(111)学院の一週間
ぎゃーーー!!!
とんでもない物を見付けてしまいました。
ファイティングポーズを取る花精ちゃんとイメージそっくりなキャラクターが!?!?
ちゃうねんちゃうねん、ネタ被りって奴やねん。
いや、伏線張ったのはこっちの方が早いから!
(と、弁明する為に今回はあんまり推敲してないけど投下じゃー!!)
秋の一月二十二日。騎士団から出講して武術講師を勤めるラタンバルは、目の前に広がる光景にぐっと眉間を押さえ付けた。
講義の開始は持久走と決まっているが、その準備が酷い。
一人では持ち上げるのにも苦労しそうな大きな桶が、演習場の少し内寄りに用意されている。蓋がされて中身は見えないが、漂っている恐ろしく良い匂いで中身の想像は付いた。
ほぼ間違い無く肉だ。寧ろこれで外したなら菜食主義にでも成ろうというものだ。
加えて大樽に何本もの柄杓が用意されているのは、ディジーリア曰くの特製ドリンクなのだろう。
つまり、初めから自重する気が微塵も無かった。
「いいですかね? お肉は動けなくなるまで走った後で、一回につき二枚迄です。特製ドリンクも、飲み過ぎるのはいけません。約束を守れなければ、私の相棒の“黒”からお仕置きが飛びますよ?」
それを隠すつもりも無いのか、ディジーリアが講義に集まった学院生達に、用意した差し入れの説明をしている。
後ろに浮いている赤黒い鞘に納まった禍々しいナイフは、特に気配は感じないのに、見ていると何故だか体の芯から震えが走る。喩えるならば、学院の中に居るのに戦場の直中に居る心持ちだ。
ちょっとそんな外れた行動を示しておいて、挙句の果てには――
「じゃあ、もう始めちゃいますね」
――ラタンバルの指示が無い儘に、一斉に駆け出していってしまった。
「最初は軽く、徐々に調子を上げていきますよ?」
いや、だからこれは持久走なのだぞ、というその言葉を、ラタンバルは歯軋りと共に呑み込んだのである。
しかし、どうにも文句は言えそうに無い。
鍛錬は全力でとディジーリアは言ったが、ラタンバルもそれには完全に同意だったからだ。
肉の有るこの場所に戻ってくる奴らが、震える手で肉を掴み、胸元に溢しながらドリンクを呷る。
咀嚼するだけの僅かな時間を休息に当てて、再び重い腰を上げて駆け足へと戻っていく。
確かに只の持久走では温いとは思っていた。それも学院生という格下だからだと自分に言い聞かせて無理矢理納得していたのだが、そんな配慮は必要無いと見せ付けられて、ある意味目を開かせられた気分である。
求める者には騎士と同じ様に扱っても良いのだと、いや、寧ろ並みの騎士より厳しく扱いても良いのだという現実は、ラタンバルの葛藤を良い意味で取り除き、晴れやかな気分にもさせていた。
思えば、ディジーリアを『武術』の講義に誘ったのにも、そういう葛藤から来る気持ちも有ったのだろう。恐らく、ディジーリアとの手合わせを見せ付ける事で、お前達への講義は接待なのだと示したい気持ちも有ったに違い無い。
しかし、そんな葛藤がそもそも思い込みによる産物だったのだ。
目の前の受講生達は、自ずと過酷な鍛錬を自らに課しているのだから。
……しかしこれはどうなのだ? ――と、納得しつつもラタンバルは首を傾げる。
受講生達は、咆哮を交え、目を血走らせ、手掴みで肉をかっ喰らって、そしてまた走り続ける。
肉やドリンクに変な薬でも入っているのでは無いだろうか。
「踏み足の一歩一歩に全力を込めるのですよぉ! 全力を超えた全力を振り絞ろうとした時に、僅かに漏れるのが“気”の力です。“気”の強化を覚えれば、一気に楽になりますよぉ!」
ディジーリアが休憩の際に口にしたその言葉に従ったのか、実際に走っている者の中から“気”に目覚める者までが現れ始めたが、どうにもその者達が正気には見えない。
見る間にその実力を上げて、或いはこの持久走の振りをした何かの間に、ランクの一つやそこら上げている者も居るかも知れない状況では有るのだが……。
“気”の乗った踏み出しでバランスを崩して転けた少女が、肘や膝から血を流しながら、鬼気迫る様子で走り続けるのは何だろうか。
見た感じメイドや侍女を目指しているとしか思えない少女なのに、一体何になろうとしているのだろうか。
発端のディジーリア自身はと言えば、自分でも口にしていた通り、やはり筋肉が無い分“気”も弱いのだろう。今回にしても初めの内は独走状態だったのだが、“気”を使える様に成った者が出ると、猛烈な追い上げを食らったりもしている。恐らく次回の講義では、再びディジーはトップから降ろされる事になるに違い無い。
それでも“気”の扱いには一日の長が有る為か、じわじわと速さも力尽きるまでの距離も伸ばしている。何より、現状でも回復は誰よりも早い。
最終的にはどれだけの“気”の遣い手になるのか、想像が付かなかった。
とまれ、只の持久走だった筈の時間が、これ以上無く良質な鍛錬の時間に成っているのだから文句の言い様が無い。ラタンバルが檄を飛ばす迄も無く、過剰な程に自らを追い込んでいるのだから、これもラタンバルが干渉する理由が無い。
いや、本来ならペースを考えない鍛錬には指導も入るところだが、それも肉と特製ドリンクで解決されている。或いは走る姿勢を正す口実で声を掛ける事も出来ただろうが、それも全力で走る中で自らより良い姿勢を模索しているとなれば、一体何を言えるだろうか。それをしては害にしかならないだろう。
即ち、ラタンバルには何も出来る事が無かった。
そんな手持ち無沙汰な状況が、ラタンバルにちょっとした気の迷いを起こさせる。
積まれた薄切りの肉の山からは、途轍も無く良い匂いが振り撒かれていた。
「……悪い薬でも入っていないか、確かめんとな」
そっと言い訳を口にしながら手を伸ばそうとして、その瞬間ラタンバルは全ての感覚を喪失する。
眼は光を失い、耳は音を失い、味覚も触覚も立っている感覚すらが消え失せる。
