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侯爵家令嬢は花(恋)より団子(剣)に夢中  作者: 浦賀やまみち
第六章 修羅姫の初陣

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第56話 聖女、戦場に立つ?




「我が名はメアリス! 

 東方領、リリアンの生まれにして、ウォースパイト侯爵家が長女! メアリス・デ・リリアン・ウォースパイトだ!」

「ええ、ええっ!? メ、メメメ、メアリスッ!? 」



 私以上に突拍子もない叫びが響き渡った。

 思わず何事かと振り向けば、殿下の隣で騎乗しているウォースパイト侯爵家の若様が、取り乱していた。



「サウアラの勇者たちよ! 遠慮は要らない! さあさあ、かかってこい! どんどんかかってこい!

 自慢じゃないが、私は可愛いぞ! それに、処女だぞ! いい声で鳴くぞ! 私をベッドでも征服したいなら、命をかけてかかってこい!」

「ど、どどど、どうしちゃったのさっ!? メ、メメメ、メアリスはそんなHなことを言わない子でしょっ!?」

「若様、残念ですけど……。あれはお嬢様です。姉さんも何やってるのさ?」



 若様があまりにも取り乱すものだから、馬が落ち着きを失い、傍らに控える猫族の従者が必死に手綱を引いて抑えていた。

 その左手に握られた単眼鏡で戦場を覗く姿を見て、私はハッと我に返った。



「わっ!? ……危ないだろ! シーラ!」

「黙って!」



 隣を見ると、アールも単眼鏡で戦場を覗いていた。

 私はそれをひったくり、今も大きな存在感を放つ氷柱近くに単眼鏡の先を向けた。



「くはっ! くっくっくっ……。あぁ〜〜っはははははははっ!

 やっぱり、来たか! お前なら絶対来ると思っていた!

 メアリス、お前は馬鹿だな! こんな負け戦にくるなんて、大馬鹿だ!

 何故、そんなところにいるかは知らんが……。実にお前らしいじゃないか! 俺は嫌いじゃないぞ!」

「わ、分かった! で、殿下がメアリスをたぶらかしたんですね! ぜ、絶対に許さないぞ!」



 間違いなく、それは『メアリス・デ・リリアン・ウォースパイト』だった。

 敵のど真ん中で大立ち回りをし、次々と敵兵を打ち倒しながら、狂気じみた笑みを浮かべていた。



「これ以上ない好機だ! 全軍突撃せよ! 我に続け!」

「殿下、ちゃんと応えて下さい! 逃げるんですか? 逃げるんですね!」

「紛らわしいことを言うな! ……突撃! 全軍突撃、ラッパを鳴らせ!」



 しかし、私の頭がそれを否定する。


 私の知る悪役令嬢『メアリス』は病弱で、体の弱い女の子だった。

 乙女ゲームの舞台となるオーガスタ学園に入学した後も、彼女はしばしば寝込んで授業を欠席していた。


 そのため、第二皇子がヒロインである私に近づく機会が自然と生まれていた。

 結果として、メアリスは私に対する恨みを少しずつ積み重ねていくことになる。


 ベッドの中で謀略を巡らせ、今も隣に従える猫族の娘を巧みに操り、私の悪評を広め、時には私の近しい人々さえ排除しようとした。


 私と第二皇子の親愛度が深まるたび、メアリスは魔術の才能を開花させる。


 そして、逆ハーレムルートに至らず、私と第二皇子が単独で結ばれるトゥルーエンドのルートでは、彼女はついに帝都を猛吹雪で覆い尽くす。


 帝都はラストダンジョン『氷の街』へと変貌する。

 無数のモンスターを従え、玉座に君臨していたのは、真のラスボスと化したメアリスだった。


 そのとき、人々が恐怖とともに口にした彼女の異名が『氷結の魔女』である。


 だが、今の私の目に映るメアリスは、戦士そのものだった。

 確かに、敵兵を次々と凍らせていく姿は『氷結』の名にふさわしい。

 けれども、『魔女』と呼ばれる存在のイメージとは、あまりにもかけ離れていた。



「お嬢様、絶対に守ります! 俺たちも続きますよ!」



 それが、私の未来を変えてしまうのではないかという不安が、心の中で渦巻いていた。

 雪が強く降り始め、風も激しさを増してきた。まもなく吹雪となり、戦場全体を白銀に染めるだろう。



「ええ、そうね。私……。歌うわっ!」

「はぁ? ……もしかして、初陣で錯乱してるのか?」



 負けてはいられない。そう心に決めると、懐からマジックアイテムの拡声器『マイク』を取り出し、力強く握りしめた。

 ヒロインである私が乙女ゲームで『聖女』と呼ばれる理由、それは『歌』だった。


 敗戦色が濃厚な戦場。

 絶望を『歌』で勇気づけた乙女ゲームの前日譚とは、状況が微妙に異なる。



「すぅ……。私の歌を聞けええええええええええっ!」



 しかし、乙女ゲームの前日譚では使われなかったマイクを、私は少しずつお小遣いを貯め、ようやく手に入れていた。

 その誘惑に耐え抜いた三年間を、無駄にはできない。メアリスに、絶対に負けるわけにはいかなかった。







――第一部、完。


 ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。



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