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侯爵家令嬢は花(恋)より団子(剣)に夢中  作者: 浦賀やまみち
第六章 修羅姫の初陣

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第54話 修羅姫の名を継ぐ者




「はっはっはっ! 誰だが知らんが、まずは一人目!」



 母から受け継いだ赤い戦装束に身を包み、初めての戦場を駆ける。

 森を抜ける前から、狙いは定めていた。指揮官と思しき、少し派手な鎧を纏った騎士だ。


 森を飛び出すと同時に、私たちは雄叫びを上げた。

 最前線に顔を固定していた敵たちが、思わずといった様子で、こちらを振り向く。


 その驚きで身をすくませた隙を逃さず、私は地を蹴って跳んだ。

 雑兵どもの頭上を跳び、宙を裂きながらムラサメを大上段に振りかぶる。


 そして、狙い澄ました騎士めがけて、容赦なく振り下ろした。



「敵将、討ち取ったりぃぃーーーっ!」



 騎士とその馬は、ムラサメの一閃で縦から真っ二つに割れた。

 刃が触れた瞬間から、肉も骨も瞬く間に凍りつき、苦悶の声を上げる暇すらなく氷像へと変わる。


 次の瞬間、パリーンと澄んだ音を立てて砕け散り、氷の破片と血の結晶が戦場に舞った。



「さあ、ムラサメよ! 

 お前が待ち望んでいた戦場だぞ! 存分に凍てつけ!」



 ムラサメがさらなる闘争を欲して、吠え猛っていた。

 私は迷わず、内なる四つの門をすべて開き、魔力を解き放つ。

 奔流のようにあふれ出す魔力を、右手に握るムラサメが貪り食い、刀身を包む霜の衣がより白く染まった。



「えっ!? 領主様が……。えっ!?」

「ひ、ひいいっ!? に、逃げろおおおっ!?」

「うわああああああああああっ!?」



 突然、指揮官を失った雑兵どもは一斉に悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように後退した。

 気づけば、私の周囲には大きな空白が生まれ、恐怖に押しやられた輪が自然と形づくられていた。


 その輪は私の間合いから遠く外れている。

 だが私はいけると確信していた。ムラサメを左奥へ引き絞り、誰もいない前方を斜めに斬り上げた。



「な、何だ、ありゃっ!?」

「これは……。侍従長が言っていた、奥様と同じ……。」



 斬線に沿って氷の刃が次々と生まれ、空を裂くように飛び散る。

 やがてそれらはひとつに収束し、巨大な氷刃となって雑兵どもへと襲いかかった。



「お、おい、雪が……。いや、吹雪いてきやがった!

 お、お嬢はどんだけ俺たちを驚かせば気が済むんだよ!」

「ロイド! 何度も言ってるでしょう! 『様』を付けなさい!」



 何十という雑兵どもが、ピシピシピシッと音を立てて凍りつき、砕け散る。

 舞い上がった氷の粒が大気中の水分を集め、凍り固まる。戦場に天を突く氷柱が突如として生まれた。



「あはっ……。濡れる! 濡れるぞ!

 こんな悦びを知らないなんて……。人生、損している! みんなも剣をやればいいのに!」



 胸の中で熱せられた吐息を吐く。

 たまらない快感が、電流のように下腹の奥から背筋を駆け上がり、脳を一瞬で貫いた。



「ちょっ!? ま、待てよっ!? 横切るだけって話だったろっ!?」

「あーー……。最高にハイってやつですね。

 ロイド、あなたたちは予定通りに行動しなさい。私はお嬢様に付き従います」

「馬鹿を言え! この戦い、勝っても負けれも、お嬢がいなかったら意味がねえ!

 野郎ども! こうなったら、腹をくくれ! お嬢のあとにどこまでもついてゆくぞ!」



 だが、効果が大きすぎた。

 前方の氷柱は邪魔だし、雑兵どももずいぶんと減ってしまった。

 私は目指す街道の向こう側にある森を横目に、右手へ向きを変えて駆け出す。


 激戦が繰り広げられている最前線へと。



「我が名はメアリス! 東方領、リリアンの生まれにして、ウォースパイト侯爵家が長女!

 メアリス・デ・リリアン・ウォースパイトだ!

 サウアラの勇者たちよ! 遠慮は要らない! さあさあ、かかってこい! どんどんかかってこい!