感じるのは何かに見られているという視線だけ。遥かに格上の恐ろしい何かに観察されているという感覚だけが、ラタンバルに突き刺さっていた。
「――カハッ」
感覚が無いながらも、一歩後ろへ身を引いて、そこでラタンバルは大きく息を吸い込んだ。
信じられない物を見る目で、宙に浮いたナイフを見る。感覚は戻ってきていた。
直視する事が出来ず、思わず意識から外していたナイフだが、とんでもない。これがディジーリアの武器なのだとしたら、つまりディジーリア自身もあの圧力と同じだけの実力が有るのだと、こっそり見せられて知ってはいたがランクBとはこれ程恐ろしい物だったのかと、ラタンバルは漸く気が付き愕然とする。
実際は、“黒”の方がランクDと、ディジーリアよりもランクが上なのだが、それは常識の埒外だった。
そして、同時にラタンバルは納得もしていた。こんな無茶を当然としているからこそ、ランクBにも成れるのだろうと。或いは既にランクBだというにも拘わらず、自らを魔力枯渇に追い込んで鍛錬する者だからこそ、その領域にも辿り着けたのだろうと。
二時間の持久走が終わった後に逸早く復活して、特製ドリンクを配り歩くディジーリアは、当然の様な顔をして、しっかりと革鎧を身に付けた完全装備だ。
只の運動着とは、動き易さも重さも比べ物にならない。
確かに今日は追い付かれそうにもなっていたが、そんな状況でもディジーリアは調子を崩さず、着々と走行距離と速度を上げていた。
幼さを残す少女なだけに、子供なのに強かったり、或いは突飛な行動に目が行きがちだが、こうした地道な鍛錬の積み重ねこそがディジーリアをして特級に至らしめたのだ。
そこまで理解すれば、何故ディジーリアが肉と特製ドリンクを用意したのかも、ラタンバルには分かる様な気がした。
要は鍛錬にもならない持久走を忌んだのだ。
恐らくこの歳で特級に到ったという事は、普段から鍛錬に鍛練を重ねる様な生活をしてきたに違い無い。況してや武術を学ぶ為に受けているこの時間を、無駄に費やしたくなかったのだと言われれば、そこには納得しか無いだろう。
ラタンバルが“そういう物”だと妥協した部分を、御座なりにせずに必要な事を突き詰めたのがディジーリアだったというだけの事なのだ。
教える側な筈なのに、随分と学ぶ側に回っている物だとラタンバルは口元を歪めた。
しかし、それも構わないだろう。実際に学ぶ事が多く有るのだから。
だが、一つだけ言わせて欲しいとラタンバルは思う。
休憩が終わった後に、号令が無くともペアになって打ち込み稽古を始めるのは、意識の高さとも言えるだろうが、どうにもラタンバルの指導を期待していない様に見えるのは気の所為だろうか。
裂帛の気合いは良いのだが、目を血走らせて制止も聞かないその様子は、やはり何かの状態異常に掛かっているのでは無いのだろうか。
本来ならばもっとゆっくり見て回りながら、剣の握りや型のおかしな部分を指摘する時間の筈なのに、何故剣を弾き飛ばした後や砕いた後にも追撃を加えようとする馬鹿共を、体を張って止めていなければならないのだと、ラタンバルは疑念を抱く。
おいこら貴様、どうして割って入って止めているこの俺に、狂った様に模擬剣を叩き付けてくるのかと。
「「「有り難うございました!!」」」
と、最後の礼ばかりは気持ちがいいが、絶対にその言葉は俺に向けては言ってないだろうと、そう、ラタンバルは訝しんだ。
「……乗っ取られた」
誰にとは言わないが、それがラタンバルの心情を正しく表す言葉だったのである。
昼食を取った後のラタンバルは、三名の武術講師に共通した指導日誌へと、今日の出来事を書き連ねていた。
しかし、一体どう書けば良いと言うのだろうか。書き方によっては、例年と違って問題児……そうだ、問題児だ、どうしようも無い問題児共ばかりの年に見られてしまいそうで、どうにも筆の進みが悪い。
準備運動代わりの持久走について書くだけでも、散々に頭を悩ませた。何とか捻り出したのが、「受講者の提案で、希望者はより負荷の高い反復走に切り替えた」の一文だ。
これを考え付いた事で、受講者の寸評を書くのも随分と楽になったものだった。
問題は、その後の打ち込み稽古だ。
実は、これに関してはディジーリアに問題は無い。ペアの相手のスノワリンが、技量だけは一流の腕を持っていた為、その技を見取りながらいい具合にお互いを高め合っている。ラタンバルが指導すれば、ちゃんとそれを聞くのだから、この時ばかりは模範的な学院生と言っても良いくらいだった。
だが、それ以外についてはどう書けば良いのだろうか。ディジーリア達のペアであっても軽い興奮状態に入っていたが、その他の者はと言えば極度の興奮状態に陥っており、会話も出来無い状態だったのである。
「……やっぱ肉じゃねぇのか? いや、ドリンクの方か?」
一人で居る分、幾分崩れた口調でラタンバルはそうごちるが、何にしても、現状の狂戦士状態は色々と拙い。指導にもならなければ、要らぬ怪我も増えるだろう。
「次は講義に入る前に少し話をせねばならんな……」
随分と予想外の展開になったものだと、ラタンバルは溜め息を溢したのである。
そんな事をしていた為か、結局ラタンバルが学院から引き上げたのは、午後の二齣目が終わる頃になっていた。
演習場に面したテラスの直ぐ脇に在る『武術』の準備室を出る頃に、丁度二齣目終わりの鐘が鳴り、演習場で『魔術』の実習をしていた学院生達がぞろぞろと戻って来るのを、何とは無しにラタンバルはテラスで待つ。
戻って来る学院生達は、そんなラタンバルを不思議そうに見ては本館の中へと入っていく。武術と魔術は相性が悪いとされていたから、『魔術』の受講生は武術科の講師に馴染みが無かったのである。
