呼びされているところがあったのです。男扱いっ!? きゃぁ痴漢っ! [一言] ディジーさんの武勇伝、調べれば調べるほどびっくりですよね。それでもうまく付き…
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