第21話 鹿さんは無実
本物のひいらぎは、活動拠点だった
「モスピグレット」が
スキャンダルにより停止になってしまい活動休止状態。
一方、ひいらぎの分身として、
デビューしたHIRAGIは、
襲撃事件が逆に宣伝となって、
今では、新人アーチストとして音楽業界で注目を集めている。
今や、「分身」というレッテルを見事に打ち破って、
HIRAGIの音楽は、若者を中心に人気を得ている。
もはや、ひいらぎは、
HIRAGIとして世に出るための踏み台でしかないのだろうか?
1か月ぶりに、鹿さんから連絡が来た。
外からかけているらしく、背後のノイズがうるさい。
「大丈夫なんですか? 」
私が訊ねた。
「心配かけたね。IPアドレスを乗っ取られたことが
立証されて釈放されたよ。
今は、ほとぼりが冷めるまで東京を離れている」
鹿さんが答えた。
「IPアドレスを乗っ取られたって、いったい、誰が何のために? 」
私は興奮を抑えきれなかった。
「誰にはめられたのか
目星はついているけれど、今は何も言えない。
昔が昔だから、疑われても仕方がないけれど、
僕は、ゲーム内での公開処刑の件に関わってはいない」
鹿さんが無実を訴えた。
「そうじゃないかと思っていました」
私が言った。
鹿さんの口から、否定の言葉が聞けて、
何だか、ホッとした。
「ジンさんが倒れたと聞いた。
もし、僕のせいだとしたら申し訳ない」
鹿さんが言った。
「元々、心臓が悪かったみたいです。
彰彦さんも今や、アーチストとして
立派にやっていますし、徐々に、
体調も回復するのではないかと思います」
私が冷静に告げた。
「高校生の君に励まされるとは思わなかった。
モスピグレットは停止されているし、
まなさん探しはしばらく出来ない。
これから、どうするんだい? 」
鹿さんが訊ねた。
「今は何も考えられません」
私は正直な気持ちを打ち明けた。
「任意で事情を聞かれることになった時、
僕もだいぶ、気が動転していたから、
ひどいこと言ってごめん。
あれは、本心じゃないんだ」
鹿さんが言った。
「私のわがままのせいで、
警察に目をつけられることになったら、
申し訳ないです。
しばらく、連絡を取るのをやめませんか? 」
私は、これ以上、鹿さんに甘えられないと思った。
「僕を危ない人間だと警戒している? 」
鹿さんの口調が強くなった。
「そんなことないです」
私はあわてて否定した。
「君も、他のみんなも、僕にとって、
大事な人たちなんだ。
だから、どんな形でも良いから、
これからもつながっていたい」
鹿さんが訴えた。
「わかりました。
東京に戻ったら連絡ください」
「元気で」
「そちらも」
電話を切った後、妙な脱力感があった。
鹿さんが、私たちをそんな風に思っていたなんて
正直、意外だと思った。
鹿さんは、私に利用されたと思ったかもしれない。
だから、私に警告する意味で、
「大事な人」という言葉を用いたんだ。
ちょっと、こわいなとも思った。
棚橋が退院して、学校に戻った。
孤独な日々から解放されて、
それはそれで良かったのだけれど、
棚橋が、まなの事件に深く関わっていたと知った今、
どんな風に、棚橋に接するべきか迷いが生まれた。
そのせいか、態度がよそよそしくなり、
棚橋を困惑させたらしい。
「なんなんですか? 」
突然、棚橋が声を荒げた。
「急に、大声上げて、どうしたの? 」
私が訊ねた。
昼休みで、誰もいない屋上だったため、
棚橋もいつもより、気が大きくなったのかもしれない。
「すみません。なんか、あれから、態度が変なので、
不安になって声を荒げてしまいました」
棚橋が我に返ったように弁解した。
「まなが、あんたをかばって落ちたと聞いて、
冷静でいられる方がおかしいんじゃない? 」
私が言った。
「その忌まわしい過去が今でも、私を苦しめ続けて、
何かある度に、気持ちをかき乱して、
コントロール出来ない状態に追い込んでいるんです」
棚橋が冷静に自己分析した。
「あんた、そこまで、今の自分の状況が
見えているんだったら、もう、大丈夫だよ」
私は、入院した甲斐があったと思った。
「私もそう思います。だから、お願いです。
あの日の告白は忘れてください」
棚橋がそう言うと頭を下げた。
「あんたのせいだとか思っていないから。
まなもきっと、あんたのことをうらんでいないと思う」
私は半場、自分に言い聞かせるように言った。
「ところで、まなさんを捜すのはやめたんですか? 」
棚橋が訊ねた。
「捜したいけれど、状況的に無理でしょう」
私がため息交じりに言った。
「モスピグレット」が唯一の手がかりだった。
結局、鹿さんへの疑いが晴れたことにより、
ゲーム内での公開処刑の真犯人が見つからないらしく、
スキャンダルの真相は闇に葬られた。
鹿さんは、鹿さんを窮地に陥れた人物に
心当たりがあるらしい。
「鹿さんでないとすると、誰なんですかね」
棚橋がぼそっと言った。
「HIRAGIも、事件を乗り越えて
今では、いっぱしのアーチストになったのだから、
この際、そのことは忘れない?
そうでないと、また、いつか、
鹿さんたちと会った時、きまずくなるじゃん」
私が言った。
「アンさんも、鹿さんに申し訳ないと
思ってるらしくて、何か力になれることが
あれば、連絡してほしいと言っていました。
アンさんって、心が広いですよね? 」
棚橋が穏やかに言った。
「アンさんか‥‥ 。
初めて会った時は、まさか、今みたいな
人気アーチストになるとは思わなかった」
私が本音をもらした。
「それもこれも、松田氏のおかげですよ。
あの人がいたからこそ、
ひいらぎが誕生して、アンさんもデビューが出来たわけです」
棚橋が誇らし気に言った。
「松田氏って、いったい、どんな人なんだろう? 」
私はふと松田氏のことが気になった。
松田氏は、ひいらぎの生みの親であり、
HIRAGIにとっても恩人だ。
今の状況をどう思っているのだろうか?
ひいらぎの生みの親としては、
HIRAGIの襲撃事件により、
活動拠点を失うことになってしまい
複雑な心境なのではないか?
「アンさんが尊敬していると言っていました」
棚橋が言った。
「あんたさあ、ひいらぎのファンじゃなかった?
あんたの話を聞いていると、相当、アンさんを
慕っている感じがするんだけれど、
いったい、どっちの味方なわけ? 」
私が身を乗り出すと訊ねた。
どちらも好きだと言ったら許さない。
「ひいらぎは所詮、バーチャルの世界の人です。
一方、アンさんは、知人でもあります」
棚橋が冷静に告げた。
「アニオタなのに、現実的なことを言うんだね」
私は、棚橋を横目でにらんだ。
この後、HIRAGIの
身にも新たな災難が降りかかることを
この時はまだ、私たちは知らなかった。




