盗人が商人から貴重そうな地図をかっぱらって逃げたから捕まえて商人から謝礼を貰うことにした。
林の中を抜ける。
丘の向こう。地図を持った盗人がこちらを一瞥し、すぐに踵を返した。
逃がさない。
弓を構える。
片膝を着いて状態を固定し、矢をつがえ、一息で弦を引く。ぎ、と弦が鳴いた。
「愛を込めて、」
囁く。
感覚を研磨。視界は明瞭。弓と矢とわたしが一心同体に。
ただ結果だけが現実に反映される。
撃った。
矢は緩い放物線を描き、盗人の肩に着弾する。
背後からの一撃を食らって盗賊がふらつく。
ぐ、と毒づきが聞こえてくる。弓を下ろして即座に走り出す。
わたしの目的は彼が持つ地図。攻撃は最小限で結構だ。
盗人の視線が逃げ出すか反撃するかで揺れて、反撃に定まる。
腰に差した小刀を抜くと、逆手に持って構えた。
「君は俺の刃」
はっきりとした声で告げる。
交心術。わたしが先ほど使ったものと同じ技術だ。五感を研ぎ澄ませ、強制的に集中状態に入る。
修得者が少ないことで有名だが、こんな少年が使えるとは。
自分が使う分にはすばらしい技術だが、敵が使うと面倒だ。
敵の武器は小刀一本。恐らくは、再び矢を撃たれたら払おう、という考え。
わたしがなんらかの行動を起こせばすぐに反撃に出てくる。
その場で立ち止まり、再び射撃体勢。
「追い越していって」
言葉に意味はない。自分のイメージを即席の言葉に落とし込むだけだ。要は、自分の想像をより明確化するための手順でしかない。
だから、心は結果だけを追求できる。
矢が飛んだ。
盗人はなぜか「け」と短く雄叫び。行け、と言いたかったのだろうか。
小刀と矢が激突し、盗人の狙い通り、矢は小刀によって打ち払われた。
「よし!」
「流れる水」
二撃目用意。続けて正面。
盗人は突進を敢行。撃たれる前に刺してしまおう、という算段らしい。
素人だ。
お互いが交心術を使っている状況で正面衝突すれば、単純に術の練度。または実力が勝負を分ける。
速射。
盗人がもう一度払おうと矢を凝視。しかし遅い。
こちらは二射目を送り出した弦を指が捕まえたところだった。
「回れ」
引く。そして指にはまだ矢が残ってる。
三撃目を放った。
「っ!」
風切り音が聞こえたのと同着。盗人の肩を矢が穿った。
肩の後ろと前で矢が二本生えた状態。ついに盗賊が転倒する。
わたしは弓をその場に置くと腰の刀に手を当て、ゆっくりと近づいた。
盗人はなおも小刀をこちらに向け、何かを言おうとしていたが、唇を結んでそれを止めた。懸命だ。
「……」
悪いね。こっちも仕事なんだ。そう言おうと思ったが、キザだし黙る。
わたしは黙ったまま地面に落ちた地図を拾って、広げる。間違いない。裏返し、サインも確認する。
手早く巻いてバッグの筒に仕舞うと、さっさと歩き出した。
「順序が入れ違ったけど、商談としようか」
集会所にもどったわたしは地図の入った筒を持ち主に見せ、一席に座る。
小太りの商人はハンカチで汗を拭きながら息をついた。
「助かった。それがないと、私の首がなかったよ」
「安心するのは報酬を払ってからにしてくれ」
「わかっている。とりあえず、いくらほしい?」
「駆け引きは面倒でね。足元見て恨まれるのは嫌だ。そうだな、五万ってとこかな」
「こっちもごねたくない。払おう」
商人は懐から革財布を取り出し、親指を舐めると神経質に札をめくった。財布の中の札は、全部で五枚。
「おお、きっちり五万。流暢な取引はステキだ」
商人がおどけた。
「商談成立」
商人と握手を交わし、わたしは筒を渡した。
「確認してくれ」
軽くうなずいて商人が地図を確認する。わたしと同じように図面を見たあと裏返し、もう一度うなずいた。
「さっきの盗人は?」