戻って来る学院生の数が多いのは、『魔術』の講義は『武術』と違って騎士団との兼ね合いも無い為、日を分ける事も無く講師の違う三つの講座が同日に開かれている為だ。上級生を対象とした『上級魔術』では、魔の領域で魔物の討伐をするにも充分な、本格的な魔術を教えていると言っているが本当だろうか。一齣を座学、一齣を実技としたその実技の時間が終わったところだろうが、お上品に的へと向かって魔術を放つその様子からは、とても戦場で使い物になるとは思えない。騎士団の本格的な訓練の後には、演習場の地面はかなり荒らされているものだが、その様子が窺えないのは陸な威力も出ていないという事だろう。
ディジーリアが軽く魔術を放てば、恐らく城壁にも穴が開く。それくらいはラタンバルにも読み取れる。
デラ女史として知られる講師デラミスが魔術を振り絞ったところで、焦げ目が付けば良い方だろう。
そんな事を考えていたからだろうか。学院生達が戻って来る中にデラ女史を見付けたが、デラ女史は例によって見下す視線でラタンバルを一瞥してから、鼻を鳴らして本館の中へ去って行った。
「……あれはどうなんだ?」
思わず溢した言葉だったが、それを拾った者が居た。
「済まんな。ちょっとしたヒステリーだ」
そのフォローになっていない言葉を耳にして、ラタンバルは毒気を抜かれて振り向いたが、そこに居たのは苦い顔をした魔術講師達だった。
「まぁ、これから魔術学界は少し騒がしくなるかも知れん。理論も何も彼もが一旦十年前に巻き戻るかも知れんな」
「どんな騒ぎになるかを思えば憂鬱ですけれど、心積もりをしておいて貰えると助かります」
その言葉にラタンバルは少し考えるが、結論は直ぐに出た。
魔術講師達の言葉は、彼らが教える『儀式魔法』に関しての事だろう。
その切っ掛けも、恐らくは入学試験でのディジーリアだ。
魔術に疎めなラタンバルには分からなかったが、魔術講師達にとってディジーリアの存在は劇薬だったらしい。デラ女史を除いた講師達が集まって、議論を戦わせているのを何度か見た憶えが有る。
「騎士団では魔術に重きを置いてはいないから影響は無いぞ。撃つのに立ち止まる必要が有る魔術は使い物にならん。尤も、それは『儀式魔法』に限った話だった様だがな」
「ぐ……もしかして、動きながら魔術でも使って見せましたか?」
「……誰の事かは分かっているみたいだが、移動する魔術で一瞬の内に演習場の中を一周回って見せたぞ?」
「何て事!? ――やっぱり、あの子に講義して貰うのが一番良い方法ですよ!」
「いや、デラ女史がそれは許可しないぞ」
「あの人が魔術学界に果たした役割は大きいからなぁ……。睨まれてはやって行けん」
ラタンバルの様に直接関わっていなくても、こうして振り回されてしまうらしいと思うと、妙に笑いが込み上げてきてラタンバルは口元を歪めた。
しかし、こうして見ると当然の事ながら魔術師達に体を鍛えている様子は見られない。
ディジーリアもそうだったからおかしな事では無いのだろうが、ディジーリアの鍛錬の遣り方を見ていると、どうにもそこにラタンバルは違和感を覚えるのだった。
まぁ、分からなければ聞けば良いだけなのだが。
「――一つ聞きたいのだが、魔術の鍛錬というのはどういった事をするものなのだ? 例の首席が俺の講義を受けているが、鍛錬は全力だと無茶ばかりしている。魔術師は本ばかり読んでいると思っていたが、どうもそんな感じでは無くてな」
そんなラタンバルの言葉を聞いて、魔術講師達は一斉に口を噤む。
暫くしてからその内の一人が、深い溜め息と共に口にした。
「やはり、そうなのだろうな。我々の『儀式魔法』と『根源魔術』は全く異なる物と考えた方が良さそうだ」
「魔術に触れた小さな頃は、手応えなんかも感じて、それが楽しかったのに」
「ああ、原始人と言われて手を引いた口か。俺はその手応えを大事にしようと研究を進めたが、あの蔑む空気はきついよなぁ……」
「それで、その研究はどうなったんですか?」
「……隠れて研究は進めていたが、手応えに重点を傾けると何故かそれまで使えていた魔術が使えなくなる。使える魔術も発動までの時間が倍以上になる。そういうのはデラ女史には一目瞭然らしくてな、先が見えないのに嘲笑を浴びせられて突き進む勇気は俺には無かった。実際手応えを物にしても、それでどうやって火炎弾を放てばいいのか全く分からなかったからな。それで今も半端なままだが……終の一番の回答は見ただろう?」
「『根源魔術』による魔弾の再現だな?」
「あれを見て自分の思い違いに気が付いたんだ。手応えを基に、全て自分で魔術を組み立てる必要が有ったのだと。それに気が付いた時に、『儀式魔法』では自分で何もしていなかった事に気付かされて、『儀式魔法』は神々への丸投げだとの言葉に俺は全面的に賛成だな」
「「「「う~む……」」」」
質問をした筈なのに、身内での話し合いを始めてしまった魔術講師達に肩を竦め、ラタンバルが去ろうとした所に後ろから声が掛かる。
「済まん、答えがまだだったな。『儀式魔法』では、知識を蓄える事と、魔力の解放しかしておらん。魔力の解放は、脱力と肉体から意識を飛ばす感じだから、鍛錬とは印象が違うな。『根源魔術』でどんな鍛錬をしているのかは、私らに聞かんでくれ」
ラタンバルは、軽く手を挙げて彼らに別れを告げた。
どうやら振り回され仲間が出来た様だと、ラタンバルは口元を歪ませたのである。
~※~※~※~
さて、デラ女史ことデラミスについて語ろう。
彼女は、凡そ十五年前に、王都東の学園で見出された『魔力視』持ちの少女だった。
学園での『魔術』の授業で、教師よりも的確にしかも速く魔術を使い、その後は発動に苦しむ学園の仲間達を、見下す様に眺めていた。
いや、或いは仲間とも思っていなかったのかも知れない。
そんなデラミスから、このままでは余り良い事にはならないと気に掛けた学園長が話を聞いて、『魔力視』持ちだと判明した。
『誰も彼も話になりませんわ! 私を嘘吐き呼ばわりしておきながら、あんな体たらくで恥ずかしく無いのかしらね!』
