表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狼男に転生した俺は魔物の支配者ではなく、庭付き戸建ての夢を見る  作者: ミツメ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/24

食べかけ

 焼け跡に種を植えてから、どれほどの時間が経ったのかは分からないが、土に触れる時間は確かに増えていた。最初はただ埋めただけに近かったが、何度も土をいじるうちに、ノームたちの言葉が少しずつ形を持って蘇ってくる。

 同じものを植え続ければ土は痩せる、土は休ませなければならない、水はやりすぎても足りなくてもいけない、そんな当たり前のようでいて、今までの俺にはなかった知識が、手の動きに混ざり込んでいく。ぎこちないながらも畑の世話を続けるうちに、黒く焼けていた地面の一部が、少しずつ柔らかさを取り戻していくのが分かった。


 同時に、寝る場所も必要だった。これまでは適当な木陰や岩陰で体を休めていたが、この場所に留まると決めた以上、それでは足りない。

 ノームたちが使っていた家々は焼け落ちており、そのまま使うことはできない。ならば作るしかない。そう思い立ち、周囲の木を見て回る。倒れているもの、半ば焼けたもの、まだ使えそうなもの。それらを選び、引きずり、積み上げる。やり方は分からない。だが、断片的に記憶がある。ノームたちが話していたこと、作業していた姿、その一つ一つを思い出しながら、見よう見まねで形にしていく。


 最初は崩れた。組み方が甘く、積み上げた木がすぐにずれ落ちる。苛立ちが込み上げるが、そのたびに頭の中に声が浮かぶ。焦るな、土も木も急かせば応えん、そんな言葉だった気がする。手を止め、深く息を吐く。やり直す。角度を変える。重さのかかり方を考える。少しずつだが、形が安定していく。屋根代わりに枝と葉を重ねる。隙間だらけだが、何もないよりはましだ。雨は多少しのげるだろう。


 完成したそれは、とても家と呼べるようなものではなかった。歪で、不格好で、あちこちが頼りない。それでも、そこに立って見上げたとき、不思議と満足感があった。自分で作った。ここで過ごす場所を、自分の手で形にした。その事実が、胸の奥に静かに広がる。


 畑と小屋、その二つを行き来する生活が始まった。朝は土の様子を見て、水を運び、芽の出具合を確かめる。昼は周囲を巡り、危険がないかを確認し、必要であれば狩りに出る。夜は小屋の中で体を休める。単純な繰り返しだが、その一つ一つに意味があった。だが、ふとした瞬間に、強く感じるものがある。孤独だった。


 声がない。応答がない。何かを言っても、返ってくるものは風の音だけだ。だが不思議なことに、完全に一人だとは感じなかった。土に触れているとき、水をやっているとき、木を組んでいるとき、何か困ることがあると、自然と頭の中にノームたちの言葉が浮かぶ。

 こうすればいい、そうではない、もっとこうしろ、そんな声が、はっきりと聞こえるわけではないが、確かにそこにある。そして、そのたびに、かすかに温もりを感じる。背中に触れられたときの感触、肩を叩かれたときの軽い衝撃、それらが思い出としてではなく、今ここにあるもののように感じられる。


 だから動けた。止まらずにいられた。


 狩りも変わっていた。必要以上には殺さない。食べきれる分だけを仕留める。それでも、どうしても余ることがある。以前なら気にせず放置していたはずのそれを、今はそのままにはできなかった。肉を咥え、引きずり、墓の前まで運ぶ。そして、そこに置く。理由は分からない。だが、それが自然だと感じた。何も変わらない。誰も食べない。それでも続けた。


 ある日、小屋の中で目を覚まし、いつものように外に出たとき、違和感に気づいた。空気がわずかに乱れている。匂いが違う。すぐに墓の方へ向かう。置いていたはずの肉が、減っていた。完全に消えているわけではない。だが明らかに食い荒らされている。地面に残る足跡は小さい。ノームではない。だが人間でもない。


 気配を探る。近くにいる。


 視線を巡らせた先、茂みの奥に小さな影を見つけた。緑がかった肌、細い体、鋭い目。ゴブリンだった。こちらに気づいている。だが、逃げない。いや、逃げる準備はしているが、完全には背を向けていない。口元にはまだ肉の欠片がついている。


 一歩、前に出る。


 ゴブリンが身構える。低く唸る。だが動かない。


 さらに一歩。


 距離が縮まる。緊張が張り詰める。


 そのまま、止まる。


 襲うことは簡単だ。今の俺なら一瞬で仕留められる。だが、体は動かなかった。目の前のそれは、かつての自分と同じだった。飢えているだけの存在。奪うしか知らないだけの存在。


 しばらくの間、互いに動かずにいた。風が草を揺らす音だけが響く。


 やがて、ゴブリンがわずかに後ずさる。そのまま茂みの奥へと消えていく。追うことはしなかった。


 墓の前に残る食べかけの肉を見下ろす。静かに息を吐く。


 ここに、誰かが来た。

 自分以外の存在が。


 それだけのことが、妙に重く感じられた。


 小屋に戻る。畑を見る。芽はまだ小さい。だが確かに育っている。


 視線を森へ向ける。先ほどのゴブリンが消えた方向。その奥には、まだ見えていない何かがある。


 ここはもう、ただの焼け跡ではない。


 何かが始まろうとしている。


 そんな気がした。

読んでいただきありがとうございます。


いいね、☆☆☆☆☆の評価頂けると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