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ACT03 猫の看護

 シェフィールド家の二階にある、サキの私室は殺風景な部屋だった。

 部屋の片隅に寝台と小さなテーブル、反対の壁際に背の高い戸棚が一つあるだけで、調度類がほとんどない。花瓶とか姿見の鏡さえ存在が許されない部屋だった。

 逆に目を引くのは、寝台の枕元の壁にある刀架だった。

 普通の女性の部屋には無縁の禍々しい大刀が、刀架に横たえられている。

 サキは、刀術の工夫で明け暮れている。シドニア大陸に西岸に位置するヴァンダール王国周辺では、サキの持つような湾曲した大刀を扱える者はいない。

 神官の道を閉ざされているのは、幼い頃から霊力が皆無なのを自覚したサキも理解していた。必然的に、叔父のカロンのような神殿警護官の道をサキは選んだ。

『その刀と、早く友達になりなさい。そうすれば、刀の操法はおのずとわかる』

 サキの祖父が言ったのは、これだけだった。

 宝物殿からサキがその大刀を選んだその日以来、この大刀がサキの唯一の友だった。サキは、肌身離さないで大刀の操法の工夫に熱中した。

 夢の中でさえ、刀を振っている。

 夢に出てきた見知らぬ刀の操法に飛び起き、夜中に真っ暗闇の中でも刀を振り回すのが常なので、へたに調度など置かない方が都合が良かった。

 元々は、三姉妹が大部屋に一緒に寝起きしていたが、サキがそんな調子なので、大部屋から放り出されたというのが実情だった。

 妹のスーも小部屋を与えられたが、さみしがり屋で甘えん坊の幼いスーは、何のかんのと理由を付けて、ほとんど毎晩姉のセアラの部屋で寝起きしている。

 サキは、自室の寝台に腰を降ろし、子猫を両手で包んだまま身じろぎもしない。

(死なせてたまるもんですか!)

 餌を食べ、掌に包まれ暖められ続けていたせいか、子猫の体温が少し上がっている。

 掌に伝わってくる鼓動も、少し強くなっている。

(絶対に、助けてあげる!)

 サキは、絶対神アグネアに祈った。

 天井から吊したランプの炎が揺れ、枕元の刀架に横たえたサキの愛刀の宝玉が炎を反射して紅く輝いた。

(神よ、この小さな命を救い給え!)

 微かに、猫が身動きした。

(お願い! 死なないで!)

 サキは、ほとんど眠っていないが、起きているつもりでも、サキの意識は眠りの世界に引き込まれていた。


       ◆


 奇妙な光景だった。

 暗闇の中に、唐突に青白い線が浮かび上がった。

 いくつもの直線と曲線が暗闇の中を走り、線が交差しては明滅する。

 サキの前で、青白い線が何かの文様を描き出していく。

(これって、何?)

 青白い線が輝いているのを、サキはぼんやりと見つめている。

 目の前の文様を見極めようにも、全体が大きすぎてサキには判別が付かない。暗闇を背景にした青白い線が消えては、別の場所に姿を現しては奇妙な文様を描いてゆく。

 何か大きく複雑な文様の断片を眺めているような、不思議な感覚だった。

「!」

 手の中で、子猫が身をよじったのに反応し、サキの意識が現実に引き戻された。

 二三回まばたきし、サキが強く頭を振った。

 座ったままで眠っていたらしい。

 サキは、一晩中子猫を抱えたままだった。

「何だったんだろ? 今の光景」

 サキの記憶に、青白く輝いた文様が残っている。今まで見たことのない奇妙な夢だった。

 記憶をたどると、サキの夢の中に出てきた文様が、徐々に鮮明になってきた。

(……これって、もしかして魔法陣?)

