ACT04 初心者の冒険旅
警戒するような短いさえずりと共に、木々の間を山鳥がすり抜けるように飛んで逃げた。
「獲れないもんだな」
ジェムが、構えていた弓を降ろした。
標的が動く、というのがわかっていても当てるのは難しい。固定した標的なら外さない自信があるが、山鳥も野ウサギもジェムよりずっと気配に敏感で、矢の届く距離まで近寄る前に逃げ出してしまう。
「思っていたより、ずっと当たらないもんだな」
ジェムが、小さく舌打ちをした。
「講武堂じゃ、弓の腕前はいい方なんだけどな」
ジェムは四人の中では、剣術も弓も一番まともな方だった。
数間離れた標的でも簡単に当たるのだから、野ウサギとかの小動物ぐらい捕まえるのは楽なものと高をくくっていたが、まるで当たらない。当たらないどころか、さっさと逃げ出されて弓を放つ余裕さえ与えてもらえない。弓の技術だけでは、狩猟にならないことを思い知らされた気分だった。
「ちぇ、今夜は山鳥の丸焼きって期待してたのにな」
「しょうがないよ、今夜は持ってきた干し肉で何とかなるしさ」
ベリアが、おっとりした声で背後から声を掛けた。
元々、文人肌のベリアは積極的に野外で動き回るのは得意ではない。剣術や軍事教練よりも、屋内で静かに書物を読んでいる方が好きだった。そんな性格なので、王侯貴族の子弟を鍛える講武堂に放り込まれても、その剣術は一向に上達しない。
「なぁ、ベリア……この先に何があると思う?」
「獣道だからなぁ。ジェム、何か見えるかい?」
ベリアは少し先を歩くジェムに、藪越しに声を掛けた。
「空き地かな? 前の方が少し明るくなってるから、森を抜けれそうな雰囲気だ」
「こんな人が来ない森の奥に空き地、かい?」
「山火事があったりすると、そこだけ木々の生育が変わるからな」
「キーラ、レビン! もうちょっと先に空き地があるみたいだから、そこで少し小休止しよう」
ベリアが、背後を歩く二人に声を掛けた。
キーラとレビンの兄弟は、大きな荷物を背負っていた。
体格に優れたキーラとレビン兄弟は、二人共丸顔でがっしりした体格だった。
腕力は強いが、気弱で臆病な性格が災いし、剣術の訓練でもその力を持て余している。
「キーラ兄ちゃん、腹減ったよ」
弟のレビンが、情けなさそうな声を出した。ぼやいたり弱音を吐いたりはしないものの、慣れない獣道を走破するのにすっかりくたびれた声だった。
「もうちょっと頑張れば、夕飯にありつけるぞ」
◆
「何だろ、この建物?」
突然、視界が開けた。
森を抜けた四人の目の前に、練兵場くらいの空き地が拡がっている。その中央に、石組みの建物が静かに建っている。一階建ての背の低い造りだが、存外奥行きのある建物だった。苔むして、蔓草に覆われたその建物には人の住んでいる気配がない。石壁が崩れている部分から中ものぞけるが、その奥は薄暗く内部の様子はうかがい知れない。
人の気配もなく、うち捨てられて久しい様子だった。
「地図に載ってないか?」
ベリアが地図を開いた。羊皮紙に描かれた絵地図には、主要な道や目印になりそうな岩や山が描かれているが、ほとんどが空白だった。
「描いてないっていうか……俺達が道に迷って地図に描いてないところに迷い込んだみたいだよ。そもそもここが地図のどこなのかわかりゃしない」
「街道の方角はわかるよな?」
「うん、それは大丈夫だよ……明日になれば、とりあえず街道までは戻れるよ」
「そうか、じゃあ……明日、朝からこの廃屋を探検しよう」
「探検は、今日じゃないのか?」
返事の代わりに、ジェムが空を見上げた。
薄曇りの空を見て、日没が近いことに気が付いた。
『まず身の安全の確保だな。陽の高いうちに、早め早めに野宿の場所を確保する、無理な行軍は避ける……お前らの体力じゃ、森林地帯なら一日四里も進めんぞ』
ジェムは、冒険街で出会った"雷の旦那"と呼ばれた男の言葉を思い出した。初めて出会った四人の走破距離も、"雷の旦那"は正確に言い当てていた。
「その前に、早く寝床を確保しないとな」
◆
「ううっ、ぞっとするよ」
さすがのジェムも、心細そうに音をあげた。
日が落ちると、星明かりしかない森の中だった。