 自慢じゃないが、私は可愛いぞ! それに、処女だぞ! いい声で鳴くぞ! 私をベッドでも征服したいなら、今すぐかかってこい!」



 事前の予定とは違うが、きっとヒルダなら上手くやってくれるはずだ。

 私の頭は、次なる勇者との戦いでいっぱいだった。




 ******




「良いぞ、良いぞ! 私をもっと濡れさせてみろ!」



 ただひたすらに前へ、前へと敵中を突き進む。


 私たちの奇襲は功を奏し、敵軍は大混乱に陥っていた。

 本来なら最前線へ向かっていたはずの敵の戦列は私へと向きを変え、やがて互いに刃を向け合う。同士討ちが始まったのだ。



「お嬢様! 左を!」

「むっ!?」



 追走するヒルダの叫びに振り向き、左手側を確認する。

 そこには、騎馬隊がランスを突き出し、突撃を仕掛けてくる姿があった。



「ちょうどいい! 走るのも飽きたし、馬を奪うか!」

「待て、待て! 無茶を言うな! 俺たちは、お嬢みたいな化け物じゃないんだぞ!」

「ロイド、訂正しなさい! こんな可愛い『化け物』がどこにいますか! お嬢様は、天使です!」



 しかし、私が騎馬隊に向き直るよりも早く、風の刃が彼らを襲った。

 まるで断頭台の刃にかけられたかのように、先頭を並んで駆ける馬たちの首が次々と断ち切られる。

 制御を失った巨体が崩れ落ち、後続の騎馬が避けきれずに衝突し、騎馬隊は一瞬で瓦解した。


 その風の刃を、私は知っていた。

 あれは、テオが持つマジックアイテム、ツーハンドソードから放たれる必殺の技だ。



「来たか!」



 顔を正面に戻せば、疑いようもなかった。

 テオが立ちはだかる敵たちを左右に蹴散らし、こちらへと真っ直ぐに駆けてくる。


 その周囲に付き従う味方の姿はない。

 総大将にあるまじき、異常なまでの突出した一騎駆けだ。



「全く、お前というやつは……。とんだじゃじゃ馬だな!」



 テオと目が会い、私は駆ける速度をあげた。

 その瞬間、胸がドキリと高鳴って、下腹の奥から今日一番のキュンキュンとした疼きが走り、思わず戸惑う。



「はっはっはっ! お前なら乗りこなしてくれると思ってな!」



 そして、私とテオがすれ違い、その軌道が交差する。

 お互い、バックステップを示し合わせたかのように踏み、背中合わせの体制を取った。


 総大将であるテオが、ここにいる。


 つまり、ここが戦場の最前線だ。

 あとは味方たちがテオに追いつき、その攻勢に加わればよい。



「もう少し考えて喋ろと言っただろうが……。仮にも、侯爵家の娘だろ?」

「仮にもって、何だよ! 正真正銘の侯爵家のご令嬢だぞ!」



 実に戦いやすかった。


 私もテオも、正面から敵を圧倒する戦いを得意とする。


 しかし、ヒルダは異なる。

 彼女の力は、私の死角を補い、前へと進む私を陰で支えることでこそ、最大限に輝きを放つ。


 要するに、適材適所。

 その場に留まって刃を振るうなら、優位はテオにある。


 背を合わせ、互いの死角を完全に補ったとき、私たちは無敵だった。



「普通の令嬢は、あんなハレンチなことは言わない!」

「えっ!? 変なこと、言ったっけ?」



 お互いの手の内は熟知している。

 私が左へ跳べば、テオは右へ。すぐまたバックステップで背を合わせ、再び構えを取る。


 目を血走らせて、雄叫びを上げながら突進してくる敵は、面白いように次々と倒れていった。



「無意識か。度し難いな……。お前の兄が不憫だ」

「ところで、さっきから聞こえているこの歌は……。」

「んっ!? お前、その指輪……。そうか、そうなのか……。」

「おい、手を止めるなよ!」



 しかし、不意にテオの攻勢が緩んだ。

 その隙を狙い、敵が私たちの間に割り込もうとするが、すぐさまヒルダが間に入り、見事にカバーした。



「お嬢様は、男心を勉強するべきですね」

「また、それ? いきなり何なの?」

「まあ、私は今のままの方が嬉しいんですけどね」



 ところが、咎められたのは私だった。

 テオとヒルダが無言でアイコンタクトを交わし、深い溜息を漏らす。私は唇を尖らせ、その態度の意味がどうしても解せなかった。




 ******




 中世後期、大国同士が覇権を争った時代。

 歴史上、稀に見る大規模な同士討ちが発生し、予想もしなかった大逆転劇、通称『四十七勇士の逆走』が生まれた戦いがあった。


 その戦いにおいて四十七勇士の一人として指揮を執ったのが、『悪を成して、正義を貫く』という名言を今も残すメアリス・デ・リリアン・ウォースパイトである。

 戦場では『氷結の修羅姫』、宮廷では『悪役令嬢』と呼ばれ、敵味方を問わず畏れられ、なお敬意をもって讃えられた。これは、そんな彼女の物語である。




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