第2話 出会いと共に始まる配信
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崩れかけた建物の影を抜け、灰色の風が頬を刺す。
かつて街だった場所を離れ、ようやく空の広さを取り戻したところでしばらくして──、
「まずは初めまして」
酷く損壊した廃墟街を離れ、人間の少女を担いで、ひとまず大きな建物が少ない場所までやって来ていた。
理由はシンプル。得体の知れない何かが上空から落下してきた結果、大きな衝撃を環境に加え、ただでさえ脆かった廃墟街の崩壊が連鎖的に起こる。
それを予測しての非難……もあるが、
「廃墟街で隠れられたら探しようがないと思ったんだが……杞憂だったみたいだな」
「? 申し訳ないございません。返答を頂けないので再度お伝えいたします。初めまして」
「え、あ、あの……は、初めて」
正直拍子抜けだ。落下して来たコイツを最初は人類かと期待したが、その期待はすぐに消えた。
移動する際に意識を失ったコイツの生死を確認したのだが、生命反応がなかったのだ。
言葉の通り、心臓は動いておらず、脈もない。そもそも呼吸もしていない。
およそ生命体とは言えない奴だ、そりゃ警戒する。していた……のだが、あまりにも敵意が見られない。故の拍子抜け。
だから、呆気に取られて間抜けな返事になってしまったのだが、
「……この反応はなるほど、どなたかは存じませんが、かなりコミュニケーション能力が低いと指摘します」
「ほっとけや」
この得体の知れないやつは、なかなかの言葉の暴力を浴びせて来やがった。マジでなんなんだコイツ。
「失礼いたしました。思ったことをすぐ言ってしまう。私の悪い癖」
「そうなのか?」
「いや、どうなのでしょう? 知りません深く考えないで発言いたしました」
「なんなんだよお前……」
本当に初対面? ここまでフレンドリー……かどうかは分からないが、とりあえずコイツの正体が今は気になる。
「私ですか?」
「そうお前はなんなんだ?」
「失礼ですね。人に尋ねる前に自分から名乗るものでは? 私からしたら貴方は、意識を取り戻した途端にすぐ側にいる変質者と同じですよ?」
「ぐぬっ」
「ほらお名前をお聞きしても?」
「ぐぬぬ!」
それもそうか……か? コイツの変なリズム感に乗せられているが、いくら周辺、いやこの星に人類がいないとしても、叫ばれて関係悪化に繋がるようなことは避けたい。
ここは素直に従おう。
「俺は〝ナギ〟肩書は……なんだろう? 強いて言うなら旅人だな。よろしく」
挨拶と同時に友好関係構築のアピールの為、敵対心が無いことを伝える為に少女に手を差し出す。要は握手というやつだ。
「ん、理解しました。よろしくお願いしますナギ」
「おっ……よ、よろしくな」
またなにか俺の行動に対してケチをつけてくると思ったが、今回は素直に握手に応答してくれた少女。
そして握られた手にすぐ違和感を覚えたが、一旦それは飲み込み少女に聞き返すことにした。
「それで、俺は答えたぞ。君の名前は?」
「見ず知らずの者に馬鹿正直に身元を明かすと思いますか?」
「この握手はもしかして友好ではなく、宣戦布告と受け取ってもよろしいか?」
「ジョーダンですよ冗談。はは」
面白くない、と言ってやりたいが、ここはグッと堪えろ、我慢だ。まずはコイツからの自己紹介を聞こう。
歯を食いしばり、暴力で解決することを心の中のダークナギさんを制することで押し留めることに成功した。偉いぞ俺。
「では心して、魂に刻んでください。私の名前は──あれ?」
「どうしたんだ?」
「私は誰なのでしょうか?」
「……」
初めてですよ。俺をここまで煽ったお馬鹿さんは。
「まー待ってください。その拳を下ろしてくだい。本当に覚えてないのです。ここは何処? 私は誰? ってやつです」
「それって……」
つまり、
「記憶喪失ってことか?」
「はい、つまりはそうです。自分の名前の他に、何故ここにいるかも分かりません」
ここまで煽っておいてそれ!? こんなことされて怒らない俺って、側から見なくても聖人だろう。間違いない。
だが、ここは堪えて伝えよう。
「お前は降ってきたんだよ。空からな」
「空から? 凄く神秘的ですね。私はおそらく天使なのでしょうか。素敵な私にピッタリですね」
「アホ抜かせ」
おっと本音が、抑えろ俺。
「謎の物体が空を飛んでいて、お前はそこから離れて落っこちてきたんだよ」
「謎の物体? 私が落ちてきた? その物体は何処へ?」
「ここから北の方にそのまま飛んで行ったな」
「北……」
指を差して通っていった方向を示すと、少女も視線を同じ方向に目をやった。
そして、そこで見えた少女の横顔を見て、改めて観察してみる。
若葉を思わせる透き通った緑色は光に照らされて虹色の光沢を見せ、同じく緑色の瞳は宝石の様に輝いていた。
おまけに整った顔立ちだ。世が世なら絶世の美女と呼ばれて引っ張りだこだろう。世が世ならな。
そこで突然、バックパックの横に付けたトランシーバーから『ピッ』という電子音が鳴り響いた。
「なんですかそれ?」
「ん? あぁ、決まった時刻になったら音が鳴るようにタイマーをセットしていたんだよ」
「……星の位置、風の温度、調べたところ今の時刻は夕方くらいですかね。こんな時間に何を?」
なんでお前はそんな細かなことが分かるんだ? さっき得体の知れない物体から現れた奴がいきなり詳しくないか? とか思ったことは色々あるが、
「星の位置や温度って……なんでそんなことが分かるんだよ?」
「確かに、どうしてでしょう?」
いや、俺に聞かれてもね?
「何故か脳内にそうデータが送られてきたんです。ふーむ不思議ですね。まーでも違和感ないので普通のことなのでしょう。気にしないでください」
お前には普通なことでも、俺にとっては摩訶不思議なんだが?? お前は本当に記憶喪失なのか?……まあ、もう良いか。
「一旦話は後にしてやらなきゃいけないことがあるんだが良いか?」
やらないといけないことですか? と記憶喪失少女が聞いてきているが、無視して機材の設置は始め、小型発電器にトランシーバー、それに送信機を設置してテストを始める。
「あーあーテストテスト」
少し古い送信機が原因なのか、はたまたここの地域なのかは知らないが、イマイチ機械の反応が悪い。
どうしたものかと困っていると、
「どうやら出力が弱いようですね。増幅器は無いのですか?」
「そんな物は無い。どうしたもんか……」
「ならこれを使いますか」
「これ?」
はい、と少女は発電機に手を近づけると……指を発電機へ突き刺した。
「何やってんだお前!?」
驚くのは当たり前だ。貴重な機材をぶっ壊された怒りよりも、平静と機械を貫いた指の強度の驚き、もはや色々な思考が巡ったのだが、
「え……私の指どうなっているんですか……」
「やった本人が理解してねぇのかよ!?」
「記憶喪失の私が分かるわけ無いです。私でも理解できない行動です」
なんなのお前……、と言葉を続けようとした瞬間、発電機の出力メーターが今までに見たことのない数値まで跳ね上がった。
最初からボロい状態で使っていた俺が見たこともない。まるで新品の様なパワーを感じる。
何が起こったかは知らないが、これなら通信が出来るほどの電気が供給できている。
「今はとりあえず忘れて貴方のやろうとしたことを行いましょう。如何ですか?」
「……分かった。ならお前も参加してくれ」
今から何をするのですか? と質問をしてくるコイツに俺は告げた。
「放送だ」