まだ日没前のはずだが、雲が厚く垂れ込め、周囲はかなり薄暗い。
薄暮の中、不意に火花が散った。
「着いた!」
小さな炎が燃え上がり、わずかに周囲を照らし出した。
「そっと、枯れ枝をくべろ……いきなり薪を載せたら、消えちまう」
ジェムが、弾んだ声を出した。
ベリアが、火口を吹いて火を大きくしてゆく。
「ふーっ、助かった」
ちょっとの風では消えないほどの炎になった頃、ジェムが額の汗をぬぐった。炎の揺らめきの中に、四人の姿が浮かび上がる。もうちょっと遅ければ、周囲は真っ暗闇のはずだった。
「よく火が付いたな」
「魔道士用って鞄に、乾いた付け木があったのを思い出したんだ」
「ちぇっ、もっと早く思い出せや」
「ごめんごめん、もっと簡単に火が付くと思ってたんだ」
火があれば、暗闇の恐怖も和らぐ。
火を恐れる山猫や狼の心配も、これで少なくなる。
「レビン、その薪をくべてくれ」
レビンが、立ち枯れた大きな枝を折って、焚き火の中に差し入れる。炎が揺れるが、火勢が強いため焚き火は消えなかった。
煙に燻されながらも、キーラが背嚢から手探りで食料を取り出した。
「堅パンと干し肉しかないけどさ……これで一息付けるよ」
「温かいスープの一つもあると、うれしいけどな」
「街中じゃ当たり前の品物がないんだもんな……森の中じゃ商店もないしさ」
「次は、忘れずに鍋も持ってこないとな」
「あの店で出会った"雷の旦那"ってのは、こんな生活を何ヶ月もしてたなんて、すげぇよな」
焚き火を囲んで、とりとめない会話が続いている。
「ベリア、お前は将来どうしたいんだ?」
不意にジェムが問いかけた。
ベリアとジェムは仲が良い。
家柄の格はベリアの方が上だが、仲間の中では何となく年長のジェムが一番上になっている。
「うーん、僕は剣術は向いてないみたいでさ……かといって、宰相やってる親父みたいな仕事は望めないしね」
ベリアが小さなため息をついた。
ベリアの家は、父親が宰相を務めている家柄だった。王家の政治の中枢に関わる重要な家系だが、それは父親と家督を継ぐ長兄だけに当てはまる。次男のベリアにとって、生まれ育ったランカス家は退屈で苦痛な家に過ぎなかった。
ベリアは体力も人並み以下、才気にあふれる頭脳の持ち主でもない。
要するに、ランカス家の落ちこぼれ、穀潰しだった。
何不自由のない暮らしだが、将来の見えないベリアにとっては、自分の存在が苦痛以外の何物でもない。
ベリアの抱える憂鬱は、日増しに大きくなる一方だった。
「講武堂にいても、つらいだけでつまんないしね」
ベリアを始めとする王侯貴族の次男三男の子弟達は、十二歳から"講武堂"と呼ばれる施設に預けられる。
長兄は親が雇った師傅役の家庭教師が付きっ切りで使い物になるように絞られるが、次男以降は比較的自由な身分だった。
"講武堂"は王家の騎士団に入る前の、教育施設だった。座学と、剣術や馬術などを集団生活の中で鍛えるのが目的だが、武に興味のないベリアにとっては過酷な場所だった。
「文官登用試験を受ける勉強する根性もないしさ」
ベリアが自嘲的に笑う。
市井の優れた人材を登用する制度はある。だが、その希望者は多く、王都中の秀才が集まって試験を受ける。
ベリア達のような、中途半端な人材が潜り込めるようなものではない。戦乱でもあれば、王家の騎士団の一員として手柄を立てることで将来は開かれる。だが、ここ百年以上平和が続くヴァンダール王国では手柄を立てるような戦乱もない。古くからの武門の家に対するお役目も縮小が続いている。
「僕にふさわしいお役目でもあればいいんだけどね……王家は僕の素質にふさわしいお役目なんか考えてもくれやしない」
己は賞賛されるべき特別な存在、なのに周囲にはそれを理解してもらえない。己の力を活かせる環境さえあれば、何でも出来るはず。今の己の環境は己の力を活かせない。ベリアの心の中には、そんな不満が渦巻いている。
「仕事が選べないってのは、つらいよな……俺達は、継ぐ役職が無けりゃ王家の騎士団に入るしかないし……手柄でも立てれりゃ別だけど、戦乱もなさそうだしな」
ジェムが呟いた。




