第12話 取り戻した記憶
「ふぅーー……安心してください。命までは取りません。自分の住処へ戻りなさい」
「思いっきり撃ち抜いてたよな? 見ろ消滅してるぞ」
さっきまで追われ、シエルに助けてもらった側の俺が言うことではないけれど。
レーザーで撃たれたレゾナントの身体は、モヤのようにおぼろげな状態から黒い粒子となって消滅していく。
「アァ……」
薄れゆく身体を動かして、レゾナントは俺を先ほどまで追いかけていた通路に向かって手を伸ばす。
それが少し悲しそうにも思えて、
「……」
とうもろこし畑にいたような、意思疎通が僅かにできるやつが存在していたことを知ってしまっているからこそ、もっと別のやり方があったのではないかと思ってしまう……だが、もう遅い。
手を伸ばしていたレゾナントはやがて完全に消滅した。
「気にしては駄目ですよナギ。コミュニケーションが取れたかもしれません。けれどずっと全力で追いかけ回してくるようなヤツが安全なヤツとは私には思えません」
「……それもそうか」
ここは切り替えないといけないか。
「助けてくれてありがとなシエル。それとまた会えて良かったよ」
「ここまで旅をしていた仲間を見捨てるわけありません。私はそこまで薄情ではありませんからね。また会えて良かったですナギ」
お互いに固く握手を交わし、再会できた喜びを表す。無表情のシエルの顔がどこか僅かに微笑んだように思えたが、気のせいだろう。
さて、喜ぶのもここまでにしてシエルに教えるとしよう。旅の終点を――
「ナギ……あれはまさか」
そうだ、あれが、
「お前が乗っていた墜落船だよ」
◆
「あ、開きました」
「見た目でも思ったけど全然壊れてなさそうだな。あれだけ上から落ちてきたのに」
「調べたところ船の素材は超軽量かつ頑丈な物のようです。少なくともナギと旅をしている間には一度も確認していない物です」
墜落した物の内部へ入り、俺はその中身に驚いていた。
外装を見た時から思っていたが、墜落したとは思えないほどに綺麗過ぎるのだ。
「とんでもなく頑丈なんだな。中にも傷一つないぞ」
本当に墜落してきたのか? そう思ってしまうくらいに綺麗な状態。だが、派手に壊れた周りの光景から落ちたことは確かなはず……、よほど高度な科学力で作られているのか。
謎が深まり続ける中、シエルが一つの扉の前で言葉を発する。
「ナギ、どうやらここが制御室のようです」
「なんで分かるんだ? 記憶が戻ったのか?」
「直感です」
「散々細かい分析してたアンドロイドが直感!? ……斬新だな」
「照れますね」
褒めてねーよ、などと軽口を交わしながら、シエルが壁の横に設置されたパネルに手を置くと、ゆっくり扉が開いた。
「おぉ……これは」
「やっとここまできました」
思わず息を呑む。
真っ白な空間に大きなパネルが設置され、無数のモニターにこの星の状態、さらにはシエルらしき機体番号が記され、
”船内コアとのリンクが切れています。速やかに同期してください”
一つのモニターにそう表示され、赤く点滅している。
「「……」」
二人で顔を合わせる。もはやこの間に言葉はない。俺は理解してしまった。ここがシエルの旅の終点だ。
シエルが黙っているのも、わざわざ言葉にする必要性がないと思っているからだろう。
「ナギ」
沈黙し続け、ようやく最初に話し始めたのはシエルだった。その後もシエルは淡々と続ける。
「ようやくここまで辿り着きました。これで私の旅は終わりです。私をここまで連れてきてくれてありがとうございます」
「……いや良いんだよ。利害の一致だしな」
「ナギ」
なんだよ? と聞き返す。
「今から船のコアと同期します。もし私が記憶を取り戻してナギの敵になったら――諦めてください」
「諦めろ!? そこは足掻いてくれよ!!」
「ナギではシエルちゃんには勝てません。最悪骨まで残りません。骨は拾いますね……骨は残らないですけど、骨だけに」
上手くねーよ。全く、最後なのにいつものこれとは、やはりシエルといることは飽きないな。
……だったらまだ一緒に旅を続け――――
「ッ!!」
「どうしましたナギ」
「いや、なんでもない」
これを言うのは違う。シエルにもシエルの進む道があるんだ。
俺の都合にコイツを巻き込むのは、ただの我儘でしかない。
「……そうですか」
「どうした? シエル」
「別になんでもありません。所詮はナギですからね」
え、なんだその言い方は? 俺なんかしたか? そんな俺の問いを無視してシエルは続ける。
「これより同期を開始します」
「おう」
シエルはモニターから伸びた接続端子を自身の胸の中心に差し込む。
すると、先ほどまで静かだった内部に、シエルを中心にして青白い光のラインが部屋中を巡るように床や壁を通った。
その結果、起動を知らせるらしき音と共に、シエルの口から何やら得体の知れない機械音が流れた。そして、
「記憶の欠損を確認……機体名”φ”バックアップ記憶データをインストール開始――終了……再起動します」
「……ファイっていうのか」
シエルは……いや、もうどう呼べば良いのだろうか分からないが……。
彼女はゆっくり目を開け静かに言い放った。
「初めまして人類様。私は機械種族”φ”と申します」
「初めましてか……」
なにか後半に色々言っていたが、その一言が気になりすぎてよく覚えてない。
「どうぞ、ファイとお呼びください。人類様」
「シエ――いや、ファイ……さん」
「なんでしょう人類様」
「……覚えてないのか?」
無表情ではあるが、明らかにいつもと態度の違う彼女に聞いてみる。
「仰ってる意味が理解できません。私と貴方は知り合いなのでしょうか」
「っ!!?」
残酷な言葉に思わず涙腺が爆発しそうになるが、歯を食いしばりなんとか堪えた。
「覚えてないか? お前は空から落ちてきたんだぞ?」
「データにありません」
「……覚えてないか? お前と一緒にとうもろこしを食べたり、雪を見たりしたんだぞ?」
「データにありません」
ハッキリと告げられ続ける悲しい言葉に対し、俺は最後に聞いてみる。
覚えてないか?
「お前の名前は”シエル”っていうんだぞ?」
「……」
俺は……
「お前との旅、楽しかったんだぞ!!!!」
締め付けられる心に限界が来て、感情的に叫んでしまう。
どこかで思っていたんだ。もし記憶が戻った時に今までの記憶がなくなってしまうんじゃないかと、最悪なことが起きてしまった。
でも、俺の想いは止まらない。
「俺は! シエルのこと! 世界で一番大好きだったんだぞ!!!!」
「はい。その言葉、バッチリシエルちゃんは記憶しました。”ナギはシエルちゃんのことが大好き”。可愛いですね、ナギは」
「……え」
突然聞こえるいつもの声、溢れていた涙と感情の爆発が行き場を失い、思考が停止してしまう。
「すぐバラす予定でしたが、ナギが感極まって泣いてしまって、バラすタイミングを逃しました。一応謝っておきます。ごめんなソーリー」
「……」
この瞬間、何かが弾けた。
「お前マジで!! これ下手したらマジ絶交もんだぞ!? 本当にマジでふざけんなよシエル!!!」
「大好きなシエルちゃんと絶交するんですか。あー悲しいなー泣きそうですー」
お願いだから一回殴らせて!? 今の俺にはそれをして良い権利があるぞ!?
怒りもあったが、安心した俺の膝が遅れて震えていた。