きつい口調で言い捨てるデラミスに、他には見えない物が見える事で色々と鬱憤が溜まる事も有ったのだろうと思いながら、学園長は考える。
彼女が持つ力を理解されずに蔑ろにされて来たのなら、彼女の力を理解出来る場所に導いてやれば良い、と。
学園長に、もう少し人を見る目が有ったのなら、今の状況も違ったのかも知れない。
何と言ってもデラミスは、祝福技能として与えられた『魔力視』に増長していただけなのだから。
他の学園生から距離を取られている様に見えたのは、デラミス自身が他者を貶める言動を繰り返した自業自得の結果として、煙たがられていただけなのだから。
教師や他の学園生に話を聞かなかった学園長も、『魔力視』という並外れた技能に舞い上がってしまったのかも知れなかった。そしてまた、学園長が悪い癖を重ねてしまう。
デラミスを紹介する為に出向いたのは、季節の区切りに王宮で行われるパーティの会場だ。学園長はそこでデラミスを紹介する。『魔力視』を手に入れた才媛だと。それで終われば良いのだが、悪い癖を出して二倍にも三倍にも大袈裟に膨らませてしまう。
デラミスはそれを当然と鼻を鳴らしていたのだから、この頃からその性格は既に出来上がってしまっていたのだろう。
才媛と言われた所で結局は学園の子供だったのだが、研究に行き詰まっていた研究者の一人が声を掛けたのが切っ掛けとなって、デラミスへの依頼が徐々に増えていった。その中でデラミスは、国を支える偉い研究者でも大した事は無いのだと理解してしまう。そしてそんな研究者達よりも自分が上なのだとの認識を深めていったのだ。
止めとなったのが、魔道具の開発に関わった事だ。魔道具の研究は加速度的に進み、世の中に大きな変化を齎すまでとなった。
そうなると、もう止まらない。魔術の研究にデラミスの居ない状況は考えられなくなり、デラミスに恩の有る研究者達によってデラミスの発言力も増大した。デラミスに異を唱える事が有れば、それは魔術学界に居場所が無くなる事にもなった。デラ女史と呼ばれる様になったのもこの頃からである。
その状況に危機感を抱いて、他の『魔力視』持ちを見出そうとする動きも有ったが、大々的に捜索しようとすればデラ女史にその動きを潰されて、密かに捜そうとしても見付からず、それでも僅かに見付かった『魔力視』持ちも既に地位を得たデラ女史には敵わず、失意の内に姿を消していったのだ。
確かにデラミスが居なければ、多くの研究は未だに日の目を見る事は叶わなかったに違い無い。特に魔道具は、未だに民衆の手には渡っていなかっただろう。
しかし、魔術学界において誰もデラミスに逆らえない歪な状況に、嘆息しない魔術師もまた居なかったのである。
ディジーリアが学院に現れたのは、そんな状況の最中だったのだ。
「全く、忌々しいわね」
デラミスは、苛立ちを押し殺しながら、自分に与えられた部屋へと向かって歩いていた。
あの武術科講師の不躾な視線。あれをしたのが魔術科の講師なら、今頃魔術で以て這い蹲らせていた所だ。
しかし、デラミスの威光も魔術学界の中でしか力を揮う事は出来ず、学院の重鎮程度にデラちゃん呼ばわりされる始末。武術科に到っては、動きながらでは使えない魔術ならば使い物にはならぬと、端から相手にされていない。騎士ならば魔術の有用性を無視出来ない筈なのに。
それに加えて今年の学院の新入生は、首席がとんでもない礼儀知らずと来て、目の前が真っ赤になる様な怒りばかりが込み上げてくる。
入学試験の事はいい。デラミスが試験問題の監修をしていたと知らなかったのだろうから。偶々今の魔術とは違う、化石染みた古臭い方法を見付けた子供が調子に乗っているだけだ。
それならデラミス直々に、『根源魔術』など原始人の技だと叩き込もうと思ったが、何故だか件の子供は『魔術』の講義を取っていない。他の講師を希望したのかと思えば、それも無い。他の講師を希望していたとしても引っ張ってくるつもりだったが、そもそも受講を希望していなければそれも出来無い。
憤懣の持って行く先が無く、デラミスの苛立ちは募るばかりだった。
更に言うなら、これまでデラミスの言葉は絶対だったが、飽くまでもそれは魔術学界での話に過ぎない事が、この所の出来事で浮き彫りになっていた。
『――寧ろ女史は、これまで不当な評価で貶めてきた者達への対応を考えるべき――』
『――デラ女史の言う資質は、自分の魔力を制御も出来ない資質無き者になりますからね――』
『――寧ろ今後は『儀式魔法』遣いが魔力の制御も出来ない三流以下と見られてしまいそうだ――』
嘗て入学試験後の審議の場で『魔術』以外の講師達から投げ付けられた言葉は、思い返す度にデラミスの頭を掻き乱す。
『いっそ、本当に“終の一番”の彼女に講師を依頼しますか?』
『ははははは、それはいい!』
何も分かっていない者達が、勝手な事を言い始めるのを聞いて、その時のデラミスは憤死するのではという間際だった。
入学試験のあの時に、魔術が失敗したのも気を失ったのも、きっと同じ理由に違い無い。
いや、また怒りに頭を染めてしまえば、思わぬ失敗をしてしまうかも知れないと、デラミスは軽く息を整えて、与えられた部屋へと入るのだった。
付き人が淹れる紅茶を口元に運びながら、更にデラミスは思いを巡らせる。
今の状況を齎している原因の一つは、『判別』の魔道具の存在だと。あれさえ無ければ、少なくとも魔術の試験結果は、大幅に点数を削る事が出来た筈だった。
尤も、『魔術』の点が付かなかったとしても、首席での合格は揺るがなかったらしい事を考えると、やれなくて正解だったのかも知れないが。
自らが関わり称賛を受けた物の一つだが、そんな物が世に広まった所為で、思い通りに行かない事が増えて来ている。
特にこれまでなら絶対服従に近かった魔術講師達が、何やらデラミスに意見してくる様になったのが癪に障る。何も分かっていない癖に!
