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狼男に転生した俺は魔物の支配者ではなく、庭付き戸建ての夢を見る  作者: ミツメ


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森とは違う摂理

 街の喧騒に身を置く時間が長くなるほど、ザリアの中で二つの感覚がせめぎ合うようになっていた。

 一つは純粋な驚きと高揚だった。並べられた商品、行き交う人々、絶え間なく生まれては消えていく音と匂い、そのすべてが新しく、目に映るものすべてに意味があるように思えた。

 焼かれる肉の香ばしさ、甘い菓子の匂い、布が擦れる音、硬貨が触れ合う乾いた響き、それらは森には存在しなかった刺激であり、知るたびに世界が広がっていくような感覚があった。


 だがその一方で、同じ視界の中に、どうしても無視できない光景が入り込んでくるようになる。最初に気づいたのは、通りの端に座り込む子供だった。痩せ細り、何も持たず、ただ人の流れを見上げている。

 誰もその前で足を止めない。視線すら向けない者も多い。まるでそこに存在しないかのように扱われている。ザリアは足を止めかけるが、アルアインは歩みを変えない。


 「見るなとは言わねぇが、関わるな」と低く言われ、そのまま通り過ぎるしかなかった。胸の奥に引っかかる感覚が残る。次に目に入ったのは、縄で繋がれた人間だった。

 数人がまとめて連れて行かれている。服は粗末で、顔には疲労と諦めが浮かんでいる。周囲の人間はそれを当然のものとして受け入れている。

 

 「奴隷だ」とアルアインは簡単に言う。その言葉の軽さと、そこに含まれる重さの差に、ザリアは何も返せなかった。さらに進めば、店先で怒鳴り声が上がる。金を払えない者が突き飛ばされ、地面に転がる。笑う者、無関心な者、視線を逸らす者、そのすべてが混ざり合い、この場所の当たり前を形作っている。森では弱ければ死ぬ。


 それは単純で、残酷で、それでも分かりやすい理屈だった。だがここでは違う。生きているのに、奪われ続ける者がいる。見えているのに、見られていない者がいる。ザリアはその窮屈さに息が詰まりそうになる。守るという言葉の意味が、ここでは別の形をしているように思えた。


 アルアインはそんなザリアの様子を横目で確認しながらも、特に言葉をかけることはなかった。ただ歩く速度を変えず、必要以上に干渉しない。その距離感が、逆にザリアに考える余地を与えていた。やがて通りは少しずつ人の数を減らし、賑わいから外れた場所へと移っていく。

 建物は粗く、道も整っていない。だがその一角には、明らかに他とは違う空気があった。武具の手入れをする音、荒い笑い声、血の匂いに似た何かが薄く漂う場所。アルアインは足を止める。


「着いた」


 そこが傭兵団の拠点だった。扉を押し開けると、内部の視線が一斉にこちらへ向けられる。好奇、警戒、嘲り、そのどれもが混ざった目だった。ザリアの外套の奥を探るような視線が突き刺さる。


「なんだそいつは」


「また妙なもん拾ってきたな」


「役に立つのか、それ」


 口々に飛んでくる言葉に、ザリアは反応しない。ただその場に立つ。だが、その沈黙が余計に周囲の興味を煽る。


 アルアインは気にも留めない様子で言う。


「少し話してくる」


 それだけ言い残し、奥へと消えていく。止める間もない。残されたザリアに、周囲の視線がさらに集まる。


「おい、聞いてんのか」


 近づいてくる足音。酒の匂いを纏った男が、わざとらしく肩をぶつけてくる。


「獣人様か、随分と偉そうだな」


 笑い声が重なる。別の男が前に出る。


「その外套、脱いでみろよ」


 手が伸びる。その瞬間、ザリアの身体が反応した。余計な動きはない。ただ、最短の軌道で腕を払い、相手の体勢を崩す。床に叩きつけられる音が響く。場の空気が一瞬で変わる。


「なにしやがる」


 今度は二人。だが結果は同じだった。踏み込み、捻り、力を逃がさずに叩きつける。動きは静かで、無駄がない。抵抗する間もなく、二人は床に転がる。


 その様子を見ていた他の傭兵たちの表情が変わる。軽口は消え、代わりに測るような目になる。だが、それでも完全に認めたわけではない。あくまで警戒の一歩手前。

 ザリアは居心地が悪くなり、ジリジリと後退すると、その足でその場を後にした。今日出会った全ての事柄を消化するために少し一人になりたかったのかもしれない。


 闇雲に走り、いつのまにか傭兵団拠点から離れ、ボロボロの小屋が立ち並ぶ区域に来ていた。街の方よりずっとどんよりとした空気が流れている。


「なんだ、お客さんか?」


 数人が囲むように現れる。だがザリアは動じない。視線だけで距離を測る。先に動いたのは向こうだった。だが遅い。踏み込みを合わせ、力を逸らし、叩き落とす。二人、三人と崩れる。最後の一人が後ずさる頃には、もう勝負は決まっていた。


 静寂が落ちる。


 ザリアは何も言わない。ただその場に立つ。呼吸は乱れていない。感情も表に出さない。ただ事実として、そこに結果だけが残る。


「お前、プロセポが黙ってねぇぞ。」


 彼らはそう言い残すと蜘蛛の子を散らすように逃げていく。不思議な感覚だった。生き死にではなく、別の何かを賭けて戦う者たち。

 敵が去ったというのに、ジッとこちらを見つめるような視線は拭えなかった。


 街の中で感じた窮屈さと、ここにある荒々しさ、そのどちらもが同じ世界の中にある。ザリアはそれを理解し始めていた。守るということが、森の中だけでは完結しないという現実を、少しずつ受け入れ始めていた。

読んでいただきありがとうございます。


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