 最初は全貌がわからなかったが、じっくりと思い起こすとその青白い光が描き出した姿が魔法陣に似ている。

 霊力など皆無なサキにとって、魔道などとは縁遠い。

 ヴァンダール王家は魔道嫌いで、王家の抱える魔道官はいない。市井の魔道士とかがわずかばかり王都にいるが、王都レグノリアは魔道に弱い部分がある。魔道の知識を保存継承しているのは、代々神官を務めるシェフィールド家ぐらいだった。

 魔法陣の意味を理解しているのは、王家では神官長の祖父アモンと長女のセアラくらいだろう。忙しい日々の中、セアラだけは細々と魔道の勉強を続けている。

 いくら魔道嫌いのヴァンダール王家とはいえ、異端の魔道士とかの神殿への攻撃とか、相手の手段を理解していないと対応できない。シェフィールド家は神官の家系が故に、神道だけでなく魔道の知識も必要だった。

 そんな中でも、サキは魔道などに興味がなかった。家庭教師の魔道の講義など、居眠りしていたのが常だった。挙げ句の果てに、貴重な手書きの魔道書に落書きをしてこっぴどく叱られた記憶しかない。

 手の中で、鳴き声が少しだけ大きくなった。

「サキ姉ちゃん、猫大丈夫?」

 スーが、戸口から顔を出した。開け放った窓を通して見える東の空が、少し明るくなっている。まだ夜明け前だが、スーも子猫が心配でよく眠れなかった様子だった。

「おはよう、スーちゃん。この子も今お目覚めみたいよ。峠は越えたみたいね」

 サキは、布切れに包んだ子猫をスーに手渡した。

「ちょっと交代してね」

 サキの代わりに、スーがサキの寝台に腰を降ろした。

 サキは、テーブルに載せられた皿から鶏肉の細切れを摘まみ上げた。

「昨日より、食欲も旺盛になってるね」

 子猫は、サキの手から直接餌を食べた。口に餌を持っていかなければ食べられなかった昨夜に比べて、明らかに元気になっている。

「あ、痛っ! あたしの指は餌じゃないわよ」

 子猫を助けることで気が動転していたサキにも、子猫が元気になってきたのがわかると、じっくりと観察する余裕が出てきた。

 毛の長い子猫だった。雪のように全身が白い。

 胸元の毛は襟巻きのように豊かで、全身の毛も長い。

「尻尾が長いわねぇ」

 サキは、身長の半分近くある子猫の豊かな尻尾を撫でた。

 尻尾は敏感なのか、子猫が尻尾を振ってサキの手から尻尾を外した。


       ◆


「二人とも、交代で自分の御飯食べなさい!」

 朝食の支度を終えたセアラが声を掛けるまで、サキとスーが子猫に付きっきりだった。

 子猫をスーに任せ、サキは階段を駆け下り食堂に飛び込んだ。一晩中ほとんど眠っていないせいか、空腹が耐えがたいほどだったことを思い出した。

 食堂の扉を開けると、ちょうど、朝食を終えて立ち上がった叔父のカロンの大きな影があった。

 身の丈六尺を越えるカロンの身体は鍛え上げられ、王城の近衛兵と対等に渡り合える膂力を秘めている。サキにとっては、おおらかで気のいい兄貴みたいな叔父だった。

「叔父貴! あたし、今日はお務めを休む!」

「はぁ?」

 神殿警護官の詰め所に向かおうとしていた叔父のカロンが、驚いて振り向いた。サキと同じ緑の掛かった青い眼が、驚きに見開かれている。

 サキの口から、「お務めを休む」などという言葉が出てくるのは、かつて聞いたことがない。サキが屋敷に一日居るなどもってのほか、それどころか、非番の日でも神殿警護官の格好で街をうろついている。

「猫!」

「よくわからんが……わかった」

 サキの気迫に押され、叔父のカロンが渋々認める。

 神殿警護も暇な時期だった。サキが抱え込んでいる仕事もないし、サキがいないと回らないような仕事もない。

「スーも、今日はお休みさせますわ」

 セアラが、神官長を務める祖父アモンに報告した。見習い神官のスーがいないと困る時期ではない。もう数ヶ月すると秋の収穫を祝う後天祭の時期になる。祭礼の時期になると神官総出の忙しさが待っているが、今はまだ繁忙期ではない。

「サキ、スーちゃん! お昼にいっぺん戻ってくるから、それまで二人とも留守をよろしくね」


       ◆


 神官の家系のシェフィールド家は、広大な神殿の敷地の中にある。神殿の裏手の雑木林に囲まれた一角が、シェフィールド家の屋敷だった。雑木林の中の小径を抜けて神官長の祖父は本殿、セアラが社務所、叔父のカロンが神殿警護官の詰め所に向かう。神殿に向かう三人の姿を二階の窓から見送り、スーが振り向いた。