不愉快な事を思い出す度に拳に力を込め、平静を繕う為に拳を緩める繰り返し。
デラミスの居る部屋に客が来たのは、そんな時だった。
「これはこれは本日も麗しく。今回もいつも通りの魔力薬を二十本お持ち致しました」
やって来たのは、錬金術講師の一人。錬金術士達は王城に隣接した研究所では無く、街中の研究建屋に籠もっている為、こういった魔法薬の遣り取りは学院で行うのが面倒も少なかった。
魔力薬は一時的に魔力を嵩増しする薬で、魔力回復薬よりも使い勝手が良い。
付き人が薬の入った箱を受け取るのを見ていたデラミスは、ふと例の子供が『錬金術』の講義を受けている事を思い出した。
「お待ちなさい。例の首席の子供が、『錬金術』を受けていたと思いますが、どうしているかご存知?」
「おや、あの子供ですか? 一度講義を受けただけで、次からはもう来ないそうですよ。幾ら首席と言っても子供に錬金術は難しかったのでしょうな。まぁ、優秀なのは去年迄という事でしょう」
少し引っ掛かる所は有ったが、デラミスはその錬金術講師の言葉に気を良くして、その日は一日を終えたのである。
しかし、直ぐにその気分は壊される事になった。
「申し訳有りません。魔法には憧れが有ったのですけれど、私には魔力が無いのが分かってしまっテ。受講希望は出していましたけれど取り消させて頂きたいのです」
秋の一月二十四日、二度目の『魔術』講義の終わりにそんな事を言ってきたのは、怪しいながらも中央大陸の東からやって来たという少女だった。
特にデラミスは思う事も無く、その申し出に許可を出した。
その少女は目新しさだけでデラミスの講座に引き入れたが、魔術を使えないだろう事は初めから分かっていたからだ。
「俺も悪いが抜けさせて貰おう。魔術を使っている間は動いてはならないだとか、そんな制約は魔の領域での探索には致命的だ。振り撒く気配の強さも敵を誘き寄せるだけだな。街でなら遣い道も有るのかも知れんが、うっかりでも森で使ってしまっては笑えない結果になる」
辺境伯の三男がそう言ってきた時には惜しいとは思ったが、所詮田舎貴族の三男だと目も合わせず軽く頷いて了承を示した。
他にもちらほらと二人三人……。何れも大した相手では無いと思っていたら、与えられた部屋に戻ったデラミスに、受講辞退者のリストが届けられたのである。
「な、何よ、これ!!」
そこには、新入生の実に八割が受講を辞退すると示されていた。
慌てて事務棟に駆け込んだデラミスだったが、事務員がのんびりと答えるのを聞いて、少し気分も収まってくる。
「それは今年は騎士が多いですからなぁ。去年迄とは違いましょう。来年また王孫殿下がご入学なされたら、一気に数は回復するでしょう。いやいや、もしかしたら来年殿下と一緒に受講する為に、今年の受講を取り止めたのかも知れませんぞ?」
それはデラミスにも納得出来る説明だったが、どうにも嫌な感じを拭いきれないのだった。
~※~※~※~
秋の一月二十七日。
転回広場に程近い、黒い牡鹿亭に偶然学院の講師達が集まっていた。
騎士団宿舎に戻って来たはいいが、やけに疲れた様子のラタンバルを労う為に集まった、武術講師のイグネアとガルア。
収穫祭の計画書が早々に受領された事を祝う為に集まった、クロールやカカレンといった学院所属の講師達。
親睦を深めに来た建築科講師のドーハ達。
他にも飲まずにはやっていられないという様子の魔術科講師も居れば、静かに飲んでいる後ろ姿は歴史科の講師だろうか。
他にも諸々多くの学院関係者が、その日の黒い牡鹿亭には偶然集まる事になったのだった。
気の合わない人物が偶々居合わせていなかった事も有り、仕切りを取っ払って一塊になってそのまま合同の飲み会が始まった。
「今日の『武術』は凄い音をさせていたね。迫力の有る叫びや笑い声も聞こえてくるし。一度見に行こうかと思ったのだよ?」
「あれは凄い音だったね~。気合いの声とかも凄くて――」
「ちょっと問題を解かせている間に見に行ったけれど、子供達が宙を吹っ飛んでいたのは、あれはいいの?」
機構学科や歴史科といった、演習場寄りの講義室を持つ講師達が先制すると、ラタンバルはテーブルに突っ伏した。
「忘れてくれ……。――いや、どうせこれからも続くか。まぁ、何だ? 俺の講義は新入生首席の牽引力が凄まじくて、ほぼ全員が狂戦士化しているからな。あれぐらいで無ければ乗っ取られる」
「そうそう、どういう指導をしているのかも気になってたんだよ。指導日誌じゃ分からないからね」
「……そうか。なら聞かせてやろう。
初日の持久走だ。俺は二時間走れと言ったら、あのディジーリアは二時間で“気”も体力も使い切る様に調整したらしい。時間間際に全力で行けと言えば、言われた通りに全力を出して、時間まで持たずに潰れた。二時間で調整していたのを崩す様な指示をするのはおかしいと怒られたな。逆にそこで力を振り絞れるのは手抜きしていた証拠だとも言われた。言っている本人はどこからともなく食事を取り出して貪っていたが、今から思えば“気”も体力も使い果たしているなら、何もしなければ昏睡の上に死ぬ虞まで有る。文句など言えん。
その次は、持久走にも拘わらず全力疾走して、開始早々に力尽きた。で、そこで肉と飲み物を取り出して食う訳だ。何をしているかと聞けば、体力の無い彼奴が二時間走り切ろうとすると手を抜くしか無いが、それは意味が無いと、鍛錬は全力でだと言い切った。それで休憩を挟みながらも前の倍以上走り切られては、これも文句など言えん。結局二時間終わった時には、釣られた奴らが半分以上出ての死屍累々の有り様だ。
で、三回目にもなると隠そうともせずに、肉の山積みとなった桶と飲み物の樽を用意してきた。全力の反復走に参加するのも全員だ。そしてその後の打ち込み稽古でも俺の言う事など聞きやしない。人が止めているっていうのに、目を血走らせて模擬剣を振り回すのを止めようとしない。
そこで俺も考えた訳だ。相手が獣染みた狂戦士になっているなら、こっちも実力を見せて、どっちが上かはっきりさせるべきだってな。まぁ、ちょっと肉を食いたかったというのも有るが……。
件のディジーリアを初めとして、正気の奴らも少しは居るが、有り難い事に狂戦士の馬鹿相手には、その遣り方で巧く行ったぜ?
それが今日の出来事だな」
「…………私は普通だったね」
「…………ああ、こっちもだな。それに比べれば普通としか言えんな」
はっとした顔で、講師の一人が口を開く。
「え? という事は、これから『武術』の時間は今日と同じくらいに騒がしくなる?」
「それは苦情が出そうだなぁ……」
「ま、気合いだからって叫べば良いって物じゃ無い。そこは追い追い教えていくさ」
そんな始まり方をした飲み会だったからかも知れないが、話題の中心はディジーリアである事が多かった。
「結局ディジーリアって何物なんだろう」から始まって、「歴史学に来てくれなんだのは残念じゃよ」「ええ、薬草の勉強や調合にはとても熱心で、教え甲斐が有りますわ」「ああ、魔物についても勤勉に調べて来るよ。今日は来ていないがビジットも時間が有ればもっと教えて上げられるのにと言っていたな」とディジーリアの評判へと話が進み、「ディジーが提出した論文というのが気になって調べてみたのですがね、まさかとは思いますが所長の名前がディジーリアとなっている物が幾つかと――」とディジーリアの正体に迫る噂、「デラ女史の横暴が……。終の一番に期待するしか」と現状を破壊する何かを期待する者と、その話題は多岐に亘った。
そんな話を聞きながら、ラタンバルは「振り回されるのも、そんなに簡単な事では無いのだがなぁ」とぼやくのだった。
そして次の日。
一撃の強さを重視するイグネアの『武術』講義に完全装備で現れた受講生の一人が、更に大荷物を担いで来ていた。
「済まんが、ちょっと試したい事が出来た。持久走の間は俺の好きにさせて貰って構わないか?」