「二回撃って、あとは知らない」
「どうして殺さなかった?」
「抵抗しなかったし。それに殺すなら別料金だよ」
「そうか。まあ、どうせコレの価値もわかってなかろう」
「一応聞くけど、なんの地図なんだ?」
「それを聞くなら別料金だよ」
おやじくさい冗談だ。会話を打ち切る。
筒にもどして懐に仕舞い、財布の札を改めて取り出す。
「包もうか?」
「いらないよ。ちょっとしたお手伝いだ」
「本当に気前がいいな。男らしい」
「お世辞にしてはヘタクソだ」
「こりゃ失礼。お姉さん、名前は?」
「リューズ」
口だけで笑って金を渡してくる。軽く二つ折りにするところが好印象。
わたしは気軽に受け取ると立ち上がった。
「じゃあな、おじさん。大事なものなら、そう簡単に盗まれるなよ」
わたしはさっきの丘にもどる。林の入り口で腰を下ろす盗人がいた。
矢を抜けば血が吹き出すが、医者に行くには動けない。途方に暮れているようだ。
わたしの姿に気がつくと、露骨に顔をしかめた。
気にせずに声をかける。
「よう。おまえのおかげで臨時収入が入った」
「嫌味か、てめー」
「感謝してるんだよ。それなりに」
わたしが近づいても小刀を構えもしない。あっさり反撃を止めたことからわかっていたが、無駄なことはしないタチらしい。
「おっさんも、もうどうでもいいってさ」
「あっそ」
「ほら」
盗賊がわたしの手を見る。
「なんだこれ」
「分け前」
差し出されたわたしの手――もとい、報酬でもらった金の半分を見て、盗人は目を細めた。
「腹立つやつだな、おまえ」
「いらない?」
「いるに決まってんだろ」
金をもぎ取り、乱雑にポケットに突っ込んだ。しかし動きを止め、ポケットに入れた手を出す。
「五千やる。医者とこまで連れて行け」
「言われなくてもやったのに」
わたしは出された金を摘むと懐にしまった。しゃがみ、盗人の肩を担ぐ。
「あんた、よくわかんねえやつだな」
「そう?」
「ここらへんに住んでるのか」
「まあね。集会所で仕事をもらって、その日暮らし」
「腕がいい。仕事も多そうだ」
「仕事で撃つ機会なんて早々ないよ」
「もったいない。俺なら、気に入らないやつをバンバン撃つね」
「矢がもったいない」
「ケチくせえ」
盗人は弱々しい足取りで歩く。
「あんたさ、俺に弓教えてくれねえか?」
「はあ?」
「なんかの縁だ。頼むよ」
「嫌だよ。面倒くさい」
「じゃあ教えるのはときどきでいい。俺を子分にしてくれ」
立ち止まりたくなったが、我慢して歩き続けた。
「なんで?」
「盗み、初めてだったんだよ。でもけっこううまくいって、こりゃうまい仕事かもなんて思ってた。そしたら、あんたに会ってアッサリやられた」
「それで?」
「生きていくには金が必要だ。金をもらうには仕事か、仲間がいる。あんたといれば仕事に困らない」
「偏見だ。わたしだって貧乏だよ」
「それでも俺よりマシだろう。なあ、犬に懐かれたとでも思ってさ。頼むよ」
「めんどーだなー」
「さっきの分け前、全部やるからさ」
「おまえさあ、わたしを面倒くさがらせて、そこらへんに捨てられるとか考えないわけ?」
「それだけ必死ってこと」
「親は? 兄弟でもいい」
「いねえよ。三日前に売られた。で、くそったれな男色貴族から逃げてきた」
「頭が痛くなってきた」
「……」
「わかった。とにかく、わたしの側でうろちょろできれば満足なんだな?」
「そういうこと。いやぁ、話がわかる親分で良かった」
「親分って呼ぶな」
「じゃああんたの名前は?」
「……」
偽名を名乗ろうか一瞬だけ悩み、なんの意味もないから止めた。
「リューズ」
「俺はハサン。よろしくな、リューズの姉御」
「だーかーらー」