 サキは、子猫を抱きかかえていた。餌を食べて満足したのか、また子猫はサキの掌で丸まって眠っている。

「サキ姉ちゃんと二人っきりって、久しぶりね」

 寝台の縁に座るサキの横に、スーがちょこんと腰を降ろした。

 スーが、サキに肩を寄せる。スーの体温が肩越しに感じられる。まだ小柄で華奢なスーは十三歳になったばかりだった。シェフィールド家の三姉妹の中では、スーが一番華奢で小柄だった。

「そう言われてみれば、久しぶりかもね」

 サキが、ちょっと考えて記憶をたどってみた。確かに、姉妹三人が揃ったのは久しぶりの気がする。

「サキ姉ちゃんの姿を見るの、三日ぶりだもの」

「あれ? そっか、あたしが真夜中に帰ってきて、朝一番に出かけちゃうから、ずっとすれ違いだったわね」

 サキが肩をすくめた。

 神官の一族に生まれながら霊力が皆無なサキにとって、シェフィールド家は居心地が少し悪い。姉のセアラも妹のスーも、並外れた霊力を発揮して神殿で活躍しているのに、とにかくサキは肩身が狭い。

 そんな劣等感が、サキを刀術の稽古に熱中させたのかもしれなかった。

 神殿警護の仕事が終わった夕刻から深夜にかけて、一人神殿の裏手の雑木林の中で刀術の工夫に余念が無いサキは、深夜まで自宅に帰ってこないのが常だった。

 寝静まった屋敷に裏口からこっそり戻ってくると、セアラが用意してくれていた夕食を食べ、すぐに就寝し夜明けと共に起き出して朝食まで再び刀を抜いた鍛錬を繰り返している。

 スーが、小さくため息をついた。

「父様も母様も……しばらく帰ってこないしね」

「そっか……秋の後天祭には戻ってくると思うけど、しばらく先の話だものね」

 寂しがり屋で甘えん坊のスーは、常に姉のセアラから離れない。サキのように、一人で街をうろうろしている姿と真逆だった。

(そっか、スーちゃんは寂しさをこらえてたんだ)

 サキは、やっと気が付いた。

 シェフィールド家にも、小さいながらも所領がある。

 王都レグノリアの南にある丘陵地帯が、シェフィールド家の所領だった。

 スーが幼い頃から、所領の管理の仕事が増えてきた両親が自宅で暮らす日数が減った。姉のセアラやサキが幼かった頃は、両親がこの屋敷に居る方が長かったが、スーにとってはまだ両親の温もりが恋しい年頃なのだろう。

 小さい頃から、その破天荒な行状で叱られてばかりのサキは、両親との折り合いが悪い。あれこれ叱られない今の生活の方が、サキには気楽だった。だが、幼い頃から両親が不在がちのスーにとっては、両親の温もりに飢えている。セアラが母親代わりに愛情を注いでも、やはり何かが足りないのだろう。サキが刀術に熱中して不在がちなのも、スーにとっては寂しいのかも知れない。

「気が付かなくってごめんね、スーちゃん。これからは、なるべく家にいるようにするわ」

 サキは、片手でスーの肩を抱いた。線が細く、少年のような細い身体だった。サキのようなしなやかで筋肉質な身体でも、姉のセアラのような柔らかな身体でもない。同じ一族の姉妹でも、体格も気質もその育ちで大きく違う。

 サキは、左手で抱えた子猫をスーに近づけた。

「これからは、スーちゃんがこの子猫のお姉ちゃんよ」

「うん!」

 スーが手を伸ばし、子猫の身体を撫でた。子猫がくすぐったそうにサキの手の中で身をよじり、顔を上げた。

「あれ、この子の目って?」

 スーが、驚いた声を出した。

 スーを見上げる子猫の左右の目の色が違う。

「右目が金色、左目が青色?」

 サキも気が付いた。子猫の命を救うことに忙殺され、あまり意識して観察していなかった。そもそも街で遭遇する猫の目をじっくりと観察したことがない。

「両目の色が違うって珍しいわね」

「セアラ姉様が戻ってきたら、聞いてみなきゃね」


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