ラタンバルのぼやきを証明する様に、演習場へ持ち込まれた肉の桶と飲み物の樽を目にして、武術講師のイグネアもまた顔を引き攣らせたのである。
~※~※~※~
魔道具講師のロルスロークは、己が岐路に立たされている事を感じていた。
と言っても、本来ならば無い筈の分岐点だ。そこに立たされていると感じるその事こそが、現在の魔術学界の歪さを示していた。
そう思って思い返してみれば、十年前迄の魔術教本は、今とは違って『儀式魔法』一辺倒では無かった筈だ。昔の魔術教本には、確かに「『儀式魔法』と『根源魔術』の二つの魔術が知られている」との書き方はされていても、その優劣を問うたり、況してや二つだけとも記されてはいなかった。
それが今や、『儀式魔法』と示しもせずに、「魔術とは」唯一つで有るかの様に記載されてしまっている。
ロルスロークがそれに気付いたのは、姪から寄せられた疑問の声が切っ掛けだったが、まさか自分が学んだ教本と今の教本とがそこまで変わっているとは思わないだろう。そんな切っ掛けでも無ければ、調べてみようとすらしないに違い無い。
しかし、今の学園の子供達は、魔術とは『儀式魔法』を指すのだと教えられているのだと思うと、ロルスロークは背筋が寒くなる様な気がした。そんな教育を施されていれば、ロルスローク自身魔紋を研究しようとはせず、魔道具も世の中には現れていなかっただろう。
いや、まだ大丈夫だ。教本は改変されていても、教える立場の者は昔の教本で学んでいる筈だ。そう自分に言い聞かせながらも、更に十年後は、と言われると、ロルスロークも青褪めるしか無かったのだ。
その状況を招いたのが、いつの間にかデラ女史と呼ばれる様になった嘗ての少女デラミスだ。出会った当初からどこか高慢で尊大な態度を取っていた少女が、魔道具普及の功績を全て自分の物として吹聴しているなどというのは、ロルスロークの与り知らぬ事だった。
ロルスロークにとって、少女はただ目が良いだけの協力者で、研究者とはとても言えない者だったのだから。取っ掛かりを掴む為の、一時的な雇用関係に過ぎなかったのだから。
しかし、魔道具の研究が軌道に乗り、常に時間が足りなくなってくると、嘗て考えていた『魔力視』に頼らない魔道具造りを模索する事も出来ず、結局デラミス頼りになってしまっている。それがデラミスの増長を招いたのかと思うと、ロルスロークは胃が痛むばかりだったのである。
そんな状況に放り込まれた爆弾が、今年の新入生首席の少女だった。
容赦無くデラミスの到らぬ所を抉ってくる論調は、参り掛けていたロルスロークをも揺さ振り追い詰める事となったが、ロルスロークが心配した様なデラミスの暴走も、首席の少女が不幸な事件に見舞われたとの知らせも、いつになっても聞こえて来なかった。
不思議に思ったロルスロークが調べてみれば、件の首席少女は『魔術』の講義を取っておらず、そもそもデラミスとは接触する機会が無い。
それを知って、ロルスロークは少しだけ目が覚めた。
魔術を得意としている少女が、学院に来て『魔術』の講義に価値が無いと見做したのだ。
それが今の魔術学界の姿なのだと、ロルスロークは己を恥じたのである。
そして、宣言通りに『魔道具』の講義に現れた首席少女のディジーリア。講義室の一番前の席に陣取って、見上げて来るその瞳のきらきらとした輝きはどうした事だろう。
そこにロルスロークが感じたのは、純真な魔術への憧憬であり未知への探究心だった。
それは嘗てロルスロークが持っていた物であり、今も燻り続けている想いである。
こんな少女を下らない我執の犠牲にしてはならない。
少女の瞳に浄化された気分で、ロルスロークはそう決意を固めるのだった。
実際にロルスロークは、少女が『魔術』を受講希望していないと知ったデラミスから、言外に下らない要請を含ませた言葉の数々を、既に受け取っていたのである。
『今年の新入生には随分な礼儀知らずが居る様ですが、学院の格式にそぐわないと思いません?』
『本当に、何も分かっていないのに賢しらぶって、怖気が走りますわ』
『おお、嫌だ。あんな礼儀知らずに関わり合いが有る所に、手を貸す気には成れませんね』
礼儀知らずで下品なのはどっちだと思いながらも、デラミス自身が当時の学園長に拾い上げられた者だという事を盾に、のらりくらりと逃げていた。
しかしそれも、少し気分が浮上してみれば、また違う物が見えてくる。
もしかして、魔法陣を見るのにデラミスの協力が必要なのと同じ様に、デラミス自身もロルスロークから否定されては立ち行かなくなるのでは、と。
それをしては暫く魔道具の研究が停滞するのは確かだが、ロルスロークが「彼女は目が良いだけだろう? 何時の間にか栄達を遂げたみたいだが」と一言言うだけで、デラミスは今の地位から転がり落ちる事になるのでは無いだろうか、と。
デラミスは、そう思わせるだけの諸々を、既に多々遣らかしてしまっている。
ロルスロークは彼女の研究書にも一度目を通した事が有るが、『魔力視』で見えた事だけを基に妄想を書き綴った物との印象しか抱けなかった。
研究者としては恥ずかしいばかりのそんな代物を、既に数多世の中に送り出してしまっているのだ。
それに、勝算だって無い訳では無い。例の首席少女ディジーリアには、明らかに他の者とは違う何かが見えている。
そしてそれは、見えているだけのデラミスとは恐らく違っているに違い無い。
何故ならば、ロルスロークの講義の中での『魔力視』技能保持者が見た『儀式魔法』の説明で、ディジーリアは度々不思議そうな様子を見せていたのだから。そして、魔道具の研究には『魔力視』技能保持者の協力が必要と言われても、丸で動揺していなかったのだから。
更に言うなら、「自慢気に神々の使い方を解説される」のは煩わしいと言い、『儀式魔法』使いが魔術を理解しているのなら魔法陣の意味も解説出来る筈だと断言されて、ロルスロークは激しく頭を揺す振られた様な気分になった。
これはいけない。この状況を放置するのは、思った以上に不遜が過ぎるのでは無いのか、と。
デラミスの顔色を窺っている場合では無かったと、この時完全に目が醒めたのである。
そして秋の一月二十九日。二回目の『魔道具』の講義の日。
例年ならば、この時デラミスの協力も得て、『魔力視』技能保持者からの説明をして貰う予定だった。
しかし、宣言通りにデラミスは協力を拒絶して、壇上にはロルスロークだけが上がっている状況だ。
だが、これでいい。
恐らく拒絶したデラミスも、何処かで恩を売る為に待機しているのだろうと思われるが、ロルスロークとしては協力を拒絶されたという事実さえ有れば名目は立つ。
「では、第二回目の講義を始めよう。前回の講義で述べた様に、これからも『魔道具』の講義を受けるかは、今回の講義で良く考えて欲しい。受講すると決めたならば教本は購買に有る。次回からは教本を忘れない様に」
そんな言葉からいつもの通りに講義を始め、例年通りに魔道具の構成へと入っていく。
「まずは身近に有る湯沸かしの魔道具について話をしよう。湯沸かしの魔道具と一言で言っても、その方式は複数存在する。主な物は三つだな。『火炎』で火を起こす物、『温熱』で直接水を温める物、『温熱』と似ているが他から熱を移動させてくる『熱移動』を使う物の三つだ。
今の主流は『温熱』だな。嘗ては『火炎』が最も良く使われていたが、水を温めたいのに火を焚くのは迂遠だ。直接温める方が効率が良いと分かってからは、『火炎』方式は殆ど用いられなくなっている。『熱移動』は保冷庫を持つ厨房設備では用いられる事が有るが、持ってくる熱が不足すると湯が沸くには到らない。多くの場合は『温熱』と併用する事で補っているな。
……さて、ここまであっさりと説明したが、君達が何も知らずに湯沸かしの魔道具を作ろうとした場合、多くは『火炎』を用いようとするのでは無いかな? 或いは何故『火炎』では駄目なのかと考えていないかな?
