第27話 夢と現実の間で
翌朝。棚橋に、まなが海外に
引っ越したことを話すと、
棚橋の表情が和らいだ気がした。
「何、もしかして、あんた、
まなが、遠くに行くことを心の中で望んでいた? 」
私は、棚橋の本心を
確かめるため探りを入れた。
「正直言うと、もう、限界だったんです。
まなさんを見つけ出すことにより、
罪をつぐなうことができて、
楽になれると信じていましたが、
かえって、苦しくなったからです」
棚橋が告げた。
「そこまで、思い詰めているとは知らなかった。
気づけなくて、ごめんね」
私は素直に謝った。
私の行動が、誰かを追いつめていたなんて、
ちょっと、ショックだ。
「アンさん。事務所辞めたそうです。
たぶん、お父様のためだと思います」
突然、棚橋が、
アンこと、彰彦さんの近状を伝えた。
「へえ、そうなんだ。
ジンさん、薬で進行を
抑えられていると思っていたけれど、
家族のケアが必要なんだね」
私が言った。
「一部のファンは、逃げだと言っています。
だけど、私はそうは思いません。
あの人はあの人で、やれることを精一杯やっている。
その結果が、今につながっているわけです」
棚橋がなぜか、彰彦さんを擁護した。
「1度でも、夢が叶ったんだから、
しばらく、父親のために生きてもいいと思うよ」
私がそう言うと、棚橋が驚いた表情で見つめてきた。
「すごい。そんなこと、思ってもみませんでした」
棚橋が身を乗り出すと言った。
「それより、あんた。眼鏡はどうしたの? 」
私は、棚橋が眼鏡をかけていないことに、
教室に入った瞬間から気づいていたけれど、
まなの報告を優先させたいあまり、
あえて、ふれなかった。
「コンタクトにしたんです。おかしいですか? 」
棚橋が訊ねた。
「その方がいいよ」
私が答えた。
その日の放課後。
私たちはふと思い立って、渋谷に寄り道した。
信号が青になり、
スクランブル交差点を横断しようとした時、
見覚えのある人とすれ違った。
「鹿さん! 」
私が声をかけると、
鹿さんがきまり悪そうに足を止めた。
「君たちと会うような気がしていたんだ」
鹿さんが苦笑いすると言った。
「どうして、知らないふりをしたんですか? 」
私が、鹿さんに訊ねた。
まなとの再会の日以来、鹿さんと話すのは久しぶりだ。
「ごめん、本当に気づかなかった」
鹿さんが、耳につけていたイヤホンを外すと言った。
「イヤホンしていても、聞こえていたんですよね? 」
棚橋が、鹿さんに言った。
「音楽は流れていないからね。
これは、雑音をシャットアウトするために、
カモフラージュでつけているだけなんだ」
鹿さんが、イヤホンを見せると白状した。
「何かあったんですか? 」
私は気になって質問した。
鹿さんは、モスピグレットを
買収する件に興味を示していた。
おそらく、他の企業が横取りしたことを知り
落胆したに違いない。
「これで、僕もセレブの仲間入りできると思って、
VRリハビリ事業に、投資したんだけれど、
見事に、だまされたってわけさ」
鹿さんが肩をすくめると言った。
「それって、投資詐欺に遭ったってことですか? 」
私は思わず声を上げた。
(まなは最後に電話した時、
そんなこと一言も言っていなかった。
まなやまなの両親が、鹿さんをだましたってこと? )
「ちょっと待って。言っておくが、
まなさんやまなさんの両親も被害者なんだ。
だましたのは、VRリハビリ施設を運営していた男だ」
鹿さんがあわてて言い加えた。
「え、そんなことあったんですか?
まなと電話で話しましたが、
引っ越すと言っていただけで、
詐欺に遭ったなど、一言も話してくれませんでしたよ」
私は思わず声が上ずってしまった。
「言いたくても、言えなかったんじゃないですか」
棚橋が言った。
「僕たちの他にも、被害者がいたことがわかって、
現在、被害者の会を立ち上げて、
裁判にかける準備をしている。
ジンさんに、弁護士を頼みたかったんだが、
ダメそうだから、知人を紹介してもらったんだ」
鹿さんが淡々と話した。
「とんだことになりましたね」
私が言った。
「そういうことだから、
もう、お互い、連絡しあうのも
こうして、会うこともやめにしよう」
鹿さんが言った。
「気まずいからですか? 」
私が、鹿さんに訊ねた。
「それもある。一番の理由は、
君と僕とではもとから、
住む世界が違う。
たまたま、ひとつの目的のために
つながっていただけなんだ。
もう、オンラインゲームはやめたし、
これからは、まっとうに生きようと思う」
鹿さんが目をそらすと言った。
「そうですね。その方がお互いには
いいかもしれません」
棚橋が横から口をはさんだ。
「あんたはいいかもしれない。
でも、私は‥‥ 」
私は急にさみしくなった。
「じゃあね」
鹿さんが去って行った。
「行きましょう」
棚橋が、私の腕を引っ張った。
あれから1年が過ぎた。
鹿さんにつられて、私もオンラインゲームをやめた。
やめた当初は、戻りたい衝動に駆られると
心配したものの、そうはならなかった。
卒業まで、ふつうの平凡な高校生活が送れそうだ。
まながきっかけで、バーチャルの世界に飛び込んで、
まなとの別れを最後に、
私は、バーチャルの世界から抜け出した。
結局のところ、今までの私には、
自分というものがまるでなかった。
あれこれ、理由をつけては、
楽な方に逃げていただけかもしれない。
夢と現実との間で、
ずっと、迷子になっていた気分だ。
その後、まなから連絡はなく、
風のうわさで、
ジンさんが施設に入ったことを知った。
蓮さんの姿を時々、
渋谷のギャルサーの中に見かける。
最近、棚橋が、
とあるご当地Vチューバーのサイトを見つけて、
アンさん(彰彦さん)に違いないと、
ひとりで騒いでいる。
私は、鹿さんと偶然、再会することを期待して、
ふと、思い出しては、
放課後や休日に、渋谷をぶらつくようになった。
鹿さんのことだから、渋谷の片隅で
元気に暮らしているに違いない。
おわり