説明しよう――」
湯沸かしの魔道具というのは、初期の魔道具で有るが故に、試行錯誤の精髄が詰まっているとも言えた。
目的は何か。目的を達成する為の最適な手段は何か。迂遠な方法を採ってしまった時に起こり得る事は何か。それらを明確にする必要が有る事を告げていく。
湯沸かしの魔道具の場合、目的は水を湯にする事。その為の最適な手段は、水に熱を与える事。これを火で沸かそう等とした場合は、火を生じさせる空間、火の熱を効率良く回す構造、断熱の検討が必要となり、更に装置が大型化して尚性能が下がる事を示した。
「尤も、焜炉と考えるならば、相手を限定しない『火炎』は最適な選択かも知れない。要は目的は何かという事だ。
前回の講義でも述べた通り、『魔道具』の講義でこういった作り方には踏み込まない。魔道具の基礎技術では無く、仕組みや構造に興味が有る場合は魔道具ギルドをお勧めする。しかし、その場合でも目的を取り違えない事だけは心に留めておいて貰えればと思う。
さて、次は同じ『温熱』の魔法陣でも用途は多岐に亘る事を――」
魔道具に使われる魔法陣の活用方法。
魔法陣への魔力の供給方法の基本。
魔力源となる蓄魔器や魔石箱の構造。
各種スイッチの仕組み。
そういった基本要素の概略を示していけば、講義の時間は直ぐに終わりへと近付いていく。
「何度も言うが、こういった要素を組み合わせて魔道具とするのは、各種魔道具ギルドの腕の見せ所だ。『魔道具』の講義では、先程説明した要素をより細かく解きほどいて、より洗練された物へと改良していく事を目指している。或いは全く新しい何かだ。
さて、最後に実際の魔法陣転写装置を見てみようか。
魔法陣を見るには『魔力視』技能が必要だと述べたが、これだけの人数が居れば『魔力視』が出来る者も居るだろう。
『魔力視』が出来るという者は、是非前に出てその眼で確かめて貰いたい」
それは賭けだったが、最前列で椅子から降りた赤毛の少女が、きょとんと辺りを見渡すのを見て、ロルスロークはぐっと拳を握り込んだ。
「おや? 他には居ないのかね? ――ふむ、仕方が無い、進めるとしよう。
ここに有るのは、実際に展開された魔法陣を、魔晶石や魔石へと封じ込める装置となっている。四角いステージを目標に魔術を行使すれば、そこで展開された魔法陣がこちらの受け台に乗っている魔晶石に転写される仕組みだ。ここに有るのは小さなステージの物だが、展開される魔法陣の大きさに合わせてそれぞれの大きさの転写装置が存在する。
本当は封じ込める魔晶石の属性等も関わって来るのだが、ここでは詳しくは述べない。
因みにこの装置に魔法陣は使われていない。共鳴石などを駆使して、魔紋だけで構成した初期の魔道具だが、今も現役で使われている。仮令魔法陣式の転写装置が何かの拍子に全て壊れる事が有ったとしても、この仕組みが失われない限りは、世の中から魔道具が無くなる事は無い。
さ、始めようか」
何でも無いかの様に口にするが、その実心臓は煩い程に鼓動を奏でている。
少女ディジーリアが何処か所在無さ気に見えて、ロルスロークはふと頬を緩ませると、少し気持ちが落ち着いた。
「ここでは『音玉』の魔術を魔石に封入しよう。『音玉』は必要な魔晶石が三つと、最も単純な構成で実現出来る。単純に発動すると、こうなる。――『音玉』」
――パンッ!
伸ばした腕の先で、紙袋を叩いて破裂させた様な音が鳴る。
何人かの受講生が、びくっと体を動かした。
「これを、魔法陣転写装置のステージへと放つと同時に、遅延術式を掛け、魔晶石へと封入する。では行くぞ――『音玉』」
魔術を発動すると同時に、足踏み式のスイッチで遅延術式を掛ける。そこからは連動して魔晶石への封入が開始される――筈だ。
にも拘わらず、眉を顰めて難しい顔をしているディジーリアを見ると、不安が足下から這い上がって来る様だった。
「どうだ? 何か見えただろうか?」
考え込むディジーリアからは、答えが中々返って来ず、胃の痛みがぶり返して来そうだったが、暫くして顔を上げたディジーリアは悩ましげな表情で言うのだった。
「…………これって、私だけが見ても、余り意味が無いんじゃ無いでしょうかね?」
そう言ってディジーリアは、魔法陣転写装置と背後の壁の間で視線を行き来させた。
「三つ必要っていう事は、あと二つ作るんですよね? なら、二つ目はこの上の辺りに映しておきますね」
ディジーリアがそう言った途端、魔法陣転写装置上方の空中に、ステージ周りを拡大して見下ろした様な幻が浮かび上がった。
思わずロルスロークが転写装置の上で手を振ると、巨大な幻の掌が宙に浮いた巨大なステージの前を横切って動いた。
「幻ですよ?
で、これに私が見えている物を、適当に色を付けて映し出せば、いいんじゃ無いかと思うんですよ」
「こ、これに……よ、良し、分かった! 直ぐやろう――いや、まずは魔晶石の交換だ、ちょっと待て――良し、行くぞ――『音玉』!」
ロルスロークはステージに狙いを定めて『音玉』を発動。透かさず足踏みスイッチを踏むと同時に上方を仰ぎ見た。
宙に浮かぶ幻では、ステージの中央に忽然と青い球体が現れて、同時に薄灰色の靄がステージの上を覆ったと思ったら、ロルスロークの良く知る『音玉』の魔法陣が球体の上に黄色く浮き出て来るのだった。その後には黄色く浮き出た魔法陣が消え、青い球体が消え、最後に薄灰色の靄が消えて行った。
ロルスロークは叫び出したい気持ちを抑えながら、自らの体がぶるぶると震えるのを感じていた。
しかし、そんなロルスロークにも容赦無くディジーリアの暢気な声が掛かる。
「はい、解説しますから、先生もこっちに寄って下さいね~」
そう言われて、蹌踉めく様にロルスロークが端へ避けると、ロルスロークが立っていた場所に幻のロルスロークが姿を現した。
その周りはロルスロークの体から靄でも噴き出ているかの様に、灰色に色付いていた。
「えーとですね、まずは『魔力視』について誤解が有りそうなので説明しますね。
『魔力視』が魔力を見ているのは確かなんですけれど、魔力って言うのは喩えるなら匂いの様な物で、壁が有ったり風が吹いたりしただけで、『魔力視』持ちには届かなくなる物です。まぁ、壁や風と言いましたが、魔力的な障壁や干渉ですね。当然『魔力視』持ちに届かない魔力は、『魔力視』が有っても見えません。
もう一つ、魔力は持ち主の意思で操る事が出来るのですよ。つまり、『魔力制御』や『魔力操作』が出来る人の魔力は、その人の周りに留まっていますから、やっぱり『魔力視』持ちの人の所までは届きません。
なら、『魔力視』持ちに何が見えているかというと、制御されていなくて、妨害を受けずに届いた魔力だけが見えているのです。妨害する何かが無ければ、意図せず漏らした魔力という事でしょうかね。
なので、『魔力視』持ちと言っても、大した物が見えている訳では無いのですよ。
まぁ、もしも『魔力視』持ちっぽい人に、魔術の素質が無いとか言われた事が有るとしても、悲観する事は無いですよ? それは『儀式魔法』の話でしょうから、『魔力制御』や『魔力操作』を基本とする『根源魔術』には適性が有るのかも知れないですからね。
で、この制御されていないお漏らし魔力の存在は、簡単に確かめる事が出来ます。ほら、先生の周りに漂っている様に、体の周りにお漏らし魔力は有りますから、暗闇の中で光石を近付ければ仄かに光るのですよ。ん~……光石は持ってますから、後で確かめたければお貸ししますね。
では、先程の現象を初めから見ていきますね。
まず最初は先生の幻に注目です。ゆっくりと進めていきますね~。――はい、今『音玉』を使いました。すると先生のお漏らし魔力の一部が集まって玉を作ります。――ここで玉が忽然と消えて魔力が神界に送られましたね。そして次はステージです。――はい、またも忽然と青い魔力の玉が現れましたね。ですが、この玉は『魔力視』持ちには見えません。神々によって完璧に制御された魔力だからです。そして今ステージを覆った魔力は、遅延術式の魔力ですね。何をやっているかというと、恐らく妨害です。神々による魔力の玉を何とか崩そうとしていますね。で、少し崩れた魔力がこの黄色い魔法陣です。この後黄色い魔力が消えるのは転写されたからなのでしょうけれど、そこはちょっと分かりません。
…………。
う~ん、でも、これが見えるのが一部の人だけというのも不健全ですねぇ。
ちょっと先生、この辺りに『音玉』を出してくれませんかね?」
ゆっくりと再生されていく幻影を、息を詰めて見詰めていたロルスロークは、言われた言葉に喉を詰まらせながら『儀式魔法』を発動する。
「く……お、『音玉』っ」
「おー……『儀式魔法』の魔力の玉でも、ちゃんと光石は光るのですね。なら、遅延術式を掛けたタイミングで、細かい光石を敷き詰めた箱でも被せれば、魔法陣の形も分かりませんかね?」
棒箸に小石を挟んで振り回していたディジーリアが言う言葉を聞いて、ロルスロークは思わずその両腕を取っていた。
「是非っ! 是非魔道具の研究に協力してくれ!! ――いや、協力をお願いする! 頼むっ!!!」
直ぐに手を離し、両腕を突いて跪いていた。
「あ、あの『儀式魔法』を発動した時に出来る、丸い影に付いては気付いていた! 魔力の影絵でそこに何かが有るのは分かっていた! だが、あの、あの、あ、の、糞女史めぇーーー!!!!」
跪いたまま、思わずガツンと床を殴り付けていた。
頭に血が上り、上半身を起こして受講生へと向けて吐き捨てる。
「いいか! お前ら! お前らは今物凄い物を目にしたんだぞ!! 研究を妨げるのは技術だけでは無い! 派閥や! 政治や! 欲塗れの糞ボケの所為で足を引っ張られるんだ!! 魔術学界はこの十年、そんな下らない理由でぐちゃぐちゃにされて来たが! それを一切合切一纏めにしてぶち壊せるだけの物を見せられたんだぞ!!
魔道具はこれから絶対に面白くなる! 応用にしろ! 基礎にし――」
そこで再びロルスロークは両腕を突いた。
「そうだ、基礎だ! 下らない欲深の所為で、基礎が全く信用出来ない! あ、あ、あの、糞ボケの、くそぉおおおお!!!!
頼む!! 協力してくれ!! 魔道具の未来が懸かっているんだ!!!」
何度も床に打ち付けられる拳に、おろおろしながらディジーリアが翡翠色に光る小瓶の液体をロルスロークに振り掛けていたが、それにも気付かずロルスロークは慟哭した。
ディジーリアは何を思ったのか、そんなロルスロークの頭を撫で続けたのである。
くそー。花精をもっと登場させようと思っていた所に見付けたから心のダメージが…。
でも、もっとやばいのは「ジョカのグー拳」。オリジナルネタとは思うけれど、何処かで誰かがそのネタで書いていた様な気もして、非常に怪しい(でも思い出せないし探しても見付からない)。
ネタ被りはいいけれど、ネタぱくりは駄目でしょうと思う作者なので、つい言い訳してしまうのですよ。
今回は~……何でロルスさん切れてんの?
そんな予定は欠片も有りませんでした。というか、研究所とは距離を置いて近付かない予定だったのに。
まぁ、書きたい事は書いたけれど、何か文章が荒いね。初稿ってそんなもんだろうけれど。
デラ女史はどうなっちゃうのかなぁ? 何か、ディジーはざまぁとか考えてないから、知らない内にフェードアウトしてしまいそうな気がします。
と言いつつ、次は「暴虐無尽の一週間」だー!
周りから見た暴れん坊ディジーの話ですよ!
暴虐は尽き無いのですよ!!
ではでは~♪ また次回で~♪




